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表現者達
過去の激闘
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ゲニック准将の末息子カリストは、今から七,八年前に当時十歳になるかならぬかであったハーン公女クレール姫に持ちかけられた縁談の相手である。
貴族同士の婚姻は政略結婚だ。ゲニック准将は自分の子供達と諸方の貴族とを結婚させて、家勢を強めた人物だった。
ただし、末息子とクレール姫との縁談話というのは、ゲニック家に「クレール姫の肖像画」なるものを持ち込んだ絵描きが、芸術家としては兎も角、肖像画描きとしては問題のある腕前で、姫を実年齢よりもずっと年嵩に描いていた、という笑えないハナシから来る「間違い」であった。そのため「最初からなかったこと」にされたといういきさつがある。
その後カリストには別の田舎貴族の入り婿の口が決まり、その婚礼の席に偶然クレールとブライトが居合わせた。
「それでその何とか准将様の御前で姫若様は『剣術の稽古』をなされることになりまして……それでこの御符を頂戴することに」
ブライトは「剣術の稽古」という言葉を、かなり不明瞭に言った。クレールはその口籠もり方が「わざと」であることは悟ったが、なぜわざとそのように口淀んでみせるのか、までは判らなかった。
グラーヴ卿も彼の口籠り方を不審に思った様子だった。ただし不審を感じたのは『剣術の稽古』という言葉の意味に、であった。
「相当派手な『稽古』をやった様子ね」
鼻先で軽く笑う。
「ご明察」
ブライトは気恥ずかしそうに
「准将閣下のお付きの猛者をこれほど」
と、指を四本立てた左手をがっくりと前に倒す仕草をした。
直後、再び悪戯な笑顔がクレールに向けられる。
この時彼女は先ほどの奇妙な言いよどみが、
『言わないことで悟らせる話術。……この場合は間違った方向に誘導させることを含めて』
であることに気付いた。
クレール(とブライト・ソードマン)が、カリストの婚礼の席でゲニック准将の「お付きの猛者」を四人倒したのは事実だったし、そのすさまじい戦い振りを見た准将が卒倒したのも真実に違いはない。
ただそのことは准将と軍部にとっては大変な不祥事であり、従って公にはされていない。
「なにしろ姫若様はまっすぐなお方ですから、子供と侮られるのが大嫌いで」
「そのようね」
うふふ、と、グラーヴ卿は玩具でも眺めているかのように笑った。
「おかげでアタシ達も特等席でお芝居を観られることになった訳だけれども」
グラーヴ卿はクレールをじっと見て言う。その視線を見れば、その「アタシ達」の中にクレールが含まれているのだということは、容易に知れる。
「私どもに同席せよとお命じですか?」
「まさか。……確かに爵位だとか官位だとかを引っ張り出せば、アタシは坊やに命令出来る立場だと言えなくもなさそうだけれども。でもその銀色のお守り……『双龍のタリスマン』を出されたら絶対に敵わないわ。
どの関所でも止められることなく、いかなる場合にも法的拘束を受けない。通行御免、斬捨御免のフリーパス……恐ろしいこと」
グラーヴ卿の口ぶりは、むしろ楽しげであった。
「だからね、エル=クレール坊や。これは命令じゃないわ。招待よ。一緒にお芝居を観に行きましょう。そして意見をして欲しいの。
十人の役者がいれば十通りのお芝居ができるように、十人の観客がいれば十通りの解釈が生まれるハズだもの。あなたがマイヨールのお芝居を観て感じたことを、アタシに教えて頂戴な」
否も応もない。
言い終わるか終わらぬかの内に、グラーヴ卿はきびすを返す。
イーヴァンは鼻の頭に深い皺を寄せ、歯ぎしりしながらエル=クレールをにらみ付けたが、すぐに主人の後を追った。
貴族同士の婚姻は政略結婚だ。ゲニック准将は自分の子供達と諸方の貴族とを結婚させて、家勢を強めた人物だった。
ただし、末息子とクレール姫との縁談話というのは、ゲニック家に「クレール姫の肖像画」なるものを持ち込んだ絵描きが、芸術家としては兎も角、肖像画描きとしては問題のある腕前で、姫を実年齢よりもずっと年嵩に描いていた、という笑えないハナシから来る「間違い」であった。そのため「最初からなかったこと」にされたといういきさつがある。
その後カリストには別の田舎貴族の入り婿の口が決まり、その婚礼の席に偶然クレールとブライトが居合わせた。
「それでその何とか准将様の御前で姫若様は『剣術の稽古』をなされることになりまして……それでこの御符を頂戴することに」
ブライトは「剣術の稽古」という言葉を、かなり不明瞭に言った。クレールはその口籠もり方が「わざと」であることは悟ったが、なぜわざとそのように口淀んでみせるのか、までは判らなかった。
グラーヴ卿も彼の口籠り方を不審に思った様子だった。ただし不審を感じたのは『剣術の稽古』という言葉の意味に、であった。
「相当派手な『稽古』をやった様子ね」
鼻先で軽く笑う。
「ご明察」
ブライトは気恥ずかしそうに
「准将閣下のお付きの猛者をこれほど」
と、指を四本立てた左手をがっくりと前に倒す仕草をした。
直後、再び悪戯な笑顔がクレールに向けられる。
この時彼女は先ほどの奇妙な言いよどみが、
『言わないことで悟らせる話術。……この場合は間違った方向に誘導させることを含めて』
であることに気付いた。
クレール(とブライト・ソードマン)が、カリストの婚礼の席でゲニック准将の「お付きの猛者」を四人倒したのは事実だったし、そのすさまじい戦い振りを見た准将が卒倒したのも真実に違いはない。
ただそのことは准将と軍部にとっては大変な不祥事であり、従って公にはされていない。
「なにしろ姫若様はまっすぐなお方ですから、子供と侮られるのが大嫌いで」
「そのようね」
うふふ、と、グラーヴ卿は玩具でも眺めているかのように笑った。
「おかげでアタシ達も特等席でお芝居を観られることになった訳だけれども」
グラーヴ卿はクレールをじっと見て言う。その視線を見れば、その「アタシ達」の中にクレールが含まれているのだということは、容易に知れる。
「私どもに同席せよとお命じですか?」
「まさか。……確かに爵位だとか官位だとかを引っ張り出せば、アタシは坊やに命令出来る立場だと言えなくもなさそうだけれども。でもその銀色のお守り……『双龍のタリスマン』を出されたら絶対に敵わないわ。
どの関所でも止められることなく、いかなる場合にも法的拘束を受けない。通行御免、斬捨御免のフリーパス……恐ろしいこと」
グラーヴ卿の口ぶりは、むしろ楽しげであった。
「だからね、エル=クレール坊や。これは命令じゃないわ。招待よ。一緒にお芝居を観に行きましょう。そして意見をして欲しいの。
十人の役者がいれば十通りのお芝居ができるように、十人の観客がいれば十通りの解釈が生まれるハズだもの。あなたがマイヨールのお芝居を観て感じたことを、アタシに教えて頂戴な」
否も応もない。
言い終わるか終わらぬかの内に、グラーヴ卿はきびすを返す。
イーヴァンは鼻の頭に深い皺を寄せ、歯ぎしりしながらエル=クレールをにらみ付けたが、すぐに主人の後を追った。
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