嘘つき師匠と弟子

聖 みいけ

文字の大きさ
27 / 83

19

しおりを挟む
「それで? もう半日もないけど、この街にどうやって術をかけるつもり?」

 先を歩くミアがユーダレウスを振り返って尋ねる。
 リゴンの街は広い。ただ街を歩いて回るというだけでも朝から晩まで、一日はかかる。
 その上で、ユーダレウスは何やら術をかけるというのだ。ミアには、とてもじゃないが残されている時間では不可能に思えた。

「西半分は昨日ここに来た時に終わらせてある。やるのはこのアンバー地区から東半分だけだ」

 束ねた髪を風に遊ばせながら、しれっと言ってのけたユーダレウスに、二人の間をとことこと歩いていたティニが目を丸くする。

「師匠、いつそんなことしてたんですか?」

 曇天色の頭を鷲掴みにするように、大きな手のひらが乗る。ティニがきゅっと目を瞑った。

「お前があちこち気を取られてる間だ、馬鹿弟子。おかげで何遍も見失って余計な時間かかっちまった。今日は大人しくしてろよ。迷子になっても探さねえぞ」

 それを聞いたミアの胸に、ある種の使命感に似た感情が沸き上がる。決して迷子にさせるものかとティニの手を握り、この人でなしとユーダレウスを睨みつけた。
 まだ小さなティニをあんな風に突き放すなんて。師弟のことはわからないけれど、少なくとも保護者としてはどうかしている。

 とげとげしい眼差しで睨むミアを、複雑そうに見ていたユーダレウスだったが、結局は何も言わずに歩き出した。

「この辺でいいだろ」

 人の行き交う通りの真ん中辺りで立ち止まったユーダレウスは、カンテラのぶら下がった杖を身体の前に差し出した。つい先ほどまで手ぶらだったはずのユーダレウスの手に、いつの間にか現れたそれに、ミアが小さく驚愕の声を上げる。

 洒落たスーツ姿に、古めかしい怪しげな杖を持つ男。そのちぐはぐさを、道行く人々は少しも気にせず通り過ぎていく。

サソレアツール・セラ陽光の精霊

 コツン、と杖の先で石畳を突き、古い友人でも呼ぶかのようにユーダレウスが呟くと、カンテラの中から黄金色の光の玉がふわりと飛び出した。

 ティニが何が起こるのかと期待に満ちた顔つきで師を見つめる。ティニと手を繋いだまま、気がないふりをしているミアだったが、その目はしっかりとユーダレウスの周りに浮かぶ温かな色の光の玉を追っていた。

コード ディスェリプロト エマ アンゼカこの地域を嵐から守りたい

 ユーダレウスは精霊に何かを話しかける。それは命令でも懇願でもなく、言うなればただの世間話や、気が置けない友人に用事を頼むような気軽な調子だった。

 この街は港によってあらゆる国や地域と繋がっているため、外国語は度々耳にするミアだったが、一度も聞いたことのない言葉にどこの国のものなのだろうかと首を傾げた。

 ユーダレウスの杖の先がまた石畳を突く。カツン、という硬い音が通り中に響いたが、相変わらずティニとミア以外、誰も気に留める者はいなかった。

 もう一度、ユーダレウスが杖をカツンとやったのを合図に、陽光の精霊が下へと降り、地面に触れる直前にぱっと弾けた。降り注いだ光の粒は地面に吸い込まれ、ユーダレウスの足元を中心にして波紋のようにその光の輪を広げていく。

 ティ二とミアは光の帯が足元に到達した瞬間、ふわりと春風のようなものが通り過ぎるのを感じた。

「……終わりだ。次行くぞ」
「え、これだけ?!」
「ああ」

 ミアの驚愕の言葉をさらりと受け流すと、ユーダレウスは踵を返す。ティニがちょこちょこと小走りで後に続いた。

「次は隣のメロー地区だな」
「ちょ、ちょっと待って、ほんとにあれだけで嵐から守れるの?」

 またどこかに杖を仕舞ったのか、手ぶらになったユーダレウスは、言い募るミアを見てうるさそうに顔を顰めた。

「大丈夫だっつってんだろうが。ちょっと船の様子見に行ってくるだとか言って、海に出かけるようなヤツは知らんが」

 ミアはティニを見た。ティニは師の「大丈夫」という言葉だけで納得しているらしく、胡散臭いという顔をするミアを不思議そうに見上げていた。

 どうやら、この場でおかしいのは自分の方らしいと諦めたミアは、深くため息をついた。

「……メロー地区まで結構遠いけど……ああ、飛ぶの?」
「飛ぶ? なんだそれは。普通に乗合馬車で行く」

 唐突に何を言うのかと呆れ返ったユーダレウスが、ミアを小馬鹿にしたように半眼する。それだけでも十二分に恥ずかしいのに、続けて、素直な目をしたティニが「師匠は何でもできますけど、飛べませんよ」と丁寧にミアに説明してくれたせいで、ミアの羞恥心が膨れ上がっていく。

「おじいちゃん……」

 頬に熱が集まるのを感じながら、ミアはがくりと肩を落とした。
 おそらく祖父は幼いミアを楽しませようと、ユーダレウスの話を盛りに盛っていた。「ユーダレウス様は空を飛んで移動する」というのは、まさにその筆頭だった。
 まるごと全部を素直に信じていた自分の浅はかさに、顔を沸騰させながらミアはその場にうずくまる。

「ミアさん、元気出して。行きましょう」

 ティニは手を差し出してミアを励ます。その気遣いが逆にミアの過敏な心に刺さった。

「時間がねえ、さっさとしろ。置いていくぞ」

 観念したミアは差し出された小さな手を握り返し、先に歩き出していた魔術師の後を追った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

処理中です...