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第二部 自由国ダグラス
第百三話 クーデター前編
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スヲウが首都ナマルガマルから去ってから一年後、混血を復興させるための仲間は二十人ほどになっていた。
仲間たちは施設にいる女性たちではなく、町に努める一般の兵士たちを個人でスカウトして集めてきたもので、デスサイズの目にかからないように少人数のチームを組みながら国中の隠れ家に散らばって活動をしていた。
この一年間、スヲウたちは施設を襲撃する前準備として仲間を集めることに集中し、着々と混血女性を救い出すための作戦を進めていた。
無論、政府も黙ってはおらず、スヲウが姿を消した三日後から国軍による大規模な捜索を開始した。
しかし、すべての情報を持っているクラウディウスの指示により政府からの追っ手を難なく躱すことができていた。
そして今、すべての準備を整えたスヲウは集まった仲間たちの前で襲撃前のスピーチを行おうとしていた。
みんなの前に立ったスヲウはもう以前の穏やかな顔つきは見る影もなく、鋭い目つきとこわばった顔は戦士のようであった。
「ついに決戦の時が来た! 俺たちの仲間を死の淵から救い出す時が来た! 俺たち混血が千年の没落から再び立ち上がる時が来た!
かつて俺たちの仲間は四人だった。だが、この一年俺たちは同じ志を持つ仲間を探し続け、今では二十人を超すまでになった! 破滅的な世界の支配者、彼らの殺人行動に加担する裏切り者、安穏と暮らしている沈黙の虐殺者たる純血たちは俺たちの雄姿を見て何を思うだろうか? 『世界の平和を乱しているお前たちは平和の破壊者だ』と俺たちを大悪党と非難するだろう。『倒すべき敵から逃げた臆病者だ』と俺たちを侮辱し始末しに来るだろう。『ありもしない事を吹きまわし民衆を惑わす嘘つきだ」と俺たちの口を塞ぎに来るだろう。
彼らに問う! 混血を子供の頃から洗脳し、意思のない兵士として使いまわすことは悪だとは思わないのかと!
彼らに問う! 先祖の栄華を汚し破壊したものこそ俺たちの本当の敵ではないかと!
彼らに問う! 真実を嘘と言い続け、嘘を真実と言い続ける者こそ世を乱す嘘つきではないかと!
この虚無空間に響く彼らの嘘が今日まで強い影響力を持てたのは、ひとえに俺たち混血が逆らえないように抑圧してきたからだ! 俺たち混血は千年前に死に絶え、平和という貧弱な言葉を守るためにしっぽを振るう彼らの犬に成り下がった!
しかし今、俺たち混血はここから立ち上がった。明日、俺たちは施設を襲撃し同胞を鎖から解放する。現在の支配者である純血たちは、俺たちを止めようとあらゆる手段を使ってくるだろう。
だが、正義の活動を止めることはできない! やがて、これはエレイス、ローデイル、ヤマトまで拡大し黒い波となって支配者を追い出し過去の栄光をなぞり始める!
俺たちは無敵だ! 俺たちは解放者だ! 俺たちは地面に埋もれた栄光を掘り起こし、我々混血は世界を覆う!
さあ戦おう! そして、俺たちの自由を取り返すぞッ!!」
スヲウがスピーチを終えると、仲間たちからは家が揺れるほどの喝采が起こった。
仲間たちの反応を見たスヲウは四つの施設を襲撃するよう指示を出すと、子を抱いているメローネとクラウディウス、スヲウ以外の面々は襲撃に向かった。
隠れ家に四人しかいなくなるのを見計らって、クラウディウスがスヲウの元にやって来て、先ほどのスピーチを褒め称えた。
「いやぁーアナタが原稿を書いてくれたおかげですよ! そんなことより、メローネとグイのことは頼みます」
「任せておけって。さあ、お前も行け。グズグズしてると今までのことが無駄になってしまうぞ」
「はい分かっています! では、我ら混血に栄光あれ!」
スヲウは腕を掲げてそう言うと、隠れ家を後にした。
「あのぅユリウスさん、私がトイレへ行っている間、少しこの子を見ていただけないでしょうか?」
メローネはギールとの子であるグイを両手で抱えながらクラウディウスに頼み込んだ。
彼女の頼みをクラウディウスは快く快諾すると、グイを預けてトイレへと駆け足でその場を後にした。
「ふえええええん! ふええええん!!」
グイはメローネがいなくなった瞬間、瞬く間に大きな声を上げて泣き始めた。
「おうおう、母親がいないと泣いてしまうのかお前は? まったく、人間の赤子というのはあまりにも非力で不完全だ。どうしてこんな役立たずを創ってしまわれたのか……」
目の前で泣きじゃくっているグイを見て、クラウディウスは人の赤子の脆弱さにため息をついた。
そのあまりにも自分たちとかけ離れている光景には、創造主たるカオスへ疑問を投げかけてしまうほどであった。
カオスの言葉を書き留めた『神の書』には「天上の太陽が創りし子たちが一つの渇望の中、彼のものが現れ、彼のものは新たな世界の王となる」と第一節に書かれている。
「天上の太陽が創りし子たち…… ああ、この脆弱なものの助けを我らが請わねばならないとはな」
そんな風に思っているわけだが、この世において創造主たるカオスの意思は絶対、世界の行く末は既に決まっているのだから、カオスの遺子は『神の書』に従う義務がある。まあ、一人従わない者もいるわけだが……
そう考えながら泣き止まないグイをそのままにしていると、トイレを済ましたメローネが戻ってきてクラウディウスに抱きかかえられているグイをその手で譲り受けてあやした。
しばらくすると、グイは泣き止んで疲れたのかメローネの胸の中でぐっすりと眠っている。
「はあ~ようやく泣き止んでくれたわ。すいません、いろいろ面倒見てもらって」
「いいよいいよ、どうせもう終わりだから」
「終わりってどういうことです? 純血の支配が終わるってことですか?」
「う~ん、まあそんな感じだ。全てが終わりを迎えて新たな世界が始まる」
「私たちが日の元で生きていける世の中に早くなればいいのに……」
メローネは窓のガラスの向こうに見える沈みかかった太陽を眺めて呟いた。
抱いているグイの未来のためにも、今戦っているスヲウたちには何としてでも作戦を成功させて欲しいと心から願うのだった。
翌日、スヲウは一人で襲撃する施設、もとい小さな町を遠くの丘から観察していた。
クラウディウスがもたらした情報の中には、混血の仲間を増やしている施設もあった。
「こんなところに人が住んでいるなんてな。ここらは人間の非生活圏だったはずだが…… ユリウスさんはこんなところまで調べていたのか。やっぱりあの人は正しい、俺たちの真のリーダーだ」
非生活圏とは人が住めない地域であり、周りには強い魔物が跋扈していると言われており、人間が立ち寄ってはならない禁止区域として各国の政府が決定している。
そもそもこの非生活圏を決定づける大きな要因は兵士の有無が関わって来ており、それぞれの国が中心にある首都から同心円状に広がるように発展してきた町の外に非生活圏の大部分が存在している。
それゆえ、この人の目がつかない土地は強力な兵士を要する政府にとっては都合のいい実験場だった。
「囚われた同志たちよ! 俺が今から助けに行く!!」
そう意気込んだスヲウは、遠くに見える施設に飛んでいった。
施設の中に入り込んだスヲウは町中を歩いているデスサイズのメンバーに魔法で次々と攻撃を仕掛け、いきなりの襲撃を受けた男たちは雪崩れるように地面に倒れていく。
