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俺、今、女子リア重
俺、今、女子硬直中
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俺は、硬直していた。前にも後ろにも、右にも左にも。
もちろん上にも、下にも。
少しでも動いたら、俺は死ぬる。
いや、本当に死ぬことはないと思うが、——それくらいの緊張感で俺は身動きもできないでいるのだった。生田緑のじいさんに睨まれて。
今の俺みたいな状態を現して、蛇に睨まれたカエルという言葉があるが、——そんな比喩では表現しきれないほどの差異が目の前の生物とはあった。
シロクマに睨まれたミジンコくらいの違いはある……。
いやそれだと逆に俺が小さすぎで視線にも入らないで見逃してくれそうな気がするな。争いって同レベルのものの間でしか起きないっていう言葉があるが、捕食者と犠牲者みたいな関係にしても最低限はレベルが合わないと成立しないだろう。
——いやそうなんだよ!
俺とこのじいさんなんて、街に現れたオーガと通行人のサラリーマンと同じくらい生物としての強さに違いがあるんだよ。あ、オーガって、もちろんあの長期連載格闘漫画の親の方ね。なんだか派手な親子ゲンカしてたやつ……って、うん。そう親子ならなんとかなったかも。
生田緑なら、きっとじいさんのこの目線にも耐えて見返すことができるのだろう。
だって、親子なら。このじいさんの遺伝子を受け継いで、このじいさんに鍛えられた女帝——生田緑なら。勝てないまでもこの場にあっても、俺みたいに硬直して身動きもできなくなってしまうようなことはなかっただろう。
じいさんもそれがわかっているだろう。生田緑なら、自分の孫ならば、このくらいの圧力は跳ね返すだろう。そう思うから、目の前のシロクマは、ミジンコだとも思わずこうして生田緑——俺へ、思わず吐きそうになるくらいのプレッシャーをかけているのだった。
うん、親子なら、こんな場面でもなんとかなるのかもしれない。生田緑なら自分のじいさんと戦い、成長して乗り越えることもするかもしれない。
でも、無理だ。俺は、地上最大の親子ゲンカ見て、横で腰抜かすサラリーマンの役所で、——こんなふうにしていちゃいけないんだよ。
だって、
「緑……」
「ふぁ、はい!」
じいさんの眼光一つで、冷や汗が一瞬でドバッと出て声がつっかかる俺だった。
「今、言ったこと、すべて本当のことだろうな?」
「ふぁ、ふぁ……はい!」
「ふむ……」
俺を、じろじろと試すような目で睨む生田緑のじいさん。
「単に、まだまだ遊びたいとか、なんとなく将来のことを決められるのが嫌だとか——そんな甘っちょろい感情から嘘をついているのではないだろうな?」
「ふぁ、はい!」
「はい……?」
「いえ、いいいえ……いいえ」
「うむ……」
俺の心の少しの動揺も見逃さんぞという爺さんの目。それは、とても高精度の嘘発見器。少しでも俺が不審な表情を浮かべたなら、その虚偽を見破るだろう。
だから俺は動けない。最小限の返事しかできない。
俺にできることはずっと耐えることしかできない。
何にも反応せず。見猿聞か猿言わ猿。最小限の返事だけする。
とはいえ、
「む!」
「……ひ!」
ギロリと睨まれたその眼光。はたしていつまで耐えることができるのやら?
「……!」
「……ひ」
俺は今にも何もかも洗いざらい話してしまいそうな気持ちになってしまっていた。
全部話してしまって楽になりたかった。はい。騙そうとしています。あなたの孫は、今は中身がミジンコみたいな男と入れ替わってるのに、大胆にもシロクマじいさんを陥れようとしています。
はい。嘘です。生田緑に好きな人がいるなんて嘘です。なんとか縁談を破断させようと思っての苦し紛れの愚策でございます。窮鼠猫を嚙む——じゃなくてミジンコがシロクマに噛み付くです。大それたことをしてしまいました。平に陳謝申し上げます。大変、お怒りになると存じますが、何卒ここは穏便に済ましていただきたく存じまして……
俺は、もう次の瞬間にも土下座して謝ってしまそうな状態なのであったが、
「……まあよい、これ以上いっても詮無いことだろうて」
「へ?」
突然視線を弱め、追求を一時中止してくれそうな様子のじいさん。
なんだ?
