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「それで? もう半日もないけど、この街にどうやって術をかけるつもり?」
先を歩くミアがユーダレウスを振り返って尋ねる。
リゴンの街は広い。ただ街を歩いて回るというだけでも朝から晩まで、一日はかかる。
その上で、ユーダレウスは何やら術をかけるというのだ。ミアには、とてもじゃないが残されている時間では不可能に思えた。
「西半分は昨日ここに来た時に終わらせてある。やるのはこのアンバー地区から東半分だけだ」
束ねた髪を風に遊ばせながら、しれっと言ってのけたユーダレウスに、二人の間をとことこと歩いていたティニが目を丸くする。
「師匠、いつそんなことしてたんですか?」
曇天色の頭を鷲掴みにするように、大きな手のひらが乗る。ティニがきゅっと目を瞑った。
「お前があちこち気を取られてる間だ、馬鹿弟子。おかげで何遍も見失って余計な時間かかっちまった。今日は大人しくしてろよ。迷子になっても探さねえぞ」
それを聞いたミアの胸に、ある種の使命感に似た感情が沸き上がる。決して迷子にさせるものかとティニの手を握り、この人でなしとユーダレウスを睨みつけた。
まだ小さなティニをあんな風に突き放すなんて。師弟のことはわからないけれど、少なくとも保護者としてはどうかしている。
とげとげしい眼差しで睨むミアを、複雑そうに見ていたユーダレウスだったが、結局は何も言わずに歩き出した。
「この辺でいいだろ」
人の行き交う通りの真ん中辺りで立ち止まったユーダレウスは、カンテラのぶら下がった杖を身体の前に差し出した。つい先ほどまで手ぶらだったはずのユーダレウスの手に、いつの間にか現れたそれに、ミアが小さく驚愕の声を上げる。
洒落たスーツ姿に、古めかしい怪しげな杖を持つ男。そのちぐはぐさを、道行く人々は少しも気にせず通り過ぎていく。
「サソレアツール・セラ」
コツン、と杖の先で石畳を突き、古い友人でも呼ぶかのようにユーダレウスが呟くと、カンテラの中から黄金色の光の玉がふわりと飛び出した。
ティニが何が起こるのかと期待に満ちた顔つきで師を見つめる。ティニと手を繋いだまま、気がないふりをしているミアだったが、その目はしっかりとユーダレウスの周りに浮かぶ温かな色の光の玉を追っていた。
「コード ディスェリプロト エマ アンゼカ」
ユーダレウスは精霊に何かを話しかける。それは命令でも懇願でもなく、言うなればただの世間話や、気が置けない友人に用事を頼むような気軽な調子だった。
この街は港によってあらゆる国や地域と繋がっているため、外国語は度々耳にするミアだったが、一度も聞いたことのない言葉にどこの国のものなのだろうかと首を傾げた。
ユーダレウスの杖の先がまた石畳を突く。カツン、という硬い音が通り中に響いたが、相変わらずティニとミア以外、誰も気に留める者はいなかった。
もう一度、ユーダレウスが杖をカツンとやったのを合図に、陽光の精霊が下へと降り、地面に触れる直前にぱっと弾けた。降り注いだ光の粒は地面に吸い込まれ、ユーダレウスの足元を中心にして波紋のようにその光の輪を広げていく。
ティ二とミアは光の帯が足元に到達した瞬間、ふわりと春風のようなものが通り過ぎるのを感じた。
「……終わりだ。次行くぞ」
「え、これだけ?!」
「ああ」
ミアの驚愕の言葉をさらりと受け流すと、ユーダレウスは踵を返す。ティニがちょこちょこと小走りで後に続いた。
「次は隣のメロー地区だな」
「ちょ、ちょっと待って、ほんとにあれだけで嵐から守れるの?」
またどこかに杖を仕舞ったのか、手ぶらになったユーダレウスは、言い募るミアを見てうるさそうに顔を顰めた。
「大丈夫だっつってんだろうが。ちょっと船の様子見に行ってくるだとか言って、海に出かけるようなヤツは知らんが」
ミアはティニを見た。ティニは師の「大丈夫」という言葉だけで納得しているらしく、胡散臭いという顔をするミアを不思議そうに見上げていた。
どうやら、この場でおかしいのは自分の方らしいと諦めたミアは、深くため息をついた。
「……メロー地区まで結構遠いけど……ああ、飛ぶの?」
「飛ぶ? なんだそれは。普通に乗合馬車で行く」
唐突に何を言うのかと呆れ返ったユーダレウスが、ミアを小馬鹿にしたように半眼する。それだけでも十二分に恥ずかしいのに、続けて、素直な目をしたティニが「師匠は何でもできますけど、飛べませんよ」と丁寧にミアに説明してくれたせいで、ミアの羞恥心が膨れ上がっていく。
「おじいちゃん……」
頬に熱が集まるのを感じながら、ミアはがくりと肩を落とした。
おそらく祖父は幼いミアを楽しませようと、ユーダレウスの話を盛りに盛っていた。「ユーダレウス様は空を飛んで移動する」というのは、まさにその筆頭だった。
まるごと全部を素直に信じていた自分の浅はかさに、顔を沸騰させながらミアはその場にうずくまる。
「ミアさん、元気出して。行きましょう」
ティニは手を差し出してミアを励ます。その気遣いが逆にミアの過敏な心に刺さった。
「時間がねえ、さっさとしろ。置いていくぞ」
