マミルとマモル(改稿版)

舟津湊

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マミル、お尋ね者になる?

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 月曜。朝のホームルームのチャイムが鳴っても、マミちゃんの席は空いたままだった。
 前の入り口のドアがガラッと開き、マミちゃん! と期待したが、姿を現したのは、担任の渋川先生だった。学級委員のかけ声で「起立・礼」をして、開口一番、先生からはショッキングな報告があった。
「おはよう。まず、みんなに注意を促しておきたい。区役所からの連絡があった。昨日、幼稚園生の女の子とそのお母さんが、タヌキの頭を撫でようとして手を噛まれたそうだ。幸い軽い怪我で済んだようだ。みんなも知っての通り、タヌキは臆病で、手を出さなければ何もしないが、ちょっかいを出すと、時には獰猛になる。みんな、くれぐれも気をつけるように。」
 そんな。マミちゃんがあんなに頑張って、タヌキの仲間に人との付き合い方を教えているのに。ぼくは堪らず質問する。
「先生、それ、本当にタヌキなんですか? この辺のタヌキはおとなしいはずです。野生化したアライグマだったとかって考えられないですか。」
 渋川先生は、出席簿と一緒に持っていた一枚のプリントに目をやる。
「そうだな、シッポに縞があるタヌキを見たら、市役所に連絡してくれと書いてある。タヌキと違ってアライグマのシッポは縞々だからその可能性はあるな。いずれにしても、みんな注意してくれ。」
 タヌキの話はそこで終わり、先生は次の連絡事項の説明に移った。
 僕のお腹は、重く鈍く痛んだ。その痛みは二つの不安から生まれたものだ。一つは、今回の件でタヌキへの警戒が強まってしまうのではないかという不安。もう一つは、マミちゃんのシッポに縞があることだ。もしや。叔母さんの「あの子、ときどき大胆になるから」という言葉が引っかかる。まさか、という不安。

 ぼくは、上の空で授業を受け、各科目の先生に注意されながら、放課後を待った。ホームルームが終わると真っ先に満月亭へと向かった。満月亭のドアには貼り紙があった。
「本日は誠に申し訳ありませんが、都合によりお休みします」
 外階段を上がって、チャイムを鳴らしたが、誰も出てこない。人の気配も感じられない。
 
 その後は当てずっぽうにマミちゃんを探し回った。
 駅前商店街。ケーキ屋さん、カレー屋さん、本屋さん。そして学校に戻り、図書室の中。
 そして、野々川の緑地公園。マミちゃんの姿は見当たらない。草むらを覗きながら川沿いを歩く。
 しばらく川沿いを進むと、軽トラックとパトカーが一台ずつ停まっている。その周りには制服姿の警察官と作業服姿の警察官? が何人もいた。野次馬らしき人もいて、遠巻きに様子をうかがっている。ぼくの近くに立っている警察官が両手で通せんぼする。
「危ないから、これ以上近づかないで。」

 作業服姿の人が四人がかりで、金網でできた箱状のものを運んでいる。罠だ。
 その中に、何かがいる。ぼくは警察官の制止を振り切り、罠に走り寄った。箱の隅っこでこちらを睨みながら「シャーシャー」と威嚇してくる動物。シッポは、縞々だ。でも、マミちゃんのとは違う。もっと長くて縞模様がはっきりしている。
 作業服の人たちは罠ごとその動物を軽トラックの荷台に乗せ、固定すると車を発進させた。
 後に残った警察官に聞いてみる。
「あのアライグマ、どうなるんですか?」
「え、あれ、タヌキじゃないの?」
「長くて縞々のシッポだったので、アライグマだと思います。」
「君、詳しいね。アイツは検査された後、動物園に送られるらしいよ。何でも中学の先生が、行き先を手配してくれたって話だ。あ、あの人だ。」
 警察官は野次馬の群れの方を向き、会釈をする。その中に見覚えがあるいた。こっちに向かって手を振っている。高松教頭先生だ。
「他の自治体だと、殺処分にするところも多いっていうから、あのタヌキ? アライグマ? は、先生に感謝しなくちゃね。」
 警察官は冗談めかしてそう言った。

 ぼくは少しほっとしたが、お腹の中の鈍い痛みは消えない。今回の騒動で、ここに住んでいるタヌキたちはどうなっちゃうんだろう。そしてマミちゃんはいったいどこにいるの?