でも、このまま諦めて解放してくれる——わけはないよな。
「孫娘が見初めたというその男……見てみようじゃないか」
あ、なるほど。そうきたか。
なんだか、話は不穏な方向に向かっている。これは喜多見美亜を連れてこいということだよな。じいさんの前に、俺——向ヶ丘勇の体に入ったあいつ、あいつがはいった俺を呼んでこい、ということだ。
「さっそく連れて来るが良い」
じいさんは、反論は許さんといった、今までにも増して強い調子で言う。
連れて来る? どこへ?
「——この家に。今日すぐにだ」
「はい?」
俺は、今回の事の収束のため、じいさんと喜多見美亜を会わせないといけないとは思っていたものの、今日いきなりかよ、心の準備がとか思いつつも、
「……なんじゃ? 文句でもあるか?」
「い、いいえ、ございません! 本日すぐに家に呼びます。首に縄をつけてでも引っ張ってまいります!」
直立不動でそう答えるしかなかったのだった。
*
というわけで、今日のいつもの朝行のあと、じいさんに『渋沢家のご子息とはどんなふうになっているのか』と聞かれて、これ幸いというか、ここで勢いで言わないとずっといえないと意を決した俺は、
「実は……」
と言って語り出したあとの顛末が以上の通り——ということだった。
昨日、喜多見美亜らと話し合った計画通りの設定を俺は話したのだった。
——渋沢家のご子息はとても素晴らしい人で、確かにお付き合いしたいと思うひとだった。
——なので生田緑も一度は縁談を進めるような返事をしてしまった。
——それが生田家のためにも良いことだと思っていた。
——しかし、どうしても捨てられない思いがある。
——実は、クラスに好きな相手がいる。
——その思いを捨てることができない。
——そのまま渋沢家のご子息と付き合うのは失礼だ。
——ついては縁談もお断りとしたい。
俺は、これをすげービビりながら言った。
言うなり、怒髪天をつくような様子で怒鳴られると思ったのだ。だって、生田家の将来がかかっている重要な縁談を、クラスに好きな子がいる程度の理由でぶち壊そうとしているのだ。
『ふざけるな』とか、『許さん』とか、そう言う言葉がすぐに浴びせかけられると思っていた。しかし、じいさんは意外にも、それを冷静に(すげー怖い目で睨まれたけど)何も言わずに聞くと、その相手とやらを家に連れて来るようにとだけ言って、自分の部屋に入ってそれ以降でてこなくなってしまったのだった。
そして……。
「なるほど、『すぐ来い』『今日来い』ってわけね」
「そういうわけだ」
俺は、喜多見美亜と作戦会議をしていた。
生きた心地のしない、朝のじいさんとの会話が終わって、そのまま何の打ち合わせもなくあいつを家に呼ぶのはありえない。まあ、昨日あらかたの話は終わっていたので、部屋にこもって電話かなんかで相談するだけでも良かったのだが、このまま生田家にいて緊張してその時を待つよりも、気分転換も兼ねて外で相談した方が良いだろう。
という事で、昼前に俺は喜多見美亜というか俺——向ヶ丘勇を迎えに行くとか言う理由をつけて生田家から逃げるように飛び出したのだった。
相手は午前中は塾に行ってるから、戻って来るのは昼過ぎ……いやもしかして自分も学校の部活で後輩の指導があるからそのあとなので夕方になるかもとか。いろいろ言い訳をしながら時間を稼ぎ、集まった場所は地元駅前から少し歩いた場所にあるカフェ——というか喫茶店。いつ行ってもろくに客がいない、おじいさんが一人でやっている店だった。
その閑散とした雰囲気と、全く客に構わないというか関心がなさそうな店主の逆ホスピタリティがいごこちよく、俺が自分の体にいた時代によく利用していた秘密の隠れ家であったのだが、入れ替わったあいつも、こうやって秘密の作戦を練るときに会うために使う他にも、ひとりでもよく来ているようだ。
「あ、ありがとうございす」
「……」
馴染みの客だからか、あのムッツリとした店主のおじいさんも、あいつの前にコーヒーを置く時だけはちょっとだけ顔がゆるむような。
「あ、どうも」
「!」
ほら、俺の方には話しかけるな、という雰囲気が満載だ。
いや、俺は今生田緑なのだから、一見さんだからなのか、あるいは店主女嫌いなのかもしれないと一瞬思ったけど……。
——違うな。
俺が自分の体でここに来ていた時よりも明らかに、今のあいつへの態度のほうが柔らかだ。中にあいつが入っている向ヶ丘勇——俺の扱いのほうがあきらかに良いように思える。
……これって、
「人間力かな?」
「ひゅえ?」
俺は自分の心の中を読んだかのようなあいつの言葉にびっくりして声を裏返らせるが、
「いや、あの御曹司と私の違いよ。正確に言えば、あんたの中に入っている私だけど。段違いかな」
それは渋沢家の御曹司と自分を比べての発言であったようだ。
おれとこいつの間でも明確に人間力の差——今しがた負けを認めたばかりだ——があるのだが、とはいえ、そんな勝った負けたが言えるような俺らのレベルとまさしく「段違い」の人間としての魅力を、たった数歳上に過ぎない大学生なのに、持っている御曹司。
そんな怪物に、俺らは対抗しようとしているのだ。俺、あいつが中にいるとはいえ、いや中に入ってますますある意味ひどくなった気さえする、どちらかーーといわないで断言しよう、残念な高校生である向ヶ丘勇が。
やっぱりこれは無謀な計画。どう考えても無理筋なのではないか? 段違いなのだ。あの生田家を取り巻く人々と俺らの間にある違いはそれほどまでにあるのではないか? ドラゴンに勇者が挑むならまだ勝つ可能性があるが、村人Aでしかない俺には荷が勝ちすぎているというものではないか? と俺は思うのだが、
「うん、でも段違い、段違いだからこそ、私達に付け入る隙がある——そんなふうに私は思うんだ」
あいつはそう言うと自信有りげににやりと笑うのだった。
もちろん上にも、下にも。
少しでも動いたら、俺は死ぬる。
いや、本当に死ぬことはないと思うが、——それくらいの緊張感で俺は身動きもできないでいるのだった。生田緑のじいさんに睨まれて。
今の俺みたいな状態を現して、蛇に睨まれたカエルという言葉があるが、——そんな比喩では表現しきれないほどの差異が目の前の生物とはあった。
シロクマに睨まれたミジンコくらいの違いはある……。
いやそれだと逆に俺が小さすぎで視線にも入らないで見逃してくれそうな気がするな。争いって同レベルのものの間でしか起きないっていう言葉があるが、捕食者と犠牲者みたいな関係にしても最低限はレベルが合わないと成立しないだろう。
——いやそうなんだよ!
俺とこのじいさんなんて、街に現れたオーガと通行人のサラリーマンと同じくらい生物としての強さに違いがあるんだよ。あ、オーガって、もちろんあの長期連載格闘漫画の親の方ね。なんだか派手な親子ゲンカしてたやつ……って、うん。そう親子ならなんとかなったかも。
生田緑なら、きっとじいさんのこの目線にも耐えて見返すことができるのだろう。
だって、親子なら。このじいさんの遺伝子を受け継いで、このじいさんに鍛えられた女帝——生田緑なら。勝てないまでもこの場にあっても、俺みたいに硬直して身動きもできなくなってしまうようなことはなかっただろう。
じいさんもそれがわかっているだろう。生田緑なら、自分の孫ならば、このくらいの圧力は跳ね返すだろう。そう思うから、目の前のシロクマは、ミジンコだとも思わずこうして生田緑——俺へ、思わず吐きそうになるくらいのプレッシャーをかけているのだった。
うん、親子なら、こんな場面でもなんとかなるのかもしれない。生田緑なら自分のじいさんと戦い、成長して乗り越えることもするかもしれない。
でも、無理だ。俺は、地上最大の親子ゲンカ見て、横で腰抜かすサラリーマンの役所で、——こんなふうにしていちゃいけないんだよ。
だって、
「緑……」
「ふぁ、はい!」
じいさんの眼光一つで、冷や汗が一瞬でドバッと出て声がつっかかる俺だった。
「今、言ったこと、すべて本当のことだろうな?」
「ふぁ、ふぁ……はい!」
「ふむ……」
俺を、じろじろと試すような目で睨む生田緑のじいさん。
「単に、まだまだ遊びたいとか、なんとなく将来のことを決められるのが嫌だとか——そんな甘っちょろい感情から嘘をついているのではないだろうな?」
「ふぁ、はい!」
「はい……?」
「いえ、いいいえ……いいえ」
「うむ……」
俺の心の少しの動揺も見逃さんぞという爺さんの目。それは、とても高精度の嘘発見器。少しでも俺が不審な表情を浮かべたなら、その虚偽を見破るだろう。
だから俺は動けない。最小限の返事しかできない。
俺にできることはずっと耐えることしかできない。
何にも反応せず。見猿聞か猿言わ猿。最小限の返事だけする。
とはいえ、
「む!」
「……ひ!」
ギロリと睨まれたその眼光。はたしていつまで耐えることができるのやら?
