ぷるぷるの昇降係

舟津湊

文字の大きさ
4 / 28

晩秋の多摩地区のショッピングモールにて(泣き面に蜂)

しおりを挟む
 十二月の頭。新興住宅街の中にあるこのショッピングモールは、クリスマスの飾りつけやイルミネーションで華やかさを増している。この週末、ココで我が「笑かせ屋」は、パフォーマンスを披露する。モールの催事部門にサークルのOBがいて、低ギャラでステージの隙間を埋める手段として、毎年この時期、重宝がって声をかけてくれるのだ。
 三人一組のクラウン(道化師)×三組で、一日六回のステージをこなす。ステージといっても、フードコートの三畳ほどのスペースが十センチ位高くなっていて、簡単なバックパネルと狭い控室がついているだけ。食事用のテーブルコーナーは、邪魔にならない限り歩き回ってもいい。
 次が僕たちCグループの、今日最後のステージだ。クラウンの衣装とメイクをチェックし直してステージに立つ。子供たちがはしゃいで走り回っていてにぎやかだ。
「みんなー!さあ、世界一おっもしろいショウの始まりだよ!」
 顔面全体白塗りで、鼻の頭だけチョコンと赤丸に塗ってある先輩クラウンが手を振って大きな声で客席に呼びかけた。少しだけ静かになり、まばらに拍手も聞こえる。
 先輩クラウンはこん棒のような『クラブ』を高々と上げ観客に示すと、ぽーんと放り上げる。それが落ちてくる間にステージ上のクラブを拾い上げ、もう一本、もう一本と放り上げ、落下してきたクラブと一緒に回しはじめ、今は五本のクラブが回っている。客席から拍手が起きる。空を舞ったクラブを一本ずつ受け止めて一礼。再び拍手が起きる。
 頭を上げた先輩クラウンは、僕を指さし、お前もやってみろと身振りで命令する。僕は、なるべくオーバーなアクションで驚き、困った様子を見せる。渡された三本のクラブをしぶしぶ受け取り、回し始める。
 一本目のクラブのキャッチに失敗し、床に転がったところを足で踏んづけてしまい、スッテンコロリンと転倒。落ちてきた二本のクラブが僕の頭と顔面に命中。
 会場から大きな笑い声と拍手がおこり、仲間のクラウンは顔を見合わせて苦笑い。
 僕は立ち上がり顔を押さえつつ、三人目のクラウンにお前もやってみろとクラブを拾って渡す。ボロボロの燕尾服にチョビ髭のクラウンは、クラブを受け取ると、困ったような表情をした。かと思うと、ポーンとそれを放り投げ、空を見上げる。少しの間をおいてクラブは落ちてきて、またもや僕の頭を直撃する。何度かポーンと放り投げ、ことごとくクラブは僕の頭を直撃する。そのたびに客席からは笑い声が聞こえる。
 燕尾服のトランプはコツを覚えたぞ、としたり顔を見せた後、三本のクラブを足の下にくぐらせたり、背中に回したりと、鮮やかな演技を見せ、山高帽をとって客席に一礼する。
 客席からは拍手喝采。
 この後、クリスマス向けのネタで、プレゼントの箱を開けたらバネ付きの僕シンググローブに殴られるというオチのコントも披露した。僕が受け取ったプレゼントは、開けてもグローブは飛び出してこない。リハーサルの時は普通に飛び出してきたよな、故障か? と油断して箱の中を覗き込んだところ、会心の一撃をアゴに食らってしまった。
 狭い控室で簡単な反省会が開かれ、先輩クラウンより『高野はジャグリングの技を磨くはもう諦めてオーバーなリアクションを究めろ』という有難いアドバイスをいただいた。
 着替えを済ませメイクを落とし、フードコートの片隅の二人掛けのテーブル席に座りオレンジジュースを啜る。鼻が痛い。変装用のボールを外したが、本物の鼻の頭も赤いままだろう。

