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龍とお姫様
王弟殿下、龍を倒す。
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昔々のことであります。
高い山の麓に、広大な森が広がっていました。
森は「龍ガ森」と呼ばれておりました。
人々は、この森の奥に大きな「悪い龍」が棲んでいると噂していました。
龍は度々森の奥から抜け出して、村々や町々や国々を襲っていると言うのです。
龍は、藁屋根の家々や、木屋根の砦や、石屋根の城を壊《こわ》ました。
金の細工や、銀の食器や、宝石の飾りを奪いました。
小屋の家畜たちや、家の中の子供たちや、隠れた大人たちを殺しました。
そうやって奪った材で住処を作り、その奥に奪った宝を隠し、殺した生き物の肉を喰っているのだと、龍に襲われなかった人々が口々に言ったのです。
その噂を聞いた、たくさんの国々の兵士や、命知らずの多くの武人や、功を立てたい黒鎧の騎士たちが、この大きな龍を倒そうと考えて森に入って行きました。
しかし、森から出てきた者はただの一人もおりませんでした。
そうして誰もが森を恐れるようになったある日ある時に、一人の「勇者」がこの森に入ったのです。
それは、龍ガ森のごく近くにある小さな国の、王様の弟でした。
勇ましく森に入っていった王弟殿下ですが、その奥深く進むと、木々の枝が空を覆い尽くし、月無き星の夜のようになっておりました。
王弟殿下は背を曲げて「武者震い」で身体をびくびくさせながら進んで行くきましあ。
周囲が星夜よりも暗くなり、王弟殿下の足が進まなくなった頃、突然頭の上から声がしました。
「お前も私を倒しに来たのか?」
轟々として響き渡り、全ての人の肝を縮めさせるこの声の主こそ、噂の「悪い龍」に間違いありません。
王弟殿下は真っ暗闇のあたりを見回しましたが、声の主の姿を見付けることはできませんでした。
身を震わせながら、暗い天を仰ぎ、
「そうだ、私はお前を倒しに来た」
瞼をぎゅっと閉じたまま、王弟殿下は答えたものです。
すると、鬱蒼と茂っていた森の木々が、一斉にざわめきました。
王弟殿下がそっと、僅かに、目を開けますと、木々の枝は震え、幹がまでも揺れ、根はまるきり足であるかのように動いていたのです。
夢か誠か幻か、森は消えました。
王弟殿下の薄目の前には、夕暮れの空の下に大きく開けた平らな地面が広がっているのです。
風が、びゅうと吹きました。
王弟殿下は、びっくりしてまた目を閉じました。
ですが、風はすぐに収まりましたので、王弟殿下はまたそっと薄目を開けてみました。
するとどうでしょう。
目の前に、一頭の真っ黒な龍がいるではありませんか。
全身を鱗に覆われ、前足にも後ろ足にも死に神の鎌のような爪が生えてい、大きく裂けた口の中には鋸の刃よりも鋭い牙がびっしりと並び、頭には二本の角が生えています。
背丈などはは王弟殿下の兄上がお住みになっているお城の塔よりもずっと高く、その頭の先を見上げようとした到底殿下は、仰向けにひっくり返りそうになったほどです。
いいえ、王弟殿下はひっくり返りそうになったのではありませんでした。
本当にひっくり返ってしまったのです。
剣を抜けず、腰を抜かして、ただ、地面の上でガタガタと震えることしかできません。
龍は、水晶玉のように光る二つの目で、へたり込んでいる王弟殿下を睨み付けると、尋ねたのです。
「お前の一番大事なモノは何だ?」
王弟殿下は、一瞬、龍の言っている意味を測りかねました。
「え?」
しかし、彼は頭のよい男でしたから、すぐに、
『そうか。今までたくさんの人間が龍を倒しに行ったきり戻ってこなかったのは、この質問に答えられなかったからだ』
と、気が付いたのです。
『龍めは、相手が国が大事と答えたのなら、その者の生国へ一飛びして、国を滅ぼすのだ。
名誉が大事と答えたなら、名誉を損なわせるために、その者を惨いやり方で殺してしまうのだ。
財産が大事と答えたのなら、その者の家に一飛びして、全てを消し飛ばしてしまうのだ。
己の命が大事、と答えたら、その命を奪うのだ。
何も答えずに逃げ出そうとしたなら、きっと臆病者と罵って、一のみに喰ってしまうのだろう』
王弟殿下は脳味噌の内にいろいろな言葉をグルグルと回らせました。
『どうすればこの龍に殺されずに済むだろうか? なんと答えれば、生き延びられようか?』
王弟殿下が黙り込んでいるので、龍は再び吠えました。
「いま一度だけ問う。お前の一番大事なモノは何だ?」
王弟殿下は、大きく息を吸って、こう答えました。
「私が一番大切なのは、私の血を引く娘です」
龍は、小さく首を傾げると、
「お前のような答えを出した者は、初めてだ」
言うなり、背中の大きな翼を広げて、空高く舞い上がって行きました。
その羽ばたきで、また、強い風が吹きました。
王弟殿下が、もう一度目を閉じて、もう一度目を開けたときには、龍のは消えておりました。
頭上に夕闇は大樹の枝に覆われ、地面は無数の木々で塞がれています。
