フツウな日々―ぼくとあいつの夏休み―

神光寺かをり

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夏休みの間

67.驟雨《とつぜんのあめ》

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 居間で母親がくすくすと笑っている。龍は唇を尖らせて、どすんと座った。
 目の前に、冷えた麦茶のコップが出された。
 琥珀色透明な焦げ茶色の液体の中で、氷がころころと音を立てた。

「自分から電話をかければいいのに」

 母親は龍の正面に座って、ものすごく簡単なことだと言う。

「まず先生に、
『お借りした服の洗濯ができました。いつ返したらいいですか』
 って聞いて、そのお返事をもらうの。
 そのあとで、お友達の……ヒメコさんだっけ?……その子に代わってくれって頼めばいいじゃない」

「ヤだよ」

 龍は小さな声で言った。
 そして、もし理由を聞かれたら、正直に「怖いから」とは言いづらいと思い、聞かれる前になんとか誤魔化そうと考えて、

「女の子に電話するなんて、恥ずかしい」

 と付け加えた。

「そう」

 母親はにこにこと笑い、

「夏休みが終わったら、嫌でも学校で先生に会うのだものね。それからでも遅くは無いけれど」

 すっと席を立った。
 手にしたお盆の上に麦茶のグラスが2つ乗っている。お店に持っていって夫と二人で飲むのだろう。
 そうやって龍を一人きりにするのは、龍自身が独りで「一番良い方法」を思いつくのを待っているからだ。

 親の心子知らずということわざがある。
 龍には母親の考えなんかちっとも解らない。
 なんとなく放り出されたような、さじを投げられたような、見捨てられたような気がして、とても寂しくなった。

 狭苦しい居間の真ん中で、コップの中の氷はどんどん溶けて小さくなっていった。
 龍は麦茶が薄まってしまうのが惜しくなった。
 慌てて麦茶を飲み干して、コップを食卓テーブルに置くと、カランという気持ちのいい音がして氷がコップの底に落ちた。
 氷をはジワジワと溶け続冷たい冷たい水に変わって行く。

 お昼ご飯過ぎまで刺すような感じだった暑さは、いつの間にか、水気がかまとわりつく感じの蒸し暑さに変っていた。

 コップの中で重なり合っていた透明なかけらが、からりと崩れた。窓から差し込んでいた痛いほどの日差しが、不意に消えた。

 龍が顔を持ち上げると、目の前で窓ガラスが小さく、しかし不気味に揺れた。
 雷鳴かみなりの音が聞こえた。
 音よりすこし遅れて、外の世界が光った。

「ああ、これはまだ遠い……」

 店の方で父親がつぶやいた。

 途端。

 鼓膜こまくが破れるんじゃないかという轟音が、目が潰れるんじゃないかと思う位のまぶしい閃光せんこうと、ほとんど同時に鳴り響いた。
 龍はびっくりして立ち上がり、母親は耳を押さえてうずくまった。
 そして父親はせっかく拾い集めた売り物をもう一度ばらまいていた。
 でも、床に缶ケースが落ちる音は、龍の所までは聞こえてこなかった。

 バケツのソッコがぬけたみたいに激しい雨が降り出して、屋根やら地面やら窓ガラスやらをバチバチとたたき始めたからだ。
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