俺、今、女子リア充

acolorofsugar

文字の大きさ
上 下
25 / 99
俺、今、ある意味女子リア充

俺、今、女子命令無視中

しおりを挟む
 俺は、沙月の作った、とてつもなくまずい料理を口に入れて苦悶の表情を顔に浮かべていた。
 それは、なんというか、まずいと言う言葉では表現しきれない——ひどさであった。料理はハムのゼリー寄せ。なんでこれがこんなにまずくなっているのだろう? このまずさを表現するには、瀬死とか絶体絶命とかの命の危険がありそうな言葉か、黙示録とか末世とかの世界の終的な言葉で表現しないと行けないような気がする。俺は、そんな料理を吐き出さないように必死で口の中に入れたまま、飲み下せないで冷や汗を流している。
 紗月の指示は、
『微妙な味の前菜作るから、それをボロクソに言ってまずはあなたの性悪なところ見せなさい』
 と言うものなのだったが、その「微妙な」前菜は、微妙という範疇をはるか超えて、もはや劇薬とか毒という表現が似合う代物なのでのだった。
「うわ! 美味しそう! 沙月さん可愛いだけじゃなく、料理もできるの! すごーい!」
 そんな料理を無警戒にパクリと口に運ぶ和泉珠琴だった。案の定、その顔はすぐにギョッとした様子に変わる。
「それじゃ私も」
 次は生田緑がそのぶつを頬張る。途端に眉間にしわを寄せる。
 ううむ。これはまずい。料理もまずいが、状況もまずい。
 このまま無理やり飲み込んで、『ああ、美味しかったあ!』などと心にも無いことを言うことはできなくも無いかもしれないが、これほどまずいのに「それ」をするのは、逆に皮肉だ。それでは、図らずも、百合ちゃんを性悪女に仕立て上げようとする、沙月の策略に、結果的にはまってしまうことになる。
 みんな、それは皮肉かという表情で俺を——百合ちゃんを見ることになるだろう。
 とすると、ここはこのままみんなと一緒に微妙な表情でこのまま無言でいることになるが。それも、なんだかそれも、沙月の指示への消極的な抵抗に見えて宣戦布告のインパクトに欠けると言えば欠けるが……

「うわっ! なにこれ、まずっ!」

「「向ヶ丘くん!」」

 至極正直な感想を言い放つ、俺、向ヶ丘勇の体の中にいる喜多見美亜あいつだった。あわてて叱咤する生田緑と和泉珠琴。
「わりい、わりい。でも、まずい——と言うかなんか味おかしくない? まちがってなんか変なもの混ざってるとか」
「……匂い付けバニラビーンズが使い過ぎかも……あれって少量で乳製品とかとまぜないと臭くなってしまうから……あとケーパーの実も入りすぎで少し刺激が大きくて、あと全体が粉っぽくてねちゃっとなっているのはゼラチンを溶かすときにうまく混ぜ切れてないのか……コンソメも出来合いのものじゃなく、ちゃんと魚介からとったしっかりしたものだけど、少し置いておいて生くささがでてしまったのかも」
 周りの騒ぎに、問題のゼリー寄せを食べてみて、冷静に分析をする百合ちゃん——喜多見美亜の中にいるさすが料理に詳しい百合ちゃんであった。
「でも……これは急いでつくって、焦ったせいじゃないかと思うわ。本当は沙月さん料理うまくて……これとか」
 百合=喜多見美亜は机に並べられた別の前菜、なんだか四角いハンバーグみたいなの……パテっていうんだっけ?——を食べて、
「ほら、これとかとても美味しい」
 俺も食べてみれば——スゲー美味しい。
「ほら、やっぱり」
 百合ちゃんは、長年の付き合いで、紗月の本当の料理の腕も、やりそうな手も分かった上で助け舟を出してくれたっぽい。でも、すると、俺が今日性悪女演じるように指示されていることも——話していないけど——察してるんじゃないかと思う。
 でもすると、それはどっちに転ぶんだろ? 俺の計画を百合ちゃんはサポートしてくれるだろうか? それとも……? 俺が、そんなこと思いながら目線を送るが、
「「うわ、美味しい!」」
 生田緑と和泉珠琴がパテを食べて叫ぶように言ったのでみんなの目はそっちに向いてしまい、気持ちはわからずじまい。
 そして、
「そ、そうかしら……それはちょっと家政婦の人に手伝ってもらったからーー」
 若干本当にこの女が作ったのか疑わしいような発言がでたが、和泉珠琴意識高い女にはそんな些細な疑いはどうでも良いようで、かえって、
「えっ、家政婦さんいるの? って、言うかそれってメイド? すごいね。そんな家って本当にあるんだ」
 これは絶対友達になって帰らないと、と言うオーラを、今なら地球に落ちかけたアクシズを宇宙に戻せるんじゃないかと言うくらいの勢いで出しまくっている。
「……うちは両親とも医者で働いているので仕方なく」
「うわ! ダブルインカムで医者と医者? すごいわリッチ・アンド・リッチ。どんなお嬢様よ。それでいてこの可愛さ!」
「いえ……そんな」
 恥ずかしげもなく怒涛のおべっかをマシンガンのように続ける和泉珠琴。これはこれで真似出来ない、と言うかすごい才能だなと俺は本気で少し感心してその様子を眺めていたが、
「……」
 視線のすれ違い様、俺と言うか百合ちゃんに向ける沙月の氷のような目の光。
 ああ、分かってるよ。指示に次はちゃんと従えってことだよな。
 ふん、まあみんな無視をしてやるつもりだが。
 で、次はなんだっけ?
 と俺が次のあいつの指示を思い出そうとしてると、
「おい、みんな、肉焦げちゃうよ!」
 空気を読まない男子って感じで喜多見美亜あいつが言う。
 すると、
「あら、まずいわね。向ヶ丘くん、それひっくり返してーー」
「んっ、はい」
「次はそれ」
「……? はい」
「今度はこっち」
「はい」
「あれ」
「はい!」
 何だかいきなり焼肉将軍と化した女帝に言われて一心不乱に肉をひっくり返すあいつ。なんだかその冷静な生田緑と焦った感じのの俺の体あいつの様子ががコミカルで、何とくクスリとしてしまうが、
「あなたわかってるわよね?」
 俺の横に来て他の人たちに聞こえないようにこっそりと耳打ちする沙月だった。
 首肯する俺。
 次の指示に従えってことだろ。
 ノーだ。
 でも、途中までは付き合ってやる。
 ——ああ、そろそろ次だ。
 そう、
「じゃあ、焼けたら肉肉!」
「こら向ヶ丘! 行儀よくしなさい!」
 和泉珠琴に怒られながらも、肉をかき集めて自分の取り皿に入れる喜多見美亜あいつ
 そして、
「いえ、遠慮なく食べてね! なんだか向ヶ丘さんってイケメンなのに随分きさくなんですね」
「はあ? イケメン? たしかにこの頃なんだか変わったけど、沙月さん騙されちゃダメだからね。こいつはちょっと前まで小太りキモオタでダサダサだったんだから」
「えっ? なんだか面白い冗談を」
 ははは、向ヶ丘さんがオタクまったくそんな感じしないですよ、とか何となくオタクを馬鹿にしやがってと思ってしまう、鼻にかかったような、俺の神経逆なでするような感じの言い方の沙月の言葉。
 そりゃ今、俺の中に入っているのはリア充女子高生(ライトオタク化の疑いありだが)だからな。オタクっぽく見えないのもそりゃそうだろ。だが、そもそもオタクだって、少なくとも、お前のような奴に蔑まれるようなもんじゃないんだよ。
 俺は、イラッとして、そんなことを考えながらも、後ろを沙月が通るのに神経を集中する。
 この後だった。
 この後——通り過ぎる時、俺が椅子を後ろに引いてそれに沙月に当たって、バランスを崩した沙月は俺(百合ちゃん)の服に盛大に持っていた皿から焼肉のたれをこぼす。
 で、百合ちゃんの服はタレまみれで大汚れとなるわけだが、ここで必死に謝る沙月を百合ちゃんは傲慢な感じで罵りまくる。確かに服を汚されて頭に来るのは仕方ないが、それでそんな怒るのか、百合ちゃんの人格が疑われる、と言うか「やはりそう言う子なんだ」と前にこの沙月に陥れられた性悪と言うみんなの認識を再確認させるかのような、そんなキレ方をしろとの指示であった。
