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君と手にする明日は血の色

どうやら俺は人外のようです。

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――オルド視点。『話は戻らないし進みます』


「え? 俺って、肌が青いだけの人間じゃねえの?」
『違うとも。君はハーフだ。人間とヌファイレ族とのね』
「ヌファイレ族……?」

 男がオウム返しに聞いてくるが、長い話なので今はパス。
『肌が青いのは、ヌファイレ族の遺伝さ。僕は母方の血が色濃く出てね、色だけじゃない。肌の硬度もヌファイレ族並さ』

 剣の中から、僕はこの男と話しをしていた。
 この男は、僕が半ば勝手に転生させた男だ。
 名は……。
 あれ……? 名は?

『そういえば、君の名前は?』
「それが、覚えてないんだ」

 どうやら僕を――大剣をもつこの男は、自分の名前すら忘れてしまったらしい。
 話によれば、生前の記憶はほとんど無いそうだ。
 ふむ。
 そういうことなら、僕が名づけてやっても良いだろう。

『フレイバーって名前はどうだい?』
「どんな意味があるんだ?」
『勇者』

「パスだ」

 即答。
 この男は、頑なに勇者になることを拒む。
 もっとも、それが常識と呼ばれる範囲内であることは、僕にも分かっている。

 勇者や英雄だなんて、本来、目指すべきものじゃない。
 この男は、平和な世界からやってきた。
 そんな世界でぬくぬくと育った彼からすれば、人間殺しは禁忌にあたる行為なのだろう。
 あるいは、一族から追放も有り得たかもしれない。

 だけど、殺さなければならない相手は、常識の範囲外にいる存在だ。
 腐りかけの果実の如く、クソみたいな思考は、自身の身を滅ぼすばかりか、周りさえ蝕み、腐らせる。
 甘ったれた良識は捨て、ただ己の信念にのみ従い、狂ったように戦う他に勝機はない。
 そして、それをするのが勇者だ。

 勇者とは、勇気に溢れる者でも、強き者でもない。
 野蛮で、狂人的で、自己中心的で、かつ他者を思いやれる者でなければならない。

 そして、この男にはその素質がある。【精神世界】で会話をした僕なら分かる。
 この男は、生ぬるい世界の一般人としては性格異端者かもしれないが、僕にとって、この世界においては必要不可欠な存在に成りうる。

 勇者としての素質を伸ばすこと、それが、僕に与えられた使命なのかもしれない。

『その大木を右に曲がって、しばらく歩いてくれ。……ちなみに、いま向いている方角が南だよ』
 ゼニアへの行き方を指南しながら、僕たちの未来に思いを馳せる。
 まずは儀式を乗り越えなければ……。

―――


「い……ぞ」
「お……、ルド」
「おい、付いたぞオルド!」
『えっ? あっ、ごめん! 考え事をしていたんだ』
 男の声に、僕はハッとして我に帰った。
「ったく。オルドは案内役だろう?
 しっかりしてくれないと、俺、秒で迷子になるぞ」

 最初こそ喧嘩腰で、険悪だった僕たちの仲も、まあそれなりに柔らかい関係へと変わっていた。
 僕としてもピリピリするのは疲れるから、こっちの方がありがたい。
 もっとも、心のなかでは、まだ僕のことを嫌っているんだろうけどさ。
『本当にね』

 当面の僕の使命は、この男を守ることだ。
 僕の意識があるいま、ダメなら切り捨ててもいいけど、リスクは少ない方が良い。
 なにより、この男には素質がある。

 みすみす手放すことはしたくない。現状は最善の形だ。


『まずは道場に行こうか。まだ中には入っていないんだろう?』
「あ――。っと、ちょっと待って」
『ちょ! 道場は右だってば! 右折! おい!』

 僕が声を荒らげても、体の支配権は彼のものだ。
 僕の意識とは反対に、元・僕の体は左へと向かう。
 自分の体が言うことを聞かないのは、なんだか奇妙な感覚だ。
 すこし気持ちが悪い。

 そうして僕たちの体と対峙したのは、ゼニアでも数少ない子どもを持つ女性、プラトニアだった。
 どうやら、プラトニアと彼は面識があったらしい。
 儀式の前なのに……。
 危害を加えられる前に、逃げられればいんだが……。

「この前は、ご馳走をありがとうございました。食べられなくて残念でしたけど、お礼だけでもと思って!」
「い、いえ……。わ、私は……私は……っ。う、うぅううう、ぁぁぁあぁぁ……」
 白昼、道のど真ん中、プラトニアは崩れ落ちるようにして泣き落ちた。
「え? あ、あの……!」

 ふむ。どうやら既に、一悶着あったらしい。
 それも分からず、僕の体を操る彼は、タジタジと焦りながら彼女を励ますのみだ。
 まったく……。頼りがいがないなあ。女性の扱いが下手だ。
「おい!」

 とそこに、プラトニアの夫が現れた。
「俺の妻を泣かしてんじゃねえ! 誰だお前――ってオルドか! クソッタレが!
 責めるんなら俺を責めやがれ! 悪いのは全部俺だ!
 その怒りも当然だとは思うが、妻はもう限界なんだ! どうか俺を――」

「ち、違うのあなた……! 違うの!」

 なんだか面白そうな展開だ。
 何があったのか、何がどう違うのか、たっぷりと説明して頂こう。
 シャクリ混じりに、プラトニアは息を吐き出しながら言った。

「この人はね、お礼を言いにきてくださったの。皮肉のない、本当に純粋なお礼を……」
「…………お礼だと……? エルヴィ・ナハムを盛られて? お礼だと?」
「ええ」

『……は?』
 恐れ入った。
 ああ、もう恐れ入った。
 僕が命を捨てて転生させて、この男は1日で死ぬ寸前だったらしい。

 それも、エルヴィ・ナハムときた。
 その摂取量に関わらず、少量でも体内に取り込めば体内で繁殖して宿主を殺す、粉末状のモンスターだ。その数は希少だと聞くが……。世も末だな。
 プラトニアは、そんな女性ではなかったはずだが。

「オルド……いや、オルドさんよ。すまなかった。俺ぁてっきり、昨日の件で妻がとがめられているもんだと思っちまったんだ。アンタ、まるで聖人だよ」
『毒を盛られてたこと、気づいてた?』

 僕の質問に、彼は首をふる。
「え? ど、毒? まじで? ……まったく気づいてなかった……」
 小声で返事を返す彼に、僕は苦笑するしかない。

「そうだ! おい、今日の昼飯にオルドさんを招待しよう!」
「でもあなた。儀式の前よ……。ネルフィが何て言うか……」

「ううむ……。いや、儀式の前とはいえ、こんなにも器のでっけぇお方だ。ぜひご招待したい。オルドさん、どうだろう? もちろん、毒見は俺がする。もう2度と、あんなマネはせん」
「ど、どうする?」

 未来の英雄が、小声で僕に意見を求めてくる。
 しかし、勇者に自主性が無いのも困る。
 ここは突き放すべきか。
 手を貸すのは、本当の危険になってからだ。

『自分で決めろよ』
「なんだよそれ……案内係のくせに……」

 小声で不満を言ってから、彼は答える。

「はい。行かせて頂きます」

 最も、こんなご時世だ。
 1日に必要な食事さえ、しっかりと確保できない。
 だからさ、本当に毒なしなら、食えるモンは食っとけよ。
 僕たちは、体が資本なんだからさ。
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