フツウな日々―ぼくとあいつの夏休み―

神光寺かをり

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夏休みの間

57.散らかった子供部屋。

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 ところが、ホッとしたのもつかの間のことだった。

「ちょっと心配なことはある」

「心配?」

 龍が訊き返すと「トラ」は笑ったまま、ちょっと怖いことを言い始めた。

「あの御札はお守りみたいなものだから普通に持っている分には何も悪い事は起きない。
 でも、何か悲しいことや辛いことがあった人が、それを忘れる為に水に流すことがあるんだ。
 池に沈めて川に流せば、悲しいことや辛いことを、寅姫さまや龍神さまが解決してくれるっていうのを信じている人たちが、ね。
 そういうときは、流す前に自分の心を御札に込めるんだって。
 だから、御札自体に悲しい気持ちや辛い気持ちが残っている可能性はある。
 もし、そういう物だったとしたら……」

 龍はまた唾を絞り出さないとならなくなった。喉の奥がキューっと痛くなる。
 恐ろしさから顔中に不安が広がって、ほっぺたの肉がひくひくと痙攣した。乾ききった目玉から、涙がこぼれそうになってきた。
 でも「トラ」は

「だから、むしろ無くなったことを喜ぶべきだと思うよ」

 そう言って、全身で龍に近づいて、彼の両手を握った。
 小さな風が吹いて、「トラ」の短く切りそろえた前髪がふわっと揺れた。
「トラ」の声は、さっき食べた甘い桃のかおりがする。

「もしかしたら、キミに不幸が及ばないように、寅姫さまか龍神さまが隠してくれたのかもしれない」

「寅姫さまが、僕の所に来て、図書袋から御札を持っていってくれたの?」

 龍は想像した。

 散らかった自分の部屋の中心に、真っ白な着物の寅姫さまがすっと立っている。
 彼女は何の迷いもなく部屋の隅に投げ置かれた図書袋を見つけ、その中からあの御札の束を取り出した。

 散らかった自分の部屋の中心に、不機嫌そうな龍神が立っている。彼はちょっと躊躇ちゅうちょした後、床の上に放り投げてあるくたびれたグローブを蹴飛けっとばした。グローブは部屋の隅の玩具箱おもちゃ箱にドライブシュートみたいに落ちて入った。

 二人は当たり前のように龍の頭の中で行動している。

 龍はおかしくなった。背筋を走っていた冷たいピリピリが、どんどんと暖かくなった。
 こわばっていた顔も氷がぐんぐん溶けるみたいに柔らかくなって行く。
 龍はプッとと吹き出した。
「トラ」も龍と同じタイミングでクスっと吹き出した。
 龍の頭の中に浮かんだ風景と同じモノを「トラ」も一緒に見ているみたいに、まるきり同じ拍子タイミングだった。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だから、何の心配もない。大丈夫」

 笑いながら、「トラ」ははっきりと言い切った。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だから何の心配もしない。大丈夫」

 笑いながら、龍もはっきりと言い返した。 
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