月の涙

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 ロボットは、大きな通りを、きょろきょろとしながら歩きます。
 街は人に——人でないものにも——満ち溢れ、活気に満ちた様子です。
 大通りに沿ってずっと続くショーウィンドウには、宇宙の各地からの名品が、所狭しと並べられ、行き交う人々がそれぞれに群がって、楽しそうに笑っています。
 アルクトゥルスのアクセサリーににタウ・ケチ自慢のハイファッション。今年の冬の流行は、アルデバランのカバンにアンタレスの赤い靴を合わせ、アンドロメダのラメをつけて、煌きながら歩くこと。
 ——通りには、ショーウィンドウを抜けてきたかのような人ばかり。
 シリウスの乙女がベガの情夫を連れて歩いています。ゴージャスなマントはカペラのダイヤ。虹色のネオンにそれが光ります。
「ここは月の街、心の底からたのしみましょう」
 それを見てロボットが深くため息をついた瞬間、
 ネオンから飛び出して宙を飛ぶポップ。
 〈楽しめ〉
 〈楽しめ〉
 〈限界はない〉
 〈楽しめ〉
 〈楽しめ〉
 〈制限はない〉
 欲望がそのままに言葉になって光りながら飛んでます。そして光る言葉はそのまま欲望に変わります。
 ——フラッシュライト。
 言葉が街中を埋めつくし、通りを歩く人々に当たっては砕け。欲望がそこで爆発します。それはまるであちこちで点滅するフラッシュライト。街では瞬間の欲望を爆発させる人々の群れ。次々に商品は売れ、腹が減ってなくても美食に溺れ、満腹したら裏の暗がりでは性欲の爆発。
 ここは月の街。瞬間の街。瞬間の中には歴史なく、歴史無いところに倫理もありません。ここではすべてが許され、すべてがある街。でも、もしかして、すべてがあるがゆえに何も選べない街。なにもかもがあるために、何かを探すのには無限の時間がかかる街。
 ——だから、私のロボットはまだ探し人を見つけられず、通りから通りへ。
 ありえるものすべてがここにあるのならば、きっとロボットが探すものもここに有るはずなのですが、それには無限の時間がかかるのです。無限を追いかける有限のもの。無限に追いつくには無限になるしかありませんが、それもできぬロボットは、偶然にすべてをかけるしかありません。
 通りから、通りへ、凄い勢いで風景の変わる街の中、ひたすら歩き、ひたすら探す。
 この街は、あらゆる街の集合体です。実在の街も想像の街も。未来の街、過去の街、ユートピア、ディストピア。ステンレススチールの街並みは、たちまちのうちに崩れ落ち、廃墟に降るのは酸の雨。そそり立つピラミッドを建設し、降臨するUFOを称える人々は、槍を持つ野蛮人に串刺しになる。——空を飛ぶエスパーの目に映る。過去未来、現在が幻に過ぎぬこと、誰も教えてくれなった、この現実が旅人の休息に過ぎぬこと、——映るのは街、すべての街。緑の宇宙人の襲撃に、逃げ惑う人々の持つスプレー缶、吹き付けられた宇宙人は金星の美女に変わり、できたのは大ハーレム。闇近し。こっそりと、待ちきれぬ始めた、秘め事の、あえぎ声漏れる街中はたそがれ時。あやふやな、昼でも夜でも無い光に照らされた街を行く、スーパーヒーローは後ろにどくろの影を引き。倒された敵の爆発で出来たきのこ雲、その前を飛ぶ飛行船からはサーチライト。——照らされて浮かび上がる今夜のホストは君と僕。——さあもう少しこの町の紹介を続けましょう。
 一瞬の中に永遠が詰め込まれ、一点の中に無限が詰め込まれたこの街。空を飛ぶ二六○○年スタイルのエアカーの下を行く、ベラドンナ狂いの魔法使い。空飛ぶ箒がひっかけた洗濯物につかまる猿人が落とした骨が沈んだ無意識の中、夢中船が闇の中で光り、更に奥深く旅を続けます。闇の中、落ちてゆく様々なもの達。全ての重力の失われたこの街で、漂うのは失われたイコン。深く、深く、沈む意識は、未完の夢たちとともに。超光速で、夢は、夢中船につかまって、数々の文明が遠くに行くときに忘れたもの、夢の岸に流れ着いた蛭子達、夢は沈み、現実が泡の中浮かぶ。消えた夢、大砲で飛ばされた月ロケット、地下の空洞の恐竜達。宇宙を支配する大コンピュータ。火星で王になる男の夢。消えた夢。ジャングルの中の失われた世界。太陽の反対側のもう一つの地球。電脳世界のジャンキーの夢。
 君は、探している。帰るべき場所を、文明を乗せた潜睡艦にのって。変わってしまった地上の、上がるべき岸を求めて。ここか、そこかとうろついて、しかしたどり着く場所もまた夢の中の、——街。それは沈み行く夢たちの上に浮かぶ場所。千階建ての摩天楼では煌びやかな灯りが舞い、間の暗闇には虚無の舞う。正義と悪とが跋扈して、溶け合ってどちらでもないものに変わる場所。街、そこは瞬間であり永遠である場所、一点であり無限である場所。
 月の街、その街角で、私のロボットは、探し人も見つからず、疲れ果てて、座り込んだ公園のベンチの上、思わず瞼が閉じてしまい、降る雪もかまわず寝てしまい、あっという間に夢の中。降り積もる雪の中、冷えた身体もかまわずに、落ち続けるのは夢の中。夢の中の夢の中。多分またその夢の中。何処までも落ちる、終わりなき夢の階層に落ちる、スピードは、光を超えて時を超え、空間を越えて次元を超え、現実を超えて虚構を超えて、たどり着く真っ白な、全てのものがあつまって互いに打ち消しあった白色の、何も無いその場所は、果たして声の集まる場所。

「始まるよ」

「始まるよ」

 ざわめく周りに思わず目をあけた私のロボットは、思わず、
「何が始まるんですか」と尋ねたら。
「パーティだ」と。

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