クレール 光の伝説「意外な話――或いは、雄弁な【正義】」

神光寺かをり

文字の大きさ
9 / 25
聡明なる美しき若君の語るところによると……

怖いもの見たさ

しおりを挟む
 若君の父上であるあの年寄りの殿様は、外から新しくやってきた殿様でしたが、それにもかかわらず、この土地に元から住んでいた人たちに随分と尊敬されていました。
 殿様が元いた土地の人々の中も、去ってしまった殿様を慕っている者達がいたそうですが、新しい領民が殿様を慕うさまは、元の領民の人々以上のものだと言っても良いものでした。

 ああ、確かに「ただの判官贔屓ほうがんびいき」かも知れません。
 それでも……哀れみを帯びた贔屓ひいきであろうが、本心から敬愛けいあいであろうが、元の感情などどうでも良いことです。
 殿様の領民達は、殿様がおふれを出せば、それをしっかりと守って暮らしている。
 真実、それだけのことです。

 そんなお国柄のことです。
 若君は、殿様の命令があるために誰一人この場所に近寄らない……あるいはそんなことも有り得ると考えもしました。
 そう考えた後で、総ての領民が殿様の命令を守るとは限らない……とも考えました。

 どんなに優れた為政者いせいしゃの元であっても、犯罪は起きるものです。

 例えば、おそれ多くも初代皇帝高祖こうそ陛下はこの世に二人とない優れた支配者であられました。
 それでも、その治世に一人の罪人も出なかったなどと言う事実はに無いでしょう? 非常に残念なことですが、むしろ高祖こうそ陛下が即位成される以前よりも大勢の「罪人」が逮捕され、牢に入れられ、罪人の刻印こくいんを押され、四肢を切り刻まれ、身を焼かれ、土に戻されたと、史書に記されています。

 どの世にも、どんな土地にも、不心得者は必ずいる。……悲しいことですけれども、これは動かせない真実です。

 だから年寄りの殿様の命令が、それほど硬く――命令が出されてから十年以上も時間ときが経ってなお、守られ続ける筈がないと、若君は考えました。
 そして結論づけたのです。

「あそこには、人を寄せ付けないがある」

 殿様が「近寄るな」と命令を出さねばならない何かが、誰もがその命令に逆らえない心持ちにさせる何かが、奥方様にその場所のことを口にも出せない気分にさせる何かが、そこにある。
 そしてそれは……おそらく人ならぬモノに違いない。

 くだらない。実にくだらない、いかにも子供の考えそうなことです。妄想もうそうと言っても良いでしょう。
 婦女子おんなこどもというのは「怖いモノ」を酷く嫌い、そのくせ「恐ろしいモノ」を大変に好む傾向があります。全く奇妙です。

 君も良く知っているでしょう? 芝居小屋に怪談物が掛かると、観に来るのはどんな人々ですか?

 彼ら彼女らは、風にゆられる布簾のれんを見て、幽霊だと騒ぎだす。
 刑場で火炙ひあぶりになる罪人がいるというおれが出ると、恐ろしいと震え上がる。
 そんなに怖いなら裂ければよいものを、開け放たれた窓に自ら近寄り、家を飛び出して見物に行く。

 見るなと言われると見たくなる、やるなと言われるとやりたくなる。

 人間とは実に奇妙な生き物です。

 さて、どうやらそんな人間という生き物の一匹であったらしい若君ですが、自分の仮想けそうの恐ろしさに震え上がり、そして期待に胸を膨らませました。……いくら「子供らしくない良い子」であってもやはり子供です。怖いものが見たいのです。

 そして若君は茂みから出た。目を見張り、耳をそばだてたまま、田舎の古い百姓家ひゃくしょうやのような離宮へ近付きました。
 そこは人気の無い、薄ら暗い、寂れた「古城」。
 閉ざされた窓辺に青白い明かりが揺れているように思え、風の音の裏になにかの「声」が聞こえる感じる「屋形」。

 若君は震えながらしっかりと剣を握り直しました。人ならぬモノ、生きていないモノが万一現れたなら、これを引き抜いて闘おうというのです。

 そう、奇異なことです。おかしな話ですよ。
 人でないモノ、生き物でないモノならば、剣で切って捨てることなどできようものですか。

 いや、たとえ「それ」が斬りつければ倒れてくれる手応えのある体を持つようなモノであったとしましょう。そうであったとしても、国中の善人も悪人が、そして屈強な衛兵ですらも、近付くのを怖れるような存在なのですよ。
 子供の膂力りょりょくでは適うはずがありますか?

 よく考えれば解りそうなことなのですが、そこでよく考えないのが子供というもの。
 中途に賢かったり、半端に武術を修めているような子供は、特によく考えない傾向があります。そう断言してかまわないでしょう。
 そういった子供らは――あるいはそういった子供時代を過ごした人々は、と言い換えても良いのですが――往々にして根拠のない自信を持っています。自分は優れているからどんな酷い目にも遭わないと信じている。
 幸せな存在ですよ、何事も起きなければ。

 たとえ学友の中で優れているとしても、それは狭い学問所の中でのことです。
 道場の中でそこそこ勝てると言っても、それは狭い道場の中でのこと。

 自分がいる場所の外のことを知らないモノだから、自分は間違いをしないと思い込み、しくじりなど微塵みじんも考えない。
 世の中には「上には上」の存在があることを想像しないし、想像できないのです。

 この若君こそ、そんな子供でありました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

処理中です...