36 / 53
36 開戦
しおりを挟む
王の前を辞すると、ドレスのスカートを抱えて走る私をアルベールが抱えた。
はい。抱っこされた方が数倍速いのは確かです。
感覚だけで北側へ向かうと、回廊に向かう扉の前に王宮親衛隊たちが隠れて様子を伺っている場面に追いついた。
ガスパール卿の隣に辿り着く。
「斥候を出しているの?」
聞くと、突然隣に居た私にガスパール卿は驚いて口をパクパクさせた。
「あ、る、ルイーズ令嬢!? なんでここに!?」
私を抱くアルベールにも同じように指差して確認している。
「俺の事はルイーズの馬だと思って気にしないで下さい」
アルベールは自虐ネタに走る。馬って! もう!
「ガスパール卿、ちょっとだけ偵察させてくださいね」
私はアルベールに抱っこされたまま目を閉じて『地獄耳』を発動し集中する。
「偵察って、それ、なんなんですか?」
ガスパール卿の疑問をアルベールが「シー」と黙らせてくれている。
―――どうする?
―――どうもこうも、ここで捕まったら終わりだ。
―――直ぐに相手の応援が来るぞ。敵が少ないうちに全員やっつけて、俺らは国境の砦に逃げるべきだ。
―――あの方はどうする?
―――知るか! 宰相が何とかするだろ!
―――宰相はいったい何をしているんだ? この状況でまだ寝ているのか?
―――もうどうでもいい。強行突破だと皆に伝えろ。
んんん? 宰相寝ているの?
あの方ってリリア妃の事?
もういいや。時間が無い。
私は目を開けた。
ガスパール卿が見守っていて、視線が合う。
にっこり笑うと、ハンサムなお顔をげんなりさせた。
「それが偵察、なんですね」
確信したようだ。
「内緒よ」
私は自分の唇に指を当てて「シー」とする。
内緒も何も、周囲には他の親衛隊もいるのだが、皆素直に頷いてくれた。
「敵は三十人に満たない程度。こちらの応援が来る前にここを強行突破して、国境近くの砦に避難するらしいわ。宰相は……寝ているみたいで気配が掴めない」
私が偵察の結果を言うと、王宮親衛隊の皆に緊張が走った。
すると音も無く上から一人の兵士が降りてきて、「来ます」と言った。
彼が斥候なのだろう。
親衛隊たちが鉄の擦れ合う音と共に剣を抜く。
バン!
扉があく音がすると、回廊の向こう側から軽装の兵士たちがなだれ出て来た。
親衛隊も列をなして扉から出て行く。
「わああ!」
声と共に剣が交わされる音がする。
一気に狭い回廊は戦場となった。
「アルベール、剣を頂戴」
「持っているわけないだろ。ここは宮廷だぞ」
そうでした。
入宮時に武器は全部預けちゃうのです。
「え~、どうしよう。剣あった方が疲れないのよね」
悩む。
「てことは、行くんだな。あの中に」
アルベールは扉の向こうを顎で指した。
「当然。こっちの人数が少なすぎるわ。皆死んじゃう」
扉の向こうではあっという間に親衛隊が劣勢だ。
「じゃあ取り敢えず剣を奪ってくるから、それまで動くなよ!」
アルベールは私を柱の陰に降ろすと、回廊へ駆けて行った。
ちょっと! アルベールも武器を持ってないじゃないの!
驚いて追いかけようとすると、突然後ろから肩を掴まれた。
「動くなって言われたでしょ?」
「ひい!!!」
真後ろに、私を庇うようにぴったり張り付いてきたのは、ヴァレリー王太子だった。
近衛も従えている。
「……だからさ、なんで私に会う時、いつも悲鳴を上げるの?」
ヴァレリー王太子は不満顔だ。
だって! 気配がしないんですよ! 殿下は!
「あ、ほら、アルベール。彼さすがブルージュの血統だね」
見るとアルベールが敵から二本の剣を拝借して戻って来た所だ。
「殿下、危ないですよ」
息も切らさずアルベールは柱の陰に身を滑り込ませる。
「ルイーズ嬢が前線にいるのに後方で黙っていられないよね」
金髪碧眼の美男子は甘い笑顔で私を見つめると、断りもなくひょいと抱き上げる。
「さて、行こうか。そろそろ皆やばい」
殿下の言葉に戦況を見ると、回廊の出口に向かって逃げるルルヴァル兵を、親衛隊が壁になって抑えている所だ。
多勢に無勢で、親衛隊に怪我が目立つ。
押されているのは明らかだ。
「アルベール、右を守って!」
アルベールから剣を受け取ると、私たちも回廊へ出る。
右にアルベール、左に近衛が一人、後方に近衛が三人のフォーメーションだ。
新たな敵の登場に気付いたルルヴァル兵が、剣を振りかざして目ざとくこちらへ向かって来る。
「……」
向かって来るはずが、途中で立ち止まっている。
え?
なぜ?
「……何を、しているんだ?」
ルルヴァル兵は、絶世の美男子がドレス姿の令嬢を抱えている場違いさを理解できなかったらしく、丁寧に訪ねて来た。
数歩離れた位置で、三人のルルヴァル兵は立ち止まっている。
私は重い剣をブルブル震える手で持ち上げると「???」とついつい私を見守ってしまったルルヴァル兵に向かって振り下ろした。
「え~い!」
直後、バリバリと稲妻に似た音を立てて、衝撃波がルルヴァル兵を襲う。
バリン! という音と共に三人のルルヴァル兵は吹っ飛んで行った。
はい。抱っこされた方が数倍速いのは確かです。
感覚だけで北側へ向かうと、回廊に向かう扉の前に王宮親衛隊たちが隠れて様子を伺っている場面に追いついた。
ガスパール卿の隣に辿り着く。
「斥候を出しているの?」
聞くと、突然隣に居た私にガスパール卿は驚いて口をパクパクさせた。
「あ、る、ルイーズ令嬢!? なんでここに!?」
私を抱くアルベールにも同じように指差して確認している。
「俺の事はルイーズの馬だと思って気にしないで下さい」
アルベールは自虐ネタに走る。馬って! もう!
「ガスパール卿、ちょっとだけ偵察させてくださいね」
私はアルベールに抱っこされたまま目を閉じて『地獄耳』を発動し集中する。
「偵察って、それ、なんなんですか?」
ガスパール卿の疑問をアルベールが「シー」と黙らせてくれている。
―――どうする?
―――どうもこうも、ここで捕まったら終わりだ。
―――直ぐに相手の応援が来るぞ。敵が少ないうちに全員やっつけて、俺らは国境の砦に逃げるべきだ。
―――あの方はどうする?
―――知るか! 宰相が何とかするだろ!
―――宰相はいったい何をしているんだ? この状況でまだ寝ているのか?
―――もうどうでもいい。強行突破だと皆に伝えろ。
んんん? 宰相寝ているの?
あの方ってリリア妃の事?
もういいや。時間が無い。
私は目を開けた。
ガスパール卿が見守っていて、視線が合う。
にっこり笑うと、ハンサムなお顔をげんなりさせた。
「それが偵察、なんですね」
確信したようだ。
「内緒よ」
私は自分の唇に指を当てて「シー」とする。
内緒も何も、周囲には他の親衛隊もいるのだが、皆素直に頷いてくれた。
「敵は三十人に満たない程度。こちらの応援が来る前にここを強行突破して、国境近くの砦に避難するらしいわ。宰相は……寝ているみたいで気配が掴めない」
私が偵察の結果を言うと、王宮親衛隊の皆に緊張が走った。
すると音も無く上から一人の兵士が降りてきて、「来ます」と言った。
彼が斥候なのだろう。
親衛隊たちが鉄の擦れ合う音と共に剣を抜く。
バン!
扉があく音がすると、回廊の向こう側から軽装の兵士たちがなだれ出て来た。
親衛隊も列をなして扉から出て行く。
「わああ!」
声と共に剣が交わされる音がする。
一気に狭い回廊は戦場となった。
「アルベール、剣を頂戴」
「持っているわけないだろ。ここは宮廷だぞ」
そうでした。
入宮時に武器は全部預けちゃうのです。
「え~、どうしよう。剣あった方が疲れないのよね」
悩む。
「てことは、行くんだな。あの中に」
アルベールは扉の向こうを顎で指した。
「当然。こっちの人数が少なすぎるわ。皆死んじゃう」
扉の向こうではあっという間に親衛隊が劣勢だ。
「じゃあ取り敢えず剣を奪ってくるから、それまで動くなよ!」
アルベールは私を柱の陰に降ろすと、回廊へ駆けて行った。
ちょっと! アルベールも武器を持ってないじゃないの!
驚いて追いかけようとすると、突然後ろから肩を掴まれた。
「動くなって言われたでしょ?」
「ひい!!!」
真後ろに、私を庇うようにぴったり張り付いてきたのは、ヴァレリー王太子だった。
近衛も従えている。
「……だからさ、なんで私に会う時、いつも悲鳴を上げるの?」
ヴァレリー王太子は不満顔だ。
だって! 気配がしないんですよ! 殿下は!
「あ、ほら、アルベール。彼さすがブルージュの血統だね」
見るとアルベールが敵から二本の剣を拝借して戻って来た所だ。
「殿下、危ないですよ」
息も切らさずアルベールは柱の陰に身を滑り込ませる。
「ルイーズ嬢が前線にいるのに後方で黙っていられないよね」
金髪碧眼の美男子は甘い笑顔で私を見つめると、断りもなくひょいと抱き上げる。
「さて、行こうか。そろそろ皆やばい」
殿下の言葉に戦況を見ると、回廊の出口に向かって逃げるルルヴァル兵を、親衛隊が壁になって抑えている所だ。
多勢に無勢で、親衛隊に怪我が目立つ。
押されているのは明らかだ。
「アルベール、右を守って!」
アルベールから剣を受け取ると、私たちも回廊へ出る。
右にアルベール、左に近衛が一人、後方に近衛が三人のフォーメーションだ。
新たな敵の登場に気付いたルルヴァル兵が、剣を振りかざして目ざとくこちらへ向かって来る。
「……」
向かって来るはずが、途中で立ち止まっている。
え?
なぜ?
「……何を、しているんだ?」
ルルヴァル兵は、絶世の美男子がドレス姿の令嬢を抱えている場違いさを理解できなかったらしく、丁寧に訪ねて来た。
数歩離れた位置で、三人のルルヴァル兵は立ち止まっている。
私は重い剣をブルブル震える手で持ち上げると「???」とついつい私を見守ってしまったルルヴァル兵に向かって振り下ろした。
「え~い!」
直後、バリバリと稲妻に似た音を立てて、衝撃波がルルヴァル兵を襲う。
バリン! という音と共に三人のルルヴァル兵は吹っ飛んで行った。
10
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる