俺、今、女子リア充

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俺、今、女子リア充

俺、今、女子「女子会」中

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 俺は、今原宿駅前にいて、約束の人の来るのを待っていた。日曜の十一時。週末に人のごったがえすこの街にしても、この時間では、大抵の店がまだ開いたばかりなのもあってか、ここにしては人通りはまだそれほどでもないのだろうが……
 しかし、普段引きこもった生活をしている俺に取ってはもう十分に人酔いでもしそうな人数がひしめく——駅の券売機前で俺は待つのだった。
 張り切って、1時間も前についてしまったのだが、地元の駅前とは勝手が違って、下手に動いたらそのまま路地の迷路にはまって、帰ってこれなくなるんじゃないかという不安で、俺は、券売機の前でずっとスマホを見ながら過ごしていたのだった。
 近くの適当な店にでも入ってコーヒーか何かでも飲んでりゃいいんじゃないかとも思ったのだが、なにしろ見知ったチェーン店がまるで辺りにないのもあって、よく分からんがオシャレそうなカフェ何かに、一人で入る勇気のでない、俺は、そのまま駅前につったっていることになる。
 ああ、通り過ぎるおしゃれ女子たちが俺のことを笑ってるような気がしてしまう。あら、あんなオタクが何でこんなとこに立ってるのかしら? 何しにここに来たのかしら?
 ……とか?
 でも、いやちょっと待て、今の俺はオタクじゃない。中身はそうだけど——外見はどっからどう見てもリア充女子高生、ならばここでは堂々としていればいいのだ。
 そう思いついた俺は顔を上げ通りに向ってにこやかに微笑むが……
 すると?
「ねえ君、僕はこういうもんだけど」
 突然名刺を差し出してくる派手な風貌の中年男。
 芸能事務所?
 スカウト?
「まだどこかの事務所に所属してないのならぜひ話をさせて欲しいんだけど」
 うわ、リア充美少女ともなれば流石違うわ。
 原宿にちょっと立ってるだけでこんなのよって来るんだ。
 でも、  
「いえ私友達待っていますんで」
 と断る。
 しかしそれでも食い下がってくるその男。
「じゃあ来るまで間でよいからさ」
「いえ、そういうの興味ないですので」
 うざい。しかし、断わってもしつこく食い下がってくるこういう男にはどうすりゃいいの。男に付きまとわれるなんて経験なんて(当たり前だが)ない俺は、どうしたら良いのか分からずに受け答えもしどろもどろ。
「ねえ、その辺でお茶して連絡先を教えてくれるだけで良いからさ」
「でも天気が良いですから」
「……? 」
「……いえ、天気が良いから外にいたいななな……なんて」
「『ななな』?  可愛いね。いいね。そうだね、じゃあちょっと歩きながら」
「でも雨降るとこまりますから」
「ああ、大丈夫、僕傘持ってるから」
「でも見知らぬ人と相合傘なんて嫌なんで」
「……はは、面白い子だね、ますますスカウトしちゃいたくなるけど。じゃあ雨降ったら傘買ってあげるから」
「見知らぬ人に買ってもらうなんて出来ないですから」
「いや、じゃあ、僕が濡れてくから君が傘さして……と言うかこんな天気良いから雨なんて絶対降らないよ」
「でも……」
「あれ、『でも』ってことは少しは考えてくれてるのかな……じゃあ」
 男は俺の腕を握る。思わず手を引くが、ぎゅっと握るその手は、女の力では容易に外れなく……
 にやりとした表情を浮かべる男。
 俺はぞっとする。蛇に睨まれたカエルででもあるかのように、一瞬身動きができなくなる。
 俺は——やばいと思うが、こんなとき女ならどうすれば良いのかと考えてしまっているうちに頭はパニックになって、身体はますます固まって、すると……

