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094:旅立ち
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対ドラコリッチ戦は勝利することができた。勝因は全てといってもいいだろう。十分な数のポーションが用意できていたこと、戦場にそれを配って回れるだけの支援の手があったこと、体力と疲労を常時回復し続けながら戦闘を続けられた薬品、ドラコリッチの体力と疲労を削り続けただろう薬品、包囲した形で手段を問わずにダメージを積み上げ続けることができた武器を魔法化する薬品、前回に引き続き雷撃のブレスを引き出すために使われたジャベリン、頭部に大きなダメージを残すことのできた火薬、それ以外にも持っていたものを全て惜しみなく注いでこそだった。前線で奮闘した者だけでなく、周囲で支えた者たちも含めた全員の勝利だった。
この戦果は誇っていい。素体が何だったのかはこれから分かっていくことだろうが、とにかくドラコリッチを撃破できたのだ。これは国の戦史に刻まれるほどのものだろう。
けが人は多数。いくら数を用意できたとはいえさすがに全員の体力や疲労を完全に回復させるまでには至らなかった。それだけにひとしきり喜んだ後は動けなくなっている者も大勢いた。それを回復して回れるほどにはカリーナも魔法が残っていない。それでも何とか自分たちだけは動ける程度まで回復させ、ようやく一息ついているところだ。
ポーションも薬品もほぼ使い切った。装備品もボロボロだ。ギルドから提供を受けたポーションは最終的には買い取りという形を取るだろうが、セルバ家から提供を受けた薬品を始めとしたものに関しては戦時ということもあって無償で供与されている。ギルドはドラコリッチの素材でも美味しい思いができるだろう。戦った兵士や冒険者には名誉と実績がもたらされる。実際今回のドラコリッチ戦で損失を出しているのはセルバ家くらいのものだろう。それでも塔の入り口で戻ってくる皆を見ながら拍手をしているステラはとても満足そうだった。
「お疲れさまでした。これでみなさんもドラゴンスレイヤーの仲間入りですね」
「おー、ありがとな、薬も火薬もかなり助かったぞ。あー、そうか、ドラゴンスレイヤーか、そうなのか」
「何だか実感が湧いてくるようなそうでもないようなという感じですね?」
「まあ言ったところでドラコリッチだったからだろうな。とはいえドラゴン・リッチだ。ワイバーンを狩るのとは違う本物のドラゴンだからな。喜んでいいんだろう」
「きっと称号のところに追加されますよ。鑑定してみたらいかがです?」
なるほど、という思いもあった。ドラゴンスレイヤーといえばやはり名誉の称号だ。軍が撃退したときにはさすがにスレイヤーは付かなかったと聞いている。そうなると気になってきてしまうので、そろって案内人のところへと移動していった。
「ドラコリッチの撃破、おめでとうございます。これにて世界へと続く扉は開かれました。今後は門の脇にあります通用口にモドロンを配置いたしますので、そちらへ申しつけていただければ扉をお開けいたします」
「お、そうなるのか、分かった。てか通用口なんてあったんだな、まったく気がつかなかったぞ」
「出入りのたびにあの大扉を毎回開け閉めするようなことはいたしませんよ。よくある演出でございます」
「マジか、好きだなそういうの」
あの門は実は飾りだったのだろうか。だが確かにあの門を守るようにして立つドラコリッチとの戦いはなかなかに興奮するものがあった。それはそれとして鑑定だ。ルーナに伝えて鑑定盤を用意してもらい、クリストがそこへ手を置いた。
「お待たせいたしました、こちら鑑定結果でございます。レベルが11に上がり、称号にドラゴンスレイヤーが追加されております。おめでとうございます」
「おお‥‥すげーな、何というか、こうして形になって見えると感慨深いというか」
「いいですねえ、ドラゴンスレイヤー、もう言葉の響きが格好いい。それとレベル11ですか、これすごいんじゃないですか? たぶん国を越える英雄レベル?」
