カオスの遺子

浜口耕平

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第二部 自由国ダグラス

第百六話 アリスターの苦悩

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  ネロを始末したロード達は、残りの大物パトロンであるダグラス中央銀行総裁メリウス、最大都市カルケッタの市長ウォレスの二人を倒すために、彼らがいるとされているカルケッタへ向かっていた。
 しかし、ダグラスに来てからリードは、ロードがエルフリーデにべったりで魂が幼く退化していることを憂いていた。
 そうして、リードは日記帳を開いてかつてのロードの姿を思い浮かべていた。

 六年前のある日―― ロード、六歳
 ロードは木製の荷台に木の棒を持って乗っかって、その荷台をリードが手で引くという馬車ごっこをして遊んでいた。
 「えへへへへ、右! 右! 早く~!早く~!」
 「ヒヒーンッ!!」
 ロードがリードの右肩をその手に持っている棒で叩くと、リードはその叩いた進行方向に進んだ。
 「あははははは! 次は右ーッ!!」
 リードは忠実に指示に従う。
 だが、こんな遊びを一時間以上やってればロードはともかく、馬になっているリードはだんだん飽きて面倒くさい気持ちでいっぱいになる。
 「なあロード、この遊びはここらでやめにしないか? 俺もう疲れたよ」
 「ダメ――!! お馬さんは人間の言葉は話さないから聞こえてないのと同じー!! ほら右!右!」
 子供の要求というのは時に残酷である。
 いくらリード自身が疲れていようとも、ロードが満足しなければ終わることはない。満足させるまでこの苦行は続くのである。
 「早く!! 早く右に行ってぇええ!!」
 感情を剥き出しにして棒を頭に何度も振り下ろすロードに、さすがのリードもキレすると、立ち止まって馬の鳴き声と共に足で土を蹴りロードの顔にぶつけた。
 「あうぅ~ うわああああん! 目が!目が痛いよ~!!」
 目に土が入ったロードは持っていた棒を落として荷台の底にしゃがみ込んで目を掻きながら大声で泣き始めた。
 「子供というものは傲慢で罪深い、成長すればその欲望は大きくなる。人というものは永遠の罪人だ」
 太陽を見ながらそう呟くと、ロードの方に振り返ってあやしてから背中におぶって家へと戻った。

 そしてまた別の日――
 二人は日用品を買い出しに町へとやって来ていた。
 用事を終え帰ろうとした道を歩いていると、道の傍に人形が飾られている店をロードが見つけた。
 ロードは気になって、人形店に走っていきガラス越しで見える『草原の黄金郷』に出てくる義賊ロビンを模した人形に釘付けになっている。
 「兄さん、これ買って!」
 「男が人形遊びなんかするんじゃない! そんなので遊ぶ暇があるなら家事をしろ!!」
 「いやいやいやいやいやー!! 買って! 買って! 買ってー!!」
 地面に仰向けになり泣きながら駄々をこねているロードを見て、恥ずかしい感情が沸き上がり立ち上がらせるように体を引っ張るが、店のドアノブにしがみついて抵抗した。
 通行人も二人のやり取りを笑いながら通り過ぎていく。
 中には「避妊はちゃんとしろよな」と言いながら去っていく男もいたが、好きで育ててる訳ではないと思いながらも一刻も早くロードを引きはがそうと力を入れた。
 「痛い! 痛いー!!」
 強く引っ張りすぎたのか泣き声は大号泣へと変わり、店先での騒ぎに気づいた店主が何事かと出てきては「商売の邪魔になるから連れて行ってくれ!」とリードを怒鳴りつけた。
 しかし、それでもロードは買ってもらうまで駄々をこねる腹づもりのようだ。
 埒が明かないと思い知ったリードはため息交じりにロビン人形を指さして購入する旨を店主に伝えた。
 その帰り道では、ロードが自身の上半身より大きいロビン人形に笑顔で抱きつながら、リードに買ってくれたことの感謝を伝えた。
 「ったく、せっかく買ったんだから大事にしろよ。すぐに壊したら容赦しないぞ」
 「わかってるよー!」
 「調子のいいクソガキだ」
 リードにとって子育てとは試練であることをつくづく実感した一日になった。
 
 そのまた別の日の夜――
 ロードは二人の寝室で泣いていた。
 「うわああああん!! 一緒に寝ようよー!!」
 「同じ部屋じゃねえか! 文句言うな!!」
 今日からロードと別々に寝ることを画策したリードは、部屋にもう一つのベッドを用意した。
 一応、ロードの強い反対を想定していたので、最初に同部屋、その後に別の部屋で一人で寝させようとしていたのだが、反発は思っていた以上のものだった。
 「ああ! もう付き合ってらんねえ!! 明かり消すぞ!」
 そう言うと、リードはランプの中で光っている魔力をかき消して自分のベッドに入った。
 暗闇の中でもロードは泣き続けて、リードが耳鳴りを感じるほどまでの号泣ぶりは眠りを様たふぇていた。
 (寝させてくれよ……)
 キンキンに鳴り響く声にだんだん頭が痛くなってきたリードは、一緒に寝るようロードに言った。
 「わーい!」と泣き止んだロードは、リードの毛布の中に入り込んだ。
 ようやく眠れると安堵したのも束の間、リードは自分の顔の上にロビン人形を押し付けられた。
 「えへへロビ~ン」
 ロードはそのまま枕元まで這いあがると、ロビン人形に抱きつきながら眠りに落ちた。
 「ああ…… ラフィーネに子供はいらないと言おう」
 子育てはもうしたくないと痛感したリードだった。

