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舞台裏
掃き溜めに舞い降りた鶴
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人の出入りの激しい土地柄であるから、特殊な「当たり前」はそれを見聞きした人々が各地に伝える。よって、「西の方の北の港町」と言えば「喧嘩腰の言葉」と、「山の方」の人間であるエルにもすぐに得心できるのだ。
彼らが争いごとそしているわけでも、怒りを持って言葉を発しているのではないということが、である。
これを「西部北西郡内務省港湾警備局特別行政区北地区」と言ってしまっては、連想ができない。
とはいうものの。
納得がいったからといっても、すぐに慣れてしまえるものではない。
クレールは肩をすぼめるようにして、裏方達の横を通り抜けた。
おどおどと歩く見慣れぬ若者を見かけた裏方の男衆達は、一様に一瞬不審顔になった。直後、暗がりに目をこらしてその「不可解な美しさ」を見いだすと、ある者は息を飲み込み、あるいは嘆息し、ある者は口笛を吹いた。
下品な声を掛ける者もいた。肩幅の広い、下腹の出た、一寸年齢のつかめない顔立ちの男が、ブライトに向かって
「金剛の旦那、その子はどこの流行子だい?」
舌なめずりしながら言う「金剛」とか「流行子」などという言葉を、品行方正に育てられたクレールは知らない。
ただ、ブライトが物も言わずに声の主の禿頭を殴りつけたということからして、相当に「佳くない言葉」なのだろうことは理解した。
「痛ぇ! なにしやがるんでぇ!」
喚いた禿頭は殴った相手を凄まじい形相でにらみ返した。禿男は文句の三つ四つを言うつもりだったらしいが、そいつの口元に浮かんだ笑みと目の奥に揺れる激怒を見た途端、愛想よく後ずさりすることに方針を転換した。
彼は助勢を求めてマイヨールを見た。劇作家は彼を一別すると、忌々しげに舌打ちした。禿頭は青ざめ、器用なことに後ろ向きのまま大道具の影へ走り込んだ。
マイヨールはちらりと振り返り、小さく頭を下げた。
「こういうシゴトをしてますとね……つまり、女の踊り子ばかり集めた劇団の裏方みたいなシゴトですが……女共の喧しさやら化粧臭さやら面倒くささやらに嫌気がさす野郎も出てくるんですよ」
「つまり、女性嫌いになる者も多いと?」
クレールはマイヨールではなくブライトに訊ねた。
「……まあ、平たく言うとそういうこってすねぇ……」
彼は何とも表現しがたい顔つきで、歯切れ悪く答えた。
その表現しがたい顔を彼はマイヨールに向け、
「そういうこともあるだろうってのは理解してやるが、だからってうちの姫若さまを色子呼ばわりしてもらっちゃ困るンだ。俺がこいつを抜かなかったって事を、有り難がってもらいてぇな」
下げた大刀の柄を軽く叩き、低い声で言う。
声を潜めたのは多分に脅しをきかせるためであるが、同時に、話の内容を当のクレールに聞かれたくはなかったからであった。
彼らが争いごとそしているわけでも、怒りを持って言葉を発しているのではないということが、である。
これを「西部北西郡内務省港湾警備局特別行政区北地区」と言ってしまっては、連想ができない。
とはいうものの。
納得がいったからといっても、すぐに慣れてしまえるものではない。
クレールは肩をすぼめるようにして、裏方達の横を通り抜けた。
おどおどと歩く見慣れぬ若者を見かけた裏方の男衆達は、一様に一瞬不審顔になった。直後、暗がりに目をこらしてその「不可解な美しさ」を見いだすと、ある者は息を飲み込み、あるいは嘆息し、ある者は口笛を吹いた。
下品な声を掛ける者もいた。肩幅の広い、下腹の出た、一寸年齢のつかめない顔立ちの男が、ブライトに向かって
「金剛の旦那、その子はどこの流行子だい?」
舌なめずりしながら言う「金剛」とか「流行子」などという言葉を、品行方正に育てられたクレールは知らない。
ただ、ブライトが物も言わずに声の主の禿頭を殴りつけたということからして、相当に「佳くない言葉」なのだろうことは理解した。
「痛ぇ! なにしやがるんでぇ!」
喚いた禿頭は殴った相手を凄まじい形相でにらみ返した。禿男は文句の三つ四つを言うつもりだったらしいが、そいつの口元に浮かんだ笑みと目の奥に揺れる激怒を見た途端、愛想よく後ずさりすることに方針を転換した。
彼は助勢を求めてマイヨールを見た。劇作家は彼を一別すると、忌々しげに舌打ちした。禿頭は青ざめ、器用なことに後ろ向きのまま大道具の影へ走り込んだ。
マイヨールはちらりと振り返り、小さく頭を下げた。
「こういうシゴトをしてますとね……つまり、女の踊り子ばかり集めた劇団の裏方みたいなシゴトですが……女共の喧しさやら化粧臭さやら面倒くささやらに嫌気がさす野郎も出てくるんですよ」
「つまり、女性嫌いになる者も多いと?」
クレールはマイヨールではなくブライトに訊ねた。
「……まあ、平たく言うとそういうこってすねぇ……」
彼は何とも表現しがたい顔つきで、歯切れ悪く答えた。
その表現しがたい顔を彼はマイヨールに向け、
「そういうこともあるだろうってのは理解してやるが、だからってうちの姫若さまを色子呼ばわりしてもらっちゃ困るンだ。俺がこいつを抜かなかったって事を、有り難がってもらいてぇな」
下げた大刀の柄を軽く叩き、低い声で言う。
声を潜めたのは多分に脅しをきかせるためであるが、同時に、話の内容を当のクレールに聞かれたくはなかったからであった。
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