23 / 63
柔太郎と清次郎
世の中に重要で必要なもの
しおりを挟む
「さてさて」
ひとしきり笑ってから、白木屋は居住まいを正した。
「赤松先生。この白木屋庄兵衛に、算額に掲げるための難問を手前奴にお与えくださいましょうや? お礼には、この懐中時計をば差し上げます。
普段の謝儀にお金を上乗せして、とも思いましたが……、このことは普段の出教授とはまたお願いの内容が違いますゆえ、普段のようにお金で謝儀をお払いするのとは別に、ものを差し上げました方が良いかと存じまして」
清次郎は袱紗の上で金古美に光る丸い機械をじっと見て、生唾を飲んだ。
算額のための問題を作ることそのものに、大いに心引かれる。
懐中時計という機械そのものに、大いに心引かれる。
良問を作る楽しみを味わったその上に、見目麗しい機械を手に入れることが出来る。
こんな悦楽は、そうそうあるものではない。
飛びついて引き受けるのが、欲を持つ生き物である人として当たり前のことだ。考えるまでもないことだ。
清次郎は心を決めた。息を大きく一つ吐き、続いて大きく一つ吸い込んだ。
「申し訳ない。それは……引っ込めてください」
清次郎はこの上なく辛そうに頭を左右に振った。
絶対に喜ばれると思って差し出した贈り物を拒絶されてしまった白木屋の驚き振りは見物だった。
「赤松先生、懐中時計はお気に召しませんでしたか? ああ、古道具であることがいけませんでしたか?」
懐中時計と赤松清次郎の顔とを幾度も見比べたり、懐から手拭いを引っ張り出して額の汗を拭ったり、目を白黒させたり、忙しく振る舞っていた。
「いや違う。違います、そうではない」
そう応える清次郎は、白木屋とは打って変わって、体をぴくりとも動かさずにいる。
「喉から手が出るほど欲しいのです。ですがおれには……拙者には、ずっと前から白木屋殿にねだろうと思っていたものがあるんです。
そっちの方が世の中には重要で必要なものなのです。拙者個人のためでなく、世の中のためになる品なのです。
それで、拙者の人脈の中でそれを持っているだろう者は白木屋殿の他になく、機会があればそのことを相談しようと思っていたほどで。
報酬としてもらえるのであるなら、そっちの方が欲しい。そうです、そっちの方が重要なのです」
普段の清次郎に似合わず、要領を得ない口ぶりで言う。まるで自分に言い聞かせているかのようだった。
「ああ、白木屋殿、どうかその懐中時計を終ってください。拙者には目の毒だ。どうしても欲しいと言ってしまう。奪い取って懐に入れてしまう」
「先生、赤松先生、まあ落ち着いてください」
白木屋はさらにわたわたと慌てたが、それでも懐中時計をしまうことはしなかった。
「取り敢えず、その、手前ならば持っているであろう、世の中にとって重要なもの、というのは何でございましょう。それがどれほどに高価な物であるのかはわかりませんが、手前どもに手に入られる物であるならば……」
「手に入るも何も、すでに白木屋殿が作って持っておられるはず」
「手前が、持っている?」
「そう。呉服屋である白木屋殿ならば、間違いなく持っている」
「先生がご入り用な物で、手前が間違いなく持っている物、とは何でございましょう。申し訳ございませぬが、思い当たりませぬが」
「縞帳、です」
ひとしきり笑ってから、白木屋は居住まいを正した。
「赤松先生。この白木屋庄兵衛に、算額に掲げるための難問を手前奴にお与えくださいましょうや? お礼には、この懐中時計をば差し上げます。
普段の謝儀にお金を上乗せして、とも思いましたが……、このことは普段の出教授とはまたお願いの内容が違いますゆえ、普段のようにお金で謝儀をお払いするのとは別に、ものを差し上げました方が良いかと存じまして」
清次郎は袱紗の上で金古美に光る丸い機械をじっと見て、生唾を飲んだ。
算額のための問題を作ることそのものに、大いに心引かれる。
懐中時計という機械そのものに、大いに心引かれる。
良問を作る楽しみを味わったその上に、見目麗しい機械を手に入れることが出来る。
こんな悦楽は、そうそうあるものではない。
飛びついて引き受けるのが、欲を持つ生き物である人として当たり前のことだ。考えるまでもないことだ。
清次郎は心を決めた。息を大きく一つ吐き、続いて大きく一つ吸い込んだ。
「申し訳ない。それは……引っ込めてください」
清次郎はこの上なく辛そうに頭を左右に振った。
絶対に喜ばれると思って差し出した贈り物を拒絶されてしまった白木屋の驚き振りは見物だった。
「赤松先生、懐中時計はお気に召しませんでしたか? ああ、古道具であることがいけませんでしたか?」
懐中時計と赤松清次郎の顔とを幾度も見比べたり、懐から手拭いを引っ張り出して額の汗を拭ったり、目を白黒させたり、忙しく振る舞っていた。
「いや違う。違います、そうではない」
そう応える清次郎は、白木屋とは打って変わって、体をぴくりとも動かさずにいる。
「喉から手が出るほど欲しいのです。ですがおれには……拙者には、ずっと前から白木屋殿にねだろうと思っていたものがあるんです。
そっちの方が世の中には重要で必要なものなのです。拙者個人のためでなく、世の中のためになる品なのです。
それで、拙者の人脈の中でそれを持っているだろう者は白木屋殿の他になく、機会があればそのことを相談しようと思っていたほどで。
報酬としてもらえるのであるなら、そっちの方が欲しい。そうです、そっちの方が重要なのです」
普段の清次郎に似合わず、要領を得ない口ぶりで言う。まるで自分に言い聞かせているかのようだった。
「ああ、白木屋殿、どうかその懐中時計を終ってください。拙者には目の毒だ。どうしても欲しいと言ってしまう。奪い取って懐に入れてしまう」
「先生、赤松先生、まあ落ち着いてください」
白木屋はさらにわたわたと慌てたが、それでも懐中時計をしまうことはしなかった。
「取り敢えず、その、手前ならば持っているであろう、世の中にとって重要なもの、というのは何でございましょう。それがどれほどに高価な物であるのかはわかりませんが、手前どもに手に入られる物であるならば……」
「手に入るも何も、すでに白木屋殿が作って持っておられるはず」
「手前が、持っている?」
「そう。呉服屋である白木屋殿ならば、間違いなく持っている」
「先生がご入り用な物で、手前が間違いなく持っている物、とは何でございましょう。申し訳ございませぬが、思い当たりませぬが」
「縞帳、です」
11
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
物置小屋
黒蝶
大衆娯楽
言葉にはきっと色んな力があるのだと証明したい。
けれど、もうやりたかった仕事を目指せない…。
そもそも、もう自分じゃただ読みあげることすら叶わない。
どうせ眠ってしまうなら、誰かに使ってもらおう。
──ここは、そんな作者が希望や絶望をこめた台詞や台本の物置小屋。
1人向けから演劇向けまで、色々な種類のものを書いていきます。
時々、書くかどうか迷っている物語もあげるかもしれません。
使いたいものがあれば声をかけてください。
リクエスト、常時受け付けます。
お断りさせていただく場合もありますが、できるだけやってみますので読みたい話を教えていただけると嬉しいです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す
みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための
「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した
航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。
航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。
そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる