50 / 158
舞台裏
真贋鑑定
しおりを挟む
ただ、父が見せてくれない部分にどんな「良くないこと」が書かれていたのかは知れない。
少なくとも、後年大公の書斎に忍び込んだお転婆姫が、鍵の掛けられていない手文庫の中に見つけた手紙の束には、人を悲しませるような言葉は一語も書かれていなかった。
姫の年若い叔父、ガップ公ヨルムンガント=フレキ・ギュネイの手紙は、総じて希望と理想と力に充ち満ちていた。
「叔父上」
思わずぽつりと漏らしたクレールの一言だったが、それがマイヨールの耳に届くことはなかった。
ほとんど同時にブライトが
「わざわざ蝋の封緘を崩さずに別のところで紐を切ったのは、証拠残しのためか、中身のすり替えをやりやすいようにするためかか、どっちだね?」
後頭部を掻きながら、いやみたらしく言ったからだ。
「本当に非道いお人だね、あんたは」
マイヨールが苦笑いすると、ブライトも同じように笑い、
「なにしろウチの姫若さまは人を疑うことを知らない。こういう純な方をお守りするにゃあ、どんな物でも疑ってかからねぇと追いつかねぇんだよ」
「どうせ私は鈍うございますから」
拗ねた口ぶりのクレールに、
「いや、姫若さまは綺麗なお心でいてくれなくては困るンでね。それがお前サマの良いところなンだ。
汚れごとはぜんぶ俺サマに任せておきゃぁいい」
これはブライトの本心でもあった。
「そうやって、いつまでも私を子供扱いするのですか?」
「そうやっていつまでも子供扱いするンですよ。でなきゃこっちの立場が危うい……。
このところ剣術の稽古も真剣でやるのが恐ろしいくらい、お前サマは成長していらっしゃるから」
これも本心だった。
クレールが反論の言葉を探している間に、ブライトは話題を元に戻すことに努める。
「見たところ、封印の紋章は多分本物。これは姫若さまも同意見」
彼がちらりと視線を送ると、不機嫌に唇を尖らせたクレールは小さく頷きを返す。
「……まさかあんた、俺が外見を見ただけで納得する素直な人間だとは思っちゃいないだろう?」
指先を切った革手袋をはめた大きな右手が、マイヨールの鼻先へ突き出された。
「ついさっきまではちょびっとだけ『そうだと良いな』と期待してたんですがねぇ」
劇作家は渋々掛け紐をほどき、ブライトの掌の上に羊皮紙の束を乗せた。
羊皮紙を乗せた右手は水平に半円を描いて動いた。クレールの目の前に薄く薄くなめした革の束を突きつけるための動作だ。
「姫若さまに鑑別してもらわねぇとね。まさかにこの俺が、ガップの殿様の筆跡を知っているとは……思いたくもありませんでね」
ブライトは自分の手と、そこに乗っている「穢らわしいもの」から顔を背け、言う。
少なくとも、後年大公の書斎に忍び込んだお転婆姫が、鍵の掛けられていない手文庫の中に見つけた手紙の束には、人を悲しませるような言葉は一語も書かれていなかった。
姫の年若い叔父、ガップ公ヨルムンガント=フレキ・ギュネイの手紙は、総じて希望と理想と力に充ち満ちていた。
「叔父上」
思わずぽつりと漏らしたクレールの一言だったが、それがマイヨールの耳に届くことはなかった。
ほとんど同時にブライトが
「わざわざ蝋の封緘を崩さずに別のところで紐を切ったのは、証拠残しのためか、中身のすり替えをやりやすいようにするためかか、どっちだね?」
後頭部を掻きながら、いやみたらしく言ったからだ。
「本当に非道いお人だね、あんたは」
マイヨールが苦笑いすると、ブライトも同じように笑い、
「なにしろウチの姫若さまは人を疑うことを知らない。こういう純な方をお守りするにゃあ、どんな物でも疑ってかからねぇと追いつかねぇんだよ」
「どうせ私は鈍うございますから」
拗ねた口ぶりのクレールに、
「いや、姫若さまは綺麗なお心でいてくれなくては困るンでね。それがお前サマの良いところなンだ。
汚れごとはぜんぶ俺サマに任せておきゃぁいい」
これはブライトの本心でもあった。
「そうやって、いつまでも私を子供扱いするのですか?」
「そうやっていつまでも子供扱いするンですよ。でなきゃこっちの立場が危うい……。
このところ剣術の稽古も真剣でやるのが恐ろしいくらい、お前サマは成長していらっしゃるから」
これも本心だった。
クレールが反論の言葉を探している間に、ブライトは話題を元に戻すことに努める。
「見たところ、封印の紋章は多分本物。これは姫若さまも同意見」
彼がちらりと視線を送ると、不機嫌に唇を尖らせたクレールは小さく頷きを返す。
「……まさかあんた、俺が外見を見ただけで納得する素直な人間だとは思っちゃいないだろう?」
指先を切った革手袋をはめた大きな右手が、マイヨールの鼻先へ突き出された。
「ついさっきまではちょびっとだけ『そうだと良いな』と期待してたんですがねぇ」
劇作家は渋々掛け紐をほどき、ブライトの掌の上に羊皮紙の束を乗せた。
羊皮紙を乗せた右手は水平に半円を描いて動いた。クレールの目の前に薄く薄くなめした革の束を突きつけるための動作だ。
「姫若さまに鑑別してもらわねぇとね。まさかにこの俺が、ガップの殿様の筆跡を知っているとは……思いたくもありませんでね」
ブライトは自分の手と、そこに乗っている「穢らわしいもの」から顔を背け、言う。
0
あなたにおすすめの小説
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
最強チート承りました。では、我慢はいたしません!
しののめ あき
ファンタジー
神託が下りまして、今日から神の愛し子です!〜最強チート承りました!では、我慢はいたしません!〜
と、いうタイトルで12月8日にアルファポリス様より書籍発売されます!
3万字程の加筆と修正をさせて頂いております。
ぜひ、読んで頂ければ嬉しいです!
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
非常に申し訳ない…
と、言ったのは、立派な白髭の仙人みたいな人だろうか?
色々手違いがあって…
と、目を逸らしたのは、そちらのピンク色の髪の女の人だっけ?
代わりにといってはなんだけど…
と、眉を下げながら申し訳なさそうな顔をしたのは、手前の黒髪イケメン?
私の周りをぐるっと8人に囲まれて、謝罪を受けている事は分かった。
なんの謝罪だっけ?
そして、最後に言われた言葉
どうか、幸せになって(くれ)
んん?
弩級最強チート公爵令嬢が爆誕致します。
※同タイトルの掲載不可との事で、1.2.番外編をまとめる作業をします
完了後、更新開始致しますのでよろしくお願いします
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる