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35 翡翠宮入宮
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庭から王太子一行と私を迎え入れる珍事に、リリア妃の翡翠宮はパニックに陥った。
私はリリア妃を出迎えた侍女たちに引き渡し視線を走らせる。
隠れた者が数人、立ち去った者も数人いる。
「落ち着け、席を設けよ」
リリア妃の指示で席が用意されると、多分待ち構えていたのであろう王と王妃が先触れもなくどかどかとやって来る。
リリア妃の侍女たちのパニックは最高潮に達した。
「ルイーズ!!」
王妃はリリア妃を無視して私に駆けよって来る。
だがさすがに王は、リリア妃の前で立ち止まった。
「誰にやられた?」
王に問われてもリリア妃は顔を隠して無言だ。
息を切らした宮廷医師が駆けつけリリア妃を治療していくと、顔だけでなく、腕や背中にも酷い痣が残されていることが解った。
ヴァレリー王太子は目を逸らす。
余りの痛ましさに、王も強く追及出来ない様子だ。
高貴な女性のいたぶられた姿は見るに堪えないのだろう。
王にとっては長らく私的な交流は無かったとはいえ、二番目の妻でもある。
一方王妃は冷めた目でリリア妃を見ている。
この状況では、頼りになるのは王妃の方かもしれない。
私も切傷だらけの腕に治療を受けるが、その間、王もリリア妃も黙ったままだ。
状況が膠着する。
仕方が無いので私は腕の治療が終わると長い沈黙を破った。
「王妃様。昨日はガスパール卿をお貸し頂きありがとうございました」
「こいつは役に立ったかい?」
王妃は後ろに控えている親衛隊の中にいるガスパールを目線で指した。
ガスパール卿はまさか自分が話題になるとは思っていなかったようで慌てている。
「はい。宰相バルリ侯爵邸への偵察にお付き合い頂きました。宰相邸では、頻繁に手紙のやり取りがされていました。宰相邸から送られるのは宮廷文官当ての手紙ばかりです。けれど届く手紙はこの翡翠宮からのものばかりでした」
第二王妃リリアは私の言葉に身体を竦ませる。
ガスパール親衛隊長もポカンとしている。
「証拠は?」
王が厳しく言う。
「バルリ侯爵邸の……一階一番東の執務室と思われる場所にありましたよね? ガスパール卿」
ガスパール卿は私と王妃の目力に頷くしかない。
親衛隊の1人が現場を確保しに出て行った。
「つまり宰相バルリ侯爵はこの翡翠宮に居て、手紙で指示を出していると思われます。翡翠宮から宰相邸へ届く手紙は宰相からのものでしたから」
私の言葉にリリア妃の身体がブルブルと震え出した。
侍女たちも一様に顔を青くしている。
「リリア妃を痛めつけているのは宰相バルリ侯爵でしょう。この宮殿で好待遇を受けているうちに何やら勘違いなさったようですね。」
ガバリとリリア妃が医者を押しのけ平伏する。
室内のリリア妃の配下の者が全て同じように平伏した。
皆一様にガタガタと震えている。
その態度が私の言葉を全て肯定していた。
「宰相を探せ」
と王が親衛隊に命じる。
「お待ちください」
私は王の指示を失礼ながら止めさせて頂く。
この宮殿に入り込んだ時から『地獄耳』を使っていたから、状況が解るのだ。
私は王の前に歩み出て、片膝をついて進言させて頂く。
「陛下。この宮殿には宰相の他に予想外の兵力が集まっている気配がします。我が国の兵は大公将軍が全て掌握していますので、ここに集った兵は恐らく」
「ルルヴァルの兵士か?」
王の言葉にガスパール卿はじめ親衛隊に緊張が走る。
アルベールが私の後ろに膝をついて控えた。
王太子は王妃と共に目を見張っている。
「恐らくは。間者が先程北に去って行きましたので、北側が怪しいかと思います」
私は前世が戦士だったので、こういう事には鼻が効く。
入宮した際に逃げ出した者を見逃さなかった。
だが、その私にも宰相バルリ侯爵が翡翠宮のどこにいるか探しきれずにいた。
『地獄耳』を使っても気配がない。
私の返事に王は親衛隊に指示を出し始める。
ガスパール卿を先頭に親衛隊の十数人が静かに北棟へ向かう。
人数、足りるかな?
