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本編
第363話
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五反田駅に降り立ったチカルは、いつものスーパーマーケットに寄り食材や飲み物を調達する。今日の昼食は具だくさんのサンドイッチ、夜はデリバリーピザとフライドチキンをがっつり食べる予定だ。
いつもは体形維持に余念がなく、楽曲リリース前後は厳しく食事制限しているタビトであったが――3か月連続リリースが決定してからこれまでにないほどハードなスケジュールをこなしており、通常のやり方では体力が持たないため数週間ほど前から3食炭水化物を摂取することを解禁している。いつもよりカロリー高めの食事をし、運動量を増やして体力増強に努めているため以前にも増して体が逞しくなった。衣装をスマートに着こなすのが難しくなることから必要以上の筋肉はつけたくなかったが、倒れるよりはマシだと諦めている。
事情を知っているチカルは、低カロリー低糖質の全粒粉パンではなくバゲットをカゴに入れる。具材やソースもカロリーを気にせず味重視で選び、フライドポテトにするためにジャガイモも買った。その他、映画鑑賞に欠かせないポップコーン、ゲームの合間につまむスナック菓子やチョコレートもためらいなくカゴに放り込む。
大きな袋を手に提げてスーパーマーケットを出ると、肌を焦がす太陽を避け日陰を選んで歩いていく。規則正しいヒールの音を響かせながら無意識に空を仰ぎ見た彼女は、かすんだ薄水色の空に思わず眉をひそめた。澄んだ秋の青空はまだ拝めそうにない。
時刻は11時。そろそろタビトも帰宅するだろう。彼女は歩くスピードを早めた。
一方その頃、タビトはテレビ局からオフィスウイルドに向かう車内にいた。泣きそうな顔でスマホの液晶をタップしながらぼやく。
「もーっ!今日に限ってなんで急に呼び出されるんだよー!」
「しょうがないでしょ。社長が来いっていうんだからさ」背凭れに身を任せたアキラが素っ気なく言う。「帰りたいのは俺だってそう。早く家で寝たい」
あくびを噛み殺して目を閉じる。
「そんなに焦って、なんか用事でもあるん?」
タビトの方に横顔を向け、座席越しに問うてきたのはユウだ。
「デート」すっかり余裕を失くした様子で両膝を揺すりながら、「完璧な初デートにしたかったのに……これじゃ大遅刻だ……」
「あーあ。運が悪かったな」
ヤヒロが喉の奥で笑う。
「外で待たせてんならもう今日は諦めて帰ってもらえ。社長直々の呼出しなんて説教か、説教か……――説教だぜ。長くなるに決まってんだから」
「こんなタイミングで呼び出されたうえに説教なんてやだあ……」
「どこでデートするつもりだったの?海とか?」
セナに問われタビトは首を振って否定したが、海というフレーズのみを聞きつけたユウが言う。
「水着になんねー方がいいよタビト……すげー筋肉ついてえぐい体になってっから目立つぞ」
ユウの言葉を聞いたアキラは閉じていた目を薄く開き、にやと笑った。
「でもこの時期の海デートならやっぱり海水浴だよねえ。チカルさんの水着姿見たいでしょ?」
「おいタビト!外で那南城さんと会うつもりなのか?!」
運転席からホズミの声が飛んでくる。
「違うって!家でデートすんの!」
タビトが慌てて釈明すると、メンバー全員彼の方を見た。一瞬の沈黙ののちに、その場の空気が変わる。
「へえー?家で初めてのデートね……」
セナがにやにや笑って、隣のタビトを肘で小突いた。
「ようやく童貞卒業か。めでてーな」
窓の外に視線を向けたまま、感情のこもっていない声でヤヒロが言うと、それにアキラが続く。
「やめなよヤヒロ。プレッシャーかけたらかわいそうじゃん」