「あの! やめてください!」

 俺と、男が振り返る。
 そこにいたのは麻生百合だった。
「友達が迷惑してるんです! それ以上付きまとうなら警察に電話しますよ!」
「百合ちゃん!」
 男が呆気にとられた瞬間を見て俺は手を振り払い、麻生百合の所へ駆け寄る。
 男は、まあまあ、誤解だとか、ことを荒立てないでとか、なんなら二人一緒に奢るからとか——さらに猫なで声で俺らに話かけて来たのだが、
「ともかく、私達用事ありますからこれで失礼させていただきます」
 と毅然とした態度の麻生百合。
 男はそれに、地が出たのか少しコワモテ風の表情で威嚇するが、一礼すると無視して振り返ると、そのまま俺らは歩き出す。
 すると、
「なんだ……辛気くさい暗い女が、お前なんかに興味は無いよ」
 とかとか——男は捨て台詞。
 それにムッと来る俺。
 思わず、何か言ってやろうかと振り返りかけるが、
「美亜さん、いいから。無視しましょう。あんなの気にしてると——せっかくのお出かけが台無しになりますよ」
 と言い、にっこりと笑う麻生百合。
 それを見て俺は思わず首肯して——彼女のその表情に、むかむかした気持ちなんて一瞬で飛ぶのだった。
 ああそうだ。今日は待ちに待った、女の子と一緒にお出かけと言う、俺の生涯でも特筆すべき大イベント、その初体験の記念の日だった。
 ——確かにあんな奴のことで腹立ててつまらなくなるのも馬鹿らしい。
 ——それに気付くと、俺もにっこりと笑い、
「うん、俺も、忘れることにする……ありがと、百合ちゃん」と言うと、
「いえいえ」
 と言い、さらににっこりとする麻生百合。
「さあ……行きましょう。折角の楽しい日にあんなのに気を取られてたら勿体無いですよ」
「……でも」
 俺は少し申し訳なそうな様子で言う。
「でも?」
 その俺の口調に少し不思議そうな麻生百合。
「助けてもらったお礼のお出かけなのにまた助けてもらって……」
「そんな。こんなの助けたうちに入らないですよ」
 麻生百合は軽く手を振りながら、逆に申し訳なさそうにうつむくのであった。

 そんな彼女の姿を見て、俺はロッカーに閉じ込められたあの夜のことを思い出す。

   *

「策が……俺に策がある!」
 と言った後、助けに来てもらおうと俺が提案した人物はもちろん麻生百合であった。
 俺にそれしかまともに知り合いがいないと言うのもあるが、あの子ならば信用できると短い間の付き合いであるが俺が確信しているからの言葉であった。
 喜多見美亜のリア充仲間ではあの状態を知られたらろくなことにならない、それはあいつも否定しないのだが、
「大丈夫なの?」と麻生百合を疑うあいつの言葉に俺は激昂する。
「大丈夫って……何が言いたいんだ」
「あなたの見立てを信じないわけじゃないけど……ほら、私、彼女のことあまり良く知らないし」
「少なくともお前の仲間よりはよっぽど信用できるよ」
「それに反論する気は無いけれど、でもやっぱり、この状況見ても余計な噂立てないで黙っててくれる人なんて——よっぽど相手の人となり知ってなきゃ断言できないわよ」
「……大丈夫だよ」
 俺の言葉は少し歯切れが悪い。
「でもあんただってそんな話したことがあるわけじゃ無いんでしょ」
「…………」
 俺は黙ってしまう。確かにまだ話したのは二回位。そんなので人のことが分かったなんて言うのは、確かに軽率なのだけど。
 でも彼女は信じられる、そう俺の直感は伝えていた。
 しかし……
「……それにあの子は……」
 喜多見美亜なにか言いかける。
「あの子は? 百合ちゃんがなにかしたのか」
「ああ、あんたは中学違うから知らないのかもしれないけど……」
 何が?
 俺は更にと問おうとするが、
「いえ、なんでもない。と言うか、あなたは百合さんは信用できると思ってるのよね」
 とあいつ。
「そうだよ」
 と俺。
 すると、その後一瞬考えたような間があいてあいつは、
「…………良いわ」
「良い?」
「私はあんたを信用することにするわ。あなたなら色眼鏡でみてないだろうから」
「色眼鏡? 誰を?」
 百合ちゃんを?
 しかし、喜多見美亜は問いには答えずに、
「そんなことより、決めたのなら早くしましょうよ。あんたはそれとも自分の失禁シーンをみたい倒錯ド変態野郎なのかしら」
 違う違う。
 俺は焦りながら、
「じゃあ……ともかく百合ちゃんこっちに来れるか電話して見るから」
 すると、
「ええ、お願いするわ、でも……」
 とあいつ。
「……でも? まだなんか? もう決めたんだから——彼女を信じるしかないだろ」
「……んん、そう、それはそうなんだけど」
「だけど?」
「だけど——私にも策があるってことよ」
「……?」

  *

「あれ何か考え事してますか」
 俺は麻生百合の声に思わず回想から引き戻される。
「いや、助けてもらった時のこと思い出していて、たんで……いや本当に助かった」
 俺はぺこりとお辞儀をする。
「そんな。困った時は何とかですよ。私の家は学校に近いし、今、親も留守ですし。あんなところに一晩閉じ込められていたら、とても辛かったんじゃ無いですか? 私の方には助けに行く障害が何もなかったのですから、助けて当然です」
「ありがとう……そんな風に言ってくれて、それに……」
「大丈夫ですよ」
 俺が最後まで言い切らないうちに、にっこりと笑いながら麻生百合は言う。
「あの事……誰にも言いませんから」
「………………」
「まさかあの向ヶ丘君が……」
 ああその先は言わないで。
「……ホモだったとは……」
 固まる空気。
 思わず下を向く俺。
 そう、喜多見美亜の言う「策」とは、俺をホモに仕立て上げることだったのだ。
 そうすれば俺とあいつが夜中の学校のロッカーの中に二人でいても、恋人同士だとかそんな風には疑われないだろうと言うのだった。
 いや、確かにそれはそうかもしれないが、そう言う性癖の無いのにそんな評判が立つのは、今はぼっちとは言え、今後の高校生活での明るい男女交際にもいちるの望みを捨ててはいない俺にとって、余りに理不尽な話なのだが……
「ハードディスク……」
 びくっ! 
「何? ……百合ちゃん、唐突に」
 俺の派手なリアクションに少しびっくりした様な顔の麻生百合。
「いえ、あの言葉ってなんだったのかなって思って。あの時、なんか向ヶ丘君が時々言ってたじゃないですか。どういう意味なのかなって思って。その度に美亜さんは黙っちゃうし」
 そう、あいつが麻生百合に向かって始めた、「実は……」と言うホモの告白を止めようとするたびに出てくる魔法の言葉、「ハードディスク」で俺は黙らされてしまっていたのだった。
「でも、素敵ですよね」
「素敵? 何が?」
「あんな秘密まで教えて貰えるような仲だなんて。よっぽど深く相手のことを知ってないとそんなことはできないですよね」
 そりゃあ、あいつのことは今や隅から隅まで知ってるよ。
 あいつも俺のこと同じように知ってるだろ。
 何せ二人は入れ替わったのだから。
「二人がそんな仲が良いなんて私全然気付きませんでした」
 そりゃあそうだろう。あんなことでもなければ、話すことも無かっただろう俺たちだ。学校での接点など無いに等しい。
 それに、体が入れ替わってからも、慎重にみんなの前ではお互いに避けていて、そりゃどうしても前よりは接触が増えているけれど、特に親しいと思われるような行動はとっていないはずだ。
 あいつが俺のことを見てるとか指摘はされるくらいはあったが、だからと言って何か疑われるようなことにならないほどに元々の俺たちの関係は離れているはずだ。
 つまり、疑いもかからないほど、圧倒的に俺が圏外だってこと。
 なぜなら……
「意外でした。だって向ヶ丘くんって……」
 まあ真性オタクとリア充と何で接点があるのか不思議だろうな。
 麻生百合の疑問は自然なものだ。
 なので俺は言う。
「それは俺とあいつってたまたま親同士が知り合いでさ。前から知り合いだったから、中学時代からたまにお互いの家とかで話すことがあって、それであいつのこと詳しく知る機会もあって……だから特に仲がすごく良くてというわけでもなく、まあ、腐れ縁と言うか、何というか……同い年でやっぱり少しは趣向とかも合って……」
 もちろん全くのデタラメだが、そんな話を麻生百合とどちらかの両親がすることもまずはないだろうと考えたら、まあ無難な案と言える。
 もしかして麻生百合が喜多見美亜の家に遊びに来るようなイベントは起きないとも限らないが、そこで親に俺の話をする程に俺(向ヶ丘勇の身体に入っている喜多見美亜)と親しくなることは無いだろう。
 そう思ってあいつと相談して決めた嘘だったが、でもそれって体が元に戻った後も、俺が麻生百合と親しくなることは無いだろうと言うのを前提としているのが少し引っかからないでもない。
 とはいえ、今はそんなことを言っててもしょうがないので、俺はその設定で承諾したわけだが……
「……趣向? でも、それなら美亜さんは、やっぱり、本当は、そういう趣味の人なんですか」
「そりゃまるでないってわけでも無いけど……」
 さらにこの突っ込みが来るのも予想済み。
 俺のオタクは一朝一夕のものでなく——簡単に隠せる物ではない。
 そう言う話を振られたら、話の中でうっかり出てしまうかもしれない。
 なので、あいつからは、ここでの戦略的撤退、ライトなオタクな風を装うことは許可を得ていた。
 なので今もそう答えたが、
「ああ、やっぱりそうなのですか」
 なんか興味しんしんな顔? の麻生百合。なんだ?
「……ああ、といってもちょっとだけ。軽いもんだから。あいつの影響で……」
「軽いってどれくらいですか!」
「そりゃ、ちょっと見る位……」
「見る? 実際にですか?」
「そうだけど……?」
 いや、実際以外にどうやって見るのかわからないが。
「……それは軽くないんじゃ無いでしょうか」
「そうかな?」
「そうですよ。そこから実際に自分がするようになるまではもう一歩だけだと聞きますよ?」
 じっと、真意を伺うような目で俺を見つめる麻生百合。
 ああ、そこまでオタクのこと知ってるんなら、下手な言い訳をする方がマズイ。実は、俺、コミケとか大きなところにはまだ出したことは無いが、地元近くでやっていた小さなイベントに同人を出したことがあるのだ。
 見よう見まねでつくったコピー誌で、売れるどころか、俺のブースには誰も寄りつくこともなかった。
 まあへたくそなイラストつけて出したオリジナルのラノベなんて誰も手に取らなくて当然だったと思うが……
 ともかく俺は、そのくらいなら許容範囲だろうと判断して、
「……実はちょっとだけなら……してるんだ」
「え! 実際にですか! 美亜さんが!」
 なんだか興奮気味に麻生百合。
 でも、話すとき、少し身体を引いたように見えるのは気のせい?
 やっぱり引かれちゃった?
 まずいかな。
 あいつの名誉(俺の安全)の為に少しフォローしなきゃと思って……
「そんなびっくりすることかな?」と俺。
「そりゃそうですよ。本当に……ほんの少しでもするとしないでは大違いです」
「そうかな」
「そうですよ」
 なんか真剣と言うか、少し血走ったような麻生百合の目。
 あれ? これはもしかして? と思って、俺は、
「……もしかして、もしかしてだけど……」
「はい?」
「百合ちゃんって、そっちの人?」と問う。
 俺の言葉に呆然とした表情の麻生百合。
 一瞬の沈黙。
 そして、

「ごめんなさい、私、興味はあるのだけど——やっぱりそう言うのに応えられなくて。私は女の子が好きな人ではなくて……」

「は……?」

 おいおい、俺、と言うか、喜多見美亜も同性愛者と勘違いしかけていた麻生百合だった。

「違う違う!」

 俺は、そんな評判がたってしまったらあいつに殺されると思い、必死で誤解を説明する。
「俺が、あいつと一緒の趣向でしたことあるのはそっちじゃなくて、オタク趣味のこと。ほら、あいつって重度のオタクじゃない! 俺は、そこまでじゃないけど、少しは……」
「オタク?」
「そう……オタク趣味」
「同性愛じゃなく?」
「そう——オタク。アニメとかマンガとかラノベとか」
「オタク…………………………?」
「オタク…………………………!」
 俺たちは、互いに見つめ合い、一瞬沈黙。
 そして、麻生百合の頭の中で、いろいろ合点がいったような様子が目の表情から読み取れた瞬間、 
「なんだ、そういうことでしたか」
 誤解が解けた麻生百合は、
「……アニメとかマンガの話でしたか、変な誤解してすみません。私もジブリとか好きですよ……」
 と頭を下げてくれるのだった。
 ほっとする俺。
 申し訳なさそうに、もう一度頭を下げる麻生百合。
 俺はそれに、気にしてないからと言いながら、笑いかけ、それに彼女も嬉しそうに笑い返す。
 ……でも——ああ、実は、ちょっと残念。
 麻生百合が可愛いオタク友達であった、なんてうまい展開は、現実では、簡単に起きたりはしないのだった。やはり、物語なんかの世界と違い、俺に可愛いオタク友達など、そうやすやすとは、できるわけも無いのだった。
 俺は、誤解が解けたことにほっとするとともに落胆すると言う、忙しい感情の起伏に思わず混乱し、その場で立ち止まってしまうのだったが、
「まあ、そんなことより今日は、せっかく原宿まで来たので——楽しみましょう」
 と、麻生百合が脱線しかけた今日の本題になんとか話題を戻してくれて、俺たちは駅雨から離れ、しばらくそのまま街中を歩き始めるのだった。

 しかし……

   *

 俺は自分の計画の甘さを呪っていた。
 今日は、学校の掃除用具入れに閉じ込められたのを百合ちゃんに助けてもらったお礼に百合ちゃんにご飯を奢ると言う事で南青山に行く。その集合場所を原宿駅前にしたのだけど、目的地の南青山には、表参道から行った方が良かったと言うのを、歩き始めてから気づいたのだった。
 この辺が慣れてる風を装って、へたに裏道みたいな所をあてずっぽうに歩いて行ってまよったりしたからよけいそんな風に思うのかもしれないけれど、目指す店まで、思ったよりもずっと歩くことになってしまった。
 さっきの、俺(と言うか喜多見美亜)が同性愛者と勘違いされたやり取りの後で、恐縮してしまった麻生百合と話す言葉も少なくなって、そのせいで道のりはさらに長く感じてしまっているというのもあった。
 と言っても、俺たちは険悪な雰囲気な訳でなく、向こうもちらちらと俺を見ながら、時々話しかけてこようとはするのだが、
「うわあ、おしゃれな服の店ですね」
「そうだね」
「美亜さんだったらこんな店とかよく行きそうですね」
「そうでもないよ」
「そうですか?」
 と、店の前を通り過ぎてまた無言。いや、俺にこの辺で歩きながら会話発展させる能力無いから。
 本当は、このままの店に入って一緒に服でも見て話題を発展させれば良いんだろうけど……
(こんなところ入れるか!)
 と俺は店内に群がるおしゃれな女子たちを眺め、嘆息するのである。 
 だってこんなとこ、遊びに来たことどころか、通り過ぎたこともありはしない。
 アキバとかなら我が庭のように案内できたのだけど……
 と言うかそれも一瞬考えたんだけど、
「あ……」と言いかけた時の麻生百合の期待したような目の輝きにその後の言葉を呑込み、
「あ……青山……」
 と俺はうっかり言ってしまったのだった。
 でもまったく土地勘もなく、そんなところの店なんて、俺が良いところを見つけ出せるわけもなく、そもそも歩くだけでこっぱずかしく思うような場所で女子会をリードするなんてできるわけもない。

 なので……

「頼む」
 俺は例の神社の林の中で、額を地面にこすらんばかりに頭を下げてあいつに懇願をする。
「そりゃ、店教えるとかは良いわよ。私だって青山とかちゃんと知ってるわけじゃないけど、家族で良く行く店の中で、女子高生二人に良さそうなのは考えてあげるけど……」
 俺はあいつの値踏みするような鋭い視線に負けて、思わずうつむきながら、
「……それだけじゃ駄目だよね」と俺。
 すると、あいつは、少しため息をもらしながら、
「何しろ、あんただからね……でもそれならば」
 と言うのであったが……

「あれ美亜さんメールですか」
 俺と麻生百合は、原宿の裏道を散々迷った挙句、一度国道二四六号に出てしまってからもう一度裏道に入ってまた少し迷った挙句入り込んだのが今いる店だった。
 おしゃれな店というんだろう、これは。
 なんかところどころ塗りムラがあるような壁を古ぼけた感じの灯りが照らし、ちょっと汚れた感じのスチールのテーブルの周りにはやっぱり少しくたびれたような皮のソファー。
 俺には正直これの何処がおしゃれなのかよく分からないが、こう言うのはアンティークとか言うんでしょ。知ってるよ。青山にあるんだからきっとそうなんでしょ。
 と俺は深く考えないことにして、案内された窓際の席でメニューを料理名を見ても何が何だか分からずに固まってしまっていたところなのであったが——そこにタイミング良くメールが入ったところだった。
「ああ、ちょっとメールを見させて貰って良い?」
「ええ、もちろん」
 メールは喜多見美亜からだった。
 実は、どうせ俺にはうまく女子会なんかできないだろうと、あいつがこっそりと俺たちを監視して、メールか何かで指示をくれることになっていたのだった。
 もっとも、
「何してんのよ全く……」
 メールは、もちろん、指示でなく罵倒から始まっていた。
「原宿からただ歩くだけで何処にも寄らないって、なに考えてるの。原宿で待ち合わせって聞いて、てっきり途中の店とか寄るつもりなのかと思ってたのに。それなら表参道で待ち合わせなさいよ……」
 まったく言うとおり。反論の余地もなく、少し落ち込みながら、俺は、その先を読む。
「……でメニューで何を選べば良いかわからないでオロオロしてるわけ?」
 俺はすぐさま「ハイ」とメールを送る。
 何のコンポートだとかポアレだとか、何を言っているのか意味不明なメニューを見てオロオロしている俺をやはりあいつは何処からか見ているようだ。
 気になって、周りを見渡して見るが、それらしき人物はいない。
 でも麻生百合に絶対ばれないように近くに潜んでるから、とあいつは言っていたが、俺が観察できて此方からは見えにくいそんな絶妙な場所を見つけでもしたのだろうか?
「まったく……ここまで面倒見なくちゃいけないとは思わなかったわ……あんたがそこまでだって分かってたら、昨日、女子がこういう時食べそうなメニューを散々仕込んでおいたんだけれど……じゃあしょうがないから私のいう通りのメニュー選びなさい」
 俺はメニューを見て、あいつの指示にあった通りのメニューを注文することに決める。
 しかし、何だか呪文にしか見えないその言葉を唱えるためには、何かたちの悪い魔法でも起きるんじゃないかと不安になる俺には——決心が必要だった。
 メニューをたたみ、俺は深呼吸して、
「百合ちゃんも決まった」
 と、尋ねる俺。
 頷く麻生百合。
「それじゃ……」
 俺は決心して、手をあげて店員を呼ぼうと振り返る。
 しかし、俺は振り返ったその瞬間、その場で手を上げたまま固まる。
 目があったのは、金髪碧眼の外人ウェイターであったのだった。
「あう……」
 俺の横まで歩いて来てにっこりと笑いかけてくるウェイター。
 完全に身動きができなくなる俺。
 これって……え、英語で、注文しないとダメなんじゃないか。
 なんかハローとかヘルプなんとかとか話しかけて来ているが、こんな場所で日本語で店員と対応するのだってギリギリの俺が、こんな不測の事態に巻き込まれたら——パニック!
「あ……アイアムフィッシュ」
「ユー? フィッシュ?」
 面白そうに笑うウェイター。
 あれ、俺って魚?
 じゃなくて、魚のランチコースを頼みたいんだけどどうすれば良いんだ、と思えばますます頭はパニくって、
「あ……アイラヴフィッシュ」
「オー! ファイン!」
 何だ褒められたのか。
 いやウェイターは優しそうな微笑みで俺を見てくれているが、別に魚の好きなことはこの際どうでも良いよな。
 だから、そうじゃなく、あれれ、何だっけ。
 と、考えれば、考えるほど、俺は思考の泥沼の深みにはまって行くのだが……

