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柔太郎と清次郎
いうなれば「SSSレア《当たり前の手段では入手困難》」な一冊
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しばらく床板の上を転げて笑い続けていた赤松清次郎は、笑いすぎて呼吸が荒くなった。
転がるのを止め、咳き込んで、苦しげな喘鳴を絞り出す。それでも徐々にゆっくりと呼吸を整えはじめた。
呼吸が整うと、清次郎は床に伏していた体を起こした。姿勢を正して、背筋を伸ばし端座する。
それでもまだやや紅潮が残っている顔を柔太郎に向けた清次郎は、
「もう一つの手土産もみてやって下さいよ。どちらかというと、そっちよりこっちの方が手に入れるのが大変だったんですから」
清次郎が兄に差し出したのは、細長く分厚い本だった。
白地の表紙には「縞帖」と墨書されている。
太く、力強いその手書きの文字は、
「お前が書いた物ではないな」
柔太郎の問いに清次郎は素直なうなずきを返した。ニコニコと笑っている。
「コレばかりは、俺には到底書けぬ代物なんですよ」
差し出された分厚い本を受け取った柔太郎は、厚みから予測していた重さをさらに上回る重量に驚いた。
表紙をめくると、上野池之端仲町(現・東京都台東区上野地区)の呉服屋・白木屋の屋号と、嘉永甲寅(西暦一八五四年)の日付が書かれた中表紙が一枚。それをめくると、
「これは」
二言目が出なかった。柔太郎の目玉が再び、そして先ほどよりも一層、輝いている。
その本は、一頁に四つか六つずつ、一寸から二寸四方程度の端布が貼り付けられていた。布の横に模様の名前らしい言葉と連番の数字が添えられている。
棒縞、子持縞、夫婦縞、千筋、万筋、矢鱈縞、鰹縞、関東縞、碁盤縞、弁慶縞、滝縞、三筋竪、大明縞、金通縞、刷毛目縞、段だら縞、真田縞、団十郎縞、市松、翁格子、越格子、紅格子、二筋・三筋・四筋格子、童子格子、微塵格子。
柔太郎の見たことのある縞柄がある。見知らぬ柄もある。知った縞模様の名がある。知らぬ名前もある。
何頁目かに、目に新鮮な柄の布があった。横によく知った柄の名が書いてある。
疑問を抱いて見本を凝視した。理由はすぐに理解できた。
『なるほど、色の組み合わせを変えると、ぱっと見には違う柄に思える仕上がりになるのだな』
それはつまるところ、
『一冊目の本を研究して幾色もの紬糸を作り、それを二冊目の本を研究して様々な縞や格子を織ったなら、上田の紬織に新しい価値を与えられる』
ということになるのではあるまいか。
つまりつまり、
『この二冊の本は、二冊揃ってこそ最大限の力を発揮する』
のではないか。
いや、そうに違いない。
いやいや、自分がそのように使わねばならない。
柔太郎は縞見本帳の頁を繰って端布の一つ一つをじっくり眺めつつ、色見本帳の表紙にチラリチラリと目を落とした。
その様子を、兄が自分持ってきた土産物に相当に興奮していると見てとった清次郎は、喜色満面となる。
「兄上にそこまで喜んで頂けたのなら、苦労して手に入れた甲斐があったというもんですよ。特に縞帳の方は、相当に頭を使いましたからね」
自慢げに小鼻を膨らませた清次郎は、その「甲斐のあった苦労」とやらを語り始めたのだった。
転がるのを止め、咳き込んで、苦しげな喘鳴を絞り出す。それでも徐々にゆっくりと呼吸を整えはじめた。
呼吸が整うと、清次郎は床に伏していた体を起こした。姿勢を正して、背筋を伸ばし端座する。
それでもまだやや紅潮が残っている顔を柔太郎に向けた清次郎は、
「もう一つの手土産もみてやって下さいよ。どちらかというと、そっちよりこっちの方が手に入れるのが大変だったんですから」
清次郎が兄に差し出したのは、細長く分厚い本だった。
白地の表紙には「縞帖」と墨書されている。
太く、力強いその手書きの文字は、
「お前が書いた物ではないな」
柔太郎の問いに清次郎は素直なうなずきを返した。ニコニコと笑っている。
「コレばかりは、俺には到底書けぬ代物なんですよ」
差し出された分厚い本を受け取った柔太郎は、厚みから予測していた重さをさらに上回る重量に驚いた。
表紙をめくると、上野池之端仲町(現・東京都台東区上野地区)の呉服屋・白木屋の屋号と、嘉永甲寅(西暦一八五四年)の日付が書かれた中表紙が一枚。それをめくると、
「これは」
二言目が出なかった。柔太郎の目玉が再び、そして先ほどよりも一層、輝いている。
その本は、一頁に四つか六つずつ、一寸から二寸四方程度の端布が貼り付けられていた。布の横に模様の名前らしい言葉と連番の数字が添えられている。
棒縞、子持縞、夫婦縞、千筋、万筋、矢鱈縞、鰹縞、関東縞、碁盤縞、弁慶縞、滝縞、三筋竪、大明縞、金通縞、刷毛目縞、段だら縞、真田縞、団十郎縞、市松、翁格子、越格子、紅格子、二筋・三筋・四筋格子、童子格子、微塵格子。
柔太郎の見たことのある縞柄がある。見知らぬ柄もある。知った縞模様の名がある。知らぬ名前もある。
何頁目かに、目に新鮮な柄の布があった。横によく知った柄の名が書いてある。
疑問を抱いて見本を凝視した。理由はすぐに理解できた。
『なるほど、色の組み合わせを変えると、ぱっと見には違う柄に思える仕上がりになるのだな』
それはつまるところ、
『一冊目の本を研究して幾色もの紬糸を作り、それを二冊目の本を研究して様々な縞や格子を織ったなら、上田の紬織に新しい価値を与えられる』
ということになるのではあるまいか。
つまりつまり、
『この二冊の本は、二冊揃ってこそ最大限の力を発揮する』
のではないか。
いや、そうに違いない。
いやいや、自分がそのように使わねばならない。
柔太郎は縞見本帳の頁を繰って端布の一つ一つをじっくり眺めつつ、色見本帳の表紙にチラリチラリと目を落とした。
その様子を、兄が自分持ってきた土産物に相当に興奮していると見てとった清次郎は、喜色満面となる。
「兄上にそこまで喜んで頂けたのなら、苦労して手に入れた甲斐があったというもんですよ。特に縞帳の方は、相当に頭を使いましたからね」
自慢げに小鼻を膨らませた清次郎は、その「甲斐のあった苦労」とやらを語り始めたのだった。
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