竜頭――柔太郎と清次郎――

神光寺かをり

文字の大きさ
22 / 63
柔太郎と清次郎

赤松清次郎は幸運である。

しおりを挟む
「さすがは赤松先生、コレが何かすぐにお分かりになったとお見受けいたします」

 白木屋が心底嬉しそうな笑顔で言う。清次郎はさらに強く拳を握って、

「いやいや白木屋殿、このごせいに学問をやる者で、懐中時計ウォッチやら置き時計クロックやらをまったく知らないようなやからがいるはずがないじゃぁないですか」

 僅かにうわずって少し震えた声で言い、引きつった音を出して笑った。

 機械式置き時計は、天文年間、というから十六世紀中頃、火縄銃とほぼ同時期にポルトガルから日本に伝来している。
 その時計は当然、欧州ヨーロッパで使われているていほう――一日を昼夜問わず等分に分けて基準の長さを決める。欧州、そのシステムを受け継いだ現代社会では、一日を二十四等分したものを「一時間」と定めた――で時刻を表示をする品だ。
 しかしその頃の日本ではていほう――日の出と日の入りを基準に一日を昼と夜に分け、昼と夜をそれぞれを等分(日本の場合は昼夜をそれぞれ六等分し、それを「いっこく」と呼んだ)するため、季節ごとに基準の長さが変わる――を使っていたから、持ち込まれたままの仕組みで使うことは難しかった。
 しかし日本人職人たちは、あっという間に不定時法に対応した複雑な構造の仕掛けをこしらえた。
 江戸前期には日本独自の不定時法に準拠した国産の「けい」は、少数ながら流通しており、裕福な大名や豪商がそれらを所持していた。

 赤松清次郎が生まれた信州・上田藩は、おもてだか五万三千石(うちだかおよそ六万石)の小藩だ。しかも、長く続く冷害や浅間山などの火山噴火に起因するきんの影響から、米の不作が続いているから、決して裕福だとは言えない。

 だが。

 藩を治める殿様のふじまつだいらは、かみくんとくがわいえやすこうこうの五男という、やや複雑な立ち位置人物を家祖とする。さんしゅうじゅうはちまつだいらに連なる名家なのだ。
 その上で、現藩主・まつだいらただかたは譜代の名門であるさか雅楽うたのかみ家から養子に入った人物で、奏者番から寺社奉行を経て老中に就任した有能な政治家であった。
 たいきんはないが、がねは回せる。大物ごうせいなものは手に入れられないが、たからものは集まってくる。

 例えば江戸の上屋敷、あるいは国元の藩主屋敷、国家老の屋敷に、和時計は存在した。城下の大きな商家や寺社などの、民間人にも所持している者があった。それを「拝見」する機会チャンスが、禄高十石三人扶持年収130万円程度という微禄の家の子ども芦田家の兄弟たちにもあった。

 あるいは。

 江戸という都市には、日本中の人と物が集まってくる。日本にもたらされた海外の物も、だ。
 そこに高名な学者の門弟として暮らしていれば、それを「拝見」する機会チャンスがいくらでも廻ってくる。

 赤松清次郎は運が良い。彼は国元と江戸で、置き時計クロックやら懐中時計ウォッチやらを見知ることができた。

「とはいえ、懐中時計ウォッチの実物を手に届きそうな間近に見るのは、俺も初めてなんですがね」

「いやいや、赤松先生は正直でおられますなぁ」

 白木屋は膝を打ち、声を立てて笑った。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

物置小屋

黒蝶
大衆娯楽
言葉にはきっと色んな力があるのだと証明したい。 けれど、もうやりたかった仕事を目指せない…。 そもそも、もう自分じゃただ読みあげることすら叶わない。 どうせ眠ってしまうなら、誰かに使ってもらおう。 ──ここは、そんな作者が希望や絶望をこめた台詞や台本の物置小屋。 1人向けから演劇向けまで、色々な種類のものを書いていきます。 時々、書くかどうか迷っている物語もあげるかもしれません。 使いたいものがあれば声をかけてください。 リクエスト、常時受け付けます。 お断りさせていただく場合もありますが、できるだけやってみますので読みたい話を教えていただけると嬉しいです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す

みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための 「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した 航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。 航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。 そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は

処理中です...