「あの、注文は日本語でも宜しいでしょうか」

 麻生百合の言葉に、
「もちろんですよ。ご注文は何でしょうか」と、金髪碧眼のウェイターは流暢な日本語で答える。
「あ……」
 何だ日本語話せるなら最初から日本語で話とけよ。と俺は少しがっくりとくるが、
「美亜さんは魚料理ってことは、二番の眼鯛のポアレですか? 美味しそうだな、なんか私も迷うな。それにしようかな、三番の鴨肉のローストかなって思ってたんだけど……」
 麻生百合がにっこりと微笑むその姿にたちまち、その落胆は忘れ、そして平静を取り戻した俺は、
「だったら、こうしないか?」
 もしかして、と思って妄想していたシチュエーションを実行に移すことにするのだった。
「?」
「それぞれが頼んだの取り分けっこしない!」

   *

 注文の時にトラブった他は、食事は滞りなく進んだ。
 前菜からはじまってメインまでの料理を全部分けっこしながら食べたり、選べるデザートに悩んでいたら、料金追加で三種類選べるのをウエィターに教えて貰って、二人で全種類網羅してやっぱり分けっこしたり。まさしくキャッキャ、うふふの女子どうしの楽しい食事会。
 これはまさしく今日自分が望んだ展開だった。
 麻生百合も何度も「今日は楽しいです」と言ってくれ、俺はその度ににっこりとなり、そうしたら今度は会話も弾む。彼女が好きだと言っていた、クラッシック音楽の話とか、美術や文学の話とか正直さっぱり分からなかったけど、彼女のイメージ通りの落ち着いた趣味で俺はそれだけで大満足。
 きっと良いとこのお嬢様なんだろうなと思わせる、優しく、気品のある、素敵な女の子。俺は、ずっとふわふあした気持ちで、ぼんやり夢心地のままの楽しい時間を過ごす。
 俺がこんな風に、あいつと入れ替わって女になったから楽しめるこんな時間。
 そう思えば、あんな奴と心が入れ替わってしまって、大変なことばかりの毎日だけど、こんな時間が過ごせるならば悪いことばかりじゃないなんて、と思っていると……
「あれ、メールかな……」
 締めのコーヒーをちょうど飲み干したあたりに入ったメールに、俺は会話を途切れさすのが嫌でそのまま無視するが、続けて二回の着信。
 すると、
「メール見なくて良いのかしら」と麻生百合、
「ごめん、じゃあ、ちょっと……」
 誰だしつこい——って今メールして来るのはあいつくらいしかいないと思うのだが……
 で、やっぱり、正解。
「ずいぶん楽しそうね。あなたにしては上出来じゃない。でこれからどうするつもり」
 一通目。
「何、無視してるのよ。すぐ返事よこしなさいよ」
 二通目——を読んでる間に、
「まったく、ちゃんとすぐに見れば、良いのよ。よっぽどハードディスクの中身ばらされたいみたいね」
 少し背筋寒くなりながら、
「そう言ったって、会話の流れってもんがあるだろ。いきなり断ち切ってメールなんか読めないだろ」
 俺が返したメールに、
「あら、流れ、なんてぼっちが随分言うようになったわね。で、その流れで、この後どこに行く気?」
