切り札の男

古野ジョン

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第二部 大砲と魔術師

第十話 期待

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 一回戦を終えた翌日、大林高校の部員たちはグラウンドで練習していた。そこにまなが新聞を抱えてやって来て、部員たちを集めた。

「地方紙に、昨日の試合が載ってますよー!!」

「おお、本当だ」

「すげえなこれ」

 部員たちは口々に感想を述べた。まだ一回戦だというのに久保の写真が大きく掲載されており、その注目度の高さが表れていた。

「久保くん、なんかプロ野球選手みたいだね!」

「ハハハ、カッコイイな」

 久保はそんなことを言いながら新聞を読んでいた。一試合で二本塁打七打点という成績を残しておきながら、彼はどこか落ち着いた気持ちだった。まだ一回戦が終わったばかり。中学時代に全国大会を経験していたこともあり、まだまだ先は長いと気を引き締めていたのだ。彼は次の試合を見据え、まなに問いかけた。

「次、どこが上がってくるんだ?」

「牧野第一が勝ったみたい。二回戦はそことだね」

「牧野一高かあ。染田さんと大前さんがいるとこだな」

「うん、そうだね」

 牧野第一は中堅校で、三回戦くらいまでは勝ち残ることも多い。今年は染田という強打者と大前という好投手を擁しており、注目校として名前が挙がっていた。

 そして、練習が終わると二回戦に向けたミーティングが始まった。まなが皆の前で、牧野第一の特徴を話し始めた。

「知っての通り、向こうの柱は四番の染田さんと五番の大前さんです。特に大前さんはエースでもあります」

「大前の球、結構速かったよな」

「その通りです、岩沢先輩。百四十くらいは出ていると思います」

 まなの言う通り、大前は速球を持ち味としていた。さらに変化球も得意で、ナックルカーブとフォークを決め球としていた。

「特に注意すべきなのがナックルカーブです。速いので、打ちにくいと思います」

「基本は真っすぐ狙いか?」

「そうだね、久保くん。積極的に仕掛けていって、直球を打てたらベストかな」

 大前の話が一通り終わると、今度は染田に話題が移った。彼は強打の一塁手で、一回戦でも三打点をあげていた。

「染田さんにヒットが出ると向こうは盛り上がるでしょうから、ちゃんと抑えないとですね」

「まな、そういや次は誰が先発するんだ?」

 久保がそう尋ねると、まなは迷わずにリョウを指さした。

「リョウくん、次の先発はあなたよ」

「えっ、僕ですか!?」

「梅宮先輩は七回も投げてるし、次はキミの番だよ」

「ぼ、僕で大丈夫なんですか……?」

 リョウは珍しく自信無さげだった。周囲が不思議がっていると、久保がその理由を察して口を開いた。

「お前、この間の試合で怖くなったんだろ」

「ええっ!?」

「ハハハ、図星みたいだな」

 福田農業の二年生エース、吉永は上級生の夏を終わらせてしまった。下級生が登板することの意味は重い。一回戦を見て、リョウも公式戦で登板する重みを理解してしまったのだ。

「大丈夫だ、皆はお前のことを信頼してるよ」

「本当ですか……?」

「誰もお前が投げることに文句言ってないだろ? いつも通り自信を持て」

「は、はい」

「それに―― 点数くらい俺らが取ってやるから、安心して投げろ。でしょ、岩沢先輩?」

「ああ、お前は何も気にせず堂々と投げろ。それがチームの為になる」

「……はい! 頑張ります!」

 リョウはいつもの表情に戻り、堂々と答えた。上級生たちは既に彼の実力を認めている。それどころか、彼が公式戦でどんな投球を見せてくれるのか楽しみにしていたのだ。

 その数日後、あっという間に試合当日となった。牧野第一はもともと注目されていたが、大林高校も久保のおかげで注目度が高まっていた。その二校の対戦とあって観客席は多くの観客で埋まり、二回戦とは思えぬ活況ぶりだった。

 試合前練習が終わり、部員たちは試合開始を待っていた。ベンチで座るリョウに対し、久保が話しかけた。

「どうだリョウ、緊張してるか?」

「少しだけ……」

「ハハハ、お前でもそういうもんなんだな」

「でも、こんなにお客さんがいるなんてワクワクします」

「おお、やっぱお前メンタル強いな」

「えっ?」

「なあに、あの時お前を推して良かったなと思っただけだよ」

 そして時間となり、部員たちはベンチ前で並んだ。審判の号令でホームベース前へと駆けだし、ホームベースを挟んで牧野第一の部員たちと向かい合った。

「試合を始めます。礼!!」

「「「「お願いします!!!!」」」」

 挨拶を終えると、牧野第一の選手たちが各ポジションへと散った。今日も大林高校が先攻だ。大前は投球練習を開始し、久保たちはその様子を眺めていた。

「まな、大前さんの持ち球はナックルカーブとフォークだったよな」

「そうだね、特にナックルカーブに注意ね」

 二人は大前の特徴を再度確認していた。先攻となった以上、リョウが投げる前に先制点を取っておきたい。一回表、大林高校にとってはいきなり重要なイニングとなった。

「リョウのために先制点取ってやらねえとな」

「一点でもいいから、頼むね」

 間もなく投球練習が終わり、一番の木尾が打席へと向かった。審判がプレイをかけ、試合が始まる。

「かっとばせー、きーお!!」

 今日も応援団は元気よくナインを応援していた。その力を受けて、打席の木尾はバットを強く握り直した。マウンドの大前はサインを交換したあと、初球を投じた。力のあるストレートが外角に決まった。

