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皇帝の弟

三つの可能性

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「例えば、剣術はからっきしの先端恐怖症だとか、人前に出るのが嫌いな根暗だとか、役に立たねぇ本の蒐集癖が祟って床が抜けたとか、飯の種にもならねぇような駄文の書き飛ばしを連発しやがたったセイで帝都の紙価が倍に跳ね上ったとか、玉座をかっ攫われたってのにその相手に遠慮して山ンなかに引っ込んで隠者を気取り、その狭めぇ領地の切り盛りに失敗した政治的無能だとか、女嫌いで男として不能だとか。
 他にゃどんなことが聞きてぇンだ」

 ブライトはけんと嫌味がたっぷり染みこんだ小声の早口を一息にまくし立てた。
 生意気な悪童が近所の娘……どうやら別の男に気があるらしい……に向けるような、卑屈で嫌らしく意地悪で不安げな笑みを口元に浮かべている。

 彼のフレキ評は、どれもこれも「ある程度は事実」だった。
 幼い頃から活発で武術好きな今上皇帝フェンリルから比べれば、学問と読書を好むフレキはおとなしい性格といえる。
 個人的な書庫として使っていた古い別荘の床板が腐って落ちたのも事実。
 集めた古い書物に注釈を付けた書籍を数冊編纂したのも事実。
 兄が帝位を次いだ後は宮殿を出、帝都から離れた領地ガップに住み暮らしているのも事実。
 そのガップはもとより痩せた土地故、税収が乏しいのも事実。
 そして女性との浮いた話がついぞ出ないと言うのも又事実。

 嘘ではないが確証もない悪態を瞑目したまま言い立てる彼に、エル=クレールはきっぱりと答えた。

「どんなことでも、あなたが知る限りを、ことごとく総て」

「どうしようもねぇな」

 妙に穏やかな声音で言い、ブライトは重たそうに瞼を持ち上げた。眼球が半分だけ露出する。瞼や頬にあった痙攣が、すっかり収まっていた。

「お怒りにならないんですか?」

 エル=クレールは残念でならないといった口ぶりで聞いた。

「ガキじゃあるめぇし、そうそうかんしゃくを起こしてもいられねぇよ」

 ブライトはホンの一瞬ニタリと……自嘲ともとれる卑屈さで……笑った後、

「それにな、むしろあっちが気がかりだ」

 件のポスターを指さした。

「アレがハッタリじゃねぇとしたら、よっぽど度胸のある座長か、間抜けな興行主に違ぇねぇと思ったら、怒る気が失せらぁな」

「おっしゃっていることの、意味がわかりかねます」

 エル=クレールが唇を尖らせる。
 ブライトは、今度ははっきりと彼女を小馬鹿にしていると判る笑みを唇の端に浮かべて、指を三本立てた。

「あそこの紙切れに書いてある『フレキ=ゲー』なる人物が誰であるのか。考えられるパターンは三つだ」

 ブライトは立てた指を薬指から順に折り数え上る。

「一つ。本名か筆名が偶然あの末成りと一緒だったに過ぎない悪意のない『別人』。
 二つ。あの末成りが普段使ってる名前を意識して名乗っている、ないは、誰ぞが書き飛ばした台本に野郎の名前を接げて箔を付けさせようってぇ、浅はかな『大法螺吹き』。
 三つ。あの末成り『本人』」
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