カオスの遺子

浜口耕平

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第二部 自由国ダグラス

第九十九話 クーデター前章 堅牢での戦い

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 スヲウが外へ出た時、時刻は既に夕方を過ぎ縁起が悪い真っ赤な月が顔を出して町を照らしていた。
 これからの悲劇的な未来を示すかのような赤い月に嫌悪感を覚えながらも、彼は国一番の軍本部へと足を急がせた。
 
 本部に到着したスヲウは、警備をしている兵士が「スヲウさん! もう受付しかやってませんよ!」と呼び止めるのを無視して兵士たちの情報が集められている資料室へと向かう。
 資料室へと続く大きなドアは、太く頑丈な錠前で施錠されており、どうしても中の秘密を守ろうとしているように思われた。
 「クソ、このふざけた錠前は時間がかかるな……」
 スヲウが錠前に手こずっていると、後から追ってきた先ほどの兵士が幾人かの仲間を連れてやって来た。
 「動かないでください! それ以上中へ入ろうとするなら、我々は攻撃を開始します!!」
 警備兵たちはスヲウに向けて攻撃態勢に入り各々武器を構え、魔法陣を展開する。
 「静かにしろ! この中に俺が知りたいものがあるんだ!」
 「邪魔をするな! 水籠宮すいろうきゅう
 スヲウが魔法を放つと、警備兵たちは大きな水球に包まれた。
 中にいる兵士たちはあらゆる方向からの水圧と水流によって体をがんじがらめにされ、ただ足をばたつかせてもがくのが精一杯だった。
 その隙にスヲウは資料室の錠前を魔法で破壊して中に入ろうとした際、強い殺気を感じ取って振り返ると、警備兵たちを水籠宮すいろうきゅうから救い出したザラがスヲウを佇んでいた。
 「キラ……? どうしてお前が……」
 突然のザラの登場に破壊した錠前を手に持ったまま困惑していると「隊長すみません。ここまで通してしまいました、、」と水籠宮すいろうきゅうから解放された兵士が言った。
 「お前たちは早くここから離れろ。俺自身手加減できる相手ではないからな」
 「はい!」と返事をしたザラの部下たちはそれぞれ全力疾走でその場を後にした。
 「さてと…… 消すか」
 部下が退避したことを確認したザラは、背中に背負っている大きな青いブレードがついた鎌のような武器をスヲウに構えた。
 「ま、待てよキラ。どうしてお前がここにいるんだ?」
 まだ状況を掴めてないスヲウにザラはため息をついた。
 「はぁー、まだ分かんねえのかボンクラ。この手紙に書いてある内容、思ってた以上に最悪な情報が記載されてやがる。ここに来たのもこれに感化されたからか? 俺たち混血の出生の秘密を知るために」
 先ほど読んでいた手紙を自分自身に見せびらかしているザラを見て、彼がデスサイズのメンバーであると確信した。それもかなり上位の……
 ザラが現れたことで手紙の内容が真実であると確信し、なおさら資料室に入る必要があると思いスヲウ自身も魔法で水でできた大きな四本足の獣を生み出した。
 この水魔獣とでも呼ぼうか、彼の生み出したこの獣は低く悍ましい唸りと共に水でできた体が波立ち、毛並みのように逆立っている。
 「液体魔法全能の湧水アルケー…… 水魔法の中でも最上位に位置し、あらゆる液体を生み出し操る。我が国の頂点の兵士にふさわしい魔法だ
  ……だが! 俺の魔法も特別だ」
 そう言うと、スヲウは武器に魔力を込め始めブレードが青い雷を身に纏ったかと思うと、彼自身の体にも青い雷が帯電するようになった。
 「雷魔法…… フォースと同じ魔法を使うのか」
 「まあ、アイツほど上手く使いこなせねえし、アイツほど長時間維持できるわけでもねえが、お前一人殺るには十分だ」
 そう言い終えた瞬間、ザラはスヲウの視界から姿を消した。
 そして、眩い閃光を伴ってスヲウの背後を取ると、持っている鎌で攻撃を仕掛けた。
 スヲウは考える暇もないザラの攻撃をすんでのところで水魔獣をぶつけ躱すことができたが、放たれた青い雷撃は水魔獣を打ち消した後に壁をも破壊し、遥か彼方へと飛んでいった。
 その雷撃を見たスヲウは「攻撃が町の建物に当たったらどうするんだ!?」と怒鳴ったが、ザラは彼の言葉など意に介さずに何度も雷撃を飛ばした。
 ザラの圧倒的な速さと威力は、スヲウでさえ手加減するほどの余裕がないほどのものであった。
 首都ナマルガマルの軍本部は二人の戦いの影響で今にも倒壊寸前だった。
 (マズい! このままだと本部は崩壊する。安全と平和の象徴であるこの本部が倒れてしまっては人々に恐怖を与えてしまう)
 そうして思い悩んだスヲウは液体魔法でゾル状のゴムを作って本部全体を覆い、ザラの雷魔法を完封した。
 作り出されたゴムはザラの体に触れると、彼の魔力を貪り食って雷魔法を無効化すると共に、その体積を大きくしていき、ついには彼の体を壁に貼り付けるようにして拘束した。
 「く…… やはり無理か」
 壁に打ち付けられたザラは魔力の大部分を吸い尽くされてしまったので、持っていた武器から手を放して舌打ちをした。
 そんなザラにスヲウは、一つ聞きたいことがあったのでゆっくりと近づいて彼の前に立った。
 「お前たちデスサイズは何で同族である混血をそこまで残酷に扱うんだ? その中には俺の母だけじゃない、お前の母もいるはずだ! それなのになぜ……」
 「それは同情を誘っているのか? ククク、俺たちは唯一の敵、カオスの遺子を倒すことだけを目標にしているんだ。それが俺たち人間が生き残る術だからだ。それを成し遂げるために自身の身や生みの母親をささげることに何のためらいがあるのか」
 「なんてことを言うんだお前は…… 涙も情けもない、まるでお前たちは魔物だ。そんなことは間違っている!」
 人の心を持ち合わせてないかのような発言をするザラにスヲウは彼を魔物のような蛮行者だと罵ったが、ザラは腹の底から笑いがこみ上げてきた。
 ザラにとって、スヲウのような発言をするものは世界が置かれている状況を理解していない、無知なる者であった。
 「間違っているだと? 俺から言わせてもらえば、お前の方こそ間違っている! 情で遺子たちが助けてくれるのか? 創造主たるカオスが我々人間を哀れに思って救いの手を差し出してくれると思ってるのか?
  はっきり言うが、そんなことはあり得ないしこれからもない。俺たちは非現実的ではあるが、現実的に遺子たちと戦い、生き残らなければならない。神の書に書かれている内容など、希望的観測に縋った愚者の妄想を羅列しただけの悪書だ」
 「遺子、遺子って俺たちの境遇を無視して戦えと言うのか……?」
 「そうだ。人々の真なる自由というものは奴らを全て始末し、魔界の魔物どもを駆り尽くして成し遂げられるものだ。今の平和は俺たちが作り上げたものだ、誰からも与えられたものじゃない
  お前が真の平和と解放を望むのならお前のやるべきことは一つ知ったことに目をつぶり、今まで通りに任務をこなすことだ」
 「目をつぶるだって!? そんなことはできない! 俺は絶対に鬼畜極まる施設から仲間を助け出す!!」
 そう言った時、スヲウは腹に強烈な痛みが走った。
 見て見ると、左バラ辺りに真っ赤に赤くなった鉄の棒が背中から貫通しており、焦げた肉の香りと黒い煙がスヲウの鼻を通り抜ける頃には、あまりの激痛に腹を抑えて地面に倒れこんだ。
 「フン、生かそうと思ったがやはりダメだな」
 ザラは自身を拘束している固まったゴムを、彼本来の魔法カグツチでドロドロに溶かすと倒れこんでいるスヲウを足で押さえ、刺さっている鉄の棒を引っこ抜いた。
 「グハッ! かはッ、はあ、はあはあ……」
 刺さっている棒は体から引き離されはしたが、スヲウは身が焦げる体験は初めてではないが、焼かれた鉄の棒と一緒にザラの魔法が体内に入り、全身が焼けつくような痛みに襲われたのは初めてであった。
 そんな耐え難い痛みを気を失わずに耐えている姿を感心しながらも、ザラは持っている鉄の棒を彼の前の地面に突き刺してしゃがんで顔を見る。
 「どうだ?俺の魔力は? 耐え難い痛みだろ、なんせ俺の魔力はすべてを焼き尽くす黒炎、カグツチだからな」
 スヲウはザラの説明などどうでもよかった。
 「な、なぜ魔法を使えるんだ? お、お前の魔力は俺の魔法で全部吸い取ったはずだ…… それに、さっきのは火だった、最初のは雷だったのに……」