 うなだれる俺。いや考えてなかった。
 食事終わったら、そのままぶらぶらして帰るかくらいしか考えてなかった。でもぶらぶらって何処? ゲームセンター? ネカフェ? そんなの麻生百合が好みそうもないけど——そもそも青山にそんなのあるの?
 事前に喜多見美亜に相談した時も、麻生百合の趣味から何からパーソナリティがその時は分からなかったから、食事の後の行動は何も決めることができていなかった。それでもなんとか場を持たせたい時の為にカフェとか服屋とかのお勧めのリストは貰っていたのだが——なんかそう言う感じでもなさそう。
 彼女がこの後行くとしたら、もっと文化的な感じの何か……
「話を聞いてたら、百合さんは本好き、それも少し通好みなの好きみたいだからまずはこの本屋にしなさい」
 あいつのメールにはこの近くの本屋の住所が貼付けられていた。
「で、その後はこのホールでやってる美術展おもしろそうだからそこに行きなさい」
 そして、続いて、その本屋の近くのホールの住所ととそこでやってるらしい何か現代美術の展示会のホームページのアドレス。おお、確かに。今日の話の流れだと、麻生百合の好みにぴったりそうな場所だ。
 俺は、あいつに感謝のメールをだそうと思い、携帯を目の前にかざしたところで——しかし——ふとメールの中身でへんな部分のあることに気づく。
『話を聞いていたら』?
 おいおい、話が聞こえる程に近くにいると言うことなのか? 俺が? 向ヶ丘勇の体そのものが?
 そりゃ流石にやばいだろ。大胆すぎるだろ。
 さすがに俺の存在感が無いとは言え、そんな近くにいたら、一応クラスメイトなんだから麻生百合だって気づくだろ。
 そう思って俺は辺りを見回す。
 店の中、若いカップルが三組と、女子のペアが自分達も入れて二組。奥の方では大学生くらいの十人くらいのグループが合コンっぽい様子。
 いないな? じゃあ外か?
 俺はオープンテラスに五台程用意されたテーブルを見る。
 一番向こうでタバコ吸ってる外人。老齢のカップル。そして——わ、なんだモデルみたいな女の人。背が高く、すらっとして、サングラスしてるけどその下の端正な顔は隠せなく、さすが青山だなと俺は感心してしばし自分を捜すのをやめるが——あれこれで全部? 俺、いなくない?
 残りの二つのテーブルは空席。じゃああいつ何処にいるの?
 いや待て……
 おれはもう一度、開いた窓を挟んで直ぐ近くにいる、その女をじっくりと眺める。
 モデルみたいに背が高く(まるで男)、すらっとして(そういやあいつのトレーニングで俺の体この頃ずいぶん痩せてたな)、端正な顔(とは言えなんか見覚えが)……
 これって……?
「おまえ!」
 俺は思わず声に出して立ちあがってしまう。
 そう、俺たちのテーブルのすぐ横、テラスに座っていたのは、
 喜多見美亜——女装した俺だったのだった!
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