フツウな日々―ぼくとあいつの夏休み―

神光寺かをり

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夏休みの間

28.誰もいない。

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「『トラ』は、ドコに行ったんだろう?」

 池に落っこちて、それを「トラ」が助けてくれた。……「トラ」姿が大人の女の人みたいに見えたり、銀色の「龍」に乗って空まで飛んりしたのは、多分、このごろよく見る夢か幻だろうけれど……。
 助けてくれたのが「トラ」だったら、濡れた服や靴を脱がしてくれたのも、タオルを掛けてくれたのも、多分「トラ」だろう。
 もしあの大人みたいな「トラ」の伸ばしてくれた手の感触まで夢だったのだとしても、それにしたって誰かが自分を助けてくれたのは間違いない。

 龍は辺りをキョロキョロ見回した。
 木の陰にも、鳥居の裏側にも、誰もいないように思えた。
 立ち上がって、バスタオルを身体に巻き付けた。ほこらの方へチョット歩いて、赤ちゃんだって隠れられそうもない小さな後ろものぞき込んだ。
 でも、どこにも人はいなかった。
 人じゃないものもいなかった。
 誰もいないのが、不安になった。
 じっとしているのが怖くなってきた。
 何かをしていないと寂しさに押しつぶされてしまいそうで仕方がない。

 龍は、祠の周りにある石塔や墓石に目を向けた。
 古い物からそれほど古くない物まで、いくつも並んでいるその石たちは、全部丁寧に磨かれていてコケの一株も生えていない。
 周囲も雑草がキレイに刈られているし、掃除が行き届いている感じがする。
 その石達の一つ一つの前には、まだそれほどしなびていない菊の花束が捧げられている。
 それはつまり、この場所には――毎日ではないにしても、しょっちゅう人がやって来ているということだ。

 墓石は寒い日の雀たちのように縮こまって、ぎっしり密集して立ち並んでいる。
 古い墓石は風化しつつある。四角かった石でも角っこが取れて丸くなっている。
 文字が彫られているはずの文字も、ぜんぜん読めなくなっている。
 文字がはっきりしている墓石もあった。でも、龍がまだ習っていないような画数が多い文字ばかりで、別の意味で読めなかった。

 漢数字は読める。大正とか明治とか昭和とかいう聞いたことのある年号だって読める。
 だから、そう彫りつけられている墓石……鳥居から遠いところに固まっている分は、だいたい百年くらい前からこっちに作られた新しい物だろうと、なんとなく判った。
 そうすると、多分それよりも手前のヤツは、百年よりずっと昔の物じゃぁないか、とぼんやりと想像してみた。それが何年くらい昔なのとても、想像できないのだけれども。

 龍は、彫り跡が比較的新しくて、習っていない字以外は何とか読めそうな幾つかの墓石を、前も後ろもじっくりと眺めた。
 表には人の名前が書いてある。苗字は全部Yだ。
 一つの家か、親戚が固まっているのか、そうじゃなければ集落一つが丸々同じ苗字になっているのか、とにもかくにも、このお墓の下にいる人たちは全員が家族か親戚か、そうでなければ家の近い友達みたいな感じの人たちなのだろう。

 そう思うと、ついさっきまで怖ちょっと怖いと思っていたお墓が、投句に済んでいるおじさんがいとこ達を連れて来るお正月の掘り炬燵こたつの周りのみたいに思えて、なんだか楽しそうにさえ見えてきた。
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