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第三 強き者
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狐の嫁入り終わる頃
災転じて福と為す
福を身に得たその先に
どんな未来が待つのやら
友人のその・・・異形の車は、小雨で濡れたうねる山道を力強く、滑らかに進んでゆく。
実用性皆無とはいったが、普段から乗るならさておき、こう言った峠道においては、パワーがあるスポーツカーの方が楽だ。
峠を越えると、徐々に緑が減り、民家や商店、信号機・・・人工物と自然が適度に調和する世界から一転、人類が一方的に自然を淘汰して生まれた市街地へと景色が変わった。
しばらくすると、大きな店の並ぶ広い駐車場に、先程まで猛き咆哮を上げていたその異形は、静かに留まった。
ホームセンターを始めとした、あらゆる商店がここには集っている。
ここは、金さえあればほとんどなんでも手に入る。食品から車用品、煙草や珈琲といった嗜好品、工具や木材。
人類にとっては、まさに「ユートピアのパロディ」たる場所だ。
我々は、まず、日用品から手に入れることにした。本来なら日用品こそ買い物の本命なのだろうが、我々にとっては違う。
先に「ついで」をさっさと済ませて「本命」に時間をかけることにしたのだ。
「うわぁ、お前よくそんなもん食えるよな・・・」
「だって俺甘いもん好きだもん。」
「自分は嫌いだ。」
友人の買い物かごには、まるまる一本のロールケーキが入っていた。彼は、所謂甘党だ。
一方、私は甘いものが全くもって苦手である。見ているだけで胃もたれしそうだ。
食品をはじめとした日用品を一通り買ったのち、我々は近くの煙草屋に足を運んだ。
今日は、私のお気に入りをたっぷりと買うつもりでいた。
私のお気に入りはマイナーなもので、専門店でも取り扱っていない場合がある。
「えーっと、それをカートンでください。三つ分。」
友人は、所謂ヘビースモーカーでもある。常人では考えられないペースで、大量に吸う。
「自分は・・・あぁ、これだけしかないのか・・・」
悲しい哉、私の「お気に入り」はほんの少数しか在庫が残っていなかった。
「まあいっか・・・とりあえずこれを全部。」
私は「シャグ」の袋を残りの在庫分全て・・・といってもたった二つだけだったが、購入した。
想定外の予算が余ってしまったが、これが後に、新たな出会いのきっかけになると、その時には解らなかった。
「甘いのじゃねえか。」
「煙草は別なんだよ。」
食べ物とは対照的に、私は甘いフレーバーの煙草がお気に入りである。むしろ、甘いフレーバーの煙草しか吸わないとすら言える。
食べ物の甘さは、私の感覚を一方的に侵略してくるが、煙草の甘さは。私の感覚と調和し、包み込んでくれる。
煙草屋を後に、我々は「私の本命」となる場所へと向かった。
この時期になると、そこは多種多様の昆虫を取り扱う。所謂ペットショップだ。
「ヘラクレス、ネプチューン、アトラス、コーカサス、マンディブラリス、ギラファ、パラワン、うーん・・・そうじゃないんだよな・・・」
「それなんてお経?」
「カブトムシとクワガタの種類だっっつーの。」
「知ってる。」
相変わらず、この友人は掴みどころが解らない。私の発した言葉を理解しているのか、理解していないのか、理解できない。
それはさておき、店に堂々と並んでいるのは、世界の強豪たる大型種ばかりである。
しかし、店を隅々と回ってみれば、販売されているのはそれだけではないことがわかった。
あくまでも、メジャーな種類を「メイン商品」としているだけであって、マイナーな種類は、店の奥側に、ひっそりと並んでいた。
ほとんどが外国産種であったが、普遍的な国産種や、国産種の亜種もそこには居た。
「ツシマヒラタか。」
「なんそれ?」
「長崎の島に生息するヒラタクワガタの亜種だよ。」
ヒラタクワガタは、染色体的にそこまで大きな差はないはずなのだが、生息する場所によって、その形態は大きく異なる。
外国産種のみならず、国産種もまた、同様なのだ。
ツシマヒラタといえば、国産のヒラタクワガタの中でもとりわけ大型化・・・というより、長大化する、という特徴がある。野生下においても、70mmを越える個体は少なくない。
「ツシマにしちゃまあまあだな。」
その個体はWD・・・すなわち、野生個体を捕獲したものであった。大きさは73mmと、まずまずである。
「で、買うの?」
「買う。」
予算が想像以上に余っていたので、他の種も迎え入れることにした。
「なんだこれ、見たことねえや。」
「ああ、サバゲノコギリか。」
前翅に、オレンジ色とも、赤褐色とも言えぬ、不気味なような美しいような模様を持ったその小さなクワガタは、市場であまり見かけない種類であった。
せっかくなので、購入してうちで観察してみることにした。
「ノコギリなん?これ。」
「国産と明らかに見た目が違うけど、れっきとしたプロソポコイラス属だよ。」
「またなんかお経唱えてる。」
彼の言う、お経という比喩は、無視することにした。
「ギラファだって全然違うだろう?同じ属だからってどれもこれも似ているとは限らないんだよ。」
「知ってる。まあ、オオクワもコクワもヒラタも俺には同じように見えるけどな。」
初見でコクワガタを迷わずコクワガタだと判ったくせに、何を言っているのだろうか。
彼は賢いのに、賢い素振りを見せない。そのくせ、その知識は何気ない会話で漏れ出ている。
それでも持て余す予算を残したまま、我々は店を後にした。
そういえば、ヒラタクワガタもコクワガタ同様、立派なドルクス属である。
