クレール 光の伝説：いにしえの【世界】

事情聴取

十人目の死者

　ところが、同じ場所にいたマイヤー・マイヨールがそれを否定した。

「化けた？　とんでもない、あ・れ・は最初から『化け物』だったんです。
　少なくとも、劇場にやって来たヨハネス・グラーヴらしいものは、人間の服を着て人間のふりをした化け物でした。
　いつから本物と化け物が入れ替わってかなんて、それは私あたしの知ったことじゃありませんよ」

　結局ヨハネス・グラーヴ卿は見つからなかった。役人は悩んだ末に、彼・を
「生死不明生死明らかならず、行方不知行き方知れず」
　と断じ、上役への報告書に記録した。

　さて、奇っ怪な化け物の起こした事件は一応「解決」に至ったが、それ以外にも事件は起きている。
　呑み喰い屋の外の路上で農夫達を殺害された事件は、明らかに鋭利な刃物を持った人の手で殺されている。
　この件の犯人として真っ先に嫌疑をかけられたのは、身元のはっきりしない余よ所そ者ものである、エル＝クレール・ノアールとブライト・ソードマンだった。

　村役人による取り調べは、ブライト一人が受けた。
　ブライトは訪れた真面目そうな役人に、

「我が主あるじエル＝クレール・ノアールは、化け物に襲われて重傷を負い、伏せっている」

　と告げると、問われる前に自分の腰の物かたなと「主人」のそれとを提出した。
　古びた長剣と真っ二つに折れた細身の剣は、持ち主にかけられていた疑いをすぐに晴らしてくれた。
　重く硬い樫の木を削りだした模造刀では、人を「撲殺」できるかもしれないが「斬殺」することはできない。

「俺達は……特にウチのかわいい姫若様は……人を傷付ける道具が大の嫌いでね」

　律儀な村役人は、ブライトの不可解な物言いに首をかしげつつ、それでも一字一句違えることなく書類に書き記した。

　次に疑われたのは、勅使一行の生き残りの、耳をそぎ落とされた近衛兵だった。
　この大柄な剣術使いの剣には、誰の目にもはっきりと脂による曇りが見て取れた。
　決定的といえる証拠があったにも関わらず、村役人は彼を逮捕することができなかった。

　衛兵は証拠品である己の長剣を示されると、叫び声を上げて役人に襲いかかり、それを奪った。
　そして長剣の切っ先を彼は自分の喉元に向け、そのまま勢いよく俯うつぶしに倒れ込んだ。
　首が跳ね飛んだ。
　見事な自刎じふんであった。

　こうして「十人目の死者」が出たのは、夜明けの鶏とりが鳴く直前だった。
　夜なべで聴取を行った村役人は、昼前には領主に提出する書類を書き上げた。

　曰く――。
　正体不明の「もの」が、屋敷で働いていた下男下女を殺害。
　それは勅使ヨハネス・グラーヴになりすました。
　そしてグラーヴ卿の家臣を欺あざむいて連れ出し、村の呑み喰い屋で農夫達を殺害させた。
　その後、人々が集まるであろう芝居小屋に赴き、人々に害なそうとして、劇団関係者と家臣達を死傷させた上、消滅した。

　そういった事件の概要を書きまとめると、彼らは何故か、その書類をブライトの所へ持ってきた。
　若い地方官は恐る恐る切り出した。

「貴公のご主君は……」

「ウチの姫若様が、何だって？」

　ブライトは不機嫌を丸出しにして彼を睨み付けた。
　利き腕の骨を折られ、全身を強く打つ重傷を負ったクレールは、村の宿屋の一室で手当を受けている。
　その「病室」に、彼は入ることを許されていないのだ。