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聡明なる美しき若君の語るところによると……
怖いもの見たさ
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若君の父上であるあの年寄りの殿様は、外から新しくやってきた殿様でしたが、それにも拘わらず、この土地に元から住んでいた人たちに随分と尊敬されていました。
殿様が元いた土地の人々の中も、去ってしまった殿様を慕っている者達がいたそうですが、新しい領民が殿様を慕うさまは、元の領民の人々以上のものだと言っても良いものでした。
ああ、確かに「ただの判官贔屓」かも知れません。
それでも……哀れみを帯びた贔屓であろうが、本心から敬愛であろうが、元の感情などどうでも良いことです。
殿様の領民達は、殿様がおふれを出せば、それをしっかりと守って暮らしている。
真実、それだけのことです。
そんなお国柄のことです。
若君は、殿様の命令があるために誰一人この場所に近寄らない……あるいはそんなことも有り得ると考えもしました。
そう考えた後で、総ての領民が殿様の命令を守るとは限らない……とも考えました。
どんなに優れた為政者の元であっても、犯罪は起きるものです。
例えば、畏れ多くも初代皇帝高祖陛下はこの世に二人とない優れた支配者であられました。
それでも、その治世に一人の罪人も出なかったなどと言う事実はに無いでしょう? 非常に残念なことですが、むしろ高祖陛下が即位成される以前よりも大勢の「罪人」が逮捕され、牢に入れられ、罪人の刻印を押され、四肢を切り刻まれ、身を焼かれ、土に戻されたと、史書に記されています。
どの世にも、どんな土地にも、不心得者は必ずいる。……悲しいことですけれども、これは動かせない真実です。
だから年寄りの殿様の命令が、それほど硬く――命令が出されてから十年以上も時間が経ってなお、守られ続ける筈がないと、若君は考えました。
そして結論づけたのです。
「あそこには、人を寄せ付けない何かがある」
殿様が「近寄るな」と命令を出さねばならない何かが、誰もがその命令に逆らえない心持ちにさせる何かが、奥方様にその場所のことを口にも出せない気分にさせる何かが、そこにある。
そしてそれは……おそらく人ならぬモノに違いない。
くだらない。実にくだらない、いかにも子供の考えそうなことです。妄想と言っても良いでしょう。
婦女子というのは「怖いモノ」を酷く嫌い、そのくせ「恐ろしいモノ」を大変に好む傾向があります。全く奇妙です。
君も良く知っているでしょう? 芝居小屋に怪談物が掛かると、観に来るのはどんな人々ですか?
彼ら彼女らは、風にゆられる布簾を見て、幽霊だと騒ぎだす。
刑場で火炙りになる罪人がいるというお触れが出ると、恐ろしいと震え上がる。
そんなに怖いなら裂ければよいものを、開け放たれた窓に自ら近寄り、家を飛び出して見物に行く。
見るなと言われると見たくなる、やるなと言われるとやりたくなる。
人間とは実に奇妙な生き物です。
さて、どうやらそんな人間という生き物の一匹であったらしい若君ですが、自分の仮想の恐ろしさに震え上がり、そして期待に胸を膨らませました。……いくら「子供らしくない良い子」であってもやはり子供です。怖いものが見たいのです。
そして若君は茂みから出た。目を見張り、耳をそばだてたまま、田舎の古い百姓家のような離宮へ近付きました。
そこは人気の無い、薄ら暗い、寂れた「古城」。
閉ざされた窓辺に青白い明かりが揺れているように思え、風の音の裏になにかの「声」が聞こえる感じる「屋形」。
若君は震えながらしっかりと剣を握り直しました。人ならぬモノ、生きていないモノが万一現れたなら、これを引き抜いて闘おうというのです。
そう、奇異なことです。おかしな話ですよ。
人でないモノ、生き物でないモノならば、剣で切って捨てることなどできようものですか。
いや、たとえ「それ」が斬りつければ倒れてくれる手応えのある体を持つようなモノであったとしましょう。そうであったとしても、国中の善人も悪人が、そして屈強な衛兵ですらも、近付くのを怖れるような存在なのですよ。
子供の膂力では適うはずがありますか?
よく考えれば解りそうなことなのですが、そこでよく考えないのが子供というもの。
中途に賢かったり、半端に武術を修めているような子供は、特によく考えない傾向があります。そう断言してかまわないでしょう。
そういった子供らは――あるいはそういった子供時代を過ごした人々は、と言い換えても良いのですが――往々にして根拠のない自信を持っています。自分は優れているからどんな酷い目にも遭わないと信じている。
幸せな存在ですよ、何事も起きなければ。
たとえ学友の中で優れているとしても、それは狭い学問所の中でのことです。
道場の中でそこそこ勝てると言っても、それは狭い道場の中でのこと。
自分がいる場所の外のことを知らないモノだから、自分は間違いをしないと思い込み、しくじりなど微塵も考えない。
世の中には「上には上」の存在があることを想像しないし、想像できないのです。
この若君こそ、そんな子供でありました。
殿様が元いた土地の人々の中も、去ってしまった殿様を慕っている者達がいたそうですが、新しい領民が殿様を慕うさまは、元の領民の人々以上のものだと言っても良いものでした。
ああ、確かに「ただの判官贔屓」かも知れません。
それでも……哀れみを帯びた贔屓であろうが、本心から敬愛であろうが、元の感情などどうでも良いことです。
殿様の領民達は、殿様がおふれを出せば、それをしっかりと守って暮らしている。
真実、それだけのことです。
そんなお国柄のことです。
若君は、殿様の命令があるために誰一人この場所に近寄らない……あるいはそんなことも有り得ると考えもしました。
そう考えた後で、総ての領民が殿様の命令を守るとは限らない……とも考えました。
どんなに優れた為政者の元であっても、犯罪は起きるものです。
例えば、畏れ多くも初代皇帝高祖陛下はこの世に二人とない優れた支配者であられました。
それでも、その治世に一人の罪人も出なかったなどと言う事実はに無いでしょう? 非常に残念なことですが、むしろ高祖陛下が即位成される以前よりも大勢の「罪人」が逮捕され、牢に入れられ、罪人の刻印を押され、四肢を切り刻まれ、身を焼かれ、土に戻されたと、史書に記されています。
どの世にも、どんな土地にも、不心得者は必ずいる。……悲しいことですけれども、これは動かせない真実です。
だから年寄りの殿様の命令が、それほど硬く――命令が出されてから十年以上も時間が経ってなお、守られ続ける筈がないと、若君は考えました。
そして結論づけたのです。
「あそこには、人を寄せ付けない何かがある」
殿様が「近寄るな」と命令を出さねばならない何かが、誰もがその命令に逆らえない心持ちにさせる何かが、奥方様にその場所のことを口にも出せない気分にさせる何かが、そこにある。
そしてそれは……おそらく人ならぬモノに違いない。
くだらない。実にくだらない、いかにも子供の考えそうなことです。妄想と言っても良いでしょう。
婦女子というのは「怖いモノ」を酷く嫌い、そのくせ「恐ろしいモノ」を大変に好む傾向があります。全く奇妙です。
君も良く知っているでしょう? 芝居小屋に怪談物が掛かると、観に来るのはどんな人々ですか?
彼ら彼女らは、風にゆられる布簾を見て、幽霊だと騒ぎだす。
刑場で火炙りになる罪人がいるというお触れが出ると、恐ろしいと震え上がる。
そんなに怖いなら裂ければよいものを、開け放たれた窓に自ら近寄り、家を飛び出して見物に行く。
見るなと言われると見たくなる、やるなと言われるとやりたくなる。
人間とは実に奇妙な生き物です。
さて、どうやらそんな人間という生き物の一匹であったらしい若君ですが、自分の仮想の恐ろしさに震え上がり、そして期待に胸を膨らませました。……いくら「子供らしくない良い子」であってもやはり子供です。怖いものが見たいのです。
そして若君は茂みから出た。目を見張り、耳をそばだてたまま、田舎の古い百姓家のような離宮へ近付きました。
そこは人気の無い、薄ら暗い、寂れた「古城」。
閉ざされた窓辺に青白い明かりが揺れているように思え、風の音の裏になにかの「声」が聞こえる感じる「屋形」。
若君は震えながらしっかりと剣を握り直しました。人ならぬモノ、生きていないモノが万一現れたなら、これを引き抜いて闘おうというのです。
そう、奇異なことです。おかしな話ですよ。
人でないモノ、生き物でないモノならば、剣で切って捨てることなどできようものですか。
いや、たとえ「それ」が斬りつければ倒れてくれる手応えのある体を持つようなモノであったとしましょう。そうであったとしても、国中の善人も悪人が、そして屈強な衛兵ですらも、近付くのを怖れるような存在なのですよ。
子供の膂力では適うはずがありますか?
よく考えれば解りそうなことなのですが、そこでよく考えないのが子供というもの。
中途に賢かったり、半端に武術を修めているような子供は、特によく考えない傾向があります。そう断言してかまわないでしょう。
そういった子供らは――あるいはそういった子供時代を過ごした人々は、と言い換えても良いのですが――往々にして根拠のない自信を持っています。自分は優れているからどんな酷い目にも遭わないと信じている。
幸せな存在ですよ、何事も起きなければ。
たとえ学友の中で優れているとしても、それは狭い学問所の中でのことです。
道場の中でそこそこ勝てると言っても、それは狭い道場の中でのこと。
自分がいる場所の外のことを知らないモノだから、自分は間違いをしないと思い込み、しくじりなど微塵も考えない。
世の中には「上には上」の存在があることを想像しないし、想像できないのです。
この若君こそ、そんな子供でありました。
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