私はまたしても、猛き咆哮を上げる異形の中で「彼」のことを思い出していた。
災転じて福と為す
福を身に得たその先に
どんな未来が待つのやら
友人のその・・・異形の車は、小雨で濡れたうねる山道を力強く、滑らかに進んでゆく。
実用性皆無とはいったが、普段から乗るならさておき、こう言った峠道においては、パワーがあるスポーツカーの方が楽だ。
峠を越えると、徐々に緑が減り、民家や商店、信号機・・・人工物と自然が適度に調和する世界から一転、人類が一方的に自然を淘汰して生まれた市街地へと景色が変わった。
しばらくすると、大きな店の並ぶ広い駐車場に、先程まで猛き咆哮を上げていたその異形は、静かに留まった。
ホームセンターを始めとした、あらゆる商店がここには集っている。
ここは、金さえあればほとんどなんでも手に入る。食品から車用品、煙草や珈琲といった嗜好品、工具や木材。
人類にとっては、まさに「ユートピアのパロディ」たる場所だ。
我々は、まず、日用品から手に入れることにした。本来なら日用品こそ買い物の本命なのだろうが、我々にとっては違う。
先に「ついで」をさっさと済ませて「本命」に時間をかけることにしたのだ。
「うわぁ、お前よくそんなもん食えるよな・・・」
「だって俺甘いもん好きだもん。」
「自分は嫌いだ。」
友人の買い物かごには、まるまる一本のロールケーキが入っていた。彼は、所謂甘党だ。
一方、私は甘いものが全くもって苦手である。見ているだけで胃もたれしそうだ。
食品をはじめとした日用品を一通り買ったのち、我々は近くの煙草屋に足を運んだ。
今日は、私のお気に入りをたっぷりと買うつもりでいた。
私のお気に入りはマイナーなもので、専門店でも取り扱っていない場合がある。
「えーっと、それをカートンでください。三つ分。」
友人は、所謂ヘビースモーカーでもある。常人では考えられないペースで、大量に吸う。
「自分は・・・あぁ、これだけしかないのか・・・」
悲しい哉、私の「お気に入り」はほんの少数しか在庫が残っていなかった。
「まあいっか・・・とりあえずこれを全部。」
私は「シャグ」の袋を残りの在庫分全て・・・といってもたった二つだけだったが、購入した。
想定外の予算が余ってしまったが、これが後に、新たな出会いのきっかけになると、その時には解らなかった。
「甘いのじゃねえか。」
「煙草は別なんだよ。」
食べ物とは対照的に、私は甘いフレーバーの煙草がお気に入りである。むしろ、甘いフレーバーの煙草しか吸わないとすら言える。
食べ物の甘さは、私の感覚を一方的に侵略してくるが、煙草の甘さは。私の感覚と調和し、包み込んでくれる。
煙草屋を後に、我々は「私の本命」となる場所へと向かった。
この時期になると、そこは多種多様の昆虫を取り扱う。所謂ペットショップだ。
「ヘラクレス、ネプチューン、アトラス、コーカサス、マンディブラリス、ギラファ、パラワン、うーん・・・そうじゃないんだよな・・・」
「それなんてお経?」
「カブトムシとクワガタの種類だっっつーの。」
「知ってる。」
相変わらず、この友人は掴みどころが解らない。私の発した言葉を理解しているのか、理解していないのか、理解できない。
それはさておき、店に堂々と並んでいるのは、世界の強豪たる大型種ばかりである。
しかし、店を隅々と回ってみれば、販売されているのはそれだけではないことがわかった。
あくまでも、メジャーな種類を「メイン商品」としているだけであって、マイナーな種類は、店の奥側に、ひっそりと並んでいた。
ほとんどが外国産種であったが、普遍的な国産種や、国産種の亜種もそこには居た。
「ツシマヒラタか。」
「なんそれ?」
「長崎の島に生息するヒラタクワガタの亜種だよ。」
ヒラタクワガタは、染色体的にそこまで大きな差はないはずなのだが、生息する場所によって、その形態は大きく異なる。
外国産種のみならず、国産種もまた、同様なのだ。
ツシマヒラタといえば、国産のヒラタクワガタの中でもとりわけ大型化・・・というより、長大化する、という特徴がある。野生下においても、70mmを越える個体は少なくない。
「ツシマにしちゃまあまあだな。」
その個体はWD・・・すなわち、野生個体を捕獲したものであった。大きさは73mmと、まずまずである。
「で、買うの?」
「買う。」
予算が想像以上に余っていたので、他の種も迎え入れることにした。
「なんだこれ、見たことねえや。」
「ああ、サバゲノコギリか。」
前翅に、オレンジ色とも、赤褐色とも言えぬ、不気味なような美しいような模様を持ったその小さなクワガタは、市場であまり見かけない種類であった。
せっかくなので、購入してうちで観察してみることにした。
「ノコギリなん?これ。」
「国産と明らかに見た目が違うけど、れっきとしたプロソポコイラス属だよ。」
「またなんかお経唱えてる。」
彼の言う、お経という比喩は、無視することにした。
「ギラファだって全然違うだろう?同じ属だからってどれもこれも似ているとは限らないんだよ。」
「知ってる。まあ、オオクワもコクワもヒラタも俺には同じように見えるけどな。」
初見でコクワガタを迷わずコクワガタだと判ったくせに、何を言っているのだろうか。
彼は賢いのに、賢い素振りを見せない。そのくせ、その知識は何気ない会話で漏れ出ている。
それでも持て余す予算を残したまま、我々は店を後にした。
そういえば、ヒラタクワガタもコクワガタ同様、立派なドルクス属である。
私はまたしても、猛き咆哮を上げる異形の中で「彼」のことを思い出していた。
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