「ストライク!!」

「いいぞ大前ー!!」

「ナイスボール!!」

 牧野第一のベンチが盛り上がる一方で、久保たちは大前の投球を分析していた。

「やっぱ速いな」

「注目されるだけはあるね」

 続いて大前は第二球に内角への直球を投じたが、これはファウルとなった。第三球は高めの釣り球だったが、これは木尾が見逃してボールとなった。これでワンボールツーストライクだ。

「そろそろカーブが来るな」

「木尾先輩、ついていけるといいけど」

 大前は振りかぶって第四球を投じた。彼は投げる瞬間に思わず声を漏らし、気合いの入りようを窺わせた。

(カーブ!!)

 まなはその軌道を見て、何の球種であるかに気づいた。木尾もバットを出していくが捉えきれず、ひっかけてしまった。打球は勢いのないゴロとなって三塁方向へと転がっていく。

「サード!!」

 捕手が指示を出し、三塁手が捕って送球した。木尾は懸命に一塁を駆け抜けたが間に合わず、ワンアウトとなった。

「ナイスサード!!」

「ナイスピー大前ー!!」

 直球でカウントを稼がれ、最後にカーブで決められる。大林高校はお手本通りの投球を見せられてしまった。

「今のは無理だな」

「うん、真っすぐを打てなかったのが痛かったね」

 久保とまなが今の打席を分析しているなか、二番の近藤が打席に入った。彼は一回戦で二打数一安打二四球と結果を残しており、好調をキープしていた。

 大前は振りかぶって初球を投じた。近藤は打ちにいくが、ボールは本塁手前でストンと落ち、バットが空を切った。

「今の、フォークだな」

「初球からなんて、警戒されてるね」

 バッテリーも近藤の好調は知っており、慎重にリードしていた。二球目もフォークを投げ、近藤から空振りを奪った。

「いいぞ大前ー!!」

「ナイスボール!!」

 牧野第一のベンチは大前を盛り立てていた。捕手は一球だけ直球を見せようと、高めに構えた。大前はそれに従い、第三球を投じた。

 ボール気味の投球だったが、近藤はスイングをかけた。快音を残して見事に白球を捉え、一塁へと走り出していった。

「セカン!!」

 捕手がそう叫んだが、二塁手は追い付けず打球はセンター前に抜けていった。

「ナイバッチ近藤先輩ー!!」

「いいぞ近藤ー!!」

 今度は大林高校のベンチが盛り上がった。近藤の打撃技術は確実に向上しており、チームメイトたちにもそれが伝わっていた。

「近藤先輩、やっぱり前よりミート出来てるよな」

「うん、ここ数か月ですごい成長してる」

 そして、三番の岩沢がネクストバッターズサークルから歩き出した。久保もそれを見てベンチから出ようとしたが、まなが呼び止めた。

「どうした、まな?」

「久保くん、あなたに頼みたいことがあるの」

「何だよ?」

「大前さんのナックルカーブ、仕留めて」

 それを聞いた久保はキョトンとした。

「どういうことだ?」

「この間の練習試合と同じだよ。キミがカーブを打ってくれれば、うちの打線は楽になる」

「あの時はたまたまうまくいっただけで、あのナックルカーブを狙えってのは……」

「なーに言ってんのよ!!」

 そう言うと、まなは久保の背中をバシンと叩いた。そして笑顔で、彼を励ました。

「キミだって、凄いバッターなんでしょ! リョウくんみたいに、自信持っていきなさいよ!」

「……そうだな、俺がアイツに手本を見せてやらないとな」

「頼むね、久保くん!」

「おう、任せとけって!」

 そうこうしているうちに、岩沢の打席が始まった。彼も積極的に打ちにいったが、内角の直球を詰まらせてセカンドゴロになった。これで近藤が二塁に進み、ツーアウト二塁となった。

「久保、頼むぞー!」

 岩沢はベンチに戻りながら、ネクストバッターズサークルに声援を送った。久保は頷き、打席に向かって歩き出した。場内アナウンスが流れると、スタジアム全体が一気に盛り上がった。

「四番、レフト、久保くん」

「久保ー打てよー!!」

「ホームラン頼むぞー!!」

「今日も二発打てー!!」

 盛り上がる観客席とは対照的に、マウンドの大前の表情が険しくなった。注目の好投手か、一試合二発の強打者か。一回表から、両者の間に激しく火花が散っていた――
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