「く、クソ、何のつもりだてめえ。俺たちの仲間じゃないのか?」
スヲウの全能の湧水死の淵まで追い込まれた男が疑問に引きつった顔で問いかけた。
「仲間だと? 馬鹿言うな。俺の名はスヲウ、混血の復興を目指す解放者だ」
「スヲウだと……? お前、国と人々を裏切って何のつもりだゴラぁ!? こんなことしたって何も変わらねえ、何の解決にもならねえよ!」
「なんだと?」
「俺らの行動が意味がないだと!? お前毒されてんな、真実を知らないお前たちは純血どもの言いなりだ」
スヲウは男の発言を聞いて彼に近づいて胸ぐらを片手で掴み上げた。
「ハハ、毒されてるのはお前の方だスヲウ。誰にそそのかされたのは知らんが、この施設じゃお前たち部外者の力など無意味だ」
「なに!?」
すると突然、スヲウは後頭部に鈍器で殴られたかのか強烈な衝撃と痛みが彼を襲い、思わず男を掴んでいた手を放してしまった。
「痛ぇ……」
誰に襲われたのか知るためにスヲウは後ろを振り向いたが、そこには酒瓶を持ち、今にも襲いかからんばかりの鋭い目つきで彼を睨み付けている混血の女性がいた。
「ちょっとアンタ! うちの旦那に何やってくれてるのよ! この人殺しィ!!」
「……? 何言ってるんだお前……?」
スヲウは目の前の女が何を言ってるのか理解できなかった。
クラウディウスからは施設にいる女たちは無理やり子供を産まされていると聞いていたので、彼女の発言は初耳でたじろいでいると、後ろから男に短剣で腹を刺された。
「クハハハハ! 言ったろ!? 意味がないって! この町にいる女は生まれてからずっとここで暮らしてる! てめえの言葉なんぞ役に立たねえ!!」
そう言う男の顔はほくそ笑んでいるかのように見え、怒ったスヲウは一瞬で男を殺した。
「さあここから出よう、ここにいるデスサイズたちは全員殺した。お前たちを縛る者は誰もいない」
目の前で怯えている女に手を伸ばして逃げるように言うが、女は手をはたくと先ほど死んだ男に抱きついて悲しみの声を上げた。
何で泣いてるのかが分からない。それがスヲウが最初に感じたことだった。
「な、なんでコイツの死を悲しんでいる? そこのクズどもはお前たちをこの町に縛り付けているような奴だぞ!!」
すると、女は男が握っていた短剣を手に持ってスヲウに斬りかかった。
「人殺しが! 返してよ! 私たちの家族を返してよ!」
そう叫ぶ女は怒り、悲しみ、憎悪の感情で支配されてスヲウへ復讐しようと躍起になっている。
感情に任せた単調な彼女の剣筋を躱しながらも、その疑問は頭に残っていた。
数十秒立つと、他に旦那や恋人を殺された女性たちが出てきてはスヲウに向かって卵や食器、あらゆるものが投げられるようになり、中には包丁などで刺し殺そうとする者も現れた。
救うべき女性たちを殺すことはできないので、たまらずスヲウは施設から脱出した。
スヲウはクラウディウスたちが待つ隠れ家へと急いで逃げ帰って、事の詳細を彼らに伝えた。
「……そうか、それはご苦労だったな。今は少し休め」
「休んでられませんよこんな時に! あの者たちは生まれた時から外の世界を見たことがないんだ! だから、俺たちが救い出さないといけないんだ!!」
席から立ち上がって外に行こうとするスヲウを無理やり家の中に引っ込めたクラウディウスはこう彼に囁いた。
「お前一人で行ってどうする? まだ他の施設に行ったギールたちも戻って来てない、勝手な行動は計画にずれが生じてしまう」
「……………わかりました。アイツらが戻って来るまで我慢します。ただ、戻ってこないときは俺が彼女たちを無理やりにでも解放させます」
納得したスヲウは一言、言い残してから自分の部屋へと引き上げていった。
「クフフフ、既にお前は一人だぞ。あと少しだ、あと少しでこの国は終わりだ」
そうほくそ笑むクラウディウスの足元には、メローネが身に着けていたブローチが転がっていた。
それから一週間後、ギールたちは一人たりとも帰ってはこなかった。その上、メローネたち親子も失踪して、スヲウの仲間はクラウディウス一人だけとなっていた。
そんな中でも、スヲウは席に着いて机の上を指でコンコンと突きながら彼らの帰りを待っていた。
しかし、いくら経っても彼らがスヲウの元に姿を現すことはない。