言葉が格好いいというステラの評価には誰もが納得だろう。後ろでギルドのトーリもうんうんとうなずいている。そしてレベル11だ。ここまで来れば文句なし、英雄と言われてどうかという気持ちもあるが、間違いなく国を越える知名度を持つ強者に数えられるだろう。その段階までついに到達したということだ。
「‥‥いやーここまで来ると皆さんAランクに昇格でいいでしょうね。まさかここに分室ができて最初の仕事がこういうことになるなんて感動です」
ここまで来たらAランクというトーリの評価も納得できるものだろう。何しろダンジョンを踏破してドラコリッチも撃破したのだ、十分すぎる実績だった。
「Aランクねえ、ついこの間降格でも構わないなんて話をしていたと思ったらこれだ。分からんもんだな。だがまあ昇格の話はどうでもいいぞ。俺たちはたぶんしばらく戻らないだろうからな」
「え、戻らないのですか? AランクですよAランク。国から依頼が来るレベルですよ」
「目の前にもっとおいしいものがあるだろ。戻るより前にやりたいことが山積みだぞ。連絡があればここに置いておいてもらえればたまには来るからな、それでいいだろう」
今更地上で何をやるというのか。目の前には広大な地下世界が広がっていて、見たいものが知りたいことが山積みになっているのだ。そこにギルドのランクなど関係ない。必要なのはドラコリッチを撃破したことで向こうに行けるようになったという事実だけだ。
「いえいえいえ、ドラコリッチの素材の分配もあるのですが」
「おー、それはさすがに惜しいな。俺たちももらえるんだよな?」
「もちろんです。とはいえ今回は参加者も多いですからね。国も関わっていますからちょっと相談させてください」
ドラコリッチはもともとドラゴンだ。さすがにドラゴン素材ともなれば国も欲しいだろう。ドラゴン素材で何ができるのかは分からないが牙や爪の一つ、うろこの一枚でもかなりの価値が見込まれる。もちろん国とギルドで相談して決めてくれて良い。クリストたちはこれからやることがあるのだから、いずれ戻った時にでも知れたらそれで良かった。
「それではこちらを、この世界の大まかな地図となります。広さは約800万平方キロメートル、東西の幅は約4000キロメートル、南北の幅は約3800キロメートル。山岳、森林、熱帯、湿地、雪原、凍土、草原、砂漠、海洋、島嶼。さまざまな気候、さまざまな地形が存在いたします。もちろん危険もございますが、それ以上に見るべきものは多く、学ぶものもまた多いでしょう。きっとご満足いただけると思っております」
ルーナがそう言って出してきた地図には大きな島が描かれていた。これが全体図ということになるのだろうが、数字が大きすぎて広さが良く分からなかった。
「‥‥聞いてもピンとこないんだが広いってことだけは分かったぞ。今はどの辺にいるんだ?」
「この地図ですと、ここ。中央やや下のこの点がそうでございますね。門を出ますと南を向いておりますので、ご注意ください」
「なるほどね、分かった。で、一番近い町とか聞いてもいいか?」
「はい。門を出ますと道が真っすぐ南へと続いております。そこを進むとしばらく先で広い街道に出ますので、そこを右へ進まれますと、そうですね、半日ほど進むと最も近い町へと着きますよ」
地図を見ながら、南、道を右、半日、と確認していく。
「あとは言葉と、この硬貨は使えるのかってことなんだが」
「言葉、そうでしたね、こちらの言語は基本的に※※語、ああ、通じませんね? なるほど。主要言語は、始原語に近い古語、そのほか少数ですが※※※※語、※※※語、ああどれも通じませんか。そのほか6言語、またそれ以外にもごく少数のそのほかの言語使用者が存在しております。どれも種、あるいは地域によって区分されております。通貨に関しましてはこれも主要通貨として※※※、いけませね、この世界をもともと支配していた国の言語と通貨が主要のものとして現在も使用されております。そのほかの言語は移民や少数民族のものが多く、そのほかの通貨は分裂後にわざわざ独自の通貨を作った国のものでございますので。ただ、そうですね、ほとんどの場合は主要な言語と通貨が使用可能でしよう。通貨もほぼ1対1で交換が可能だったはずですので、問題ないかと思われます。ただし政治情勢次第で変動する場合がございますのでご注意ください」
