僕の目があなたを遠ざけてしまった

紫野楓

文字の大きさ
12 / 25

3-4

しおりを挟む
 結局、高校近くの大型の文房具屋に案内され、一緒に買い物に行くことになった。

 四月から学用品を買うために貰っていたお小遣いが手つかずで残っていたらしい。

 二葉が使っているものと同じものを買い求めたので迷うことが一切なく、買い物はすぐ終わった。時刻は十七時を過ぎた頃で、本格的な勉強は明日にお預けだ。

 大きな紙袋に入った新品の学用品を抱え、耀士は満足そうだった。

「買っただけで満足しちゃだめだからね」

 釘を刺したら苦笑いが返ってきた。

 耀士は二葉を家まで送ると言って聞かない。体調は悪くないし、そんな暇があるなら勉強してほしかったが、せめて駅まで送ると言って譲らなかった。

 家の場所を知られたくないのかもなんて勘ぐってしまう自分は陰気なのかもしれない。

 初夏の夕日が塗装されたアスファルトに並んだ二人の長い影を落としている。高い建物も少なく、東の空が濃紺に染まって、一番星がキラキラ輝いて見えた。

「馬鹿じゃないって言われて嬉しかったな」

 隣を歩く耀士がぽつりと呟いた。部室で二葉が言った言葉を思い出しているようだ。

 照れくさそうに笑う声が聞こえる。

「しつこくお願いしてたけど蓋を開けたら見限られても仕方ないかって思ってた。ギブアップしなかったの二葉くんが初めてだよ。みんなに諦められてたから」

 自分は馬鹿だと決めつける耀士は、勉強をしない言い訳をしていたわけではないのかもしれない。周囲からあけすけに匙を投げられたら、自分は馬鹿だと思い込んでも仕方がない。

 野球が自尊心の拠り所なのかもしれない。二葉の勉強みたいに。

 全然違うタイプだが、勉強だけできればいいと思って過ごしている自分と、ちょっと似ている気がした。試験に未来がかかっているのは二葉も同じだ。

 自分の人生には無関係な人間だと思っていたが、急に身近な存在に感じる。

「ここまで面倒見てくれて、いろいろありがと。俺、頑張れそう」

 新品の文房具がたくさん入っている紙袋が、耀士の腕の中でくしゃりと音を立てる。

「まだ始まってすらいないんだから。感傷に浸るのは結果が出るまでおあずけだよ」

 気恥ずかしさを抑えようとしたら、厳しい言葉になってしまった。

 耀士は明るく笑い返してくれる。

「二葉って、諦め悪いよな。良い意味で」

 心臓が金魚みたいに一回跳ねた。波立つようにじわじわと身体が熱くなっていく。同級生に呼び捨てで名前を呼ばれたのは初めてだったから。

「……い、一番バカ高で国立医学部受験しようとしてるくらいには、諦め、悪いよ」

 耳が赤くなってないか心配だ。夕日のオレンジが誤魔化してくれていると願うしかない。

「そういうところ、ホントかっこいい。世話焼きだしお人好しだし。言ってること間違ってないし。優しいよな。俺、二葉を頼って良かった。絶対いいお医者さんになれるよ」

「か、からかってるでしょ!」

「いや、素直に褒めてるんだって」

 臆面もなくおべっかを並べ立てて、なにか裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。

「そ、そんなに褒めてもっ、勉強の手、抜かないからね! やるって言ったら、最後までやるんだから……!」

 耀士は二葉の反応を面白がって豪快に笑った。爽やかで毒気を抜かれる。

 耀士の歩みが止まって、はたと前を向いた。あっという間に駅前に着いていた。

「夢の邪魔して悪いけど、改めてよろしくな」

「ううん。復習になるし。一緒に頑張ろう」 

「ああ……一緒にな」

 駅へ続く階段を一人で上がりながら、耀士と離れることに名残惜しさを感じている自分に動揺する。

 変な気持ちになりそうだから、適当にさよならを言って、真っ直ぐ改札に向かった。なのに、耀士の「なあ」というたった一言で、二葉は簡単に歩みを止めて振り返ってしまう。

「明日からもそれでいてくれよ」

 言葉の意味が分からない。

「それって、なに」

「マスク外して」

 言われるまで忘れていた。そう言えば、マスクは部室で外したきり鞄の中に入っている。

「……なんで?」

「笑ってるの、分かるからさ。そっちのほうがいいな」

 面食らっているうちに「じゃあな」と耀士が踵を返す。

 手を振って笑顔で立ち去っていく耀士の頬が赤かったのは、夕陽のせいかもしれない。二葉の耳が赤いのも、きっとそのせいだから。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

元カレ先輩に、もう一度恋をする。 ━━友だちからやり直すはずだった再会愛【BL】

毬村 緋紗子
BL
中学三年になる春。 俺は好きな人に嘘をついて別れた。 そして一年。 高校に入学後、校内で、その元カレと再会する。 遠くから見ているだけでいいと思っていたのに……。 先輩は言った。 「友だちに戻ろう」 まだ好きなのに。 忘れられないのに。 元恋人から始まる、再スタートの恋。 (登場人物) 渋沢 香名人 シブサワ カナト 高1 山名 貴仁 ヤマナ タカヒト 高3 表紙は、生成AIによる、自作です。 (替わるかもです。。)

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※この物語はフィクションです。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。 ■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。 ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

君に不幸あれ。

ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」 学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。 生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。 静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。 静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。 しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。 「好きになられるからあいつには近づかない方がいいよ。」 玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。 それから十年後。 静は玲に復讐するために近づくが…

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

処理中です...