ギール、メローネ、グイの三人はれっきとした混血ではあるが、スヲウたちが集めた他の混血たちは、クラウディウスが前もって創っておいた者たちで、施設を襲撃するために家を飛び出してギールを殺してから施設にいる人々を男女関係なくすべて殺した。
殺し終えた男たちは続けて国軍に忍び込んで彼らの情報をスパイしてクラウディウスへと伝え続けるよう魔法で命令を与えられた。
そして、いくら待っても現れないギールたちについに怒りを爆発させたスヲウが部屋を飛び出した瞬間、ドアの前で立っていたクラウディウスと鉢合わせた。
「どいてくれユリウスさん、もうアイツらの帰りは待てねえ早く動かないと全てが台無しになってしまう」
「落ち着け、一先ず俺の話を聞け。お前たちが襲撃した施設を見てきたが… お前の言ってた通り、女どもは葬式をやっていた」
クラウディウスはあたかも彼女たちの行動が予想外だったことかのように語って一息ついた。
「俺はあれを見て思ったよ。ああ、これではダメなんだってな。外の世界を創造したことのねえ奴にいくら説教垂れても状況は改善しない。それに、たとえ外の町に連れ出しても彼女たちは心を痛めて自分自身を塞ぎこんでしまうだろうな」
「だったら、どうすればいいんです!?」
スヲウは血気迫った様子でクラウディウスに投げかけた。
すると、クラウディウスは自身の腕を反対側の肩を掴むように回した後、目を見てこれからすべきことを話し始めた。
「国と戦え、それしかもう世の中を変えられない」
「それは……」
スヲウはためらって言葉を濁した。
彼は別に怖いわけではない。ただ、国を相手にするとなれば全てを捨ててでも戦って行かないといけないことを意味する。
そうなれば、まだここに帰って来ていないギールたち全員の命が危険にさらされる。
それに、混血の自分が国に表立って反旗を翻せば、町にいる混血たちが市民から不当な扱いを受けるだろうことは目に見えていた。
「いいかいスヲウ、ここにとどまっててもアイツらが戻って来るとは限らない。それに、お前たちが襲撃したことは既に執政官どもの耳に届いているだろう。
もはや、俺たちは後戻りはできない。お前はこの前仲間たちの前で戦うことを決意したよな? たとえ一人になっても、混血の解放のために戦い続けると誓ったよな? なら戦うべきだ。彼女たちを説得するなんて無駄だ、あそこにいる者たちは井の中の蛙であり、外の世界に興味を示しても数人程度じゃ意味がない。
さあスヲウ、革命をおこそう! 幸いお前には有り余る力がある。俺たち混血を導けるカリスマがある。お前が旗を持って彼らに立ち向かうなら奴らは何もできないはずだ。お前は未だに国軍のメンバーで最高戦力の一人だ。執政官が国軍を総動員させるにはそれなりの理由がいる。その間にお前はザラ率いるデスサイズの面々を皆殺しにしろ! そうすれば、国内はえも知れない混乱に陥る。俺たち混血が国を乗っ取ることも可能になるはずだ」
そう訴えるクラウディウスを見てスヲウは決心を固めた。
「わかった。俺は必ずここに混血の国を作り上げる!」
そうして、スヲウは家を飛び出してデスサイズのメンバーを駆りに出かける準備をしてから家を飛び出した。
そして、かつてないほど戦いを思い描いている彼の後ろ姿を満面の笑みでクラウディウスは見つめていた。
仲間たちは施設にいる女性たちではなく、町に努める一般の兵士たちを個人でスカウトして集めてきたもので、デスサイズの目にかからないように少人数のチームを組みながら国中の隠れ家に散らばって活動をしていた。
この一年間、スヲウたちは施設を襲撃する前準備として仲間を集めることに集中し、着々と混血女性を救い出すための作戦を進めていた。
無論、政府も黙ってはおらず、スヲウが姿を消した三日後から国軍による大規模な捜索を開始した。
しかし、すべての情報を持っているクラウディウスの指示により政府からの追っ手を難なく躱すことができていた。
そして今、すべての準備を整えたスヲウは集まった仲間たちの前で襲撃前のスピーチを行おうとしていた。
みんなの前に立ったスヲウはもう以前の穏やかな顔つきは見る影もなく、鋭い目つきとこわばった顔は戦士のようであった。
「ついに決戦の時が来た! 俺たちの仲間を死の淵から救い出す時が来た! 俺たち混血が千年の没落から再び立ち上がる時が来た!
かつて俺たちの仲間は四人だった。だが、この一年俺たちは同じ志を持つ仲間を探し続け、今では二十人を超すまでになった! 破滅的な世界の支配者、彼らの殺人行動に加担する裏切り者、安穏と暮らしている沈黙の虐殺者たる純血たちは俺たちの雄姿を見て何を思うだろうか? 『世界の平和を乱しているお前たちは平和の破壊者だ』と俺たちを大悪党と非難するだろう。『倒すべき敵から逃げた臆病者だ』と俺たちを侮辱し始末しに来るだろう。『ありもしない事を吹きまわし民衆を惑わす嘘つきだ」と俺たちの口を塞ぎに来るだろう。
彼らに問う! 混血を子供の頃から洗脳し、意思のない兵士として使いまわすことは悪だとは思わないのかと!
彼らに問う! 先祖の栄華を汚し破壊したものこそ俺たちの本当の敵ではないかと!
彼らに問う! 真実を嘘と言い続け、嘘を真実と言い続ける者こそ世を乱す嘘つきではないかと!
この虚無空間に響く彼らの嘘が今日まで強い影響力を持てたのは、ひとえに俺たち混血が逆らえないように抑圧してきたからだ! 俺たち混血は千年前に死に絶え、平和という貧弱な言葉を守るためにしっぽを振るう彼らの犬に成り下がった!
しかし今、俺たち混血はここから立ち上がった。明日、俺たちは施設を襲撃し同胞を鎖から解放する。現在の支配者である純血たちは、俺たちを止めようとあらゆる手段を使ってくるだろう。
だが、正義の活動を止めることはできない! やがて、これはエレイス、ローデイル、ヤマトまで拡大し黒い波となって支配者を追い出し過去の栄光をなぞり始める!
俺たちは無敵だ! 俺たちは解放者だ! 俺たちは地面に埋もれた栄光を掘り起こし、我々混血は世界を覆う!
さあ戦おう! そして、俺たちの自由を取り返すぞッ!!」
スヲウがスピーチを終えると、仲間たちからは家が揺れるほどの喝采が起こった。
仲間たちの反応を見たスヲウは四つの施設を襲撃するよう指示を出すと、子を抱いているメローネとクラウディウス、スヲウ以外の面々は襲撃に向かった。
隠れ家に四人しかいなくなるのを見計らって、クラウディウスがスヲウの元にやって来て、先ほどのスピーチを褒め称えた。
「いやぁーアナタが原稿を書いてくれたおかげですよ! そんなことより、メローネとグイのことは頼みます」
「任せておけって。さあ、お前も行け。グズグズしてると今までのことが無駄になってしまうぞ」
「はい分かっています! では、我ら混血に栄光あれ!」
スヲウは腕を掲げてそう言うと、隠れ家を後にした。
「あのぅユリウスさん、私がトイレへ行っている間、少しこの子を見ていただけないでしょうか?」
メローネはギールとの子であるグイを両手で抱えながらクラウディウスに頼み込んだ。
彼女の頼みをクラウディウスは快く快諾すると、グイを預けてトイレへと駆け足でその場を後にした。
「ふえええええん! ふええええん!!」
グイはメローネがいなくなった瞬間、瞬く間に大きな声を上げて泣き始めた。
「おうおう、母親がいないと泣いてしまうのかお前は? まったく、人間の赤子というのはあまりにも非力で不完全だ。どうしてこんな役立たずを創ってしまわれたのか……」
目の前で泣きじゃくっているグイを見て、クラウディウスは人の赤子の脆弱さにため息をついた。
そのあまりにも自分たちとかけ離れている光景には、創造主たるカオスへ疑問を投げかけてしまうほどであった。
カオスの言葉を書き留めた『神の書』には「天上の太陽が創りし子たちが一つの渇望の中、彼のものが現れ、彼のものは新たな世界の王となる」と第一節に書かれている。
「天上の太陽が創りし子たち…… ああ、この脆弱なものの助けを我らが請わねばならないとはな」
そんな風に思っているわけだが、この世において創造主たるカオスの意思は絶対、世界の行く末は既に決まっているのだから、カオスの遺子は『神の書』に従う義務がある。まあ、一人従わない者もいるわけだが……
そう考えながら泣き止まないグイをそのままにしていると、トイレを済ましたメローネが戻ってきてクラウディウスに抱きかかえられているグイをその手で譲り受けてあやした。
しばらくすると、グイは泣き止んで疲れたのかメローネの胸の中でぐっすりと眠っている。
「はあ~ようやく泣き止んでくれたわ。すいません、いろいろ面倒見てもらって」
「いいよいいよ、どうせもう終わりだから」
「終わりってどういうことです? 純血の支配が終わるってことですか?」
「う~ん、まあそんな感じだ。全てが終わりを迎えて新たな世界が始まる」
「私たちが日の元で生きていける世の中に早くなればいいのに……」
メローネは窓のガラスの向こうに見える沈みかかった太陽を眺めて呟いた。
抱いているグイの未来のためにも、今戦っているスヲウたちには何としてでも作戦を成功させて欲しいと心から願うのだった。
翌日、スヲウは一人で襲撃する施設、もとい小さな町を遠くの丘から観察していた。
クラウディウスがもたらした情報の中には、混血の仲間を増やしている施設もあった。
「こんなところに人が住んでいるなんてな。ここらは人間の非生活圏だったはずだが…… ユリウスさんはこんなところまで調べていたのか。やっぱりあの人は正しい、俺たちの真のリーダーだ」
非生活圏とは人が住めない地域であり、周りには強い魔物が跋扈していると言われており、人間が立ち寄ってはならない禁止区域として各国の政府が決定している。
そもそもこの非生活圏を決定づける大きな要因は兵士の有無が関わって来ており、それぞれの国が中心にある首都から同心円状に広がるように発展してきた町の外に非生活圏の大部分が存在している。
それゆえ、この人の目がつかない土地は強力な兵士を要する政府にとっては都合のいい実験場だった。
「囚われた同志たちよ! 俺が今から助けに行く!!」
そう意気込んだスヲウは、遠くに見える施設に飛んでいった。
