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俺、今、女子パリポ
俺、今、女子パリポ
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夏休み。それは理想郷。
俺の高校生活においてもっとも待ち望んだ、大イベントが、ついに到来したのであった。入学以来ずっと焦がれ、痺れる憧れて、——ついに現れた、夢見た季節へゴールインなのだった。
モルドレッドとの戦いで傷ついたアーサー王が、楽園で傷を癒す永遠を得たように、俺はこの夏休みに永遠を求めたい。
と言うか一生ここにいたい。
夏休みを時間ではなく場所にしていただきたい。ならばそこに居座って一生動かない自信が俺にはある! 何しろ、それこそが俺の望みだからな。
楽園!
なんの因果かリア充女子と体が入れ替わってしまってから三ケ月が過ぎ、——途中他の女子とも入れ替わり、様々な騒ぎを経て——。
私、頑張ったよね。もうゴールしていいよね。近くにフサフサの毛の犬がいたら、『僕はもう疲れたよ』言ってもいいよね?
だから俺は、この夏休み、エアコンの効いた部屋で、誰にも邪魔されることもなく、ずっとアニメでも見ていたい。ずっとマンガでも読んでいたい。それでも、空いた時間はラノベでも読んでいたい。学校の余計な人間関係に翻弄されることもなく、ひっそり家にこもっていたい。
それで、いい若者がこの夏まっさかりに……、とか思われたって構わない。
だって夏「休み」だよ。休み。
なにしろ、夏「休み」だよ。休み。
休めと言ってるのに、外に出て疲れてどうする?
この炎天下。こんな季節に、それで休めると思っている人がいるのなら、——頭が熱でどうにかなってしまっているのだとしか思えません。
東京は、今日も、真夏日とか言うレベルじゃないよ。
熱帯からきた人が、東京の方が暑いとか言ってるとか聞くけれど、このコンクリートジャングル。照り返しはひどいし、立ち並ぶビルでは、みんなガンガンとエアコンを使って街の温度をあげる。
そして、人、人、人。
なんだか、本気で暑さでおかしくなっているのか、妙に浮かれてテンション高い人たちが闊歩する街。
——渋谷。
ああ、俺、なんでこんなとこにいなきゃならないんだよ!
と言うわけで、高校一年の春に、リア充女子喜多見美亜と廊下でぶつかって偶然キスをして入れ替わってしまった、俺。オタク男子である向ヶ丘勇。
——は。
そのあと過去の事件のせいでクラスの除け者になっていた清楚美少女の麻生百合。学校ではステルス女子だが実は人気同人マンガ家であったオタク女子下北沢花奈。
などなど、なんとも訳ありの女の子たちとの体の入れ替わりを経て……。
今、また女子リア充の中にいるのだった。
また、喜多見美亜となったのだった。。
またもや、俺、今、女子リア充なのだった。
なんとも、不本意ながら、クラスカーストトップグループのキラキラ女子として、ロクでもない、キラキラ夏休みを過ごさねばならなくなってしまっていたのだった。
そして、リア充の夏休みといえば、——合コン。
海で、山で、そして街で。
開放的な、生命の躍動する、熱い季節(ゲゲッ!)に、リア充どもの欲望も真っ盛りである。
いや、こいつら夏でなくてもずっと合コンしているような気がするが、休み入ってブーストがかかりまくっているのが、和泉珠琴であった。
「高校一年の夏休みなのよ! これって特別なのよ! 一生で一度しかない夏なのよ!」
いやいや、高校二年の夏だって一度だけだろうし、中学三年の夏だって一度だけだし、きっと六十歳の夏だって一度だけだよ。ループ物SFの主人公にでもならなきゃな。
まったく、この意識高い系リア充女の、——あいわからずの考えの浅い発言だが、……まあ言いたいことはわからなでもない。
それって、あれだよね。あれ。
恋だよね。愛だよね。彼氏彼女だよね。
高校にもなってってことだよね。
もしかしてこの中途半端なリア充は焦ってるよね。
プー、クスクス。そうだよね。この女、彼氏いないよね。高望み、意識高くて。簡単に妥協できないよね。
って言ううちに、売れ残っていくんだよね。
「ん、美亜どうしたの?」
「あっ、いえ、なんでもない……ちょっと疲れてぼおっとしちゃって……」
まずい、まずい。あきらかに蔑んだ目でこの女を見ていた。それって喜多見美亜のキャラじゃないよな。不審がられるのも問題と言うか——めんどくさい。とか、ちょっと、あせって視線をそらせば、
「確かに……疲れたわ。今日はちょっとね……」
と、俺の言葉に同意してくれるのは生田緑。リア充かつ雄弁部(この人が作った)部長でもある、なんとも、一言では表現しがたい複雑な人物像を持つクラスのカーストトップ。通称、女帝である。
その、リア充にとっての絶対王たる、生田緑の重々しい表情に、
「……ごめん。あそこまでだとは思わなかったわ」
あわてて謝るのは和泉珠琴だった。彼女の、ひどく焦った様子は、生田緑の期限をそこねるのを恐れているのもあるのだろうが、本当に申し訳なさそうに見える。と言うのも、今日の合コンは彼女のしきりだったが、
「ちょっと、私たちとは人種が違う感じの人たちだったわね」
「……」
女帝の感想に無言で首肯する俺。
ここは渋谷の街中からちょっと離れた、代々木公園との間の一角。この頃は奥渋とか呼ばれる一角にある、おしゃれなカフェ。
俺たちは、昼に渋谷宇田川町あたりのカジュアルなイタ飯屋で開催された合コンが終わると、JR渋谷駅に向かう今日の参加の男子達から逃げるように反対側に向かい、このカフェに辿りつていたのだった。
と言うのも、和泉珠琴が事前に言うには、今回はいつもと趣向を変えて、体育会系や意識高い系のギラギラした男子ばかりでなく、もっと渋いところ探すから……。と、彼女が中学の友達のつてから探してきたのが将棋好きつながり男子との合コンであったが、
「正直、なんだか、何言ってるかさっぱりわからなかった」
「……将棋に対する熱意はひしひしと感じたけど」
ずっと、有名棋士の話やら、彼らの中の名勝負の解説とか、アイドルの話するように美人棋士の話もしていたな。気づくと、小さな将棋盤出して名勝負の再現と解説してくれてるし……。
決して、悪い人たちではなかったかと思うが、
ちょっとこれ以上は一緒にいるの辛い感じで、二次会はなしで逃げてしまおうと三人で申し合わせて、千代田線で帰るからと言って代々木公園へ向かったのだった。
だから、
「——あの人たちと付き合うのには才能がいるね」
との俺の言葉に、
「「そうね」」
と、力強く頷く残りの二人だった。
いや、辛かったよマジで。いつもの合コンのリア充キラキラ系とどちらがと言われると迷うけど、
——彼らの、将棋への愛や熱望は、とても一途で、真面目で、決してそれをバカにしたりするつもりはないのだが、あれに付き合うには同じように深く将棋を愛するか、
「でも……」
あるいは、
「——もしかしたら、良いチャンスを逃したかな私たち?」
「えっ?」
この和泉珠琴みたいに、現金に考えるか、だろう。
「ちょっと、これはないと思って、1次会だけで逃げ出したけど……もしかして、あの中に有名棋士がでたり……したら——もしかして金の卵見つけたとかないかな?」
将棋がどうこうは関係なく、あくまでも有名な箔がつく相手として考える。相変わらずの隠しだてなくゲスな女。が……このゲスさを、なんとなくいつのまにか、可愛さに変化させてしまうのがこの女の恐ろしいところだが、
「ないよ。と言うか、可能性はゼロではないけれど……プロの棋士になれるのなんてほんの一握りだし、その中でもさ……」
俺は、合コンの途中、手持ちぶたさにスマホで調べた、プロ棋士の年収のウェブページを、このゲスカワ女に見せつける。
確かに天才羽生をはじめとして、上位の人の年収はすごいものだが、
「え……」
口に手をあてて、思わずあのポーズをしてしまう和泉珠琴。百何十人もいるプロ棋士の中で年収一千万を超えるのは一割ほど。つまり、非凡な才を見せてプロになった人たちのほとんどは、普通のサラリーマン並みか、それ以下の収入しかないようなのだった。
もちろん、今日の合コン相手の中に将来のトップ棋士が含まれていたと言う可能性もゼロではない。でも、無数にいる将棋愛好家の中のトップがプロになって、その中のさらにトップでないと和泉珠琴の虚栄心は満たされないのならば、
「……他を当たった方がよさそうね」
まあ、そんな頂点に立つような人がこの女を選ぶわけもないだろうからな。順当な判断だ。
「でも……」
「ん?」
俺が振り返ると、
「……棋士とつきあう……それもありかも……それなら逃げれるかも」
女帝——生田緑の、意味の良くわからない発言。
「……?」
それに、俺がぽかんとした顔をしていると、
「いえ……ちょっと……」
なんだか、珍しく焦った顔で、しどろもどろの女帝。
「ちょっと……?」
そんないつもの生田緑からはありえない姿に、俺は、驚愕してさらに彼女の顔をじっと見つめてしまうが……。
「ねえ、じゃあ、まあ棋士の話はおいといて、現実的なところで、今度の合コンだけど……」
さっと気持ちを切り替えて、次の合コンの横浜遠征の話を始める和泉珠琴。
すると、渡りに船とばかりに生田緑も、俺——喜多見美亜の顔から目をそらし、山下公園から中華街に向かうプランについて議論を始める。
俺は、その女帝の不自然な様子に、後の彼女との入れ替わりの前兆をここで気づくべきだったのかもしれないが——この時はまだそれを知らない。
だから、
「じゃあ、次の計画の前に、ちょっと……」
俺は、頭に浮かんだモヤモヤと別の生理現象のモヤモヤの区別がつかずに、——後者が満たされればスッキリするのではと思い、トイレに向かうのであった。
ところが……。
*
「あれ……すみません」
と、俺は合コンの後にトイレのドアを開けると、その洗面台に突っ伏している女の人とその後ろで背中をさすっている女の人を見て、反射的に謝る。
「いえ、こちらこそすみません。鍵かけるの忘れて……」
ああ、これは口からキラキラ系だな。この突っ伏している、お姉さん、昼から酔っ払いすぎて具合悪いようだ。
「……もう大丈夫だよ。よし子ちゃん。もう、あたし、大丈夫だから、席に戻るよ……」
「こら、萌……まだだよ、君。もうちょっと、吐くもの吐いて……」
「いや、いや。平気、平気。もう、ちょんと、あちゅける……」
と、平気を連発しながら、洗面台から顔をあげて、歩き出すお姉さんの足元はひどくおぼつかなく、
「あっ……!」
トイレの出口の段差でよろめいて転ぶ方向には俺がいて……。
——ブチュー!
これは……。
俺は、人格が混ざり合うかのような、目眩のような、クラクラした気持ちの後に、自分が喜多見美亜の顔をじっと見つめているのに気づくやいなや、
うげっ! 気持ち悪い!
トイレから倒れてきた、お姉さんに入れ替わり、生まれて初めての泥酔状態の気味地悪さを感じる。
もうだめ……。
俺は、酒も飲んでいないのに、そのあとの気味地悪さだけ、味わうと言う理不尽な状況に憤る暇もないままに、強烈な酔いに意識を失っていく。と言う、散々な体験。
これが、俺の入れ替わり三人目。女子パーティーピープル、経堂萌夏として過ごす夏の始まりであったのだった。
俺の高校生活においてもっとも待ち望んだ、大イベントが、ついに到来したのであった。入学以来ずっと焦がれ、痺れる憧れて、——ついに現れた、夢見た季節へゴールインなのだった。
モルドレッドとの戦いで傷ついたアーサー王が、楽園で傷を癒す永遠を得たように、俺はこの夏休みに永遠を求めたい。
と言うか一生ここにいたい。
夏休みを時間ではなく場所にしていただきたい。ならばそこに居座って一生動かない自信が俺にはある! 何しろ、それこそが俺の望みだからな。
楽園!
なんの因果かリア充女子と体が入れ替わってしまってから三ケ月が過ぎ、——途中他の女子とも入れ替わり、様々な騒ぎを経て——。
私、頑張ったよね。もうゴールしていいよね。近くにフサフサの毛の犬がいたら、『僕はもう疲れたよ』言ってもいいよね?
だから俺は、この夏休み、エアコンの効いた部屋で、誰にも邪魔されることもなく、ずっとアニメでも見ていたい。ずっとマンガでも読んでいたい。それでも、空いた時間はラノベでも読んでいたい。学校の余計な人間関係に翻弄されることもなく、ひっそり家にこもっていたい。
それで、いい若者がこの夏まっさかりに……、とか思われたって構わない。
だって夏「休み」だよ。休み。
なにしろ、夏「休み」だよ。休み。
休めと言ってるのに、外に出て疲れてどうする?
この炎天下。こんな季節に、それで休めると思っている人がいるのなら、——頭が熱でどうにかなってしまっているのだとしか思えません。
東京は、今日も、真夏日とか言うレベルじゃないよ。
熱帯からきた人が、東京の方が暑いとか言ってるとか聞くけれど、このコンクリートジャングル。照り返しはひどいし、立ち並ぶビルでは、みんなガンガンとエアコンを使って街の温度をあげる。
そして、人、人、人。
なんだか、本気で暑さでおかしくなっているのか、妙に浮かれてテンション高い人たちが闊歩する街。
——渋谷。
ああ、俺、なんでこんなとこにいなきゃならないんだよ!
と言うわけで、高校一年の春に、リア充女子喜多見美亜と廊下でぶつかって偶然キスをして入れ替わってしまった、俺。オタク男子である向ヶ丘勇。
——は。
そのあと過去の事件のせいでクラスの除け者になっていた清楚美少女の麻生百合。学校ではステルス女子だが実は人気同人マンガ家であったオタク女子下北沢花奈。
などなど、なんとも訳ありの女の子たちとの体の入れ替わりを経て……。
今、また女子リア充の中にいるのだった。
また、喜多見美亜となったのだった。。
またもや、俺、今、女子リア充なのだった。
なんとも、不本意ながら、クラスカーストトップグループのキラキラ女子として、ロクでもない、キラキラ夏休みを過ごさねばならなくなってしまっていたのだった。
そして、リア充の夏休みといえば、——合コン。
海で、山で、そして街で。
開放的な、生命の躍動する、熱い季節(ゲゲッ!)に、リア充どもの欲望も真っ盛りである。
いや、こいつら夏でなくてもずっと合コンしているような気がするが、休み入ってブーストがかかりまくっているのが、和泉珠琴であった。
「高校一年の夏休みなのよ! これって特別なのよ! 一生で一度しかない夏なのよ!」
いやいや、高校二年の夏だって一度だけだろうし、中学三年の夏だって一度だけだし、きっと六十歳の夏だって一度だけだよ。ループ物SFの主人公にでもならなきゃな。
まったく、この意識高い系リア充女の、——あいわからずの考えの浅い発言だが、……まあ言いたいことはわからなでもない。
それって、あれだよね。あれ。
恋だよね。愛だよね。彼氏彼女だよね。
高校にもなってってことだよね。
もしかしてこの中途半端なリア充は焦ってるよね。
プー、クスクス。そうだよね。この女、彼氏いないよね。高望み、意識高くて。簡単に妥協できないよね。
って言ううちに、売れ残っていくんだよね。
「ん、美亜どうしたの?」
「あっ、いえ、なんでもない……ちょっと疲れてぼおっとしちゃって……」
まずい、まずい。あきらかに蔑んだ目でこの女を見ていた。それって喜多見美亜のキャラじゃないよな。不審がられるのも問題と言うか——めんどくさい。とか、ちょっと、あせって視線をそらせば、
「確かに……疲れたわ。今日はちょっとね……」
と、俺の言葉に同意してくれるのは生田緑。リア充かつ雄弁部(この人が作った)部長でもある、なんとも、一言では表現しがたい複雑な人物像を持つクラスのカーストトップ。通称、女帝である。
その、リア充にとっての絶対王たる、生田緑の重々しい表情に、
「……ごめん。あそこまでだとは思わなかったわ」
あわてて謝るのは和泉珠琴だった。彼女の、ひどく焦った様子は、生田緑の期限をそこねるのを恐れているのもあるのだろうが、本当に申し訳なさそうに見える。と言うのも、今日の合コンは彼女のしきりだったが、
「ちょっと、私たちとは人種が違う感じの人たちだったわね」
「……」
女帝の感想に無言で首肯する俺。
ここは渋谷の街中からちょっと離れた、代々木公園との間の一角。この頃は奥渋とか呼ばれる一角にある、おしゃれなカフェ。
俺たちは、昼に渋谷宇田川町あたりのカジュアルなイタ飯屋で開催された合コンが終わると、JR渋谷駅に向かう今日の参加の男子達から逃げるように反対側に向かい、このカフェに辿りつていたのだった。
と言うのも、和泉珠琴が事前に言うには、今回はいつもと趣向を変えて、体育会系や意識高い系のギラギラした男子ばかりでなく、もっと渋いところ探すから……。と、彼女が中学の友達のつてから探してきたのが将棋好きつながり男子との合コンであったが、
「正直、なんだか、何言ってるかさっぱりわからなかった」
「……将棋に対する熱意はひしひしと感じたけど」
ずっと、有名棋士の話やら、彼らの中の名勝負の解説とか、アイドルの話するように美人棋士の話もしていたな。気づくと、小さな将棋盤出して名勝負の再現と解説してくれてるし……。
決して、悪い人たちではなかったかと思うが、
ちょっとこれ以上は一緒にいるの辛い感じで、二次会はなしで逃げてしまおうと三人で申し合わせて、千代田線で帰るからと言って代々木公園へ向かったのだった。
だから、
「——あの人たちと付き合うのには才能がいるね」
との俺の言葉に、
「「そうね」」
と、力強く頷く残りの二人だった。
いや、辛かったよマジで。いつもの合コンのリア充キラキラ系とどちらがと言われると迷うけど、
——彼らの、将棋への愛や熱望は、とても一途で、真面目で、決してそれをバカにしたりするつもりはないのだが、あれに付き合うには同じように深く将棋を愛するか、
「でも……」
あるいは、
「——もしかしたら、良いチャンスを逃したかな私たち?」
「えっ?」
この和泉珠琴みたいに、現金に考えるか、だろう。
「ちょっと、これはないと思って、1次会だけで逃げ出したけど……もしかして、あの中に有名棋士がでたり……したら——もしかして金の卵見つけたとかないかな?」
将棋がどうこうは関係なく、あくまでも有名な箔がつく相手として考える。相変わらずの隠しだてなくゲスな女。が……このゲスさを、なんとなくいつのまにか、可愛さに変化させてしまうのがこの女の恐ろしいところだが、
「ないよ。と言うか、可能性はゼロではないけれど……プロの棋士になれるのなんてほんの一握りだし、その中でもさ……」
俺は、合コンの途中、手持ちぶたさにスマホで調べた、プロ棋士の年収のウェブページを、このゲスカワ女に見せつける。
確かに天才羽生をはじめとして、上位の人の年収はすごいものだが、
「え……」
口に手をあてて、思わずあのポーズをしてしまう和泉珠琴。百何十人もいるプロ棋士の中で年収一千万を超えるのは一割ほど。つまり、非凡な才を見せてプロになった人たちのほとんどは、普通のサラリーマン並みか、それ以下の収入しかないようなのだった。
もちろん、今日の合コン相手の中に将来のトップ棋士が含まれていたと言う可能性もゼロではない。でも、無数にいる将棋愛好家の中のトップがプロになって、その中のさらにトップでないと和泉珠琴の虚栄心は満たされないのならば、
「……他を当たった方がよさそうね」
まあ、そんな頂点に立つような人がこの女を選ぶわけもないだろうからな。順当な判断だ。
「でも……」
「ん?」
俺が振り返ると、
「……棋士とつきあう……それもありかも……それなら逃げれるかも」
女帝——生田緑の、意味の良くわからない発言。
「……?」
それに、俺がぽかんとした顔をしていると、
「いえ……ちょっと……」
なんだか、珍しく焦った顔で、しどろもどろの女帝。
「ちょっと……?」
そんないつもの生田緑からはありえない姿に、俺は、驚愕してさらに彼女の顔をじっと見つめてしまうが……。
「ねえ、じゃあ、まあ棋士の話はおいといて、現実的なところで、今度の合コンだけど……」
さっと気持ちを切り替えて、次の合コンの横浜遠征の話を始める和泉珠琴。
すると、渡りに船とばかりに生田緑も、俺——喜多見美亜の顔から目をそらし、山下公園から中華街に向かうプランについて議論を始める。
俺は、その女帝の不自然な様子に、後の彼女との入れ替わりの前兆をここで気づくべきだったのかもしれないが——この時はまだそれを知らない。
だから、
「じゃあ、次の計画の前に、ちょっと……」
俺は、頭に浮かんだモヤモヤと別の生理現象のモヤモヤの区別がつかずに、——後者が満たされればスッキリするのではと思い、トイレに向かうのであった。
ところが……。
*
「あれ……すみません」
と、俺は合コンの後にトイレのドアを開けると、その洗面台に突っ伏している女の人とその後ろで背中をさすっている女の人を見て、反射的に謝る。
「いえ、こちらこそすみません。鍵かけるの忘れて……」
ああ、これは口からキラキラ系だな。この突っ伏している、お姉さん、昼から酔っ払いすぎて具合悪いようだ。
「……もう大丈夫だよ。よし子ちゃん。もう、あたし、大丈夫だから、席に戻るよ……」
「こら、萌……まだだよ、君。もうちょっと、吐くもの吐いて……」
「いや、いや。平気、平気。もう、ちょんと、あちゅける……」
と、平気を連発しながら、洗面台から顔をあげて、歩き出すお姉さんの足元はひどくおぼつかなく、
「あっ……!」
トイレの出口の段差でよろめいて転ぶ方向には俺がいて……。
——ブチュー!
これは……。
俺は、人格が混ざり合うかのような、目眩のような、クラクラした気持ちの後に、自分が喜多見美亜の顔をじっと見つめているのに気づくやいなや、
うげっ! 気持ち悪い!
トイレから倒れてきた、お姉さんに入れ替わり、生まれて初めての泥酔状態の気味地悪さを感じる。
もうだめ……。
俺は、酒も飲んでいないのに、そのあとの気味地悪さだけ、味わうと言う理不尽な状況に憤る暇もないままに、強烈な酔いに意識を失っていく。と言う、散々な体験。
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