 なんとも——百合ちゃんを焼肉のタレまみれの悲惨な状況にした上で、評判を悪くすると言う二重のいやらしさだが、もし、これに従わなかったら「わかってるわね」とメールに書いてあって……
 ああ、____わかってる__#__#から——おまえの企みにはのらんよ。
 俺は心の中でそう呟きながら椅子を後ろに引きながら立ち上がる。
 だが、
「きゃ!」
「あ、ごめん……」
 俺(百合ちゃん)にぶつかり派手にタレがぶちまけられるはずだった沙月は、俺の後ろで肉を焼いてたはずなのにに突然振り返り立ち上がった喜多見美亜あいつにぶつかる。そして、ぶつかった拍子に沙月の手から離れて、宙を舞った皿は、焼肉のタレをうまくその中に収めながら喜多見美亜あいつの手のひらへ、
「ナイスレシーブ!」
 思わず声に出て、みんなも拍手をする。
 さすが元有名バレー選手。すごい反射神経だ。
「向ヶ丘すごい! 美亜ならわかるけど、意外と運動神経良いんだ」
 まあ、確かに俺ならこぼしてたかもな。
「沙月さんも大丈夫だった」
「は、はい……」
 よろめいたところに、転ぶ寸前で喜多見美亜あいつが伸ばした手を掴んだ沙月。今も握りしめていることに気づいて、
「あっ……すみません」
 ぽっと顔を赤らめながら慌てて手を離す。
「なんだか、私たち異次元に迷い込んでしまったみたいね」
「本当。向ヶ丘がイケメンっぽくなってるこの世界なんなの」
「おいおい、せっかく俺のこと知らない美人を騙せそうなのに、ネタバレすんなよ」
 皿をテーブルに置きながらそんな軽口をたたくあいつに、何言ってんだかとつっこむリア充二人。こうして二度目の指示も喜多見美亜あいつに潰されたのだが……
 もしかしてあいつ、今日全部こうするつもり? 確かに、昨日の送られてきたメールはあいつに見せていたけれど、こうやって沙月の策略を全部潰されてしまうと、俺が指示に反抗している、なので沙月が頭にきて俺(百合ちゃん)にあの書類を突きつける、そして俺が逆に真実を突きつける——この計画がくずれちゃうんだけど……
 しかし、
「次は邪魔しないわ。そのままで頼むわよ」
 また肉を焼きに戻る前に俺の耳元で囁いた喜多見美亜あいつの言葉。
 そう、次は、次こそ「俺」がやるべきことだった。
 それは、
「じゃあ突然ですが! 今日のサプライズ! みんな注目してね」
 その後、しばらく歓談した後に気を取り直して三つ目の策略を始めた沙月は、
「初対面の皆様に、私と百合っぺの友情の記録をおみせしまーす! 中学校時代の可愛い百合っぺ見たい方は寄ってきてね!」
 クーラーボックス脇の皿とかが入ったでっかいトートバックの中に入っていたアルバムを取り出しながら、当てつけのように言う——これにうかつに乗らないことが俺の次の使命だった。
「百合さんの中学時代……」
「…………」
 その中学時代を知っている生田緑と和泉珠琴が当惑した顔になる。それを見て、口元だけいやらしく歪ませてニヤリとする沙月は、引きつった顔の二人のことは無視をして、アルバムをめくり、この家とかで一緒に写った写真とかを次々に見せて行く。
「どうです。百合っぺとの出会いは、弟さんの治療でやってきたと言うちょっと深刻なシチュエーションでしたが、その後私たちはたちまちに仲良くなったんです」
 深刻なシチュをさらに深刻にした奴がどの口で言うんだよと俺はイラッとしながらその言葉を聞く。でも怒っちゃいけない。冷静に。もっとイラっとくるのがこの後に待っているのだった。
 そして、ついに、
「さあ、見た見た! どうですこの写真驚きでしょう! 実はみなさんの中学に私は忍び込んで百合っぺと写真を撮ってたのです! これを見てください!」
 その写真のページが開かれる。
 それは——例の花壇をバックに写真を撮る二人の写真であった。
 謎の女——今では沙月と分かっているが——が百合ちゃんの弟の柿生くんが乗った車椅子を押し入れて、クラスのみんなで育てていた花をめちゃくちゃにしてしまった——その花壇。その後、にクラスのみんなにそれをやったのは百合ちゃんだって嘘を言わせて、彼女をいない者アンタッチャブルとしてしまった。そのいわくつきの花壇。その前で二人で写っている写真なのであった。
 沙月は、あんなことを計画していたその花壇の前でわざわざ写真を記念に撮っていたのだった!
「…………っ」
 俺は怒りに唇を少し噛み締めた。
 昨日の夜にこの指示がきたときに俺は相当カーッときたのだが、実物を前にすると、さらに怒りが抑えきれなかったのだった。
 このままこのアルバムを取り上げて投げつけて、そのまま思いつく限りの罵倒をこの女に浴びせたいそんな衝動が心の奥から沸き上がるのだった。
 だが、それこそが沙月の思う壺。それこそが、沙月の指示してきたことであった。ここで、過去の「自分」を見せつけられた麻生百合は、逆ギレして過去を思い出させた女を罵倒しなければならないのだった。その指示と同じことを今の俺は自然にしてしまいそうな状態なのだった。
 そんな手に乗るわけにはいかない。
 それに、沙月の指示はさらにその先があって、『こんなキモい集まりもういられないわ』とまた友情を馬鹿にするようなことを言って俺(百合ちゃん)はこの場を去って行かなければならなかったのだった。それを、当然、麻生百合はする。それだけの弱みを自分は握っている。そう沙月は思っていたのだった。
 しかし、
「うん。この写真を見てみんながどう思うかは知っています」と凍りついた雰囲気の中で俺は言う。「でも過去は……起きてしまったことは、もう元には取り返せないのだけれど。できるなら、私は今から皆さんと本物の関係を築かせて欲しいと思うのです」
 俺は腹の奥で煮え滾る激情の爆発をなんとか押さえつけながら、少し冷たく聞こえるくらい冷静な声でそう言ったのだった。