 ぼくにはマミちゃんがいそうな心当たりは限られている。同じ場所をぐるぐる何度も探し回っているうちに日が暮れ始めた。多分、叔母さんと一緒だから心配ないよね。周りが暗くなり始めると、だんだん心細くなってお家に帰りたくなってきた。でも、もう少し頑張らなくちゃ。
 野々川の緑地公園にたどり着いた。今日、三度目だ。ダメ元でぐるりと周りを見渡す。すると、川に向いているベンチに人影があった。後ろ姿のシルエットしかわからなかったけど、頭の左右からお団子にした髪がぴょこんぴょこんと出ている。
「マミちゃん!」
 ぼくは大きい声で叫んで走り寄る。気がついたマミちゃんは振り向き、立ち上がる。近づくぼくに、エヘヘと笑いかける。

「マミちゃん、今日はどうしたの? 具合でも悪かったの?」
「大丈夫。何でもないの。」
 ぼくは素直に謝った。
「ごめん。土曜は意地を張っちゃって、マミちゃんを傷つけたんじゃないかと。」
「ううん。全然気にしてないよ。今度、ごちそう・・・」
 するね、と言いかけて、マミちゃんは口ごもった。そしてうつむく。
「何かあったの?」
「今日ね、叔母さんと一緒に電車に乗って、お父さんとお母さんのところに行ってきたの・・・知ってるよね? 私の両親のこと。」
「うん。叔母さんから聞いた。まさか・・・」
「あ、大丈夫。二人とも元気だった。」
「じゃあ、いったい・・・」
 公園は闇に包まれ始めた。公園の街灯がぽつりぽつりと灯り始める。
「・・・ちょっと一緒に来てもらってもいい?」
「いいけど、どこに?」
 マミちゃんは公園の隅の方に歩きながら、ぼくを手招きする。川沿いの林につながる茂みの前までくると、不意に立ち止まった。
 マミちゃんはしゃがんで足もとに落ちている木の葉を拾う。それをポンとぼくの頭の上に載せ、忍者が術を使うときのように印を結ぶ。何やら呪文のようなものを唱える。最後に「えい!」と小さく叫んだ。

 すると。

 ぼくの目から見える街灯や木々などが、どんどん伸びていく。いや、ぼくが縮んでいるんだ! 
 いつの間にかぼくは四つん這いになり、腕を見ると、毛むくじゃらだ。マミちゃんもシュルルンと小さくなっていき、小動物に変身した。どう見てもタヌキだ。真っ黒、まん丸の瞳は、人間のマミちゃんとの時と変わらない。きっとぼくもタヌキに変身しているのだろう。マミちゃんは、脱げてしまった二人の服を器用に前足でたたんで茂みの中に隠すと、
「ついてきてね。」
 と言って駆けだした。ぼくは慌てて追いかける。草がぼうぼうだったり石ころがあったり、茂みの中は走りにくそうだったけど、それらを避けながら不思議と速く走ることができた。
 タヌキのマミちゃんの姿を追って数分ほど走ると、少し開けた場所に出た。周りは背の高い雑草や木々に覆われていて薄暗いが、そこは直径十メートルくらいの円形で一面芝生に覆われている。
 目が慣れてくると、一匹のタヌキが杖をついて直立している。
「お帰り、真美瑠。遠いところ、ご苦労じゃった。」
「ただいま、村長さん。」
「紹介します。マモル君です。」
 マミちゃんはぼくに鼻面を向けて、古ダヌキ、いや村長さん? に紹介した。二人は何語を喋っているのか、わからないけど、ぼくにも普通にその言葉が理解できる。
「おう、君がマモル君か。真美瑠が優しく素敵な友だちができたって自慢しておった。」
 マミちゃんは地面に顔をつけ、両手で頭を覆っている。多分、照れのポーズなんだろう。