応援を呼んでいるはずだが、開戦が先かもしれない。
私もまだまだ、状況を上手に運ぶ事が出来ない未熟者だなぁ、と思いながら、格好つける事を諦め、失礼を承知で駆け出した。
「アルベール! 捕まえて!」
私が駆けつけ指示した柱の陰には、逃げ出す隙を狙って身を隠していた男が二人いた。
アルベールが引きずり出し、王の前に転がす。
王は苦々しい顔をする。
どうやら王の知った者だ。
それよりも。
「両陛下、御前を失礼いたします。私も行って参ります~!」
開戦されては被害が出そうなので、私は急いで王の前を退き、アルベールと共に北へ向かった。
私はリリア妃を出迎えた侍女たちに引き渡し視線を走らせる。
隠れた者が数人、立ち去った者も数人いる。
「落ち着け、席を設けよ」
リリア妃の指示で席が用意されると、多分待ち構えていたのであろう王と王妃が先触れもなくどかどかとやって来る。
リリア妃の侍女たちのパニックは最高潮に達した。
「ルイーズ!!」
王妃はリリア妃を無視して私に駆けよって来る。
だがさすがに王は、リリア妃の前で立ち止まった。
「誰にやられた?」
王に問われてもリリア妃は顔を隠して無言だ。
息を切らした宮廷医師が駆けつけリリア妃を治療していくと、顔だけでなく、腕や背中にも酷い痣が残されていることが解った。
ヴァレリー王太子は目を逸らす。
余りの痛ましさに、王も強く追及出来ない様子だ。
高貴な女性のいたぶられた姿は見るに堪えないのだろう。
王にとっては長らく私的な交流は無かったとはいえ、二番目の妻でもある。
一方王妃は冷めた目でリリア妃を見ている。
この状況では、頼りになるのは王妃の方かもしれない。
私も切傷だらけの腕に治療を受けるが、その間、王もリリア妃も黙ったままだ。
状況が膠着する。
仕方が無いので私は腕の治療が終わると長い沈黙を破った。
「王妃様。昨日はガスパール卿をお貸し頂きありがとうございました」
「こいつは役に立ったかい?」
王妃は後ろに控えている親衛隊の中にいるガスパールを目線で指した。
ガスパール卿はまさか自分が話題になるとは思っていなかったようで慌てている。
「はい。宰相バルリ侯爵邸への偵察にお付き合い頂きました。宰相邸では、頻繁に手紙のやり取りがされていました。宰相邸から送られるのは宮廷文官当ての手紙ばかりです。けれど届く手紙はこの翡翠宮からのものばかりでした」
第二王妃リリアは私の言葉に身体を竦ませる。
ガスパール親衛隊長もポカンとしている。
「証拠は?」
王が厳しく言う。
「バルリ侯爵邸の……一階一番東の執務室と思われる場所にありましたよね? ガスパール卿」
ガスパール卿は私と王妃の目力に頷くしかない。
親衛隊の1人が現場を確保しに出て行った。
「つまり宰相バルリ侯爵はこの翡翠宮に居て、手紙で指示を出していると思われます。翡翠宮から宰相邸へ届く手紙は宰相からのものでしたから」
私の言葉にリリア妃の身体がブルブルと震え出した。
侍女たちも一様に顔を青くしている。
「リリア妃を痛めつけているのは宰相バルリ侯爵でしょう。この宮殿で好待遇を受けているうちに何やら勘違いなさったようですね。」
ガバリとリリア妃が医者を押しのけ平伏する。
室内のリリア妃の配下の者が全て同じように平伏した。
皆一様にガタガタと震えている。
その態度が私の言葉を全て肯定していた。
「宰相を探せ」
と王が親衛隊に命じる。
「お待ちください」
私は王の指示を失礼ながら止めさせて頂く。
この宮殿に入り込んだ時から『地獄耳』を使っていたから、状況が解るのだ。
私は王の前に歩み出て、片膝をついて進言させて頂く。
「陛下。この宮殿には宰相の他に予想外の兵力が集まっている気配がします。我が国の兵は大公将軍が全て掌握していますので、ここに集った兵は恐らく」
「ルルヴァルの兵士か?」
王の言葉にガスパール卿はじめ親衛隊に緊張が走る。
アルベールが私の後ろに膝をついて控えた。
王太子は王妃と共に目を見張っている。
「恐らくは。間者が先程北に去って行きましたので、北側が怪しいかと思います」
私は前世が戦士だったので、こういう事には鼻が効く。
入宮した際に逃げ出した者を見逃さなかった。
だが、その私にも宰相バルリ侯爵が翡翠宮のどこにいるか探しきれずにいた。
『地獄耳』を使っても気配がない。
私の返事に王は親衛隊に指示を出し始める。
ガスパール卿を先頭に親衛隊の十数人が静かに北棟へ向かう。
人数、足りるかな?
応援を呼んでいるはずだが、開戦が先かもしれない。
私もまだまだ、状況を上手に運ぶ事が出来ない未熟者だなぁ、と思いながら、格好つける事を諦め、失礼を承知で駆け出した。
「アルベール! 捕まえて!」
私が駆けつけ指示した柱の陰には、逃げ出す隙を狙って身を隠していた男が二人いた。
アルベールが引きずり出し、王の前に転がす。
王は苦々しい顔をする。
どうやら王の知った者だ。
それよりも。
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