29 / 78
夏休みの間
29.僕が生まれた年。
しおりを挟む
それでも、幾つも墓石の名前を見て行き進むうちに、何度か胃袋の下あたりがギュっと縮むことがあった。
刻まれた文字の中に、たまに「寅」というのがあるからだ。
寅太郎だったり、寅枝であったり、寅之助だったり、寅子であったり。
その文字は、
「見なかったことにしたい。忘れてしまいたい」
そう思う位に恐ろしい呪文か、爆弾のスイッチのように見える。
それで、龍はその文字を見つけると、目をぎゅっと閉じ、頭をぶるぶると振った。
でもぎゅっと目を閉じると、目蓋の裏側には「トラ」の顔が浮かんでくる。
それは頭を振るたびに「寅姫」の顔になる。
どっちもそっくり同じ顔なのだけれど、全く別の人だと思えるのが、自分でもとてもややこしい。
あんまりややこしくて、もしかしたらまた卒倒してしまうのではないかと心配になってきたので、龍は墓石の前の方に書いてある文字を読まない事に決めた。
ぎゅっと目をつむったまま駆けた。
裸足の下で玉砂利がザクザク鳴る。
そのザクザクの音が鳴らなくなったところで、ぱっちりと目を見開いた。
墓石の集団の一番端っこまで来ていた。
今度は目尾を開けて、墓石の固まりの裏側に回り込んで、反対側の端っこまで駆けた。
裏側に回って最初から、古い順に……でも今度は最初とは反対向きに……刻まれた文字を読んでゆく。
よくわからない年号が一体どれくらい昔のことなのかは解らない。
でも一歩横に動くと、墓石がほんの少しだけ新しくなるから、時代が少しずつ今に近づいて来ているのだろう。
龍は一歩ずつ蟹みたいに進んだ。
彫り込まれた、その墓石の下に眠る人の「死んだ日付」が、だんだん今日の日付に近づいてくる。
最後から四番目の墓石には、大正という年号が入っていた。これは若くして亡くなった龍の祖父が生まれた時代だ。
行年七十と書いてあるから、この人は七十歳で亡くなったと言うことだろう。
次の墓石は昭和の最初の頃の年数が書いてある。年号の下には行年二十と書いてあった。
「若い人だ」
思わず墓石の前側をのぞき込んだ。
墓石に刻まれた名前に「寅」の文字が入っていなかったのは、龍にとっては運の良いことだった。そのお墓に刻みつけられていたのは、男の人の名前だった。
龍はそのままその次の墓石の前に彫られている名前を見た。女の人らしい名前があった。
首を引っ込めて、裏側を見る。前のとほんの数日しか違わない日付と、行年三十八という数字が彫り込まれていた。
その年齢は、龍の母親と大差がない。龍はちょっと寂しい気分になった。
一番最後の墓石は、他の物より一回り小さくて、ぐっと新しい感じがした。
刻んである日付も今に近い。近すぎて気持ちが悪くなりそうだった。
だってそれは、
「僕の生まれた年」
だったのだから。
刻まれた文字の中に、たまに「寅」というのがあるからだ。
寅太郎だったり、寅枝であったり、寅之助だったり、寅子であったり。
その文字は、
「見なかったことにしたい。忘れてしまいたい」
そう思う位に恐ろしい呪文か、爆弾のスイッチのように見える。
それで、龍はその文字を見つけると、目をぎゅっと閉じ、頭をぶるぶると振った。
でもぎゅっと目を閉じると、目蓋の裏側には「トラ」の顔が浮かんでくる。
それは頭を振るたびに「寅姫」の顔になる。
どっちもそっくり同じ顔なのだけれど、全く別の人だと思えるのが、自分でもとてもややこしい。
あんまりややこしくて、もしかしたらまた卒倒してしまうのではないかと心配になってきたので、龍は墓石の前の方に書いてある文字を読まない事に決めた。
ぎゅっと目をつむったまま駆けた。
裸足の下で玉砂利がザクザク鳴る。
そのザクザクの音が鳴らなくなったところで、ぱっちりと目を見開いた。
墓石の集団の一番端っこまで来ていた。
今度は目尾を開けて、墓石の固まりの裏側に回り込んで、反対側の端っこまで駆けた。
裏側に回って最初から、古い順に……でも今度は最初とは反対向きに……刻まれた文字を読んでゆく。
よくわからない年号が一体どれくらい昔のことなのかは解らない。
でも一歩横に動くと、墓石がほんの少しだけ新しくなるから、時代が少しずつ今に近づいて来ているのだろう。
龍は一歩ずつ蟹みたいに進んだ。
彫り込まれた、その墓石の下に眠る人の「死んだ日付」が、だんだん今日の日付に近づいてくる。
最後から四番目の墓石には、大正という年号が入っていた。これは若くして亡くなった龍の祖父が生まれた時代だ。
行年七十と書いてあるから、この人は七十歳で亡くなったと言うことだろう。
次の墓石は昭和の最初の頃の年数が書いてある。年号の下には行年二十と書いてあった。
「若い人だ」
思わず墓石の前側をのぞき込んだ。
墓石に刻まれた名前に「寅」の文字が入っていなかったのは、龍にとっては運の良いことだった。そのお墓に刻みつけられていたのは、男の人の名前だった。
龍はそのままその次の墓石の前に彫られている名前を見た。女の人らしい名前があった。
首を引っ込めて、裏側を見る。前のとほんの数日しか違わない日付と、行年三十八という数字が彫り込まれていた。
その年齢は、龍の母親と大差がない。龍はちょっと寂しい気分になった。
一番最後の墓石は、他の物より一回り小さくて、ぐっと新しい感じがした。
刻んである日付も今に近い。近すぎて気持ちが悪くなりそうだった。
だってそれは、
「僕の生まれた年」
だったのだから。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる