クレール 光の伝説「意外な話――或いは、雄弁な【正義】」

神光寺かをり

文字の大きさ
7 / 25
聡明なる美しき若君の語るところによると……

心の底から大嫌い

しおりを挟む
 年取った殿様のところに生まれた若君は、なにがなんでも、

「長じては良い殿様となり、この小さな国を治めました」

 と後の世の歴史家などにそう書き残して貰えるような、立派な殿様にならなければならない定めを負っていました。
 それは父君であるとの様の望みであり、母君の願いでもあったからです。

 ああ、父君の望みよりも、母君の願いの方が、強く厳しく若君を締め付けていたと言えるでしょう。

 何分にも母君の目の奥で、義理の祖父でもある「都の主上おかみ」の目が光っていますから。

 先にも語ったように、都の主上は年寄りの殿様にはどうしても手を出すことができない。
 手が出せるくらいなら、島流しのような領地替えなどという面倒なことをする前に、すっぱりと首をねています。

 でも自分が命じて死なせる必要はない、と思われたのです。
 あと数年辛抱すれば、主上の親ほどのご高齢である殿様が、主上より先にあの世へ行かれるだろうことは間違いないのですから、それを待てば良い、と。

 年寄りの殿様本人の首を刎ねるより、跡取りの――自分の孫の――首を刎ねた方が良い。聡明な主上がそのように考えになっても不思議はありません。
 良い殿様の子供が良い殿様にならなかったという例は、歴史書を無作為に開けば必ず見つかるというくらいに、数多くあります。そして良い殿様ではない殿様を取り除くのは、主上という高い御位みくらいの方の仕事の一つです。

 それに代が変われば、世情の風当たりもいくらかは弱くなるやも知れませんからね。

 そういうわけですから、潰す方としてはは少し待った方が気が楽なのです。
 しかし、潰される方はたまった物ではありません。

 家がお取り潰しになれば、殿様が困る。家族が困る。家臣達が困る。領民達が困る。
 多くの人が辛い思いをする。その辛い思いは、全て殿様の肩にのし掛かる。
 不手際から領地運営を失敗して粛正された愚か者として史書に記され、自分が死んだ後も世の終わりまで嘲笑される――。

 そうならないための二代目の使命は、取りつぶしにできないほどの名君に……父上以上に良い殿様になること、です。

 この十才ばかりの若君は、十歳ばかりの子供であるクセに、こういうをボンヤリと判っていた。

 君、やはりこういう子供は嫌いでしょう?
 私も好きません。こんな子供らしくない子供は……心の底から大嫌いです。

 しかし子供当人にとっては、好きも嫌いも言ってはいられない一大事です。別の選択をする余地などは、絹糸一本ほどもありませんでした。

 御子は勉学に誰よりも励みました。お世辞ででもなんでもなく、学友の誰よりもよく学んだのです。
 剣術修業もしっかり積みました。さすがに小さな子供ですから、他の誰よりも……という訳にはゆきませんが、少なくとも同じ年頃の他の子供よりは数段強い剣術使いにはなりました。

 禄高が増える見込みのない小国での貧乏暮らしに耐えるために必要であるならと、修道女のように畑を耕しましたし、お針子のように手先の仕事も習い覚えました。
 馬無しの鷹狩り、川魚釣りは当然のこと、獣の解体も、鳥の絞め方も、魚の下ろし方も学び、当然それらを料理する術も教えられました。
 将来、料理人が雇えなくなったら……これは経済的なものを理由とするわけではありません。料理人が何者かに買収されてお茶の中に何かを混ぜる可能性も、うっすらと考えた上で……自分でパンを焼かなければなりません。

 あれもこれも。とにかくいろいろと学ばねばならないことの多い子供でした。
 日の出ている間はほとんどの時間で、何かの勉強か修業か習練をしていました。
 昼間息を抜けるのは、午前の学問の時間の後に、姉ともした乳母子めのとごとお茶を飲む僅かな休憩時間ぐらいでした。

 そんなわけで、この若君は「いささか窮屈きゅうくつな日々」を送っていたのです。
 もっとも、この子供は他の家のことはちっとも知りませんから、

「世の中の【殿様の家】の子供はみなこんな生活なのだ。自分ばかりが忙しいわけではない」

 と思っていたようですけれども。

 兎も角も、この御子は運良く愚連ぐれることなく成長しました。
 父君である殿様を尊敬し、母君である奥方を敬愛する真面目な子供になったというわけです。

 ですから、尊び愛する両親の、そのどちらからの言い付けも、矛盾していることも織り込み済みで、きちんと守っていました。
 
 それでもどうしようもなく押さえきれない好奇心というものがあった様子です。子供らしくない子供にも、幾分か子供らしいところが少しはあったと見えます。

 良心から禁じられたただ一つのこと――。
 若君には、それが気になって気になって、仕様がなかったのです。
 なにがあるために禁じられるのか、なにを自分に見せたくないのか、知りたくて仕方がなかった。

 ええ、離宮です。あの、古く小さな幽霊屋敷です。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

処理中です...