20 / 83
12
しおりを挟む
メアリの先導で階段をのぼると、廊下の一番手前にある扉が開いているのが見えた。とろりと温かみのある色の明かりが暗い廊下に溢れている。ユーダレウスはティニを抱え直すと、ドアの枠に打たないよう、慎重に頭を下げて中に入った。
そこはかつて居間だった部屋で、素朴で丁寧な造りの家具が並んでいた。使いこまれて古びてはいるが、人が住まなくなってもきちんと手入れが行き届いており、宿にするには十分すぎるほどに居心地の良い空間だった。
マーサが暖炉の前の肘掛け椅子に腰かけて、ぼんやりと火を眺めていた。
普段の快活さが鳴りを潜めた穏やかな眼差しは、彼女が生きてきた年月の長さを生々しく感じさせ、ユーダレウスの胸に一抹の寂しさが宿った。
「……マーサ」
驚かせないよう静かに声をかけると、マーサは振り返り、ぱっと日向に咲いた野花のように笑う。
「ああ、来たかい。そうしてると親子に見えるね、あんたたち」
「ガキがいる歳に見えるか?」
「見えないね。攫ってきたみたいだ。ミアがああ言ったのもわかる気がする」
途端に「悪人面で悪かったな」と拗ねたユーダレウスがティニをおろした。マーサが呵々と笑う。
暖炉に入っている薪がパチンと音を立てる。
「ここいらは、夜から朝方は冬みたいに冷える。暖炉に火を入れていたところさ。さて、寝る仕度だったね。ベッドは奥の部屋のを使っとくれ……メアリ」
マーサに目配せをされたメアリが先に立って部屋を出て行く。ユーダレウスは荷物を抱え直してそれに続いた。
ティニが袖で目をこするのを目ざとく見つけたマーサが、腰をかがめてティニの顔を覗き込む。
「どうした、もう眠いのかい? お風呂はどうする?」
「眠くないです。お風呂、入ります」
眠気のない顔でふるふると首を横に振るのを愛おしそうに見ながら、マーサは自身の膝に手をついて立ち上がる素振りを見せた。
「それなら風呂のボイラーに火を入れてこようかね」
「……いや、その必要はない」
ベッドメイクをメアリに任せ、早々に戻ってきたユーダレウスがこともなげに言う。
この家では厨房で使う分とは別に、薪をボイラーに入れて風呂に使う分の湯を沸かす仕組みだ。火を入れないことにはお湯は出ない。
訝しげな顔をするマーサに、ユーダレウスはどこからともなく、カンテラがぶら下がった杖を出して見せた。それを見たマーサはようやく合点がいったとばかりに手を叩く。
「ああ! あんたは便利で羨ましいねぇ、すっかり忘れてたよ!」
「俺を何だと思ってたんだ、今まで」
「ん? 男前だけど人相の悪いお人よし」
「相変わらず正直なこった」
まっすぐすぎる物言いに、ユーダレウスは半眼してふんと鼻を鳴らす。大人も裸足で逃げ出したくなるような悪人面だが、さして不機嫌ではないことを知るマーサはおどけて舌先を見せた。
「ベッド、整いましたよ」
ドアの隙間からメアリが顔を出したのを見ると、マーサがはいよいよ立ち上がった。
「風呂とトイレは下の階。この部屋と、それと隣の寝室は好きに使ってくれて構わないからね。何かあったら裏の家にいるから、遠慮なく言って。食事は明日の朝、下の店で」
「わかった。世話になる」
ユーダレウスが礼を言うのに合わせて、ぺこりと下げられたティニの頭をひと撫ですると、マーサはひらりとその手を振った。
「それじゃ、下の片付けで少しの間うるさくするけど、すぐ終わらせるから。おやすみ、ティニ」
「おやすみなさい、マーサさん」
階段を下りていく二人の背中をティニが追いかけて見送った。
そこはかつて居間だった部屋で、素朴で丁寧な造りの家具が並んでいた。使いこまれて古びてはいるが、人が住まなくなってもきちんと手入れが行き届いており、宿にするには十分すぎるほどに居心地の良い空間だった。
マーサが暖炉の前の肘掛け椅子に腰かけて、ぼんやりと火を眺めていた。
普段の快活さが鳴りを潜めた穏やかな眼差しは、彼女が生きてきた年月の長さを生々しく感じさせ、ユーダレウスの胸に一抹の寂しさが宿った。
「……マーサ」
驚かせないよう静かに声をかけると、マーサは振り返り、ぱっと日向に咲いた野花のように笑う。
「ああ、来たかい。そうしてると親子に見えるね、あんたたち」
「ガキがいる歳に見えるか?」
「見えないね。攫ってきたみたいだ。ミアがああ言ったのもわかる気がする」
途端に「悪人面で悪かったな」と拗ねたユーダレウスがティニをおろした。マーサが呵々と笑う。
暖炉に入っている薪がパチンと音を立てる。
「ここいらは、夜から朝方は冬みたいに冷える。暖炉に火を入れていたところさ。さて、寝る仕度だったね。ベッドは奥の部屋のを使っとくれ……メアリ」
マーサに目配せをされたメアリが先に立って部屋を出て行く。ユーダレウスは荷物を抱え直してそれに続いた。
ティニが袖で目をこするのを目ざとく見つけたマーサが、腰をかがめてティニの顔を覗き込む。
「どうした、もう眠いのかい? お風呂はどうする?」
「眠くないです。お風呂、入ります」
眠気のない顔でふるふると首を横に振るのを愛おしそうに見ながら、マーサは自身の膝に手をついて立ち上がる素振りを見せた。
「それなら風呂のボイラーに火を入れてこようかね」
「……いや、その必要はない」
ベッドメイクをメアリに任せ、早々に戻ってきたユーダレウスがこともなげに言う。
この家では厨房で使う分とは別に、薪をボイラーに入れて風呂に使う分の湯を沸かす仕組みだ。火を入れないことにはお湯は出ない。
訝しげな顔をするマーサに、ユーダレウスはどこからともなく、カンテラがぶら下がった杖を出して見せた。それを見たマーサはようやく合点がいったとばかりに手を叩く。
「ああ! あんたは便利で羨ましいねぇ、すっかり忘れてたよ!」
「俺を何だと思ってたんだ、今まで」
「ん? 男前だけど人相の悪いお人よし」
「相変わらず正直なこった」
まっすぐすぎる物言いに、ユーダレウスは半眼してふんと鼻を鳴らす。大人も裸足で逃げ出したくなるような悪人面だが、さして不機嫌ではないことを知るマーサはおどけて舌先を見せた。
「ベッド、整いましたよ」
ドアの隙間からメアリが顔を出したのを見ると、マーサがはいよいよ立ち上がった。
「風呂とトイレは下の階。この部屋と、それと隣の寝室は好きに使ってくれて構わないからね。何かあったら裏の家にいるから、遠慮なく言って。食事は明日の朝、下の店で」
「わかった。世話になる」
ユーダレウスが礼を言うのに合わせて、ぺこりと下げられたティニの頭をひと撫ですると、マーサはひらりとその手を振った。
「それじゃ、下の片付けで少しの間うるさくするけど、すぐ終わらせるから。おやすみ、ティニ」
「おやすみなさい、マーサさん」
階段を下りていく二人の背中をティニが追いかけて見送った。
0
あなたにおすすめの小説
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる