カオスの遺子

浜口耕平

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第二部 自由国ダグラス

第百五話 メリナの苦悩

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 アレスと婚約を誓ったメリナは、アレスと一緒の部屋で過ごすようになったが、共同生活の弊害からか最近の彼の言動に小さくない不快感を抱いていた。
 「メリナぁ~ちょっと金貸してくんない?」
 平常運転のアレスは、ダグラスに来ても金が不足すると、そのたびに誰かに工面してもらっていた。
 メリナとの婚約をしてからは、彼女に遊び金と飲み代をせびることがほとんどになり、そのようなやり取りを毎回していたので、甘々だったメリナの堪忍袋の緒が切れた。
 「いい加減にしてよアレス! 私はアナタの財布じゃないわ!! アナタは私の夫になるのだからもう少し自分の生活を見つめ直してよ!」
 「何でダメなんだよ! お前の方が金持ってんだから貧しい俺に少しくらい分けてくれたっていいじゃん!!」
 「そういうことを言ってるんじゃなくて! 自分自身を制御できるようになれってことよ! アナタは家族でしょ!? だったらもう少し考えて行動しなさいよ!!」
 居間で繰り広げられている舌戦を観戦していたロードが喧嘩を止めようとメリナに言い寄った。
 「ダメだよ二人とも! 喧嘩はメッ!だよ」
 「黙ってなさいロード。これは二人の問題よ、アナタはエルフリーデのとこに行ってなさい!!」 
 大きな声でロードを叱りつけてしまったことで、ロードは「ふええええん! ママぁああ!!」と泣きながらエルフリーデの元へと走っていった。
 「あ~あ泣かしちゃったなメリナ」
 「後で謝っておくから問題ないわ。今はアナタと話しているの、話をぼかさないで」
 アレスは話を話をそらさせて怒りの矛先を変えようとしたが、今のメリナにはそのような小細工は通用しなかった。
 今までに見せたことがない怒りを露にするメリナに、冷や汗を掻いているアレスは彼女を落ち着かせようと必死だったが、それと共に金を借りたいという思いも同じくらいだった。
 「そんじゃあいいよ別に、町で稼いでくるから」
 「ちょっとまだ話は終わってないわよ。それに、どうやって稼ぐのよ?」
 「ああ? 体売って稼ぐんだよ、俺まだ若いから十代って偽れば、そこらへんの紳士が買ってくれるだろ」
 そうして、居間から外へ出ようと自分たちの部屋へ行こうとしたアレスだったが、腕をガッと掴まれた。
 振り返ると、そこには涙を浮かべたメリナが立っていた。
 「お、お願いそれだけはやめて…… お金は私が用意するから」
 「マジ!? サンキューメリナ! じゃあ早く持ってきてくれ」
 その言葉を聞いてメリナは涙を拭きながら自室へと帰っていった。
 「何で泣いてるんだアイツ?」
 「アホかお前、ちょっとはメリナの気持ちを考えろよ。お前だって自分の嫁が違う男に抱かれてたら嫌だろ?」
 ギャバンは今までの流れを聞いて、アレスの言動に呆れかえりながらも、友人として彼の愚行を咎めた。
 「そんなことされたら相手の男を殺しちまうわ。あ~俺が悪かったのかな~」
 「こんなことサルでもわかんぞ。いいから謝って来いよ、じゃなきゃフラれちまうぞ」
 自分に非があると感じたアレスは急いでメリナのところへ走っていった。
 「あんなに愛されて羨ましいな……」
 一人残ったギャバンは、二人の関係性を見て心からそう思い、自然と口に出てしまった。 
 幼少期に父親からの教育と愛を与えられたあの忘れられない至福の思い出が今、駆け巡るように溢れでて来て二人のことと自分をと比較して悲しくなった。

 自室へと去っていったメリナは、金がないアレスの代わりに買った家具に囲まれた部屋で、一つしかないダブルベッドに寝転がって枕を涙で濡らしていた。
 「どうしてあの人は私の言うことを聞いてくれないの…… もう一人じゃないのに……」
 婚約したとはいえ、その後も自分勝手にふるまうアレスにメリナの我慢も限界で、行動を自制するように詰め寄った。
 だがしかし、アレスは態度を改めようともせず、大切な自分自身の体を軽々しく誰かに売ると脅しにも似た言葉を使ったことはメリナの心に大きな傷を残した。
 アレスを愛している! この言葉には一滴の不純物も存在せず、心からの思いだった。
 任務以外の時は、できるだけ二人だけの時間を取るように心がけて甘くて濃厚なひと時を過ごすようになっていたが、アレスはそんな時にでも一人でどっかに遊びに行ったり、朝帰りすることも多々あってその度に喧嘩することは日常茶飯事だった。
 アレスは言うなれば鷹のような人間だ。
 十三の時にエニグマに家族を殺されたアレスは、それ以来一人で何とか生き延びてきた。
 そのためか、ロード達と一緒に暮らしているにもかかわらず、オフの時は一人で時間を過ごしていた。
 「お母様、ロゼ…… 私は家を取り戻すため、失った民の信頼を取り戻すため苦難の道を選択したのです。ありがたいことに善き仲間たちにも恵まれ、運命を遂げようと思わせてくれるような人とも出会うことができました……
  だけど、今の私にはそれらを取り戻す力はなく、最愛の人すらも関係が悪化していくばかりで心が死んでしまいそうです」
 「私の意思で選択したことは間違っていたのだろうか?」と最近、自問自答を繰り返すようになったメリナは、癒しを求め夜になると、アレスにすり寄って寝ていた。
 そんなメリナの元に、アレスが戻ってきた。
 そして、開口一番に「傷つけてしまってすまなかった…… もっとお前の話を聞くべきだった」と謝罪した。
 「うふふ、なら話聞いてくれる?」
 「ああ聞くよ」
 謝罪をしたアレスを見たメリナは上半身を起こして彼にそう言うと、アレスは椅子をベッドの近くに持ってきて彼女の話に耳を傾けた。
 「お願いが三つあるの。一つ目は大切な体をむやみに犠牲にするような真似は今後一切しないで、アナタは私にとっても大切な人なんだから」
 「ああ誓うとも」
 その言葉を聞いたメリナは涙で赤くなった目元を手で拭いた後に笑顔を見せた。
 「じゃあ二つ目、もう少し自分の行動を自制して欲しい。アナタは将来、カペラの領主の夫になるのだから、人に笑われないような言動を意識して」
 「できるだけ頑張ってみるよ」
 「そして最後にこの誓約書にサインして」と言って隠していた紙を取り出してアレスに見せた。
 「誓約書? 何で?」
 最初の二つのお願いは苦しいながらも呑むことはできたが、今まで大きな借金をするたびに借用書にサインを書かされたことも相まって最後のお願いを簡単に受け入れることはできなかった。
 提示された二枚の誓約書を前にうだうだしていると、「私のことを愛してるのならサインしてよ! 私は口先だけの愛なんかより、形に残る愛が欲しいの! アナタはお金がなくて結婚指輪もプレゼントも買うことができないでしょ!? それなら別の方法でそれらを体現して見せてよ!」と声を荒げながら詰め寄ると、アレスは渋々二枚の誓約書にサインして控えとして一枚貰った。
 「まあいいか、借用書よりはマシだ。こんな紙切れで愛を試せるなんて実はメリナってポンコツかな」と誓約書の内容そっちのけで、こんな簡単なことでメリナの怒りを和らげられたことに安堵していた。
 「それじゃあ、俺はこれで」
 しかし、アレスは部屋を出ようと椅子から立ち上がった瞬間、「どこへ行くのよ」とメリナに言われたので、「ギャバンの所に行って飯奢ってくれるように頼みに行くんだ」と言って部屋から立ち去ろうとした。
 だが―――――――
 「あいにくそれは契約違反よ。見なさい愛の形三条第一項を見なさい『太陽が沈んでからの外出は、常にメリナと一緒に行動することを第一の条件とする』と書いてあるでしょ」
 「なッ!?」
 メリナの言葉に驚いたアレスは、すぐさま先ほどサインした誓約書の内容を確認し始めた。
 そこには、アレスの行動を厳格に縛り付ける規定と違反した場合の罰則について上から下まで延々と書かれていた。
 「何だよコレ!!」
 「うふふ、これからはずっと一緒よアレス」
 メリナは後ろからアレスを抱きしめて笑顔を浮かべながらそう言った。
 アレスは行き過ぎた愛に恐怖を感じながらも、もし裏切ったらどうなるか分からないという理由でメリナの言うことを黙って聞くことにした。
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