竜頭――柔太郎と清次郎――

神光寺かをり

文字の大きさ
17 / 57
柔太郎と清次郎

いうなれば「SSSレア《当たり前の手段では入手困難》」な一冊

しおりを挟む
 しばらく床板の上を転げて笑い続けていた赤松清次郎は、笑いすぎて呼吸が荒くなった。
 転がるのを止め、き込んで、苦しげなぜんめいを絞り出す。それでも徐々にゆっくりと呼吸を整えはじめた。
 呼吸が整うと、清次郎は床に伏していた体を起こした。姿勢を正して、背筋を伸ばしたんする。
 それでもまだややこうちょうが残っている顔を柔太郎に向けた清次郎は、

「もう一つの手土産もみてやって下さいよ。どちらかというと、そっちよりこっちの方が手に入れるのが大変だったんですから」

 清次郎が兄に差し出したのは、細長く分厚い本だった。
 白地の表紙には「しまちょう」とぼくしょされている。
 太く、力強いその手書きの文字は、

「お前が書いた物ではないな」

 柔太郎の問いに清次郎は素直なうなずきを返した。ニコニコと笑っている。

「コレばかりは、俺には到底書けぬシロモノなんですよ」

 差し出された分厚い本を受け取った柔太郎は、厚みから予測していた重さをさらに上回る重量に驚いた。
 表紙をめくると、上野いけはたなかちょう(現・東京都台東区上野地区)の呉服屋・白木屋の屋号と、えい甲寅七年(西暦一八五四年)の日付が書かれた中表紙が一枚。それをめくると、

「これは」

 二言目が出なかった。柔太郎の目玉が再び、そして先ほどよりも一層、輝いている。
 その本は、一ページに四つか六つずつ、一寸三cmから二寸六cm四方程度のぎれが貼り付けられていた。布の横に模様の名前らしい言葉と連番の数字が添えられている。

 ぼう縞、もち縞、夫婦めおと縞、すじまんすじたら縞、かつお縞、関東縞、ばん縞、べんけい縞、滝縞、すじたてだいみょう縞、きんつう縞、縞、だんだら縞、さな縞、だんじゅうろう縞、いちまつおきな格子、こし格子、格子、ふたすじすじすじ格子、どう格子、じん格子。

 柔太郎の見たことのある縞柄がある。見知らぬ柄もある。知った縞模様の名がある。知らぬ名前もある。
 何ページ目かに、目に新鮮な柄の布があった。横によく知った柄の名が書いてある。
 疑問を抱いて見本サンプルを凝視した。理由はすぐに理解できた。

『なるほど、色の組み合わせを変えると、ぱっと見には違う柄に思える仕上がりになるのだな』

 それはつまるところ、

『一冊目の本を研究して幾色ものつむぎいとを作り、それを二冊目の本を研究して様々な縞や格子を織ったなら、上田の紬織に新しい価値を与えられる』

 ということになるのではあるまいか。
 つまりつまり、

『この二冊の本は、二冊揃ってこそ最大限の力を発揮する』

 のではないか。
 いや、そうに違いない。
 いやいや、自分がそのように使わねばならない。
 柔太郎は縞見本帳のページを繰って端布の一つ一つをじっくり眺めつつ、色見本帳の表紙にチラリチラリと目を落とした。
 その様子を、兄が自分持ってきた土産物に相当に興奮していると見てとった清次郎は、喜色満面となる。

「兄上にそこまで喜んで頂けたのなら、苦労して手に入れた甲斐があったというもんですよ。特に縞帳の方は、相当に頭を使いましたからね」

 自慢げに小鼻を膨らませた清次郎は、その「甲斐のあった苦労」とやらを語り始めたのだった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...