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君と手にする明日は血の色

罪悪感はゴミ箱に捨ててきました。拾わないでください。

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 どうやら儀式は、俺が最初に目を覚ました場所、祭壇で行われるらしかった。
 儀式に遅れることのないよう近場で経験を積もうという話になり、俺たちは、テルニールを殺した森へ来ていた。
 足元には、すでにテルニールの死骸が2つある。
 戦闘によって、俺が殺したモンスター達だ。

『うん。どうやら魔術は成功みたいだね? 君が立て続けに2体も狩れるとは!』
 死骸を解体しながら、オルドが大喜びする。

『どうだい? 罪悪感はなくなったかい?』
「無いわけじゃないけど、ほとんど感じないに近い……。魔術って、恐ろしいな」

『うん。魔術は怖いよ。その気になれば、痛みや感情だって遮断できる。相手も自分も、意のままに操ることができるんだからね。……それにしても君、かなり解体うまくなったよね』
「そりゃ、テルニールの一生を、3回は疑似体験してるからな」

 もっとも、テルニールの構造は理解できていても、解体のやり方は素人同然だ。
 これで生計を立てている人から見れば、お粗末の一言だろう。

 食べられたはずの部位を毒液で汚染してしまった部分も多いし、骨の周りには多量の肉が残ってしまっている。
 それでもやっぱり、手際はよくなっている。
 何事も経験だな。
 初代テルニールと同じようにして、食べられる部分と殻を残し、それ以外を土に埋葬していく。

『さて。それじゃあ剣を使うモンスターと戦ってみようか』
「剣? モンスターが剣を使うのか?」
『使うよ。腕が剣になってるモンスターの方が多いけどね。……ということで、まずはモンスターを呼び寄せてみようか』

 オルド曰く、モンスターをおびき寄せるために必要な要素は、知識だそうだ。
 今回呼び寄せるのは剣を使うモンスターで、テルニールの天敵、ニズルフォッグだ。

 しかし『呼び寄せ』は、ほかのモンスターを遠ざけ、狙ったモンスターだけを呼び寄せなければ、たちまち術者が骨となるらしい。瞬時にしてモンスターハウスみたいな状況になるからだとか。
 こわっ。

『大丈夫。ニズルフォッグは特殊でね。基本的に1体でしか活動しない。呼び寄せが成功すれば敵じゃないよ』
「基本的に、とか言いやがった。成功すれば、とか言いやがった。応用編がきたらどうするんだよ」
『大丈夫だよ』

 そこまで言うのなら……と、オルドの言うとおりに行動してみる。

『ニズルフォッグの大好物は、テルニールの殻だ。まずはそれを砕いて……』

 しばらくして……砂の地面の上には、テルニールの残骸が散らばっていた。
 殻は砕かれ、地面に置かれた肉には、粉々になった殻の欠片や砂が無数に付着している。
 さっきまで生きていたのに、こんなに酷い形にしてしまった……。でも仕方ない。

『あとは待つだけ。好物の匂いが風に乗って、しばらくすればニズルフォッグが現れるはずさ。その辺の木陰で休むと良いよ』
「そうする」

 はーっ、どっこいしょ、っと地面に直座りする。
『なにその声。おっさんみたい』
 そのまま、立派な太い幹に背中を預ける。背もたれだ。
「良いじゃんか、気持いいんだから」

 思えば、転生してから初めて安らいでいる気がする。
 本当に気持ちがいい。

 異世界の人間、気を張りすぎでしょ。いやまじで。
 スッ、っと息を鋭く吸ってみれば、澄んだ空気が舌の上を通っていった。
 森の中だけあって、空気も新鮮なんだろう多分。爽快感がハンパじゃない。
 しらんけど。

 目を閉じると、森特有の木々のざわめきが聞こえてくる。大勢による拍手にも似た、クセになる音だ。
 ……サヤサヤ……、サヤサヤ……サヤサヤ………。
 上空から聞こえてくる音に集中していると、どこからから、クチュクチュと咀嚼音のようなモノが聞こえてきた。

『お。来たかもしれないね!』

 無邪気な子どものように、オルドが言った。
 木の陰から、コッソリと身を乗り出して見やると、居た。

 人型のモンスターだ。両手両足が付いていて、右手には剣を持っている。緑色の体だ。
 顔の形はカマキリに似ているが、目はトカゲに似ていた。
 おそらくはニズルフォッグだろう。
 ニズルフォッグは、カメレオンのように長い舌を使って、地面に落ちているテルニールの残骸をいそいそと食べていた。

 なんだろう。一言で言うなら、きもいだ。

『ニズルフォッグはかなり強いモンスターなんだけど、食い意地が張っていてね……。好物を食べている間、ヤツラは無防備な上に、無警戒なんだ。ほら。早く後頭部を思いっきり叩き切りな』
「……それはさすがに可哀想じゃない……?」

 借りにも、あのモンスターだって生きているんだ。
 しかも大好物を食べている最中に攻撃だなんて、あまりに非人道的すぎる。可哀そうだ。

『イージ、イヴェラスカ、ヴェ・サルフォト(罪悪感を緩和させる)』
「え?」
『イージ、イヴェラスカ、ヴェ・サルフォト(罪悪感を緩和させる)だよ』
「わ、分かったって。……イージ、イヴェラスカ、ヴェ・サルフォト(罪悪感を緩和させる)」

 言い終えると、なんだかイケそうな気がしてきた。
 ヤツはモンスターで、俺の敵。
 周りに気を配ってないヤツが悪い。
 うん。

 おれはわるくない!

『どうぞ!』
「うぉらぁ!」

 両手に握った大剣から、肉を斬る衝撃が両手に伝わった。
 どうやら一撃だったようだ。

『警戒している時のニズルフォッグは弱点を覆い隠すけど、無防備の時はさらけ出しているからね』

 ニズルフォッグは苦しむことなく、誰になにをされたかも分からずに、死んでいった。
 それが分かると同時に、膨大な記憶と経験が流れ込んできた。
 ニズルフォッグの記憶だ。

「う、おおおお!」

 どうやら、あの個体は相当に長いこと生きていたらしい。
 あまりの情報量に、俺の意識は、簡単に奪い取られていった。

『うわ、また気絶した。これ、戦場とかだと簡単に死にそうだね……? 大丈夫かな』

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