「……!」
「……ひ」
俺は今にも何もかも洗いざらい話してしまいそうな気持ちになってしまっていた。
全部話してしまって楽になりたかった。はい。騙そうとしています。あなたの孫は、今は中身がミジンコみたいな男と入れ替わってるのに、大胆にもシロクマじいさんを陥れようとしています。
はい。嘘です。生田緑に好きな人がいるなんて嘘です。なんとか縁談を破断させようと思っての苦し紛れの愚策でございます。窮鼠猫を嚙む——じゃなくてミジンコがシロクマに噛み付くです。大それたことをしてしまいました。平に陳謝申し上げます。大変、お怒りになると存じますが、何卒ここは穏便に済ましていただきたく存じまして……
俺は、もう次の瞬間にも土下座して謝ってしまそうな状態なのであったが、
「……まあよい、これ以上いっても詮無いことだろうて」
「へ?」
突然視線を弱め、追求を一時中止してくれそうな様子のじいさん。
なんだ?
でも、このまま諦めて解放してくれる——わけはないよな。
「孫娘が見初めたというその男……見てみようじゃないか」
あ、なるほど。そうきたか。
なんだか、話は不穏な方向に向かっている。これは喜多見美亜を連れてこいということだよな。じいさんの前に、俺——向ヶ丘勇の体に入ったあいつ、あいつがはいった俺を呼んでこい、ということだ。
「さっそく連れて来るが良い」
じいさんは、反論は許さんといった、今までにも増して強い調子で言う。
連れて来る? どこへ?
「——この家に。今日すぐにだ」
「はい?」
俺は、今回の事の収束のため、じいさんと喜多見美亜を会わせないといけないとは思っていたものの、今日いきなりかよ、心の準備がとか思いつつも、
「……なんじゃ? 文句でもあるか?」
「い、いいえ、ございません! 本日すぐに家に呼びます。首に縄をつけてでも引っ張ってまいります!」
直立不動でそう答えるしかなかったのだった。
*
というわけで、今日のいつもの朝行のあと、じいさんに『渋沢家のご子息とはどんなふうになっているのか』と聞かれて、これ幸いというか、ここで勢いで言わないとずっといえないと意を決した俺は、
「実は……」
と言って語り出したあとの顛末が以上の通り——ということだった。
昨日、喜多見美亜らと話し合った計画通りの設定を俺は話したのだった。
——渋沢家のご子息はとても素晴らしい人で、確かにお付き合いしたいと思うひとだった。
——なので生田緑も一度は縁談を進めるような返事をしてしまった。
——それが生田家のためにも良いことだと思っていた。
——しかし、どうしても捨てられない思いがある。
——実は、クラスに好きな相手がいる。
——その思いを捨てることができない。
——そのまま渋沢家のご子息と付き合うのは失礼だ。
——ついては縁談もお断りとしたい。
俺は、これをすげービビりながら言った。
言うなり、怒髪天をつくような様子で怒鳴られると思ったのだ。だって、生田家の将来がかかっている重要な縁談を、クラスに好きな子がいる程度の理由でぶち壊そうとしているのだ。
『ふざけるな』とか、『許さん』とか、そう言う言葉がすぐに浴びせかけられると思っていた。しかし、じいさんは意外にも、それを冷静に(すげー怖い目で睨まれたけど)何も言わずに聞くと、その相手とやらを家に連れて来るようにとだけ言って、自分の部屋に入ってそれ以降でてこなくなってしまったのだった。
そして……。
「なるほど、『すぐ来い』『今日来い』ってわけね」
「そういうわけだ」
俺は、喜多見美亜と作戦会議をしていた。
生きた心地のしない、朝のじいさんとの会話が終わって、そのまま何の打ち合わせもなくあいつを家に呼ぶのはありえない。まあ、昨日あらかたの話は終わっていたので、部屋にこもって電話かなんかで相談するだけでも良かったのだが、このまま生田家にいて緊張してその時を待つよりも、気分転換も兼ねて外で相談した方が良いだろう。
という事で、昼前に俺は喜多見美亜というか俺——向ヶ丘勇を迎えに行くとか言う理由をつけて生田家から逃げるように飛び出したのだった。
相手は午前中は塾に行ってるから、戻って来るのは昼過ぎ……いやもしかして自分も学校の部活で後輩の指導があるからそのあとなので夕方になるかもとか。いろいろ言い訳をしながら時間を稼ぎ、集まった場所は地元駅前から少し歩いた場所にあるカフェ——というか喫茶店。いつ行ってもろくに客がいない、おじいさんが一人でやっている店だった。
その閑散とした雰囲気と、全く客に構わないというか関心がなさそうな店主の逆ホスピタリティがいごこちよく、俺が自分の体にいた時代によく利用していた秘密の隠れ家であったのだが、入れ替わったあいつも、こうやって秘密の作戦を練るときに会うために使う他にも、ひとりでもよく来ているようだ。
「あ、ありがとうございす」
「……」
馴染みの客だからか、あのムッツリとした店主のおじいさんも、あいつの前にコーヒーを置く時だけはちょっとだけ顔がゆるむような。
「あ、どうも」
「!」
ほら、俺の方には話しかけるな、という雰囲気が満載だ。
いや、俺は今生田緑なのだから、一見さんだからなのか、あるいは店主女嫌いなのかもしれないと一瞬思ったけど……。
——違うな。
俺が自分の体でここに来ていた時よりも明らかに、今のあいつへの態度のほうが柔らかだ。中にあいつが入っている向ヶ丘勇——俺の扱いのほうがあきらかに良いように思える。
……これって、
「人間力かな?」
「ひゅえ?」
俺は自分の心の中を読んだかのようなあいつの言葉にびっくりして声を裏返らせるが、
「いや、あの御曹司と私の違いよ。正確に言えば、あんたの中に入っている私だけど。段違いかな」
それは渋沢家の御曹司と自分を比べての発言であったようだ。
おれとこいつの間でも明確に人間力の差——今しがた負けを認めたばかりだ——があるのだが、とはいえ、そんな勝った負けたが言えるような俺らのレベルとまさしく「段違い」の人間としての魅力を、たった数歳上に過ぎない大学生なのに、持っている御曹司。
そんな怪物に、俺らは対抗しようとしているのだ。俺、あいつが中にいるとはいえ、いや中に入ってますますある意味ひどくなった気さえする、どちらかーーといわないで断言しよう、残念な高校生である向ヶ丘勇が。
やっぱりこれは無謀な計画。どう考えても無理筋なのではないか? 段違いなのだ。あの生田家を取り巻く人々と俺らの間にある違いはそれほどまでにあるのではないか? ドラゴンに勇者が挑むならまだ勝つ可能性があるが、村人Aでしかない俺には荷が勝ちすぎているというものではないか? と俺は思うのだが、
「うん、でも段違い、段違いだからこそ、私達に付け入る隙がある——そんなふうに私は思うんだ」
あいつはそう言うと自信有りげににやりと笑うのだった。
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