カオスの遺子

浜口耕平

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第二部 自由国ダグラス

第百話 クーデター前章 筋違い

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 本部での決戦の後、住民はもちろんのこと町にいる兵士たちも壊れかかった本部の惨状を見て嘆いていた。
 そこで、急遽元老院指導のもと本部の修復が数日後から始まることが決定し、騒動を引き起こした本人たちの存在は明かされなかったが、陰ながら一か月の自宅謹慎を言い渡された。
 スヲウは素直に従う一方、ザラは手紙に書いてあったミルムの町にあるカンザス地区へと向かい、ギールたちを捕らえに向かったが、既に彼らの姿は消えており家はもぬけの殻であった。
 そして、手紙の内容が真実だと知ったスヲウは葛藤と苦悶に悩まされ眠れない日々が続いていた。
 自分たち混血が家畜に劣らない状況下に置かれている事実を知ったスヲウにとって、自宅でのうのうと過ごしていることは苦痛であった。
 今日も悪夢にうなされて目が覚めたスヲウは、汗で濡れた体を起こして浴室へと向かい顔を洗って鏡に映る自身の顔を見た。
 「くまだ…… 疲れてんのかな俺……」
 彼の目下には大きなくまがくっきりと出来ており、そう言っている間にも強い倦怠感と眠気に襲われ再びベッドへと重たい体を引きずっていった。
 なんとか寝室にたどり着いたスヲウがベッドに横たわろうとした時、玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。
 「誰だ……?」
 スヲウは来訪者を迎えるために玄関へと向かった。

 一方その頃、カンザス地区に赴いたザラたちは、ギールたちが既に町を去っており決戦の時にスヲウを殺しきれなかったことも相まって不満が蔓延って暗い部屋がより闇に近いような雰囲気に包まれていた。
 「クソ、もう少しでスヲウを殺せたはずなのにしくじってしまった……」
 「でも、しょうがないんじゃないですか? プリシラも現れてはいくらアナタでも始末することは不可能ですよ」
 「ガビの言う通りです。しかし、これでもうスヲウを始末することは無理でしょうね。始末したとしたらプリシラが出張って来る。これ以上国力が減るような行動は取れませんね」
 「ああ…… 今俺がイラついているのは、ギールたちが言われた地域にいなかったことだ。俺たちは手紙を受け取った翌日には二人の隠れ家と思しき場所に踏み込んだのにだ! 俺たちの行動と情報が奴らに知られているとは思えないが、誰かが二人を先導している可能性は高い」
 「と言うことは、我々デスサイズの中に裏切り者がいるということですか? にわかには考えれませんが……」
 ザラの言葉を聞いてその場にいる全員が顔をこわばらせて硬直し、間もなくしてギャバンが彼の考えを否定した。
 「絶対にないとは言い切れん。ああ…… 簡単な仕事のはずが厄介なことになってきたな。執政官の方々にも意見を出してもらったが、『今はお前たちデスサイズの行動は慎んだ方がいい。お前たちの存在は認められてないからな。下手に行動すると、元老院のクズどもがそこをついてくるかもしれない』って言われてしまってな……」
 「では、俺たちも謹慎するということですか? あの忌々しい元老院が! 奴らは未だに我々が戦争中であることを無視して、明日消えるかもしれない私腹ばっか肥やしやがって!」
 「心配するなガビ。遺子がこの国現れた時にすべてが変わる。スヲウたちには遺子の相手を、俺たちは元老院の議員すべてを闇に葬る。そして、国内で溢れ出たゴミを焼却する」
 「だから、今は耐えろ。皮肉ではあるが、俺たちはカオスの遺子を望んでいる」
 そう言い終えると、ザラは三人にギールたちの捕獲任務を解き、同時にデスサイズの面々の活動を大幅に縮小するよう命令を下した。

 「今出る、少し待ってくれ」
 スヲウが玄関のドアを開けると、目の前には縄で縛られたハムと酒瓶を持ったプリシラが笑顔で立っていた。
 「よう元気か!? ハハハ、謹慎食らったんだってな。まさか、お前の方が先に総帥から咎められるなんてな」
 「からかいに来たのか? あいにく俺は疲れてるんだ。後にしてくれないか」
 しかし、そんなことも気にも留めず、プリシラは家の中へとずかずかと入っていく。
 スヲウは家に入らせないようにドアを閉めたが、力が上手く入らずにプリシラの侵入を許してしまいしょうがなく彼を家に招き入れることにした。
 プリシラは今更気づいたのか、スヲウの顔にできたくまを見て爆笑してからかい始めた。
 「フハハハハハッ!! 何だそれ!? 厚化粧でもしてんのか? 年増おばさんみたいな顔しやがって」
 「くまだよ、くま。最近寝つきが悪くてな、今すげー眠たいんだけど」
 「あーそうかいそうかい。じゃあ、俺はお客さんだからもてなしてくれ」
 そう言って、プリシラは席に着くと持ってきた物を机の上に置いて、バンバンと両手で机を叩き始めた。
 それを見たスヲウは「はー…」とため息をつきながらも、向かい側の席に着いてプリシラと飲み始めた。
 