「お父さんとお母さんは元気でやっておったか?」
「はい、地元のタヌキさんとも、村人とも仲良くしていて、うまく暮らしているようでした。」
「そうか。それは何より・・・して、あの話はどうじゃったかの?」
「はい・・・山は広く、自然にも恵まれているので、ここのみんなが移住しても、生態系を壊すことはないだろうと、地元のタヌキさんも私たちを歓迎するとのことです。」
「そうかそうか。では、早速計画を進めようではないか。」
 マミちゃんはぼくをちらっと見た後、うつむいてしまった。いったい、なんの話?
「あの、どういうことでしょうか。」
 タヌキの村長さんはその場にあぐらをかいて座り込み、話はじめた。
「二日前、アライグマが人間の親娘に噛みついたのは知っておるかの?」
「はい。さっき、そのアライグマが捕獲されるのを見ていました。」
「こういうことがあると、人間はすごく神経質になる。せっかく、ヒトとタヌキ、一定の距離を保って、うまくやっておったのじゃが。タヌキを見つけたらすぐに役所に連絡して捕獲せよだの、極端な話、一斉に掃討せよだの声が警察や役所に入ってきておる。」
「そ、そうなんですか? でも、小さなトラブルなら今までにも何度もあったんじゃないですか?」
「ああ、そのたびにいつも高松先生という学校の教師にとりもって尽力してもらってな。ヒトとタヌキ双方、気をつけるよう話し合って、波風がたたんようにしておったんじゃ。」
 村長は苛立たしそうに杖で地面をコツコツ叩いた。
「じゃが、今回は相手が悪かった。地元の建設会社の社長の娘とその孫らしい。いわゆる高額納税者と言うやつだ。苦情はほとんどその社長の関係者からじゃ。」
「そうすると、さっき話していた移住というのは?」
「真美瑠の両親が送られ、放された山に、ここのタヌキが集団移住するという計画じゃ。この辺も開発が進んでしまっての・・・今が潮時かも知れん。いつかは決断せねばならんことじゃった。」
「で、でも、犯人はアライグマなんだし、あんまりな話じゃないですか?」
「人間にとっちゃ、タヌキもアライグマも同じようなもんじゃ。」
 確かに。捕獲していた警察官も、犯人はタヌキだと思っていた。
「移住にあたっては、またもや高松先生が尽力してくれての、区役所とかけあって、ここの全住民の運搬を手配してくれることになっておる。」
「全住民ということは、まさか、マミちゃんも・・・」
 マミちゃんはさっきからうつむいたままだ。
「ああ、マミルも両親のもとへ行けるし、満月亭の叔母も一緒に行くことになるじゃろう。人間にとっては、この町の名物が無くなってしまうがの。」
 
 ぼくらは緑地公園公園に戻り、マミちゃんに変身の術を解いてもらい、お互い背中合わせになって服を着た。

「ごめんね。私からちゃんとお話できなくて。」
「いや、いいんだ。」
 今にも泣き出しそうなマミちゃんの肩に手をあてた。タヌキとヒトと仲良く暮らす。そのために今まで頑張ってきたのに。
 ぼくはちょっと迷ったけど、マミちゃんに手を差し出した。マミちゃんは、ぼくの手をぎゅっと握った。
 そのまま手をつないで歩いた。マミちゃんは泣きながら歩いた。ぼくも必死で涙をこらえる。こんな別れ方なんて。
 
 満月亭に着くと、叔母さんが迎えに出てくれていた。お店の電気は消えたままだ。叔母さんはマミちゃんの肩を抱き、ぼくにありがとね、と言った。ぼくは二人におやすみなさいと挨拶をし、踵を返して全力で走り出した。顔に当たる秋風のせいで涙のあとが冷たかった。
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