観念したミアは差し出された小さな手を握り返し、先に歩き出していた魔術師の後を追った。
先を歩くミアがユーダレウスを振り返って尋ねる。
リゴンの街は広い。ただ街を歩いて回るというだけでも朝から晩まで、一日はかかる。
その上で、ユーダレウスは何やら術をかけるというのだ。ミアには、とてもじゃないが残されている時間では不可能に思えた。
「西半分は昨日ここに来た時に終わらせてある。やるのはこのアンバー地区から東半分だけだ」
束ねた髪を風に遊ばせながら、しれっと言ってのけたユーダレウスに、二人の間をとことこと歩いていたティニが目を丸くする。
「師匠、いつそんなことしてたんですか?」
曇天色の頭を鷲掴みにするように、大きな手のひらが乗る。ティニがきゅっと目を瞑った。
「お前があちこち気を取られてる間だ、馬鹿弟子。おかげで何遍も見失って余計な時間かかっちまった。今日は大人しくしてろよ。迷子になっても探さねえぞ」
それを聞いたミアの胸に、ある種の使命感に似た感情が沸き上がる。決して迷子にさせるものかとティニの手を握り、この人でなしとユーダレウスを睨みつけた。
まだ小さなティニをあんな風に突き放すなんて。師弟のことはわからないけれど、少なくとも保護者としてはどうかしている。
とげとげしい眼差しで睨むミアを、複雑そうに見ていたユーダレウスだったが、結局は何も言わずに歩き出した。
「この辺でいいだろ」
人の行き交う通りの真ん中辺りで立ち止まったユーダレウスは、カンテラのぶら下がった杖を身体の前に差し出した。つい先ほどまで手ぶらだったはずのユーダレウスの手に、いつの間にか現れたそれに、ミアが小さく驚愕の声を上げる。
洒落たスーツ姿に、古めかしい怪しげな杖を持つ男。そのちぐはぐさを、道行く人々は少しも気にせず通り過ぎていく。
「サソレアツール・セラ」
コツン、と杖の先で石畳を突き、古い友人でも呼ぶかのようにユーダレウスが呟くと、カンテラの中から黄金色の光の玉がふわりと飛び出した。
ティニが何が起こるのかと期待に満ちた顔つきで師を見つめる。ティニと手を繋いだまま、気がないふりをしているミアだったが、その目はしっかりとユーダレウスの周りに浮かぶ温かな色の光の玉を追っていた。
「コード ディスェリプロト エマ アンゼカ」
ユーダレウスは精霊に何かを話しかける。それは命令でも懇願でもなく、言うなればただの世間話や、気が置けない友人に用事を頼むような気軽な調子だった。
この街は港によってあらゆる国や地域と繋がっているため、外国語は度々耳にするミアだったが、一度も聞いたことのない言葉にどこの国のものなのだろうかと首を傾げた。
ユーダレウスの杖の先がまた石畳を突く。カツン、という硬い音が通り中に響いたが、相変わらずティニとミア以外、誰も気に留める者はいなかった。
もう一度、ユーダレウスが杖をカツンとやったのを合図に、陽光の精霊が下へと降り、地面に触れる直前にぱっと弾けた。降り注いだ光の粒は地面に吸い込まれ、ユーダレウスの足元を中心にして波紋のようにその光の輪を広げていく。
ティ二とミアは光の帯が足元に到達した瞬間、ふわりと春風のようなものが通り過ぎるのを感じた。
「……終わりだ。次行くぞ」
「え、これだけ?!」
「ああ」
ミアの驚愕の言葉をさらりと受け流すと、ユーダレウスは踵を返す。ティニがちょこちょこと小走りで後に続いた。
「次は隣のメロー地区だな」
「ちょ、ちょっと待って、ほんとにあれだけで嵐から守れるの?」
またどこかに杖を仕舞ったのか、手ぶらになったユーダレウスは、言い募るミアを見てうるさそうに顔を顰めた。
「大丈夫だっつってんだろうが。ちょっと船の様子見に行ってくるだとか言って、海に出かけるようなヤツは知らんが」
ミアはティニを見た。ティニは師の「大丈夫」という言葉だけで納得しているらしく、胡散臭いという顔をするミアを不思議そうに見上げていた。
どうやら、この場でおかしいのは自分の方らしいと諦めたミアは、深くため息をついた。
「……メロー地区まで結構遠いけど……ああ、飛ぶの?」
「飛ぶ? なんだそれは。普通に乗合馬車で行く」
唐突に何を言うのかと呆れ返ったユーダレウスが、ミアを小馬鹿にしたように半眼する。それだけでも十二分に恥ずかしいのに、続けて、素直な目をしたティニが「師匠は何でもできますけど、飛べませんよ」と丁寧にミアに説明してくれたせいで、ミアの羞恥心が膨れ上がっていく。
「おじいちゃん……」
頬に熱が集まるのを感じながら、ミアはがくりと肩を落とした。
おそらく祖父は幼いミアを楽しませようと、ユーダレウスの話を盛りに盛っていた。「ユーダレウス様は空を飛んで移動する」というのは、まさにその筆頭だった。
まるごと全部を素直に信じていた自分の浅はかさに、顔を沸騰させながらミアはその場にうずくまる。
「ミアさん、元気出して。行きましょう」
ティニは手を差し出してミアを励ます。その気遣いが逆にミアの過敏な心に刺さった。
「時間がねえ、さっさとしろ。置いていくぞ」
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