「ここ、座っていい?」
 その声を聞いてはっと見上げると、亜麻色の髪の女性が、蓋つきのカップを片手に、僕の向かいの椅子を指差していた。
「霧島さん!……何でここに?」
「たまたま。雑貨の買い物」
 会話が少しカジュアルになったのは、二回目のヘアサロンの訪問で少し心の距離が縮まったからだ……と思いたい。あと、私服だからだろうか、前に会った時よりも少し若い、というかあどけなくなったようにも感じた。
 先日の二回目のヘアサロンでの会話はだいたいこんな感じだ。
「高野さんには何というか、気軽に話しかけやすい方ですね」
「よく言われます。話すのは得意じゃないですけど。多分、人畜無害そうに見えるからだと思います」
「そんなことないですよ」
 そんなことはないって、じゃあ有害なの?って聞きたい気持ちを抑えつつ、人畜無害話を披露する。
「例えばバスに乗っていて、二人がけの席が一人ずつで全部埋まっているとしますよね。後から乗り込んできた人は、老若男女問わず、十中八九、僕の隣りに座ります。」
 この時、めずらしく霧島さんは、ふふっと笑ってくれ『それは才能だと思いますよ』と言ってくれた。
 会話の流れで霧島さんは二十四歳、僕より五つ年上だということもわかった。
 意識を『現実』に戻す。僕は恐る恐る聞いてみた。
「で、さっきのステージ、見てたんですか?」
「もちろん」
 ああ、穴があったら入りたい。
「すごくよかった。アクシデントに遭った時の慌てようとか、悲哀の表情とか、笑えたり共感したり。すごい演技力だなって思いました」
 です・ます調と、カジュアルな表現が混じっているのは、僕との距離感を測りかねているせいか。どっちにしても……あの、アレ全部演技じゃなくて、単なる失敗なんですけど。
「さっきのステージを見て思ったの。三人とも『クラウン』って紹介していたけれど、服装やメイクも違って、少しずつ性格というか、役割が違うみたいね」
「よく気がつきましたね!えーと、顔を白く塗った先輩は『ホワイトフェイス』。グループの仕切り役でジャグリングもうまいです。僕の役は『オーギュスト』と言って、ボケ役・だまされ役ですね。もう一人の先輩が『トランプ』。これも間抜けな役柄ですが、時々びしっと決めたりして、まあ、愛されキャラですね」
「やっぱりそうなんだ。チームワークがよくて楽しそうだった」
 笑かせ屋の先輩諸氏が聞いたら涙流して喜ぶだろう。

「僕は、ほんとはトランプをやれるようになりたいんです」
 残りのオレンジジュースを啜り、本音を漏らした。
「どうして?」
「トランプの究極は、あのチャーリー・チャップリンだと思っています。間抜けだけど、時にはズル賢くて、かっこいい」
「チャップリンが好きなのね」
「好きというより、憧れです」
 いかん、少し喋りすぎた。

「ところで……」
 霧島さんは少し間をおいて切り出す。
「高野君は、クリスマスのころ、空いてますか?」
 おー、今度はクンづけキタ!……いや待て。今、クリスマスって言った? 空いてますかって言った?
「……は!え、はい。サークルは休みだし、今年は実家に帰る予定もないので」
「じゃあ、二十五日とか、いっしょに遊んでもらってもいいかな?」
「え!クリスマス当日ですか?」
「うん、美容室はね、十二月はだいたい忙しくて。特にクリスマス前と、年末。でもクリスマスイブが終わると、一日か二日、ぽっかり予約が空いちゃうの。そうすると、気が抜けちゃうっていうか、寂しくなっちゃうって、いうか……」
 尋ねようがなかったが、彼氏と別れたばかりとかなんだろうか。
 嬉しさ半分『ほんとに僕でいいのか』感半分で、LINEを交換した。その後、霧島さんぽつりぽつりと『美容師あるあるネタ』を話してくれた。そして僕たちはショッピングモールを後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...