「みんなうるさい!」タビトは顔を真っ赤にして叫ぶ。「俺とチカルさんは健全な関係なのっ!一緒にランチ作って食べたりゲームしたりするだけ!」
「はぁ?」ヤヒロはあきれ顔でタビトの方に振り向き、「それっておまえが提案したの?オトナの女とそのデートプランはありえなくね?」
「ないない」
相槌を打ったのはセナだ。
「デートってもっとロマンチックじゃないと。高級レストランで食事したりホテルの最上階に泊まったりさ」
「セナ君……それってありきたりすぎん?相手が大人の女なら飽きるほどそういうデートしてきてるかもしんないし、却って新鮮で楽しそうと思ってる可能性アリだよ」
ユウの言葉を聞いたセナは、腑に落ちない様子で唇をへの字に曲げている。その横でタビトは、衝撃を受け固まっていた。
チカルがあのときめずらしくはしゃいだ様子で承諾してくれたのは、こちらに気を遣ったわけではないと信じたい。だが、それはそれで心中複雑である。今回の誘いを新鮮に感じたのなら、ユウの推測どおり前の男とは豪華なデートが当たり前だった可能性が高くなるじゃないか。なにしろかつての恋人は中目黒に住まいを持つ、都銀勤めの高給取りなのだ。
青白い顔で黙ってしまったタビトを見てさすがに良心が痛んだのか、ヤヒロが声をかける。
「外でデートするリスクを気にしてんなら会員制のバーとかレストラン使えばいいだろ。クラブもVIP席なら人目につかねえし……今度紹介してやるよ」
「ヤヒロ、タビトに変な入れ知恵するなよ。友達と行くならいいけど女性とはダメだってあれほど」
「ホズミ兄さんが協力してあげたらいいじゃないすか」
彼の苦言を溜息まじりに遮って、バックミラーに目をやる。ホズミの目元が険しいままなのがわかったが、ヤヒロは続けた。
「話を聞くかぎり芸能人と関係あることを周りに話して回るようなバカ女じゃなさそうだし、ちょっと外の空気吸うくらいよくないすか?」
それを聞いたアキラは目を丸くして、
「ずいぶん考えかた変わったじゃん?ちょっと前まで、恋愛にうつつ抜かしてる場合じゃねえだろ!とか言って怒りまくってたのに」
「毎度毎度ウザ絡みしてきやがって……なんなんだテメーはよ」
ヤヒロが凄むも、アキラはどこ吹く風だ。
いつもは体形維持に余念がなく、楽曲リリース前後は厳しく食事制限しているタビトであったが――3か月連続リリースが決定してからこれまでにないほどハードなスケジュールをこなしており、通常のやり方では体力が持たないため数週間ほど前から3食炭水化物を摂取することを解禁している。いつもよりカロリー高めの食事をし、運動量を増やして体力増強に努めているため以前にも増して体が逞しくなった。衣装をスマートに着こなすのが難しくなることから必要以上の筋肉はつけたくなかったが、倒れるよりはマシだと諦めている。
事情を知っているチカルは、低カロリー低糖質の全粒粉パンではなくバゲットをカゴに入れる。具材やソースもカロリーを気にせず味重視で選び、フライドポテトにするためにジャガイモも買った。その他、映画鑑賞に欠かせないポップコーン、ゲームの合間につまむスナック菓子やチョコレートもためらいなくカゴに放り込む。
大きな袋を手に提げてスーパーマーケットを出ると、肌を焦がす太陽を避け日陰を選んで歩いていく。規則正しいヒールの音を響かせながら無意識に空を仰ぎ見た彼女は、かすんだ薄水色の空に思わず眉をひそめた。澄んだ秋の青空はまだ拝めそうにない。
時刻は11時。そろそろタビトも帰宅するだろう。彼女は歩くスピードを早めた。
一方その頃、タビトはテレビ局からオフィスウイルドに向かう車内にいた。泣きそうな顔でスマホの液晶をタップしながらぼやく。
「もーっ!今日に限ってなんで急に呼び出されるんだよー!」
「しょうがないでしょ。社長が来いっていうんだからさ」背凭れに身を任せたアキラが素っ気なく言う。「帰りたいのは俺だってそう。早く家で寝たい」