話が複雑になってしまったが、とにかく主要な言語、主要な通貨というものがあるということは分かった。少数が使っているという言語や通貨に関しては今は気にしなくてもいいだろう。そしてダンジョンで見つけたメモに書かれていた文字が主要なものである可能性が非常に高く、そうなればいざとなればカリーナが筆談でどうにかできる。それに確かダンジョン内で言語理解のどうこうという道具を見つけている。何とかなる、何とかできるだろうと考えられた。
「確か国家というものもあるという話だったが、その最も近い町というのもどこかに所属しているということで良いのか」
いつの間にか近くにいて話を聞いていたマリウスが問うた。
軍にとってもそこは重要な要素だった。何しろ地上とは別の国があるということになる。軍が進む、国から人が来るということになれば、やはりそこにはさまざまな問題、交渉事が発生するかもしれなかった。
「もちろんその町はとある国のものとなります。そこに住まう人々とどのような関わりを持たれるのかは全て皆様のお心次第でございますよ」
アエリウスとの対話の中で天上のことは天上で解決すれば良いと語っていたルーナにとっては、そんなことは天上と地下世界の国との間で勝手に解決すれば良いということなのだろうか、「知ったことではない」という声が聞こえてきそうな対応だった。
「‥‥むう。仕方がない、その辺のことは中央の誰かが何かうまく考えるだろう。それで、われわれもその地図をもらえるだろうか」
「地図でございますか? いいえ、この地図は踏破者の皆様が外へ出られる際に渡すことに決まっておりますので」
「む? われわれもここまで来たのだが‥‥」
「皆様の扱いは来訪者の方々と何ら変わりございません。踏破者の称号を得たいのであればこちらの皆様と同じようにしていただかないと」
む? と固まってしまったのはマリウスで、ルーナは素知らぬ顔だった。
「まあそうなるだろうな、悪いな、あんたらは外には出られないそうだぜ」
「‥‥ほお、知っていたな?」
「ああ、やっぱりな、1階から5階までを飛ばしたのはずるをしたって判定のようだ。頑張ってくれ」
「くそ、それでか、それで妙に話が早かったわけだな」
「おお。協力してドラコリッチを倒すことには何の問題もなかったのさ。結局先に行くのは俺たちだ」
クリストがにこやかに、そしてわははとわざとらしく笑いながらマリウスの肩をたたく。最初からドラコリッチは脅威で、自分たちだけで倒せるかどうかは分からなかった。地下世界を冒険するのに何も自分たちだけで無理をして倒すつもりなどなかったのだ。軍がやってくることは分かっていた。それもかなり急いで来るだろうことが分かっていたのだ。1階から5階までは飛ばして6階からだという話も聞いていたのだ。手を借りてしまえ、そして倒した暁には当然自分たちが先に行くのだ、そういう話だった。
「やられましたねえ、でも大丈夫でしょう? 軍のみなさんだって6階からここまではずいぶん早かったですし、5階までなんてすぐですよ」
ステラも気軽にそんなことを言う。確かに軍がその気になれば5階までなどすぐだろう。だがやはり先を取られた気持ちがあった。せっかく目の前にあるというのに、マリウスとしてはがっかりだと言うしかなかった。
「くそ、すぐだ、われわれもすぐに来る。町で首を洗って待っていろ」
「おう、待ってるぜ。来たら1杯おごってやるよ」
クリストが差し出した手のひらをバシッとたたいてマリウスは戻っていく。あの様子では今からやると言い出すだろう。
「さあこれでいい、これでいいな。行くか」
周りで仲間たちもうなずいている。ここでゆっくりと休憩を取って回復している時間がもったいなかった。クリストたちの胸の内はすでに決まっていた。まずは外へ行く。最初の町へ行く。それからだ。
「この先を見たいと言ってここまで来たのはみなさんです。この世界に出て行きたくて頑張ったのはみなさんです。たまにはここに戻ってきて教えてください。みなさんがここで何を見て何を知って何を得るのか、楽しみに待っていますね」
最初にこの依頼を持ってきたのはギルドとセルバ家だった。だが途中からは自分たちの意思で続けてきた。そしてそんな自分たちをステラもまた見ていたのだなと感じる。
そのステラの言葉とルーナの会釈とに見送られて彼らは通路を進み、門前の広場へ出る。門の脇には通用口が用意されていて、その脇には最初からいた一つ目のモノドロンが待っていた。そのモノドロンに軽く手を上げて外へ行きたいと告げると、彼はにこりと笑顔を作り右手の親指をぐっと立てると、扉に手をかけて開いていく。目の前には道があった。門の向こうにも木立があり、草が風に揺れていた。空高くの太陽の日差しが道の先を照らしている。
さあ行こう。この先に待っているまだ見ぬ何かに思いをはせて。
――End
この戦果は誇っていい。素体が何だったのかはこれから分かっていくことだろうが、とにかくドラコリッチを撃破できたのだ。これは国の戦史に刻まれるほどのものだろう。
けが人は多数。いくら数を用意できたとはいえさすがに全員の体力や疲労を完全に回復させるまでには至らなかった。それだけにひとしきり喜んだ後は動けなくなっている者も大勢いた。それを回復して回れるほどにはカリーナも魔法が残っていない。それでも何とか自分たちだけは動ける程度まで回復させ、ようやく一息ついているところだ。
ポーションも薬品もほぼ使い切った。装備品もボロボロだ。ギルドから提供を受けたポーションは最終的には買い取りという形を取るだろうが、セルバ家から提供を受けた薬品を始めとしたものに関しては戦時ということもあって無償で供与されている。ギルドはドラコリッチの素材でも美味しい思いができるだろう。戦った兵士や冒険者には名誉と実績がもたらされる。実際今回のドラコリッチ戦で損失を出しているのはセルバ家くらいのものだろう。それでも塔の入り口で戻ってくる皆を見ながら拍手をしているステラはとても満足そうだった。
「お疲れさまでした。これでみなさんもドラゴンスレイヤーの仲間入りですね」
「おー、ありがとな、薬も火薬もかなり助かったぞ。あー、そうか、ドラゴンスレイヤーか、そうなのか」
「何だか実感が湧いてくるようなそうでもないようなという感じですね?」
「まあ言ったところでドラコリッチだったからだろうな。とはいえドラゴン・リッチだ。ワイバーンを狩るのとは違う本物のドラゴンだからな。喜んでいいんだろう」
「きっと称号のところに追加されますよ。鑑定してみたらいかがです?」
なるほど、という思いもあった。ドラゴンスレイヤーといえばやはり名誉の称号だ。軍が撃退したときにはさすがにスレイヤーは付かなかったと聞いている。そうなると気になってきてしまうので、そろって案内人のところへと移動していった。
「ドラコリッチの撃破、おめでとうございます。これにて世界へと続く扉は開かれました。今後は門の脇にあります通用口にモドロンを配置いたしますので、そちらへ申しつけていただければ扉をお開けいたします」
「お、そうなるのか、分かった。てか通用口なんてあったんだな、まったく気がつかなかったぞ」
「出入りのたびにあの大扉を毎回開け閉めするようなことはいたしませんよ。よくある演出でございます」
「マジか、好きだなそういうの」
あの門は実は飾りだったのだろうか。だが確かにあの門を守るようにして立つドラコリッチとの戦いはなかなかに興奮するものがあった。それはそれとして鑑定だ。ルーナに伝えて鑑定盤を用意してもらい、クリストがそこへ手を置いた。
「お待たせいたしました、こちら鑑定結果でございます。レベルが11に上がり、称号にドラゴンスレイヤーが追加されております。おめでとうございます」
「おお‥‥すげーな、何というか、こうして形になって見えると感慨深いというか」
「いいですねえ、ドラゴンスレイヤー、もう言葉の響きが格好いい。それとレベル11ですか、これすごいんじゃないですか? たぶん国を越える英雄レベル?」
言葉が格好いいというステラの評価には誰もが納得だろう。後ろでギルドのトーリもうんうんとうなずいている。そしてレベル11だ。ここまで来れば文句なし、英雄と言われてどうかという気持ちもあるが、間違いなく国を越える知名度を持つ強者に数えられるだろう。その段階までついに到達したということだ。
「‥‥いやーここまで来ると皆さんAランクに昇格でいいでしょうね。まさかここに分室ができて最初の仕事がこういうことになるなんて感動です」
ここまで来たらAランクというトーリの評価も納得できるものだろう。何しろダンジョンを踏破してドラコリッチも撃破したのだ、十分すぎる実績だった。
「Aランクねえ、ついこの間降格でも構わないなんて話をしていたと思ったらこれだ。分からんもんだな。だがまあ昇格の話はどうでもいいぞ。俺たちはたぶんしばらく戻らないだろうからな」
「え、戻らないのですか? AランクですよAランク。国から依頼が来るレベルですよ」
「目の前にもっとおいしいものがあるだろ。戻るより前にやりたいことが山積みだぞ。連絡があればここに置いておいてもらえればたまには来るからな、それでいいだろう」
今更地上で何をやるというのか。目の前には広大な地下世界が広がっていて、見たいものが知りたいことが山積みになっているのだ。そこにギルドのランクなど関係ない。必要なのはドラコリッチを撃破したことで向こうに行けるようになったという事実だけだ。
「いえいえいえ、ドラコリッチの素材の分配もあるのですが」
「おー、それはさすがに惜しいな。俺たちももらえるんだよな?」
「もちろんです。とはいえ今回は参加者も多いですからね。国も関わっていますからちょっと相談させてください」
ドラコリッチはもともとドラゴンだ。さすがにドラゴン素材ともなれば国も欲しいだろう。ドラゴン素材で何ができるのかは分からないが牙や爪の一つ、うろこの一枚でもかなりの価値が見込まれる。もちろん国とギルドで相談して決めてくれて良い。クリストたちはこれからやることがあるのだから、いずれ戻った時にでも知れたらそれで良かった。
「それではこちらを、この世界の大まかな地図となります。広さは約800万平方キロメートル、東西の幅は約4000キロメートル、南北の幅は約3800キロメートル。山岳、森林、熱帯、湿地、雪原、凍土、草原、砂漠、海洋、島嶼。さまざまな気候、さまざまな地形が存在いたします。もちろん危険もございますが、それ以上に見るべきものは多く、学ぶものもまた多いでしょう。きっとご満足いただけると思っております」
ルーナがそう言って出してきた地図には大きな島が描かれていた。これが全体図ということになるのだろうが、数字が大きすぎて広さが良く分からなかった。
「‥‥聞いてもピンとこないんだが広いってことだけは分かったぞ。今はどの辺にいるんだ?」
「この地図ですと、ここ。中央やや下のこの点がそうでございますね。門を出ますと南を向いておりますので、ご注意ください」
「なるほどね、分かった。で、一番近い町とか聞いてもいいか?」
「はい。門を出ますと道が真っすぐ南へと続いております。そこを進むとしばらく先で広い街道に出ますので、そこを右へ進まれますと、そうですね、半日ほど進むと最も近い町へと着きますよ」
地図を見ながら、南、道を右、半日、と確認していく。
「あとは言葉と、この硬貨は使えるのかってことなんだが」
「言葉、そうでしたね、こちらの言語は基本的に※※語、ああ、通じませんね? なるほど。主要言語は、始原語に近い古語、そのほか少数ですが※※※※語、※※※語、ああどれも通じませんか。そのほか6言語、またそれ以外にもごく少数のそのほかの言語使用者が存在しております。どれも種、あるいは地域によって区分されております。通貨に関しましてはこれも主要通貨として※※※、いけませね、この世界をもともと支配していた国の言語と通貨が主要のものとして現在も使用されております。そのほかの言語は移民や少数民族のものが多く、そのほかの通貨は分裂後にわざわざ独自の通貨を作った国のものでございますので。ただ、そうですね、ほとんどの場合は主要な言語と通貨が使用可能でしよう。通貨もほぼ1対1で交換が可能だったはずですので、問題ないかと思われます。ただし政治情勢次第で変動する場合がございますのでご注意ください」
話が複雑になってしまったが、とにかく主要な言語、主要な通貨というものがあるということは分かった。少数が使っているという言語や通貨に関しては今は気にしなくてもいいだろう。そしてダンジョンで見つけたメモに書かれていた文字が主要なものである可能性が非常に高く、そうなればいざとなればカリーナが筆談でどうにかできる。それに確かダンジョン内で言語理解のどうこうという道具を見つけている。何とかなる、何とかできるだろうと考えられた。
「確か国家というものもあるという話だったが、その最も近い町というのもどこかに所属しているということで良いのか」
いつの間にか近くにいて話を聞いていたマリウスが問うた。
軍にとってもそこは重要な要素だった。何しろ地上とは別の国があるということになる。軍が進む、国から人が来るということになれば、やはりそこにはさまざまな問題、交渉事が発生するかもしれなかった。
「もちろんその町はとある国のものとなります。そこに住まう人々とどのような関わりを持たれるのかは全て皆様のお心次第でございますよ」
アエリウスとの対話の中で天上のことは天上で解決すれば良いと語っていたルーナにとっては、そんなことは天上と地下世界の国との間で勝手に解決すれば良いということなのだろうか、「知ったことではない」という声が聞こえてきそうな対応だった。
「‥‥むう。仕方がない、その辺のことは中央の誰かが何かうまく考えるだろう。それで、われわれもその地図をもらえるだろうか」
「地図でございますか? いいえ、この地図は踏破者の皆様が外へ出られる際に渡すことに決まっておりますので」
「む? われわれもここまで来たのだが‥‥」
「皆様の扱いは来訪者の方々と何ら変わりございません。踏破者の称号を得たいのであればこちらの皆様と同じようにしていただかないと」
む? と固まってしまったのはマリウスで、ルーナは素知らぬ顔だった。
「まあそうなるだろうな、悪いな、あんたらは外には出られないそうだぜ」
「‥‥ほお、知っていたな?」
「ああ、やっぱりな、1階から5階までを飛ばしたのはずるをしたって判定のようだ。頑張ってくれ」
「くそ、それでか、それで妙に話が早かったわけだな」
「おお。協力してドラコリッチを倒すことには何の問題もなかったのさ。結局先に行くのは俺たちだ」
クリストがにこやかに、そしてわははとわざとらしく笑いながらマリウスの肩をたたく。最初からドラコリッチは脅威で、自分たちだけで倒せるかどうかは分からなかった。地下世界を冒険するのに何も自分たちだけで無理をして倒すつもりなどなかったのだ。軍がやってくることは分かっていた。それもかなり急いで来るだろうことが分かっていたのだ。1階から5階までは飛ばして6階からだという話も聞いていたのだ。手を借りてしまえ、そして倒した暁には当然自分たちが先に行くのだ、そういう話だった。
「やられましたねえ、でも大丈夫でしょう? 軍のみなさんだって6階からここまではずいぶん早かったですし、5階までなんてすぐですよ」
ステラも気軽にそんなことを言う。確かに軍がその気になれば5階までなどすぐだろう。だがやはり先を取られた気持ちがあった。せっかく目の前にあるというのに、マリウスとしてはがっかりだと言うしかなかった。
「くそ、すぐだ、われわれもすぐに来る。町で首を洗って待っていろ」
「おう、待ってるぜ。来たら1杯おごってやるよ」
クリストが差し出した手のひらをバシッとたたいてマリウスは戻っていく。あの様子では今からやると言い出すだろう。
「さあこれでいい、これでいいな。行くか」
周りで仲間たちもうなずいている。ここでゆっくりと休憩を取って回復している時間がもったいなかった。クリストたちの胸の内はすでに決まっていた。まずは外へ行く。最初の町へ行く。それからだ。
「この先を見たいと言ってここまで来たのはみなさんです。この世界に出て行きたくて頑張ったのはみなさんです。たまにはここに戻ってきて教えてください。みなさんがここで何を見て何を知って何を得るのか、楽しみに待っていますね」
最初にこの依頼を持ってきたのはギルドとセルバ家だった。だが途中からは自分たちの意思で続けてきた。そしてそんな自分たちをステラもまた見ていたのだなと感じる。
そのステラの言葉とルーナの会釈とに見送られて彼らは通路を進み、門前の広場へ出る。門の脇には通用口が用意されていて、その脇には最初からいた一つ目のモノドロンが待っていた。そのモノドロンに軽く手を上げて外へ行きたいと告げると、彼はにこりと笑顔を作り右手の親指をぐっと立てると、扉に手をかけて開いていく。目の前には道があった。門の向こうにも木立があり、草が風に揺れていた。空高くの太陽の日差しが道の先を照らしている。
さあ行こう。この先に待っているまだ見ぬ何かに思いをはせて。
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