神色の魔法使い

門永直樹

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孤児院の子供達 10

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「良かったのか?あんなお別れで」


山の斜面を登りながら、ユリはクレイグに問いかける。

村からさほど離れていない山の中腹。
クレイグとユリは杖を器用に使いながら、まるで平地のように身軽に登っていく。


「あぁ。あれで良かったんだ。だが……私も加担していた戦争の被害者だ。あのままにはしてはおかないつもりだよ。ユリにも力を貸して欲しい」

「おい、クレイグ。水くさいじゃないか。私に出来る事があれば何でもしてやるといつも言ってるだろう」

「あぁ。ありがとう」


二人で目を合わせるとニコリと笑顔を交わす。


「それで、何を協力したら良いんだ?ん?こりゃ毒キノコだな」


ユリは杖で鮮やかな色のキノコを突き刺しながらクレイグに問いかける。


「あの村にもう一つ『ギフト』を渡したいんだ。それで『ドライアド』にひと仕事お願いしたいと思ってるんだ」

「ふむ。『ドライアド』か。姫と話がしたいって事だな?良いだろう」


『ドライアド』とは森に住む精霊である。


ハイエルフという種族は、精霊の祝福を受けているため召喚という形で精霊を呼び出す事が出来る。

ユリは唇の前で、二本指を立て息をふぅっと吹きかけると、クレイグ達の周りが次第に音を失ったように凛とした静寂が包み込む。

指で独特な印を何個か結ぶと、口元で静かにその呪文を唱える。


「新縁の淵にたたずむ崇高なる精霊姫ドリュアス。ハイエルフ、ユリの名の元に願う。我の前に姿を見せたまえ」


──オオオオ……オ……オ……


ユリが唱えた瞬間、全ての時間が止まったかのような静寂と、色彩が反転したような不思議な空間の中で立っている事に気付く。

すると、今まで森の木々や葉っぱだと思って見ていたものが、小さな子供のようなドライアドに変わっていく。


「久しいな、ユリ。それに……クレイグ。わらわに何か用という訳か?」


何の気配も無く目の前に突然現れたのは、エメラルドグリーンの長い髪がキラキラと美しく輝く、ドライアドの姫『ドリュアス』だった。


ドリュアスの左右には、美しい青年が従者のように膝を立ててドリュアスの手を支えている。

ドリュアスの美貌は見る者を虜にしてしまい、魅せられた者は永遠の時を森の中で過ごす事になるという。

この二人の青年も恐らくドリュアスに魅せられたのだろう。


「お楽しみの所呼び出してすまないなドリュアス」

「良いのだユリ。……それにクレイグ。久しく合わぬ内にまた一段と私好みの良い男になったな……」


ドリュアスがクレイグの首に、自らの腕を絡めるようにゆっくりと近付くと、その妖艶な唇は今にもクレイグに口づけしそうな程に身体を寄せていく。


「姫も相変わらずのお美しさでなによりです」


クレイグが臆さず答えるとドリュアスは更に身体を絡めていく。


「ほう……。やはりそう思うか? クレイグよ……。ならばその思いをわらわに……」

「コラコラコラ。呼び出したのは私じゃドリュアス。えーい!クレイグから離れぬか」


ドリュアスとクレイグの間に、ユリがウリウリと割って入る。ドリュアスは頬を膨らませたまま、後ろに従える青年達にフワリ寄りかかる。

周りの木の上にいる小さなドライアド達もクスクスと笑っている。


「相変わらず堅物じゃのぅ、ユリは。で、どうしたのじゃ?」


ドリュアスは青年の身体に、まるでソファのように寄りかかると、もう一人の青年がどこから取り出したのか大きな葉のうちわでドリュアスをゆっくりと仰いだ。


「実はのぅ、クレイグからお願いがあるらしいんじゃ。聞いてやってくれぬか?」











クレイグとユリが旅立ったその日の夜。

晩御飯の片付けを手伝っていたバートは、考え事をするようにぼんやりと手を止めた。その様子に心配したエマはバートの肩にそっと手を置いて顔を覗のぞき込む。


「あ、ごめんエマ。考え事してたんだ。ほら、ユリさんが言ってたろ。神の色の治療師様の事。……嘘や噂じゃなかったんだよ。本当に……本当にいらっしゃるんだよ。だから俺、こんな足だけどさ、もっともっと働くよ。それでさ、沢山お金を貯めてエマの声を……おい、エマ?どうして泣くんだよ?」


バートはエマがなぜ泣き出したのかわからなかった。


エマが悲しかったのは自分のために大切な兄が、またその身体に無理をしてお金を稼ぐと言っているからだった。


孤児院に来る以前、ベスラの街に住んでいる時にも、兄はどこでも雇ってもらえず悔しくて泣いていたのをエマは知っている。

心無い言葉を浴びせられたのも何度も見ていた。

それでも歯を食いしばって、どんな汚い仕事でも働こうとしてくれていたのは、自分を守るためだったという事をエマは1日も忘れた事はない。


もうこれ以上、自分の為に兄が苦しむ姿をエマは見たくなかった。


「エマ……。もしかして俺の事を心配してくれてんのか?」


しゃがみ込んだエマの幼い頬を涙が何粒も落ちていく。


「なぁに、俺なら大丈夫。体の丈夫さはきっと父さんに似たんだよ。エマのその優しい所は本当、母さんそっくりだな……」


バートがエマの髪を優しく撫でる。二人の母に似てエマの髪もとても綺麗な髪だった。
バートはエマを優しく抱き締めた。シスターもそんな二人の様子を離れたテーブルから優しい眼差しで見守っている。


「わぁ……、綺麗……ねぇねぇ雪だよ!」


小さな子供達が窓を指差して声をあげ始めた。
まさか雪なんてと思いながら片付けをしていた子供達も窓辺に集まった。

「ホントだ……」

「綺麗……」

「寒くないのに不思議だね…」


この季節、雪が降るという事は考えられない。
実際今も冷え込んでいるという訳でも無かった。


「シスター、シスター、外に出てみても良い??」

「え、えぇ。少し出てみましょうか」


シスターの許可が降りたとたん、バタバタと子供達は孤児院のドアに駆け寄り、全員が庭に雪崩のように走り出ていく。

シスターも子供達の後に続いて庭に出てみると、カタビラ草の植えてある大木のてっぺん辺りが光り輝き、その光の中からこの雪は舞い落ちているようだった。


「わぁ……凄く綺麗……」

「この雪、全然冷たくないよー」

「すごーい!」


子供達は大騒ぎで庭を走り回る。
シスターも見た事のない目の前の現象にただ唖然としている。


「これは……?雪……じゃない……」


掌に舞い落ちる雪を乗せようとして、近くでよく見るとそれは雪ではなく光の結晶のような見た事のない物だった。


「シスター……あそこ、誰かいるよ……」

「え??」


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