切り札の男

古野ジョン

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第三部 怪物の夢

第十六話 エース登場

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 雄大がグラウンドに姿を現すと、観客席から一斉に拍手が巻き起こった。秋の大会で見せた豪腕ぶりをもう一度見たい、そんな期待感で球場が満ちていたのだ。

「百五十見せてくれよー!!」

「頼むぞー!!」

 声援が飛び交う中、雄大は投球練習を始めた。芦田が捕球音を響かせるたびに、観客席からどよめきが聞こえてくる。一方で、悠北の選手は驚くことなく、じっとマウンドを見つめていた。

「野村、どう思う?」

「速いけど、ついていけないことはない。狙いは打ち合わせ通りだ」

 尾田と野村は雄大の投球を見て、タイミングを掴もうとしていた。去年の秋、二人は雄大の前に三振に倒れている。今日は簡単に打ち取られるわけにはいかないのだ。

 間もなく投球練習が終わり、一番打者が左打席に入った。雄大はロジンをつけて、ふうと息をつく。審判がプレイをかけると、球場の視線が一気に集まった。

「プレイ!!」

「久保頼むぞー!!」

「頑張れー!!」

 声援を受けながら、雄大は芦田のサインを見た。初球のサインは高めへのストレート。悠北の狙い球は何なのか探ろうという一球だ。

 雄大は大きく振りかぶり、第一球を投げた。豪速球が唸りを上げ、芦田の構えたミットへと向かっていく。インハイのボール気味の球だったが、打者はいきなり打ちにきた。キンという甲高い音を響かせ、ファウルボールがバックネットへと突き刺さる。

「ファウルボール!!」

「「おお~!!」」

 どよめく観客と対照的に、雄大は少し驚いていた。初球の直球を、いきなりバットに当てられてしまったのだ。彼は、悠北が強力打線である所以を改めて知ることになった。

(いきなり当ててくるか。今日はタフな試合になりそうだ)

 そんなことを考えながらも、雄大は気を取り直して再びサインを見た。芦田の要求は、インコースへのストレート。悠北に対して強気で攻めようという意思の表れだった。

(さすが、芦田は分かってるな)

 雄大はそのサインに頷き、大きく振りかぶった。右足をプレートにかけながら、ゆっくりと左足を上げる。そして思い切り右腕を振るい、第二球を投じた。

 直球がインコースへと向かっていく。打者はそれを見て、コンパクトにバットを振り抜いた。カーンという快音が響き、鋭い打球が右方向へと飛んでいく。

「ライトー!!」

 芦田が大声で叫ぶと、雄介が捕球体勢に入った。ライナー性の打球が外野へと向かっていく。雄介は定位置からほぼ動かず、しっかりと打球をキャッチした。これでライトライナーとなり、まずワンアウトだ。

「ワンアウトワンアウトー!!」

「ナイスライトー!!」

 ナインが雄大を盛り立てているが、ベンチのまなは険しい表情をしていた。雄大の速球が、二球目でいきなり捉えられてしまったのだ。

(雄大の真っ直ぐをライトに引っ張れるなんて、相当振り込んでるのね)

 彼女は少し不安そうな表情で、マウンドに立つ雄大を見つめていた。続いて、二番の右打者が打席に入る。さっきとは一転して、芦田は縦スライダーのサインを出した。

(初球、変化球で様子見だ)

 芦田はそう考えながら、外角に構える。雄大もそのサインに同意して、第一球を投じた。白球が高めの軌道を描き、本塁へと向かっている。打者はスイングを開始したが、ボールは急速に落ちていく。バットが空を切り、審判の右手が上がった。

「ストライク!!」

「ナイスボール!!」

「いいぞ久保ー!!」

 内野陣から大きな声が飛ぶ。芦田も「これでいい」と頷きながら、返球した。雄大はそれを受け取ると、少し頭の中で考えを巡らせていた。

(タイミング的に、直球狙いのスイングだったな。スライダーで押していくか)

 芦田も同様に考えてスライダーのサインを出した。雄大はそれに従い、振りかぶって第二球を投げる。打者はさっきと同じようなスイングを見せ、空振りした。これでカウントはノーボールツーストライクとなった。

(このまま、スライダーで勝負だ)

 芦田は打者の様子を窺いながら、またも縦スライダーのサインを出した。雄大もそれに頷いて大きく振りかぶり、第三球を投じた。高めの軌道から、白球が一気に地面へと落下していく。

「くっ……!」

 打者はなんとか当ててみせたが、ショートへの平凡なゴロとなった。遊撃手の潮田が落ち着いて打球を捌き、これでツーアウトだ。

「ナイスショート!!」

「ナイスー!」

 雄大は指を二本立てて、内野陣とアウトカウントを確認し合っていた。しかし、ここで悠北の応援団が沸き上がる。彼らの視線の先には、ネクストバッターズサークルから歩き出す尾田の姿があったのだ。

「三番、ライト、尾田くん」

「尾田打てよー!!」

「かっとばせー!!」

 尾田はゆっくりと左打席に入ると軽く本塁をバットで叩き、そして構えた。芦田は彼の様子を窺いながら、狙い球を探っている。

(一番と二番は直球狙いだった。尾田もそうだと考えるのが妥当だ)

 彼は直球を避け、縦スライダーのサインを出した。雄大もそれに同意し、投球動作に入る。彼は左足を上げ、第一球を投じた。尾田はしっかりと球を見て、スイングをかけていく。しかし本塁手前でボールが急激に変化して、バットが空を切った。

「ストライク!!」

 審判がコールして、カウントはノーボールワンストライクとなった。空振りしたにも関わらず、尾田は悔しがる様子を見せない。

(やはり直球狙いだ。コイツにもスライダーで押していくか)

 芦田はその様子を見て、ストレートを狙われていると確信した。続いて雄大は二球目にもスライダーを投じたが、尾田はまたも空振りした。これでノーボールツーストライクだ。

「オッケー、それでいい」

 芦田は声を掛けながら返球した。ここで尾田の出塁を許せば、次は野村に打順が回ってしまう。バッテリーの二人は慎重にサインを交換している。芦田がサインを出すと、雄大は苦笑いした。

(初回だってのに、また無茶な要求だな)

 雄大はそのサインに頷き、大きく振りかぶった。尾田はバットを少し短く持ち替え、構えている。観客たちが熱い声援を送る中、雄大は第三球を投じた。外角高めのボールゾーンに向かって、白球が飛んでいく。そして本塁手前で鋭く軌道を変えると、アウトローのゾーンを掠めるようにミットへと収まった。

(どうだ!?)

 芦田はしっかりとその球を捕ると、審判の判定を待った。しかしその右手は上がらず、彼の耳に聞こえてきたのは「ボール」のコールだった。それでも球場中がどよめき、雄大の制球力に驚きの声が上がっていた。

「何だよ、今のスライダーか?」

「あんなとこから外いっぱいに決まるのかよ」

 予想だにしていない球の軌道に、尾田も目を丸くしていた。彼はバットを振るどころか反応すら出来ず、ただ見逃すしかなかった。カウントはワンボールツーストライク。三球連続でスライダーを投じていることもあり、芦田は内角の直球を要求した。

(これだけスライダーを投げてたら、尾田とて差し込まれるだろう)

 雄大も芦田の考えに賛成し、投球動作に入った。彼は大きく振りかぶり、第四球を投じる。要求通りのインコースへの直球だったが、尾田は打ちにいった。うまく肘を畳んだコンパクトなスイングでバットを振り抜き、右方向へと弾き返す。

「セカン!!」

 芦田の指示も虚しく、鋭い打球が一二塁間を抜けていった。散々スライダーを見せられながら、振り遅れることなく内角の直球を弾き返す。尾田の打撃技術の高さが示される結果となった。

「久保、次だぞ!」

「ああ、分かってる」

 芦田が声を掛けると、雄大がそんな返事をした。次に打席に立つのは、四番の野村である。二人は悠北打線をかわし、無失点で切り抜けることが出来るのか――
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