切り札の男

古野ジョン

文字の大きさ
6 / 123
第一部 切り札の男

第六話 圧倒

しおりを挟む
 久保の打球は、青い空に綺麗な放物線を描いていく。皆が打球の行方を見つめていたが、久保だけは打球から目を離した。バットを放り投げ、ゆっくりと一塁方向に駆けだしていく。打球はそのまま、外野のネットを越えた。

「「よっしゃー!!」」

 次の瞬間、大林高校のベンチが湧いた。久保は小さく右手でガッツポーズをしながら、一塁を回った。一方で、斎藤は膝に手を当ててうなだれていた。シニアでならした久保とはいえ、弱小校の代打にホームランを打たれたのだ。そのショックは相当なものだった。

 塁上にいた二人に続いて、久保がホームを踏んだ。これで得点は三対〇だ。七回表にして、大きな先制点となった。

「ナイバッチだ、久保!!」

「ういっす!!!」

 ホームベース近くで、竜司と久保はハイタッチを交わした。ベンチに帰ると、満面の笑みでまなが出迎えた。

「さすが久保くん!!代打に出して良かった!!」

「まさかホームランとは思わなかったけどな!!」

 そう言いながら、二人は喜びを分かち合った。そんな二人を横目に、ただただ驚いている男がいた。

 そう、神林だ。まなの予言通り、久保は見事に斎藤を打ち砕いた。神林は、自分の中でその理由を分析していた。

 たしかに、斎藤のスライダーは一級品だ。本来であれば、一打席で捉えられるわけがない。だが、いくつか久保にとって有利な点があった。

 斎藤が右投手であるのに対して、久保は左打者だ。したがって、斎藤のスライダーは久保から見ればインコースに入ってくる軌道になる。右打者が対戦するより、いくらか打ちやすいはずだ。

 それに加えて、斎藤は既に疲労が溜まっていた。ワンアウトを取って調子を取り戻していたのは確かだが、万全ではない。二球目と三球目には抜群のスライダーを投じることが出来た。しかし、最後の四球目が甘く入ってしまったのだ。

 二球続けてスライダーを見せられた久保にとって、四球目のスライダーはかなり甘く見えたはずだ。久保という打者が、それを見逃すはずはなかったのである。

 神林は自分の中でそう結論付けた。そして改めて、まなに問うた。

「スライダーが甘くなるって、分かってたのか?」

「はい!! いくら斎藤さんでも、三球続けていい球が投げられるわけではないですから!」

「とはいっても、まさか初見で打てるなんて思わないだろう」

 不思議に思った神林がそう問いかけると、まなは笑顔で答えた。

「だって、久保くんですから!!」

***

 斎藤はなんとか後続を抑え、七回表が終わった。当然久保が守備につくことはなく、ベンチに下がった。竜司は引き続き快投を続け、七回裏、八回裏もノーヒットで抑えてしまった。

 三対〇のまま、試合は九回に突入した。八回表から登板した自英学院の二番手投手を打ち崩せず、大林高校の攻撃は無得点で終わった。

「さあ、皆さんここからですよ!!」

「「おう!!」」

 守備に就こうとするナインに対して、久保が声援を送った。皆は、それに対して大声で応えた。まなも、マウンドに向かう竜司に向かって声を掛ける。

「おにーちゃん、ノーノーだからって気負わないでね」

「大丈夫だ、まな。点差はあるし、三つアウトが取れればそれでいい」

 竜司は落ち着いた表情で、まなに返事をした。三つアウトが取れればいいというのは、竜司にとって紛れもない本心だった。

 どちらかと言えば、まなの方が緊張していた。二軍とはいえ、兄があの自英学院に対してノーヒットノーランを達成してしまうかもしれない。そう思うと、なんだか地に足がつかなかった。

 久保はふと、自英学院のベンチを見た。そこでは、二軍監督を中心に選手たちが円陣を組んでいる。気合いを入れているというよりは、何か作戦を話し合っている様子だ。久保の心に、少し違和感が芽生えていた。