 日記を閉じたリードは、すぐさまロードがいるであろうエルフリーデの部屋へと向かった。
 部屋のドアを開けると、そこにはベッドの上で泣きながらエルフリーデにしがみついているロードの姿があった。
 「ママぁ~、メリナが怖いよ~! 僕はただ喧嘩を止めようとしただけなのに」
 「よしよし~ メリナは本気で怒っているわけではないはずよ。アレスとの喧嘩の影響でギラギラしてただけよ」
 お腹に埋めながら泣いているロードの頭を撫でてあやしている光景が気に食わないリードは、ずかずかと二人の元に駆け寄った。
 「ロード来い! そんな腑抜けな態度じゃカオスの遺子なんて倒せないぞ!」
 エルフリーデからロードを引きはがそうとするが、二人は抱きついて連れていかれないように抵抗した。
 「あっち行って! ママの方がいい!
 「勝手に入ってこないでよ! ロードも私の方がいいって言ってるんだから放っておいてよ!」
 「うるさい! コイツにはもっと立派な精神を身につけないといけないんだ!」
 ロードを巡ってエルフリーデろせめぎ合いを繰り広げていたが、ロードがエルフリーデの方に気持ちが向いていることでリードの敗北で戦いを終えた。
 勝者であるエルフリーデはロードの顔を頬でスリスリして勝利を堪能していた。

 一方、敗者になったアリスターは自室に戻ってベッドに腰掛けると、怒りのあまり拳を天高く突き上げた。
 幸い、拳が物などに振りおろされることはなかったが、代わりに空間魔法でロードの中にいるロイドとディーンの二人を自身の前に連れ出した。
 「あのー何の用でしょうか?」
 二人仲良く地面に正座すると、ロイドは何故呼ばれたのか恐る恐る質問した。
 兄弟といえ、目の前にいるのは遺子の中でも別格の原初の遺子の一人、カオスの第二遺子、不滅のアリスターである。
 そんな彼が今、気分を害しながら自分たちを呼び出したことで、内心ハラハラして落ち着かなかった。
 下手を打てば、兄弟であろうとも怒りの鉄槌が下されるかもしれないことは、兄たちの様子から身にしてみていた。
 「用だと? お前ら、何で俺が怒ってるのか知ってるのか?」
 「ええっとぉ~ロードがあの人間にべったりだということですか?」
 「ああ?」
 (ヒィッ! 怖いよ姉さん。やっぱり、バベル兄さんと同じ原初の遺子は怖い……)
 「兄上、アナタの怒りわかります。あの女が邪魔なんでしょう? だけど殺せない それが許せないのですよね?」
 怯えてディーンの後ろに隠れたロイドの代わりに、神眼を使ってアリスターの真意を汲み取って語った。
 「さすが神眼の力、俺の意を完全に理解している。そうだ! 殺せないんだよあの人間は! 原初の遺子たるこの俺が、一人の人間さえ殺せないとはな!!」
 感情が爆発したアリスターは、魔力が体から溢れ出て部屋の空間が、ガラスが割れるかのように粉々に崩れ落ちた。
 「あ、兄上、、」
 「クソ、やってしまった…… 悪いすぐに戻す」
 そして、アリスターは指をならして時間を巻き戻し元の部屋の状態に戻した。
 「それともう一つ、お前らいつになったらロードの魂と同化するんだ? 早くしないとアイスより上の遺子相手に勝てなくなるぞ」
 「でも、僕たち今までロードのために戦ったんですよ、アリスター兄さん」
 「お前ら弱いのに、アイスに勝てるのか? ベルに勝てるのか? バサラに勝てるのか? ディーンの時も俺が時を止めて手伝ってやったんだぞ」
 第八遺子アイスショット、第七遺子ベルナドール、第六遺子の名を上げてそれぞれ勝てるかと二人に聞いたが、二人は揃って勝てないと断言した。
 「ですが兄上、ロードの魂は小さく幼い未熟なものでありまして、俺たちも容易に触れることができないのですよ」
 「なら早く融合できるようにしろ、今日の夜、神域の虚無の間、精神しか入れない神域でロードを教育するんだ」
 すると、そこまで怯えて隠れていたロイドが出てきてアリスターの子育てについて文句を言った。
 「もとはといえばアリスター兄さんがロードを甘やかしすぎたのが原因じゃないですか。それを僕たちに兄弟に押し付けないでください」
 「ば、馬鹿お前! 早く兄上に謝れ! 存在を消されるぞ!」
 ディーンはロイドがアリスターを公然と批判したことに驚いてすぐに謝るように目がない眼を見開いて強く押した。
 「なら、お前が育ててみろ。いいか、アイツの子育ては母上に逆らうことと同じくらい難しいぞ」
 「望むところです! 僕たちが責任もってあの子の魂を立派なものにしてみます!」
 ナチュラルにディーンを巻き込みながら自信満々にのたまうロイドに、アリスターは絶対に上手く行かないだろうと高を括っていたものの、試しにロードのことを全て任せることにした。
 
 そしてその夜――
 ロードはエルフリーデと寝ていたはずなのに不思議な空間の中で目を覚ました。 
 自分がどこにいるのか辺りを見渡すが、白い空間の世界が無限に広がっているのみでそれ以外に目新しいものはない。
 「ママどこー!! ママぁー!!」
 一人漠然とした空間に取り残されたロードは、エルフリーデを求めて歩き出した。
 見ると、ロードの体は現実の肉体より小さくなっており、その姿は六歳の頃のロードとそっくりだった。
 「見つけたぞロード」
 泣きながら歩いていると、後ろから声が聞こえてきたので、振り返るとそこにはロイドとディーンの二人が立っていた。
 「ママじゃないッ!!」
そうして、ロイドたちによる我慢比べの子育てが始まるのだった。
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