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しおりを挟むカタカタとキーボードの音だけが響く図書室の静寂がものすごい力で破られた。
カウンターに座って、書架整理をしているカミナリ司書が「チッ」と舌打ちをする。
カツ、カツ、と迷いのない足取りが近づいてきた。
時刻は十二時を過ぎようとしている。
「二葉いますか。ここだと思ったんだけど」
「あんた出禁だって言ったでしょ、今更しおらしくしたって無駄よ」
司書は迷惑そうだ。耀士は食い下がった。
「お願いだよ、いるかいないか教えてくれ」
「自分で探しなさいよ。連絡すれば?」
「してるよ、何回も。でも返事がない」
司書はため息を吐く。
「じゃあ、迷惑なんでしょ。あんたうるさいし図々しいのよ」
「でも大変なんだ。先生たちが動き始めてて……みんな二葉を探してる。始業式、一年は無しになった。みんな自習してる。A組の生徒一人ずつ監督……鶴川先生に話聞かれてる」
「へえ、教頭が出しゃばってるの。なんか凄いことが起こってるのね。でもあたしには関係ないから。あれよ、三権分立」
「三権分立なら抑制して均衡保ってくれよ」
「ああ言えばこう言うんじゃないわよ」
そしてまた舌打ち。座ったままぐっと背伸びをすると、司書ははあ、と息を吐く。
「そんな事情で探されても迷惑でしょ。何も知らなかったくせに。一人で頑張ってるんだから、そっとしておきなさい」
「……確かに今日はっきり知ったよ。引っかかる所あったけど、正直気にしてなかった」
「なぜ違和感を指摘しなかったの?」
「二葉が気にしていなさそうだった。興味がないというか。でも違うんだと分かった」
「いつ分かったの?」
「目、見た時。あいつ、困ってる」
……。
「力になりたい。俺、二葉好き」
「なんですって? それは面白くなってきたわね。先の展開が気になるわ」
「俺の恋路を小説扱いしないでくれよ」
司書はカウンターに頬杖をついた。
「どこに惚れたわけ?」
「一生懸命で結果が出るまで努力するところ! すごく面倒見がいい! 優しい! 夢があるところ! 全部! 可愛い!」
「うるさいわね! 声でかいのよ!」
「カミナリ司書が聞いたんじゃないか……」
耀士が困ったように言う。
司書は鼻で笑った。
「佐藤二葉を見つけたら、どんな声をかけようと思ってるわけ?」
「……分からない。でも、頼ってほしかったとは思う」
「頼られないならその程度ってことでしょ」
「それでもいいよ。迷惑でも俺が力になりたい。このままじゃあいつの夢、遠くなる」
沈黙。司書が脚を組み替えた。
「あんたも酷い目に遭って部活できなくなるかもよ。野球好きなんでしょ」
「いいよ。二葉困ってるんだ。あいつ医者になるし。大学行くから。二葉は悪いことしてないし俺は間違ってない。もやもやしてたら勝てないし、意味ない」
「あーじゃあ頑張んなさい。さよなら」
興味なさそうに司書が言う。
「二葉が来たらよろしく伝えてくれよ」
「よろしくって、なんて?」
「俺が探してるってことと、あと、俺もお前が好きだって伝えて。連絡下さい、って」
「願い下げよ。さっさとどっか行きなさい」
「お願いします!」
力強い足音を立てて、耀士は図書室を出て行った。ものの十分足らずの出来事だ。
「ほんとうるっさいわねあの子」という司書のぼやきを最後に、図書室には再び静寂が訪れる。カタカタという司書が鳴らすキーボードの音。本を動かし、ページを開き、クリック……。
何度も繰り返された音のループを、司書が優しく断ち切った。
「……ですって」
コンコン、とカウンターを叩く。
頭上からノックされている気分だ。
「聞いてた? 寝てたんじゃないでしょうね」
なにも反応がないことが癪だったのか、カウンターの下を覗き込んで「うんとかすんとか言いなさい」と一喝してくる。
カウンター下の暗がりの隅っこで、膝を抱えて小さくなっている二葉に向かって。
「……起きてた」
「よろしい。あんたのために一芝居打ってやったんだから感謝しなさい。匿ってんのがバレたら教頭うるさいんだからね」
「三権分立は?」
「あんなの嘘に決まってんでしょ」
「……ありがとう」
司書はやれやれ、といったふうにため息を吐くと、姿勢を戻して仕事に戻っていく。
「『一人になりたい』ってカウンターの下に潜ってきた時はびっくりしたけど……北見耀士の話でなんとなく察したわ」
もう心はドキリともズキリともしない。し尽くしてしまったから、反応する力すら残っていないのだ。
抱えていた膝をぎゅうと握り込んで、焦点が合わない瞳でとりとめもない床を見つめた。
ズタズタの心臓がトクトクと脈を打っている。耳までヒリヒリする。ぎゅっと目を閉じて暗闇のなかで気持ちをなだめた。
すぅ、と鼻から息を吸い込むと、書架の香りが二葉の体の中に入り込んでくる。
(無理なのかな)
きっと、転校したって同じだ。大検受かっても、同じだ。どこかで同じ壁に当たって、どこかで同じように諦める。
生きてるだけでいいんだからって、誰にも期待されてなかったけど。でも……。
結構、頑張ったと思ったんだけどな。
「頼れば? あの子出禁だけど馬鹿ほど真っ直ぐで、まあいい子なんじゃない」
耀士の言葉は聞いていた。一字一句漏らさず聞いた。
……あいつ、医者になるし。大学行くから。力になりたい……。
思い出すと目の奥がツンと痛くなる。
ボロボロの心がぬくぬくする。
自分のことを信じてくれている。まだ耀士は諦めないでくれている。
なによりも、僕の顔を見たあとも好きだって言ってくれた……。
耀士を信じたい。信じたいけど……。
これ以上傷ついたら本当に死ぬまで病院送りになってしまいそうだ。
「うじうじするのは結構だけど。十八時には閉館するから、それまでに答え出しなさい」
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