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君と手にする明日は血の色

特に右腕は疼きませんでしたし、封印もされていないようです。

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 洞窟は、大きな岩石をくり抜いたようなシロモノだった。
 大きいって言葉には色々なサイズが当てはまるが、この洞穴の横幅はだいたい6メートル。
 縦は2メートルほどだろうか。
 こういう目測は苦手だが、頭から天井までは十分なゆとりがあるし、多分そのくらいだろう。

 とにかく、かなりでかい。
 洞窟というよりは、岩で作られた横穴式住居と言った方がしっくりくるだろう。
 洞窟の上に寝そべって『黙れ小僧!』とか言いたくなる。

「中はどんな感じかな……。ってか、猛獣とか住み着いてねえよな……?」

 ありえる。
 ここは異世界だ。キメラとかが居てもおかしくない。

 とは言ったものの、寝床の確保は最優先項目だ。
 恐る恐る、探索を始める。

 洞穴のなかは日光が届きにくいようだった。
 そのため暗かったが、最奥に目を向けても難なく見える程度には明るい。
 そのせいか。

 暗く、広く、そして何も無く。
 黒と灰色という配色だけの空間が、いやに寂しく思えた。
 いや、何も無くはなかった。
 机や椅子や電球、そういった生活用品は無かったが、1本の木刀が壁に立てかけられていた。

「夢の中の男……オルドの、木刀?」
 ふと手にして振ってみようと思って、やめる。
「うわっ! なんだよこれ!」

 木刀が血まみれだったからだ。
 正確にいえば、木刀を握る柄の部分のすべてが血まみれだった。
 おそらく、手のひらから多量の血が滲んでも、それでもやめずに振り続けたのだろう。
 それも、1度や2度ではない。

 柄に触れると、固形化した血液がポロポロと落ちるが、その下の層にまで血痕が残っている。
 たった数回では、こうはならないはずだ。
 俺は自分の手のひらを見て、驚愕した。
 まるで裏付けるように、手のひらには大量の血豆の痕があったからだ。

「……もしかして、すごい努力家だった?」
 もしかしなくても、そうなのだろう。
 この木刀と掌が何よりの証拠。
 それに加え、洞窟の中に、娯楽のようなモノは何もない。

 少なくとも、PCとテレビで時間を潰すような、前世の俺のようなヤツでは無かったってことか。
 もっとも、単純に異世界には娯楽がないというだけかもしれないが……。

 必死に努力して、それが実らないと気づいたオルドの心中は、どんなモノだったのだろう。
 極悪人のクソ野郎だと思っていたけど、もしかしたら、そうじゃないのかもな。
 そんな風に感情移入すると、ふいに、夢の中の言葉が思い出された。


『殺して欲しいヤツがいるんだ』


 ああ……と、そこで再確認する。だけどダメだ。
 俺は、人を殺したくない。
 オルドの努力を無駄にしてしまうが、それでも、嫌だ。


「だああああ! 止めだやめだ! もっと楽しく生きるんだ俺は!」
 落ちてきた気分を無理やり上げて、気分転換に部屋を物色する。

「オルドも男だ! 見られたくない資料の1つや2つ、どっかに置いてあるだろ! それを見つけてやる!」

 さて、異世界の秘本はどんな内容なんだろうか!
 やはりエロフか? ドワーフか? 
 それとも大穴で、ハーフのドエローフがヒロインか?

 目を凝らして探してみるが、物色は、ものの2分で終わる。
 なにせ、何もないのだ。

 怪しそうな棚も(そもそも棚がない)、ベッドの下も(そもそもベッドがない)、隠しフォルダも(そもそもフォルダが)一切ない。
 もしも転生チートとかで俺に【鑑定能力】があれば、きっと『木刀』と『岩』しか表示されないに違いない。


「……ん? 転生チート?」

 そうだ、俺は転生したんだ!
 それならチートがあってもおかしくない! いや、むしろあって当然しかるべし!
 そう思った俺は、さっと目に力を込める。

 ぐぐぐっと眉間にシワを寄せ、ここぞというタイミングで、俺は声を発した。


「【鑑定】!」
 俺は、唖然とした。

「い…………」
 そして震える声で現実を直視し、泣きながら、叫ぶ。
「異世界はっ………クソだ……っ!」




 鑑定、属性魔法、透視……。
 思いついた限りのチートを試してみたが……ダメだった。
 どうやら俺に、チートはないらしい。

 ま、まあいいさ……。俺はべつに?
 たっ、戦うために異世界転生した訳じゃねえし?
 心の中で強がりながら、やはり残念に思う。
 殺人はしたくないが、モンスターとかと戦いたかった。

 そう、せめて狩りでもいい。弓を使ってファンタジーに明け暮れたかった。
 そんな考えが、なかなか頭から離れない。

「っと…………ん? なんだコレ」
 チートが貰えなかった不満を、洞窟内で動き回ることにより発散させていると、何かがコツンと足に当たった。
 なんだろう。小石かな。

「お? お? お?」

 ただの石かと思ったが、違う。
 持ち上げてみると、それは地下室への入口だった。
 隠し扉だ。それが床にあった。

「ほほう……。エロい匂いがプンプンするぜ……」
 実際にはそんな匂いはしないのだが、『男』、『隠したいモノ』で錬成される物質は、そう多くはない。同じ男からすれば、その正体は限られてくる。
 俺は妙な期待にドキドキしながら、地下室へと降りた。


 
 地下室は、とにかく狭かった。
 休むことを目的に造られたわけではないのだろう。
 足をおくスペースすらなく、階段の最下段に立ったまま、敷居を跨がずに物色を開始するしかない。

 だが残念なことに、結論からいえば、地下室はただの食料庫だった。
 階段を降りた先には、なんかいっぱい食料があった。
 干し肉。
 果汁の少なそうな果物。
 乾燥した植物。
 その他、なにか分からないものが数種類。
 そんなものが、岩で造られた棚……岩棚に乗せられていた。
 
 あんまり美味しくなさそうだなぁ。
 左手には、俺と同じ高さほどの、大きなかめが置いてあった。
 なかを覗いてみると、液体だ。

 ニオイがしないから、おそらくは水だろう。
 地下室は、それだけでいっぱいだった。

 岩棚が2つ。
 さして大きくもない瓶が1つ。
 それだけで、いっぱいだった。

 すごく残念な思いをしながら、俺は地下室を出た。
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