ただ、王弟殿下の地面に、丸い楯ほども大きな、虹色に光る鱗が、幾枚も落ちておりました。
高い山の麓に、広大な森が広がっていました。
森は「龍ガ森」と呼ばれておりました。
人々は、この森の奥に大きな「悪い龍」が棲んでいると噂していました。
龍は度々森の奥から抜け出して、村々や町々や国々を襲っていると言うのです。
龍は、藁屋根の家々や、木屋根の砦や、石屋根の城を壊《こわ》ました。
金の細工や、銀の食器や、宝石の飾りを奪いました。
小屋の家畜たちや、家の中の子供たちや、隠れた大人たちを殺しました。
そうやって奪った材で住処を作り、その奥に奪った宝を隠し、殺した生き物の肉を喰っているのだと、龍に襲われなかった人々が口々に言ったのです。
その噂を聞いた、たくさんの国々の兵士や、命知らずの多くの武人や、功を立てたい黒鎧の騎士たちが、この大きな龍を倒そうと考えて森に入って行きました。
しかし、森から出てきた者はただの一人もおりませんでした。
そうして誰もが森を恐れるようになったある日ある時に、一人の「勇者」がこの森に入ったのです。
それは、龍ガ森のごく近くにある小さな国の、王様の弟でした。
勇ましく森に入っていった王弟殿下ですが、その奥深く進むと、木々の枝が空を覆い尽くし、月無き星の夜のようになっておりました。
王弟殿下は背を曲げて「武者震い」で身体をびくびくさせながら進んで行くきましあ。
周囲が星夜よりも暗くなり、王弟殿下の足が進まなくなった頃、突然頭の上から声がしました。
「お前も私を倒しに来たのか?」
轟々として響き渡り、全ての人の肝を縮めさせるこの声の主こそ、噂の「悪い龍」に間違いありません。
王弟殿下は真っ暗闇のあたりを見回しましたが、声の主の姿を見付けることはできませんでした。
身を震わせながら、暗い天を仰ぎ、
「そうだ、私はお前を倒しに来た」
瞼をぎゅっと閉じたまま、王弟殿下は答えたものです。
すると、鬱蒼と茂っていた森の木々が、一斉にざわめきました。
王弟殿下がそっと、僅かに、目を開けますと、木々の枝は震え、幹がまでも揺れ、根はまるきり足であるかのように動いていたのです。
夢か誠か幻か、森は消えました。
王弟殿下の薄目の前には、夕暮れの空の下に大きく開けた平らな地面が広がっているのです。
風が、びゅうと吹きました。
王弟殿下は、びっくりしてまた目を閉じました。
ですが、風はすぐに収まりましたので、王弟殿下はまたそっと薄目を開けてみました。
するとどうでしょう。
目の前に、一頭の真っ黒な龍がいるではありませんか。
全身を鱗に覆われ、前足にも後ろ足にも死に神の鎌のような爪が生えてい、大きく裂けた口の中には鋸の刃よりも鋭い牙がびっしりと並び、頭には二本の角が生えています。
背丈などはは王弟殿下の兄上がお住みになっているお城の塔よりもずっと高く、その頭の先を見上げようとした到底殿下は、仰向けにひっくり返りそうになったほどです。
いいえ、王弟殿下はひっくり返りそうになったのではありませんでした。
本当にひっくり返ってしまったのです。
剣を抜けず、腰を抜かして、ただ、地面の上でガタガタと震えることしかできません。
龍は、水晶玉のように光る二つの目で、へたり込んでいる王弟殿下を睨み付けると、尋ねたのです。
「お前の一番大事なモノは何だ?」
王弟殿下は、一瞬、龍の言っている意味を測りかねました。
「え?」
しかし、彼は頭のよい男でしたから、すぐに、
『そうか。今までたくさんの人間が龍を倒しに行ったきり戻ってこなかったのは、この質問に答えられなかったからだ』
と、気が付いたのです。
『龍めは、相手が国が大事と答えたのなら、その者の生国へ一飛びして、国を滅ぼすのだ。
名誉が大事と答えたなら、名誉を損なわせるために、その者を惨いやり方で殺してしまうのだ。
財産が大事と答えたのなら、その者の家に一飛びして、全てを消し飛ばしてしまうのだ。
己の命が大事、と答えたら、その命を奪うのだ。
何も答えずに逃げ出そうとしたなら、きっと臆病者と罵って、一のみに喰ってしまうのだろう』
王弟殿下は脳味噌の内にいろいろな言葉をグルグルと回らせました。
『どうすればこの龍に殺されずに済むだろうか? なんと答えれば、生き延びられようか?』
王弟殿下が黙り込んでいるので、龍は再び吠えました。
「いま一度だけ問う。お前の一番大事なモノは何だ?」
王弟殿下は、大きく息を吸って、こう答えました。
「私が一番大切なのは、私の血を引く娘です」
龍は、小さく首を傾げると、
「お前のような答えを出した者は、初めてだ」
言うなり、背中の大きな翼を広げて、空高く舞い上がって行きました。
その羽ばたきで、また、強い風が吹きました。
王弟殿下が、もう一度目を閉じて、もう一度目を開けたときには、龍のは消えておりました。
頭上に夕闇は大樹の枝に覆われ、地面は無数の木々で塞がれています。
ただ、王弟殿下の地面に、丸い楯ほども大きな、虹色に光る鱗が、幾枚も落ちておりました。
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