 「ああ、そうだよな不自然だよな。魔力をほとんど吸い取られた奴が全く別系統の魔法を使うなんて魔法の原理から外れるよな」
 この世界の魔法は火、水、土、風、空の五つに闇、聖を加えた七大元素がもとになっており、闇、聖はさておき、多くの人々は簡単な五大元素を元にした魔法を扱うことができる。
 しかし、五大元素のその先、組み合わせによってできた魔法を扱えるのは混血と言えども純血と同じで、一つの組み合わせしか使えないことが常識であった。
 ザラは最初に空を基軸として風、土の元素を組み合わせた雷魔法を使い、その後、火、闇の元素を組み合わせたカグツチを使った。
 これらのことは一般的な魔法の知識を持っているスヲウにとって考えられないことであった。
 「何にでも例外はあるもんさ。さっき俺が持っていた武器タケミカヅチは魔法研究の一環で作られ、魔法と魔力が込められた創造武器だ。神器を真似て作った物だが、ずいぶん使い勝手がいいな。態勢があれば、誰でも扱えるようになる」
 「クソ……」
 「残念だったな、油断さえしなければお前は勝っていた。それでは予定通り、お前を始末する」
 そう言うと、ザラは立ち上がって持っていた棒をスヲウに上から突き刺しにかかった。
 すると、「おい、何をしている?」という言葉と共にザラの体は勢いよく地面に叩きつけられた。
 二人が声をした方向を見ると、そこにはプリシラが腕を組んで彼らを見下ろしていた。
 「プリシラ…… どうして?」
 「俺の睡眠を邪魔してくれちゃって責任とれよお前ら」
 「プリシラぁアアア!!!!」
 二人が話していると、ザラはプリシラの重力に逆らって彼に飛びつこうとしたが、「力の差を知れ、お前では俺を殺せない」と言ってより強い力でザラを地面に縛り付ける。
 そして、地面に押し付けられたザラを尻目に、プリシラは重症のスヲウの元に駆け寄って傷口を見た。
 「おうおうおう、こんな雑魚相手に負けちゃってそれでも俺のライバルかよ。……それより、この傷。酷いな内部から炭化していってる。早く再生しろ、しないと黒焦げになっちまうぞ」
 「無理だ…… アイツの魔力が俺の体を蝕んで再生してもきりがない」
 「そうか  ……おい、お前の魔力をスヲウの体から消せ」
 プリシラは地面にめり込んでいるザラの体を足で小突いて、スヲウの苦痛の元になっている魔力を取り出すか、このまま潰れるか選択肢を与えた。
 「スヲウを助けるなら条件がある。プリシラ、お前は消えろ。スヲウと二人だけにしてくれるならお前の提案を受けてやる」
 「なんだと? なめるなよ、お前の命はもはや俺の手の中だ。俺がちょっと力めば、お前の体は肉塊になるんだぞ?」
 プリシラはそう言いながらザラにかけている重力をより強くし、ザラの体中から鈍い音がして吐血を繰り返した。
 「やめろプリシラ、いいから俺たちだけにしてくれ」
 「はぁ~? なーに言ってんのお前? 相変わらずあまいな、敵はどんな奴でも踏みつぶさないとまた歯向かってくるんだよ」
 「俺の言うことを聞いてくれ、これは俺ら二人だけの問題なんだから」
 それを聞いたプリシラはあからさまに不機嫌な顔をした。そして……
 「あーはいはい、わかったよ。俺は部外者だもんな。だがな、そんなんじゃいつか寝首を取られるぞ」
 そうして、プリシラは忠告を残して家に帰っていった。
 
 重力の影響が解かれたザラは、約束通りスヲウの体内に残っている魔力を戻し、スヲウは魔法で体の欠損個所を作って補った。
 そして、元通りになったスヲウは強い重力の影響で重症になったザラを担いで治療ができる場所まで運ぼうと歩き出した。
 「標的に助けられるなんて初めての経験だ」
 「俺も人間と殺し合いをするなんて初めてだ…… もう二度とこんなことはしたくない、うんざりする」
 「プリシラの言った通りだな。お前は他人にあますぎる、アイツは俺たちの仲間になった方がいい仕事するだろうな」
 「ハハハ、キツイ冗談はよしてくれよ」
 たわいのない話をしながら二人は、崩れかかった本部を去っていった。
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