 しばらく飲んでいると、スヲウは飲みすぎで机に頭を突っ伏していびきをかいて爆睡していた。
 それとは対照的にプリシラは、ハイになってカバのように寝ているスヲウを起こそうとちょっかいをかけている。
 「おいおいおいおいおーい! 生きてますかー!! まだまだ夜はこれからだぞー!!」
 「ぅ… うぅ……」
 耳元で叫ぶ声に少し目を覚ましはしたが、スヲウは顔を上げずに再び寝ようとプリシラの顔を手で押しのけた。
 「おっとっと、起きない子はお仕置きだぞー ほら早くしないと姫はじめ、いや殿はじめしてしまうぞ~」
 殿はじめとのたまうプリシラに貞操の危機を感じたスヲウは、酔いも疲れも吹っ飛び勢いよく顔を上げズボンに手をかけているモンスターの方に振り向いた。
 「お、起きた起きた。もう少しだったのになぁ……」
 「今まで一番恐怖を感じたぞ。ていうか、お前酒癖悪くなってねえか? 前はこんなんじゃなかったのにな」
 「あ? それはコイツのおかげだよ」
 プリシラはポケットから袋を取り出すと、中に入っている白い固形物をテーブルの上に置いてそれを近くにあった本で粉末状にした。
 「やめろやめろ! 俺の家で何てことしやがるんだお前は!! それ明らかに薬物だろ? 押収する側が使うなんてありえないだろ、それに、薬物はこの国では禁止だ。すぐに捨てろそんなもの!」
 「大丈夫だって、俺たち混血はアホどもと違って薬物への耐性は強い方だからな。少量なら気分が上がるだけで、何の副作用もない。その上、ただで入手できるときた。完璧だろ?」
 そして、粉末状にした薬物を集めた後に「火ない?」と聞いたが、スヲウは彼の手をはたいて薬物を床にぶちまけさせた。
 「あーもったいないなー」と床に落ちた粉を見て悲しそうな顔をするプリシラは、今にも地面に寝転がってこぼれた薬物を再び集めそうな目をしていた。
 だが、スヲウが薬物を箒で集めてゴミ箱に捨てたことで、プリシラは薬物への執着を見せなくなり大人しく席に着いて再び酒をあおり始めた。
 「なあプリシラ…… お前は犯罪者が嫌いじゃなかったのか? どうしてそんな犯罪に手を出すんだ?」
 「ああ? 犯罪者が嫌いなことに変わりはねえよ。だけどな、毎日毎日あの産業廃棄物を処理するのには、並大抵の精神じゃやっていけねえんだよ。魔物に殺された死体なんざ見慣れているだが、人が殺した死体はどうしてあんなに嫌悪感がわくんだろうな…… いつもハイになってないと前向きに仕事できねえ。
  あー、もうカオスの遺子の誰でもいいからさ、人以外の相手とずっと戦っていたい……」
 コップに注いだ酒を眺めて水面に浮かぶ自身の顔を、自身の言葉と共に歪む顔を見つめるその面影は、かつて少年の時に抱いた人間の敵である魔物と戦うという意思がこの水面に投影されるようだった。
 そんな彼を見たスヲウも自身の迷いの内をプリシラに、そして、独り言のように語り始めた。 
 「子供の頃の、あの明確に決まっていた敵を倒すという意思はもう生きていない。今、俺たちが戦っている相手は一体誰なんだろうな? この空虚な十数年間は俺たちの意思を腐らせ、惑わせるには十分な時間だった」
 「確かにそうだ。俺は本来の目標を失っていた…… よし! 俺は明日から町の仕事は放棄して、外の魔物どもを討伐する! お前も来ないか?」
 「……………いやいい。俺にはまだ何もすることができないから」
 「ちぇ、わかったよ。今日は久々にお前と飲めて楽しかったよ。じゃあな」
 そう言ってからプリシラはスヲウの家を後にした。
 あの手紙の内容を見てから、町で見かける年下の混血たちが尊敬の目で自分を見て話しかけられることが、自身の体と心を徐々に蝕んでいっていることに気づいた。
 そして、ついにはスヲウは誰もいない深夜の町を徘徊し始めた。
 人気がいない夜の町を散策するあの時間。
 遠くに浮かんでいつまでも自身を見守ってくれる月や輝く星々。
 世界で自分一人になったかのような雰囲気にさせてくれる町の静けさが、スヲウの心を癒す唯一の手段となっていた。
 しかし、今はスヲウは一人ではない。
 理由は違えど、今の生き方や人生に目的を失っている友が傍にいる。
 こじれることもあったが悩みを共有できるこの生涯の友、清貧叱咤を受け入れてくれる真の友がいる。
 それゆえ、この思いがけないひと時の時間はスヲウの心を休ませることになった。
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