混虫

萩原豊

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第七 刃の影

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己の利益を求めた結果
角度を変え見たそれたるは
他者を斬り裂く刃となろう


仕事を辞めざるを得なくなったとは言ったものの、幸いにも、私は完全に無職という訳では無い。
実家の広い庭の一角を借り、調理師の経験を活かし、個人で研ぎ師をやっているのだ。

今日は、狩人をしているとある友人からの依頼で、新品のグルカナイフを研ぐことになっている。
私は、研ぎ師でありながら、仕入れ屋でもある。

まるで、オオクワガタの大顎を重ねて巨大化させたような、長大で奇妙な形状をしたその刃は、並の人間では、余程努力しないと研ぐことはままならないだろう。

研ぎ師とは言え、私は個人で営んでいる為、仕事を始める時間は自由だ。

事前に、依頼人である友人の要望を聴き、どのような仕上がりにするか話し合って決めた後、いつもより「少し早起き」して「仕事場」へと赴き、その長大な刃を、砥石に当てた。

硬質な鋼が、石に擦れるその音と感覚は、私にとって非常に心地のよいものであった。
奇妙な形の鋼の板が、徐々に刃へと変貌していく。その瞬間に立ち会えるどころか、自らの手でそれを行うことが出来るのだ。
無論、体力を消耗するため非常に疲れるが、モノが仕上がった時の達成感と言ったら、この上なく素晴らしい。

八月も半ば、夕方とは言えど炎天下、陽の光を散々浴びながら、汗なのか流水なのかも分からない程濡れた状態で、ノコギリクワガタのような色に日焼けした私は、見事にも仕事を完遂した。

工場出荷時の「グルカナイフのようなもの」は、私が手を加えることで、立派な「グルカナイフ」へと、変貌を遂げた。我ながら良い腕をしていると思う。

試し斬りと剪定ついでに、庭に植えられている金木犀の枝に狙いを定め、刃を振り下ろした。
「キィィン」という刃の振動以外、ほとんど音を立てることもなく、その枝は、振り下ろした軌道の通りに、綺麗に地へと落ちた。

私は、ナイフを洗いなおし、箒で庭を整え、作業が完了したことを依頼人である友人に伝えると、それを発送する為に梱包した。

せっかく実家に訪れたので、私にとっての昼食・・・普通で言うところの夕食を頂くことにした。
それは、なんてことの無い、その辺のスーパーで買ってきた、惣菜だった。
どことなく味気なさを感じる惣菜を口に運びながらも、私は、当たり前のように飯が食えることに感謝していた。

実家では、食事の際、いつもテレビがつきっぱなしになっている。
私は、幼少期からテレビの内容が好きでなかったこともあり、テレビを持っていないし、興味も無いのだが、ここに居る限りは、テレビから発せられる情報を、見たくなくても、聞きたくなくても、目に入ってしまうし、耳に入ってしまう。

テレビの内容なんて、正直どうでも良いし面白くもない。
内容の薄いニュース、話題の俳優を利用しただけのつまらないドラマ、大して興味のない芸能人のゴシップ。

かつて「神器」と呼ばれたその箱は、今や、下水道のような情報を垂れ流すだけの、見ているだけで虫唾が走るものと化していた。

そんな時、その下水道から、こんな内容が流れてきた。

「森で遊ぼう 幻のオオクワガタを見つけよう」

嫌な予感がした。
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