施設の中に入り込んだスヲウは町中を歩いているデスサイズのメンバーに魔法で次々と攻撃を仕掛け、いきなりの襲撃を受けた男たちは雪崩れるように地面に倒れていく。
「く、クソ、何のつもりだてめえ。俺たちの仲間じゃないのか?」
スヲウの全能の湧水死の淵まで追い込まれた男が疑問に引きつった顔で問いかけた。
「仲間だと? 馬鹿言うな。俺の名はスヲウ、混血の復興を目指す解放者だ」
「スヲウだと……? お前、国と人々を裏切って何のつもりだゴラぁ!? こんなことしたって何も変わらねえ、何の解決にもならねえよ!」
「なんだと?」
「俺らの行動が意味がないだと!? お前毒されてんな、真実を知らないお前たちは純血どもの言いなりだ」
スヲウは男の発言を聞いて彼に近づいて胸ぐらを片手で掴み上げた。
「ハハ、毒されてるのはお前の方だスヲウ。誰にそそのかされたのは知らんが、この施設じゃお前たち部外者の力など無意味だ」
「なに!?」
すると突然、スヲウは後頭部に鈍器で殴られたかのか強烈な衝撃と痛みが彼を襲い、思わず男を掴んでいた手を放してしまった。
「痛ぇ……」
誰に襲われたのか知るためにスヲウは後ろを振り向いたが、そこには酒瓶を持ち、今にも襲いかからんばかりの鋭い目つきで彼を睨み付けている混血の女性がいた。
「ちょっとアンタ! うちの旦那に何やってくれてるのよ! この人殺しィ!!」
「……? 何言ってるんだお前……?」
スヲウは目の前の女が何を言ってるのか理解できなかった。
クラウディウスからは施設にいる女たちは無理やり子供を産まされていると聞いていたので、彼女の発言は初耳でたじろいでいると、後ろから男に短剣で腹を刺された。
「クハハハハ! 言ったろ!? 意味がないって! この町にいる女は生まれてからずっとここで暮らしてる! てめえの言葉なんぞ役に立たねえ!!」
そう言う男の顔はほくそ笑んでいるかのように見え、怒ったスヲウは一瞬で男を殺した。
「さあここから出よう、ここにいるデスサイズたちは全員殺した。お前たちを縛る者は誰もいない」
目の前で怯えている女に手を伸ばして逃げるように言うが、女は手をはたくと先ほど死んだ男に抱きついて悲しみの声を上げた。
何で泣いてるのかが分からない。それがスヲウが最初に感じたことだった。
「な、なんでコイツの死を悲しんでいる? そこのクズどもはお前たちをこの町に縛り付けているような奴だぞ!!」
すると、女は男が握っていた短剣を手に持ってスヲウに斬りかかった。
「人殺しが! 返してよ! 私たちの家族を返してよ!」
そう叫ぶ女は怒り、悲しみ、憎悪の感情で支配されてスヲウへ復讐しようと躍起になっている。
感情に任せた単調な彼女の剣筋を躱しながらも、その疑問は頭に残っていた。
数十秒立つと、他に旦那や恋人を殺された女性たちが出てきてはスヲウに向かって卵や食器、あらゆるものが投げられるようになり、中には包丁などで刺し殺そうとする者も現れた。
救うべき女性たちを殺すことはできないので、たまらずスヲウは施設から脱出した。
スヲウはクラウディウスたちが待つ隠れ家へと急いで逃げ帰って、事の詳細を彼らに伝えた。
「……そうか、それはご苦労だったな。今は少し休め」
「休んでられませんよこんな時に! あの者たちは生まれた時から外の世界を見たことがないんだ! だから、俺たちが救い出さないといけないんだ!!」
席から立ち上がって外に行こうとするスヲウを無理やり家の中に引っ込めたクラウディウスはこう彼に囁いた。
「お前一人で行ってどうする? まだ他の施設に行ったギールたちも戻って来てない、勝手な行動は計画にずれが生じてしまう」
「……………わかりました。アイツらが戻って来るまで我慢します。ただ、戻ってこないときは俺が彼女たちを無理やりにでも解放させます」
納得したスヲウは一言、言い残してから自分の部屋へと引き上げていった。
「クフフフ、既にお前は一人だぞ。あと少しだ、あと少しでこの国は終わりだ」
そうほくそ笑むクラウディウスの足元には、メローネが身に着けていたブローチが転がっていた。
それから一週間後、ギールたちは一人たりとも帰ってはこなかった。その上、メローネたち親子も失踪して、スヲウの仲間はクラウディウス一人だけとなっていた。