   *

「何よ! あれ! ふざけてるの! あなたは、ばらされたいの! 自分の家族がどうなっても良いの!」

 うわ、来た来た。
 俺の言葉の後になんだかしんみりとした空気となったパーティを、
「うわっ! ごめんなさい、なんだかこの写真ダメなやつだったのかな? じゃあ気分変えるから、家からなんかゲームもってくるから。百合っぺも手伝って」
 なんとか元に戻そうとしているふりをして、俺(百合ちゃん)を自宅に連れ込む沙月であった。

「わかってんのあなた! あなたの人生は私の手の内にあるのよ!」

 そして自分の部屋に行くなり、ど天然の仮面を脱ぎ去ってこの剣幕であった。
 でも、これも予想通りというかこの瞬間を俺は待っていたのだった。
「……忘れたんならまた見せてあげる! あなたのお父さんのやったことを見なさい!」
 よし! やった!
 これで沙月はある紙切れを出してくるだろう。百合ちゃんを呪縛して、こんな悲惨な境遇に貶めた元凶の「偽物」が。俺はそれに「本物」で対抗すれば良いのだった。
 だから俺はその瞬間をワクワク、ドキドキしながら待った。何度も夢想、妄想した、この極悪の沙月が泣き崩れ流瞬間を、もうすぐ見れるかと少し頭がおかしくなったかと思えるほど興奮して、息を止めながら待ったのだった。
 しかし……

「これを見なさい!」

 あれ?
 沙月が出した紙は、俺が思っていたのとは違うものだったのだった。
しおりを挟む

処理中です...