 そして、竜司は九回のマウンドに立った。打順は一番からだが、気にも留めていない。いつもと同じ豪快なワインドアップで、初球を投じた。

 それに対して、自英学院の打者がセーフティバントを仕掛けてきた。ゴツンという鈍い音を立てて、打球が竜司の前に転がった。

「ピッチャー!!」

 神林が大声で指示を出す。竜司は少しよろけたが、それでも慌てずに一塁に送球した。

「アウト!!」

「おにーちゃんナイスピッチ!!!」

「竜司さんナイスピ―!!」

 先頭打者を打ち取り、大林高校のベンチは大いに盛り上がる。竜司は人差し指を掲げ、内野陣とアウトカウントの確認をした。

 次は二番打者が打席に入った。竜司が初球を投じると、さっきの打者とは違って見逃した。二球目、三球目と見逃し、カウントはワンボールツーストライク。それを見た久保が、まなに声を掛ける。

「まな、何か意図があると思わないか?」

「ええっ!?」

 すっかり浮足立っていたまなは、意表を突かれて大きな声を出した。久保はまなに対して、円陣の件を説明した。それを聞いたまなは我に返り、冷静に状況を振り返った。

「たしかに、初球セーフティの次に待球っていうのは変だね」

「ああ、少し不気味だ」

 竜司は大きく振りかぶって、四球目を投じた。ツーストライクとあって打者はスイングをかけてきたが、ボールはホームベースの手前でストンと落ちた。

「ストライク!!バッターアウト!!」

「竜司さんナイスピ―!!」

「あとひとりー!!」

 他の部員たちは、変わらず竜司に声援を送っていた。久保とまなは、自英学院の動きに注目していた。ベンチに戻った二番打者が、監督に何かを伝えている。

「あれ、なんなんだろうね」

「さあな、分からん。ほぼほぼ試合も終わりだってのに、一体何を話してるんだろうな」

 そうこうしている間に、竜司は三番打者を追い込んでいた。

「竜司さん、あと一球ですよー!!」

「もうひとふんばりー!!」

 竜司は大きく振りかぶり、ストレートを投じた。打者のバットは空を切り、ボールはミットに吸い込まれた。

「ストライク!! バッターアウト!!」

「よっしゃあ!!!」

 竜司は大声で叫んだ。それに呼応するかのように、部員たちも大声を出した。

「竜司さんすごいっす!!」

「ノーノーとかまじでエグイ!!!」

 部員たちの喜ぶ声を聞いて、久保とまなははっとした。

「そうだよ、勝ったんだよ久保くん!! とりあえず喜ばないと!!」

「まあ、そうだな!! お前の兄貴、ほんとすげえよ!!」

 違和感は置いておいて、あの自英学院に勝ったのは間違いないことだ。しかも、竜司はノーヒットノーランという完璧なピッチングを見せた。大林高校にとっては、これ以上ない勝利だった。

 両校の選手がホームベースを挟んで整列し、審判が試合終了を宣言する。

「三対〇で大林高校の勝利! 礼!」

「「「ありがとうございました!!」」」

 そのあと、大林高校は撤収作業を始めた。竜司は二軍監督のもとへと挨拶へ向かい、神林が片付けの指示を出している。まなはスコアブックをまとめながら、今日の試合を振り返っていた。

 久保は自分の道具を片付け終え、グラウンドから去ろうとしていた。すると、近くの駐車場にバスがやってきた。何だろうとよく目を凝らすと、そのバスには「自英学院高校野球部」と書いてある。

 久保の心に、嫌な予感がした。バスから次々と選手が降りてくる。そう、遠征していた一軍の選手たちが帰ってきたのだ。

 最後に降りてきた二人が、久保の存在に気づいた。久保がどうすることも出来ずに立ち尽くしていると、二人が近寄ってくる。そのうちの一人が、久保に向かって口を開いた。

「お前、野球はやめたんじゃなかったのか?」

 そう話すのは、自英学院のユニフォームを着た八木倫太郎だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...