そんな中でも、スヲウは席に着いて机の上を指でコンコンと突きながら彼らの帰りを待っていた。
しかし、いくら経っても彼らがスヲウの元に姿を現すことはない。
ギール、メローネ、グイの三人はれっきとした混血ではあるが、スヲウたちが集めた他の混血たちは、クラウディウスが前もって創っておいた者たちで、施設を襲撃するために家を飛び出してギールを殺してから施設にいる人々を男女関係なくすべて殺した。
殺し終えた男たちは続けて国軍に忍び込んで彼らの情報をスパイしてクラウディウスへと伝え続けるよう魔法で命令を与えられた。
そして、いくら待っても現れないギールたちについに怒りを爆発させたスヲウが部屋を飛び出した瞬間、ドアの前で立っていたクラウディウスと鉢合わせた。
「どいてくれユリウスさん、もうアイツらの帰りは待てねえ早く動かないと全てが台無しになってしまう」
「落ち着け、一先ず俺の話を聞け。お前たちが襲撃した施設を見てきたが… お前の言ってた通り、女どもは葬式をやっていた」
クラウディウスはあたかも彼女たちの行動が予想外だったことかのように語って一息ついた。
「俺はあれを見て思ったよ。ああ、これではダメなんだってな。外の世界を創造したことのねえ奴にいくら説教垂れても状況は改善しない。それに、たとえ外の町に連れ出しても彼女たちは心を痛めて自分自身を塞ぎこんでしまうだろうな」
「だったら、どうすればいいんです!?」
スヲウは血気迫った様子でクラウディウスに投げかけた。
すると、クラウディウスは自身の腕を反対側の肩を掴むように回した後、目を見てこれからすべきことを話し始めた。
「国と戦え、それしかもう世の中を変えられない」
「それは……」
スヲウはためらって言葉を濁した。
彼は別に怖いわけではない。ただ、国を相手にするとなれば全てを捨ててでも戦って行かないといけないことを意味する。
そうなれば、まだここに帰って来ていないギールたち全員の命が危険にさらされる。
それに、混血の自分が国に表立って反旗を翻せば、町にいる混血たちが市民から不当な扱いを受けるだろうことは目に見えていた。
「いいかいスヲウ、ここにとどまっててもアイツらが戻って来るとは限らない。それに、お前たちが襲撃したことは既に執政官どもの耳に届いているだろう。
もはや、俺たちは後戻りはできない。お前はこの前仲間たちの前で戦うことを決意したよな? たとえ一人になっても、混血の解放のために戦い続けると誓ったよな? なら戦うべきだ。彼女たちを説得するなんて無駄だ、あそこにいる者たちは井の中の蛙であり、外の世界に興味を示しても数人程度じゃ意味がない。
さあスヲウ、革命をおこそう! 幸いお前には有り余る力がある。俺たち混血を導けるカリスマがある。お前が旗を持って彼らに立ち向かうなら奴らは何もできないはずだ。お前は未だに国軍のメンバーで最高戦力の一人だ。執政官が国軍を総動員させるにはそれなりの理由がいる。その間にお前はザラ率いるデスサイズの面々を皆殺しにしろ! そうすれば、国内はえも知れない混乱に陥る。俺たち混血が国を乗っ取ることも可能になるはずだ」
そう訴えるクラウディウスを見てスヲウは決心を固めた。
「わかった。俺は必ずここに混血の国を作り上げる!」
そうして、スヲウは家を飛び出してデスサイズのメンバーを駆りに出かける準備をしてから家を飛び出した。
そして、かつてないほど戦いを思い描いている彼の後ろ姿を満面の笑みでクラウディウスは見つめていた。
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ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
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※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
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