あくびを噛み殺して目を閉じる。
「そんなに焦って、なんか用事でもあるん?」
タビトの方に横顔を向け、座席越しに問うてきたのはユウだ。
「デート」すっかり余裕を失くした様子で両膝を揺すりながら、「完璧な初デートにしたかったのに……これじゃ大遅刻だ……」
「あーあ。運が悪かったな」
ヤヒロが喉の奥で笑う。
「外で待たせてんならもう今日は諦めて帰ってもらえ。社長直々の呼出しなんて説教か、説教か……――説教だぜ。長くなるに決まってんだから」
「こんなタイミングで呼び出されたうえに説教なんてやだあ……」
「どこでデートするつもりだったの?海とか?」
セナに問われタビトは首を振って否定したが、海というフレーズのみを聞きつけたユウが言う。
「水着になんねー方がいいよタビト……すげー筋肉ついてえぐい体になってっから目立つぞ」
ユウの言葉を聞いたアキラは閉じていた目を薄く開き、にやと笑った。
「でもこの時期の海デートならやっぱり海水浴だよねえ。チカルさんの水着姿見たいでしょ?」
「おいタビト!外で那南城さんと会うつもりなのか?!」
運転席からホズミの声が飛んでくる。
「違うって!家でデートすんの!」
タビトが慌てて釈明すると、メンバー全員彼の方を見た。一瞬の沈黙ののちに、その場の空気が変わる。
「へえー?家で初めてのデートね……」
セナがにやにや笑って、隣のタビトを肘で小突いた。
「ようやく童貞卒業か。めでてーな」
窓の外に視線を向けたまま、感情のこもっていない声でヤヒロが言うと、それにアキラが続く。
「やめなよヤヒロ。プレッシャーかけたらかわいそうじゃん」
「みんなうるさい!」タビトは顔を真っ赤にして叫ぶ。「俺とチカルさんは健全な関係なのっ!一緒にランチ作って食べたりゲームしたりするだけ!」
「はぁ?」ヤヒロはあきれ顔でタビトの方に振り向き、「それっておまえが提案したの?オトナの女とそのデートプランはありえなくね?」
「ないない」
相槌を打ったのはセナだ。
「デートってもっとロマンチックじゃないと。高級レストランで食事したりホテルの最上階に泊まったりさ」
「セナ君……それってありきたりすぎん?相手が大人の女なら飽きるほどそういうデートしてきてるかもしんないし、却って新鮮で楽しそうと思ってる可能性アリだよ」
ユウの言葉を聞いたセナは、腑に落ちない様子で唇をへの字に曲げている。その横でタビトは、衝撃を受け固まっていた。
チカルがあのときめずらしくはしゃいだ様子で承諾してくれたのは、こちらに気を遣ったわけではないと信じたい。だが、それはそれで心中複雑である。今回の誘いを新鮮に感じたのなら、ユウの推測どおり前の男とは豪華なデートが当たり前だった可能性が高くなるじゃないか。なにしろかつての恋人は中目黒に住まいを持つ、都銀勤めの高給取りなのだ。
青白い顔で黙ってしまったタビトを見てさすがに良心が痛んだのか、ヤヒロが声をかける。
「外でデートするリスクを気にしてんなら会員制のバーとかレストラン使えばいいだろ。クラブもVIP席なら人目につかねえし……今度紹介してやるよ」
「ヤヒロ、タビトに変な入れ知恵するなよ。友達と行くならいいけど女性とはダメだってあれほど」
「ホズミ兄さんが協力してあげたらいいじゃないすか」
彼の苦言を溜息まじりに遮って、バックミラーに目をやる。ホズミの目元が険しいままなのがわかったが、ヤヒロは続けた。
「話を聞くかぎり芸能人と関係あることを周りに話して回るようなバカ女じゃなさそうだし、ちょっと外の空気吸うくらいよくないすか?」
それを聞いたアキラは目を丸くして、
「ずいぶん考えかた変わったじゃん?ちょっと前まで、恋愛にうつつ抜かしてる場合じゃねえだろ!とか言って怒りまくってたのに」
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