クレール 光の伝説:いにしえの【世界】

神光寺かをり

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楽屋の戦い

力推し

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 ブライトの目には、あの若者は「生きた人間」に見える。
 普段のクレールは鋭敏に「人間でない者」を見出す。それが彼女が生まれ持った性質なのか、あるいは「人でないものを狩る者サシャール」としての能力なのかはわからないが、とにかくその勘働きに間違いはない。
 だが、今朝から彼女は「生ける屍を見極める感覚」がひどく乱れている。

『読み違えているか?』

 ブライトは疑念を抱いていた。
 死人の魂に取り込まれた真鬼オーガか、真鬼オーガに使役される人鬼グールか、あるいは別な「生きていない物」の気配を感じ取ったのは間違いないだろう。
 それは、暗闇で目隠しされているに等しい不確実な「視覚」が捕らえたものち喩えられるだろう。

『クレールが感じ取ったが近くにいるとすれば、むしろ向こうの方が、怪しい』

 ブライトの目玉は舞台の方角に戻った。
 ほとんど同時に、イーヴァンが吠えた。

「斬るっ! 様の心を動かす者は、皆斬るっ!」

 長大な剣が風を切った。
 クレールが身構えている場所から三歩離れた床面に、重い鋼の切っ先がめり込んだ。
 貧相な床材の破片と細かな土埃が、猛烈な勢いで飛び散った。乾いた大地の微細な破片が朦気もうきなって立ちこめる。クレールの視界はふさがれた。同時に、仕掛けたイーヴァンからも気に喰わぬ小僧の姿が見えなくなった。

 決して、でたらめな攻撃ではない。
 標的が飛び散った埃から逃れようとするならば、どう動くであろうか。
 左右どちらかか後ろに飛び退くか、腕か何か硬いものを頭上に掲げて防ぐか、およそそのどちらかを取るだろう。
 前者の策を採れば反撃のタイミングがずれる。後者の策を採れば次の攻撃を見極めることができなくなる。
 イーヴァンは前者を取ると見極めた。
 そうならばはどちらに飛ぶだろうか。

 クレールの背後には、突然の乱入者におびえるシルヴィーがいる。つまり後ろは塞がれている。飛び退くとすれば左右のどちらかの、空間がより広く空いている側だ。

 イーヴァンの血走った眼球は右側に動いた。
 少年顔をした細身の剣士がそちらに移動した気配はない。
 反対側にもいない。
 となれば、標的は逃げる策を採らなかったことになる。同じ場所に止まり、土埃の中で目を閉じ顔を覆っているに違いない。

 はたして、埃の向こうにうずくまる人影がうっすらと見える。

「おおぅ!」

 若い貴族は策の成功と勝利を確信し、雄叫びを上げながら勢いよく踏み込んだ。長剣は再び風を切って振り下ろされる。

 剣が硬いものに当たった。
 イーヴァンの目に、鞘に収まった一振りの細身の剣が見えた。そいつは蹴れの太い剣と垂直に交わった形にあてがわれている。

 昼間はそれで攻撃を防がれた。だが今は違う。

 そんな物は障害にはならなかった。こともなく両断してなお、剣の勢いは増した。そのまま叩き付ける。
 床に二つめの穴が開いた。
 再び湧き上がった砂埃の中から、細い物が飛び出した。
 イーヴァンの目は、反射的にその物体を追っていた。
 細身の刀のさやだ。
 半分に両断された石突いしづきの側だけが、軽い音を立てて床に落ちた。
 鞘の断片は床の上を回りながら滑り、やがて「中身」を吐き出した。

 剣の切っ先の形をした、茶褐色の木ぎれ――。

 イーヴァンは驚愕をそのまま声にした。

「木刀だと!?」

 昼間、白髪のチビ助エル=クレール・ノアールはあの剣で己の攻撃を受け止めた。あの剣で己の剣を押し戻した。

「木刀で、だと!?」

 もう一度叫んだ。
 目玉を土埃に戻した。小柄な影がうずくまり、震えている。
 土煙が徐々に収まったその場所にあったのは、細く、華奢きゃしゃな踊り子の蒼白な顔だった。

「なッ……おおぅっ!」

 イーヴァンの喉から苦痛の声が絞り出された。上腿に激痛を感じる。

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