病弱を理由に婚約破棄されました ~私、前世は狂戦士だったのです~

呉マチス

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17 エルミナの平伏

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男に抱かれまくっているだとか、従兄弟のアルベールやお父様まで巻き込んだ罵詈雑言に、さすがの私もイラッとする。
いけない。深呼吸しなければ。
さっき少しだけガルガンの能力を使ったので、酸欠ぎみなのだ。

少し震えるだけで、無意識なのかヴァレリー王太子はぎゅっと力強く抱き込んでくる。
だから静かに深呼吸。
しかしこれ、最初から抱っこされているので、ふらつくことも倒れることもない。
なんというか、これは新たな技ではないの?
抱っこで移動すれば倒れない!
いや、抱っこする方は大変だから立ち眩み対策にはならないか。

「お言葉ですが、ヴァレリー王太子殿下。あなたもこの売女の手の内のようね!」

エルミナ様はこちらに詰め寄ってくると、王太子の腕の中にいる私をギロリと睨んだ。
私は混乱する。
私とエルミナ様は、パーティーで顔を合わせる程度で特に付き合いはない。
友人も被っていない。
一体どこでこんなに恨みを買ったのだろう。

本気でテオドリック様を愛していらした?
いや、どちらかと言えば、テオドリック様の方がエルミナ様を慕っていたのだ。
そのテオドリック様をエルミナ様は弟分として可愛がっていただけのように思えた。
それに、テオドリック様をご自分のものにしたかったのなら、いくらだってその機械はあったはずだ。

エルミナ様はなおも私を攻撃する。
同時に王太子に対しても「馬鹿な女に騙された王太子も馬鹿」みたいなとんでもない事を言っているのだが、気付いてないご様子だ。

「何を大事に抱えているのやら! ですわ! その女は、」

「頭が高い」

わーお、最高権力者のお言葉、来ました!
この言葉にはエルミナ様も二の句が告げられない。
しぶしぶ膝を折る。

「頭が高いな」

おっと。更なる礼を求めますか。
エルミナ様は屈辱に震えながら地べたにひれ伏した。
私はそれをヴァレリー王太子の腕に抱かれて高みから見下ろす。

これは、これはちょっと。

「殿下・・・」

私は感動に打ち震えてしまった。
今の今まで、エルミナ様にも何か事情があるのだろうと思っていた。だが私は彼女の奸謀に乗ったテオドリック様に完膚なきまでに貶められたのだ。
テオドリック様を唆したのはエルミナ様。
私はその彼女を憎らしく思っているのだわ。

それに気付いてヴァレリー王太子に感謝の気持ちが沸き上がる。
地べたに這いずるエルミナ様を、王太子の腕の中から見下ろす贅沢を下さった。
感動し、思わずシャツを掴んでしまった手が小さく震えると、王子は腕に力を込めた。

「戻るぞ」

いつの間にかこの場を指揮しているヴァレリー王太子に騎士たちは一斉に礼を取って従う。カリスマっていうのはこういう方を言うのだろう。抱っこされたおまけの私は権力者の気分を少しだけ味わった。

地面にひれ伏していたエルミナ様は騎士たちに両腕を抱えられて引きずられるように館へ向かった。
テオドリック様は抵抗もなく、さすがに王族なので拘束されることなく、騎士に囲まれて先へ行く。
王太子殿下の前を通り過ぎる時、犬のようなうるんだ目で私を見ていた。
その表情は、この厩でかくれんぼをして、すぐに見つかってしまい拗ねていたあの頃と変わらない。
同情が湧く。
同時に思い出の場所に、私以外の私を貶める女性を連れて隠れていたことに、また新たな剣で傷口を抉られた気がした。



館へ向かって歩いていると、小さな森から石畳の道に出る。

「あの、殿下。もうお疲れでしょう? 私なら石畳くらい裸足でも歩けますので降ろして頂けますか?」

もうかれこれ一時間近く私を抱き続けている王太子に申し訳なくてお願いするが

「疲れない。猫を抱いているようなものだ」

と却下される。

「ならばアルベールと代わって頂けますか?」

「いたたたた。突入の時に腰をひねったかな?」

ヴァレリー王太子の後をお父様と並んで歩いていた従兄弟のアルベールは、わざとらしく声を上げる。

「では、お父様と・・・」

「ん-、疲れたな。最近夜になると肩が凝って仕方が無い」

私に最後まで言わせず、お父様も何やら不調を訴えている。
何ですかお二人とも。私を抱くのはそんなにお嫌ですか。

「でもさすがに疲れてきたかな? もう少しくっついてくれると楽なのだが。両腕を首に回してくれるかい? ルイーズ嬢」

私を降ろすつもりのないヴァレリー王太子のリクエストに、私は振り返ってお父様とアルベールに助けを求める。
しかし二人ともあらぬ方向を見て目も合わせてもくれない。

「~~~!」

抱っこ新技とか馬鹿なことを考えてごめんなさい神様。
仕方なく私は王太子の首筋にしがみつくのだった。

館に戻った時のお母様と侍女アニーの顔ったらなかった。
目玉をまんまるにしてヴァレリー王太子のがん首にしがみつく私を見ていた。
私だって不本意なのです。

やっと足を床について後をヴァレリー王太子とお父様に任せると、自室に戻った私は鏡に映った自分に愕然とした。

「きゃー、もう最悪~~~!」

そう、私はボロボロのまま、お姫様よろしく王子にずっと抱っこされていたのです。

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