クレール 光の伝説「意外な話――或いは、雄弁な【正義】」

神光寺かをり

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聡明なる美しき若君の語るところによると……

愚蒙なる斥候

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 あの建物は何のための物なのか。なぜ古いまま残されているのか。あの中に何があるのか。
 若君は「知りたい」と思いました。
 しかし尋ねたところで、どの大人達も言葉を濁し、口を噤み、答えてはくれません。

 唯一、年の近い乳母子めのとご

「殿様がお国入りする前から、得体の知れぬモノがいていると噂する者がおるのです。莫迦ばか々々ばかしい話ですが、それを信じる愚か者者が居るので、殿様は近付かぬようにと仰せなのでしょう」

 と答えてくれたのですが、この程度答えで納得できるはずがないではありませんか。

 納得がゆかないならば自分の目で確かめたい、と思うのは当然でありましょう。
 若君は決心なさいました。
 といっても、若君の日中の日課スケジュールは、ぎっちりと詰め込まれています。あの建物に近付くいとまはまったくありませんでした。

 昼間が駄目なら、どうすれば良いか――。

 答えは一つしかありません。
 ある夏の夜、年寄りの殿様のたった一人の御子おこは、そっと寝所を抜け出したのです。

 幸か不幸か、裕福でない殿様とその家臣たちは、夜を照らすための蝋燭ろうそくや油や、篝火かがりびまきや竃の泥炭ピートまで、燃えて明るくなるものはことごとく「節約」していました。
 ですから夜ともなれば、お屋敷の中も外も漆黒しっこくの闇に包まれることになります。

 そこで若君は月明かりのない夜を選んで、星明かりと記憶を頼りに離宮へ向かい…………。

 ああ、君の期待を裏切って悪いのですけれど、この最初の夜、子供は幽霊屋敷にはたどり着けませんでしたよ。
 何分にも父親からは「決して近付いてはならない」と言われ、母親からはその影の見える所にすら行くことを許されない場所なのですよ。
 大凡の方角がわかっていても、正確な道筋はさっぱり判らない。
 昼間でも行ったことのない所へ、暗闇の夜に子供一人が迷わずにたどり着けるはずがないではありませんか。
……真面目な子供だからといって、賢い子供だとは限りませんからね。

 と言うわけで、闇の中を手探りしするようにあちこちをうろうろと彷徨っていた若君は、夜明けの前にどうにか寝所へ戻っりました。ほとんど寝ていないものですから、その日の日中は眠くて仕方がなかった。学問でも剣術でも、それぞれの師匠に酷く怒られたようです。

 さてもこの子供に美点びてんがあるとすれば、それは諦《あきら》めの悪さだと言えましょうしょう。
 一度失敗したからといって、興味を覚えた事柄を諦めることなどできません。

 月明かりの少ない闇夜になる度に、若君はその場所へ行くことを試みました。
 その度に明け方近くまで迷って、昼日中ひるひなかおお欠伸あくびをして、先生方に怒られたということです。
 それでも――それが何度目の挑戦の夜であったのか定かでありませんが――何ヶ月も試みて、ようやくくその場所の近くまでたどり着くことができたといいますから、本当に諦めの悪い子供です。

 その日、御子は短い宮廷剣エピ・ド・クールいた簡単な「武装」をしておりました。
 何のために、と?
 父君と母君が、

「決して近寄ってはならない」

 と命令している場所です。そこに警備の者、見張りの者が幾人かいて、目を光らせて見回りをしている……そう思い当たるのが当然ではありませんか。
 愚かな話です。
 もし不寝番ふしんばんの者がいたとしたなら、それは殿様の家人けにんです。つまりは若君の「未来の家臣」でもあります。敵か味方かと問うたなら、紛れもない味方です。
 お互いに戦ってはいけない相手なのですよ。
 万が一にも、不寝番の衛兵が、闇の中でそうとは気付かずに若君と戦うことになったとしたら、どうなりましょうか。
 いくらか剣術の心得があるとは言っても、とおを少しばかり超えた程度の子供です。立派な大人の衛兵が後れを取るはずがなありません。
 倒され、怪我をする……当たり所が悪ければ命を失う……そういう目に遭うのは、間違いなく若君の方です。

 自分が倒し、捕縛した「侵入者」が、実は主君の嗣子ししであったと気付いたとき、その兵士はどのよう思いをすることでしょうか。そして主君は枯れにどのような罰を与えるでしょうか。

 愚かな子供は、自分の我儘わがまま勝手かってのために、幾人もの大人が捉えられ、ろくを失い、処刑されるのだという事にまで気が回りませんでした。

 勇ましい格好をしたつもりの、自分は賢いと思いこんでいる、好奇心旺盛な、小さなお国の幼く愚かな跡取りは、茂みの中で剣にすがり、武者震いなのかただの胴震いなのか、とにかく震えながら、周囲をうかがったというわけです。

 茂みの外は全くの暗闇でした。
 目を凝らし、耳をそばだてて、若君は人の気配を探りました。
 ところが、御子が当然のように「いる」と考えていた、古い離宮を警備する者や、近付いてはならぬ場所に入ろうとする者がおらぬか見張っている者の姿は、そこにはありませんでした。

 人も、犬も、猫の子一匹すらも、その辺りには生きているモノはまるでいなかったのです。

 不思議でした。若君は首を傾げて考えました。

『この場所を見張らなくて良いのだろうか』

 と。
 あるいは、

『この場所に近付く者がいないとでもいうのだろうか?』

 と。
 そして、

『この場所に興味を抱いているのは、もしかして自分だけなのだろうか?』

 とも。

 考えても考えても、答えに思い至りませんでした。
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