19 / 29
19
しおりを挟む
オリエント王国の大使館は、王都の一等地にありながら、そこだけ異界のような空気を放っていた。
「……趣味が悪いな」
シグルド様がポツリと漏らす。
エントランスは黒と赤を基調とした装飾で埋め尽くされ、壁にはなぜか動物の剥製(しかも猛獣ばかり)がズラリと並んでいる。
「ドS王子の城へようこそ、って感じですね」
私はため息をつきつつ、シグルド様の腕にしっかりとしがみついた。
今日のドレスは、シグルド様が用意した漆黒のベルベット。
「私の色だ」と言い張って着せられたが、明らかに「他の男に見せないため」の露出控えめなデザインだ。
ホールに入ると、すでに多くの招待客が集まっていた。
だが、その空気は重い。
皆、主催者であるラファエル王子の顔色を窺い、ヒソヒソと話している。
「ようこそ、愛しのアンズ。そして招かれざる客、シグルド殿」
ホールの最奥、一段高い場所に設けられた玉座から、甘い声が響いた。
ラファエル王子だ。
彼は深紅のワイングラスを片手に、妖艶な笑みを浮かべている。
そして、その足元には。
「……ひぃっ! た、助けてくれぇ……!」
四つん這いになり、王子の「足置き(オットマン)」にされている男がいた。
金髪。
情けない声。
間違いなく、我が国の王太子、クロード殿下である。
「クロード殿下!?」
私が声を上げると、ラファエル王子は楽しそうにクロード殿下の背中を靴底でグリグリと踏みつけた。
「ああ、気にしないでくれ。ちょうど良い高さの椅子がなくてね。彼が『アンズのためなら何でもする』と言うから、有効活用させてもらっているんだ」
「うぐっ……! ア、アンズ……見てくれ、この愛の証を……! 僕は君のために、プライドを捨てて……!」
「捨てすぎです。国の尊厳まで捨てないでください」
私は頭を抱えた。
隣国の王子の足置きにされる次期国王。
外交問題どころか、歴史の教科書に載るレベルの恥だ。
「ラファエル」
シグルド様の全身から、ドス黒い殺気が噴き出した。
周囲の招待客が「ヒッ」と悲鳴を上げて道を開ける。
「我が国の王太子を椅子にするとは……宣戦布告と受け取っていいのだな?」
「おや、怖い怖い」
ラファエル王子は悪びれもせず、クロード殿下の背中で足を組み替えた。
「これは『ゲーム』だよ、シグルド殿」
「ゲーム?」
「そう。今宵のパーティーの余興だ」
ラファエル王子は指を鳴らした。
すると、会場の左右から、黒い覆面をした屈強な衛兵たちが現れ、出口を封鎖した。
「ルールは簡単だ。私と『賭け』をしよう」
「断る、と言ったら?」
「この可愛い『椅子』がどうなるか分からないよ? 例えば、そのまま剥製にして私のコレクションに加えるとか」
「ひいぃぃぃ!! アンズぅぅぅ! 助けてぇぇぇ!!」
クロード殿下が泣き叫ぶ。
シグルド様は舌打ちをした。
人質(というか椅子質)を取られては、無下にもできない。
「……いいだろう。賭けの内容は?」
「単純さ。私が用意した『拷問……おっと、アトラクション』を、君たちがクリアできるかどうかだ」
ラファエル王子はニヤリと笑った。
「もしクリアできれば、この椅子は解放しよう。そして私は大人しく帰国する。だが、もしクリアできなければ……」
彼は熱っぽい瞳で私を見た。
「アンズ、君を頂く。私の国で、一生私の『お気に入り』として暮らしてもらうよ」
「ふざけるな」
シグルド様が吠えるより早く、私が口を開いた。
「受けます」
「アンズ!?」
シグルド様が驚いて私を見る。
私は彼の手をギュッと握り返した。
「大丈夫です。売られた喧嘩は買う主義ですから。それに……」
私はラファエル王子を睨み据えた。
「他人の尊厳を踏みにじって楽しむようなゲス野郎には、一発お見舞いしてやらないと気が済みません」
「ハハッ! いい目だ! ゾクゾクするねぇ!」
ラファエル王子は高笑いした。
「では、ゲーム開始だ! 第一の関門は……これだ!」
彼が合図を送ると、ホールの扉が開き、地響きのような足音が近づいてきた。
現れたのは、身長二メートルを超す巨漢たち。
オリエント王国の精鋭部隊『鉄の処刑人』と呼ばれる兵士たちだ。
全員が鋼のような筋肉を鎧の下に隠し持っている。
「我が国の最強格闘家たちだ。彼らと戦い、一分間立っていられたら合格としよう。ただし、君たちのようなひ弱な貴族に勝てるかな?」
ラファエル王子は勝ち誇った顔だ。
シグルド様がマントを脱ぎ捨て、前に出ようとした。
「私がやる」
「いいえ、シグルド様」
私は彼を止めた。
そして、ニヤリと笑った。
「ここは『専門家』に任せましょう」
「専門家?」
その時。
会場の空気を読まない、元気な声が響いた。
「きゃあああああ!! すごい!! 筋肉の博覧会ですか!?」
ピンク色のドレスを着た小柄な令嬢が、人混みをかき分けて最前列に飛び出してきた。
ミナ様だ。
彼女は招待されていないはずだが、いつの間にか紛れ込んでいたらしい。
「な、なんだあの女は?」
ラファエル王子が眉をひそめる。
ミナ様は、目の前に並ぶ巨漢たちを見て、目をハートにして身悶えていた。
「素晴らしい……! あの大腿四頭筋の張り! まるで丸太です! それにあちらの方の広背筋! 翼が生えているようですわ!」
「お、おい、娘。邪魔だ、下がれ」
巨漢の一人が威嚇するが、ミナ様には通じない。
「ねえ、触ってもいいですか? 硬さは? カットの深さは?」
ミナ様は巨漢に詰め寄り、その太い腕をペタペタと触り始めた。
「うわぁ……! カチカチです! どんなトレーニングを? やっぱり高重量低回数ですか? それとも加圧?」
「え、あ、いや……毎日の素振りだが……」
「素振りだけでこのトライセプス(上腕三頭筋)!? 才能ですね! 神に愛されてますね!」
ミナ様の熱量に、殺戮マシーンのような兵士たちがタジタジになっている。
「え、ええと……ありがとう?」
「ポージングをお願いしても!? 是非、モスト・マスキュラーを!」
「もすと……?」
「こうです! グッと力を込めて!」
「こ、こうか?」
「キャーーッ! キレてる! デカイ! 冷蔵庫!」
ミナ様が黄色い声援を送ると、兵士たちはまんざらでもない顔をし始めた。
普段は「処刑人」として恐れられている彼らにとって、純粋に筋肉を褒め称えてくれる美少女は、初めての存在だったのだ。
「隊長、俺も見てくれ!」
「俺の腹直筋はどうだ!」
「いいですねぇ! 板チョコみたいです!」
あっという間に、殺伐とした処刑タイムが、和やかなボディビル大会へと変わってしまった。
「な……なんなんだ、これは……」
ラファエル王子が玉座の上で呆然としている。
足元のクロード殿下も「ミナ……恐ろしい子……」と震えている。
私は扇子を開き、ラファエル王子に微笑みかけた。
「いかがですか、殿下。彼らはもう、戦意喪失しているようですが?」
「くっ……! わけのわからん女を使いおって!」
ラファエル王子は悔しげに歯ぎしりした。
第一関門、突破だ。
「いいだろう! だが次はそうはいかん! 第二の関門は『恐怖の晩餐』だ!」
王子が手を叩くと、ワゴンが運ばれてきた。
そこに乗っているのは、見るからに毒々しい色の料理……いや、ゲテモノ料理だ。
生きたまま動く触手のようなものや、得体の知れない臓器の煮込み。
「我が国の珍味だ。これを完食できれば認めてやろう。さあ、アンズ。君のその綺麗な口が、悲鳴を上げずにいられるかな?」
これは……。
私はワゴンを覗き込んだ。
(……これ、ただの海鮮料理じゃない?)
オリエント王国は海に面している。
これはタコやナマコの踊り食い的なものだろう。
内陸国のこの国では「ゲテモノ」に見えるかもしれないが。
「食べます」
私は即答した。
「なっ!? 正気か!?」
「いただきます」
私はフォークを手に取り、踊る触手をパクリと口に入れた。
コリコリとした食感。
新鮮な磯の香り。
「ん、美味しい。新鮮ですね、これ」
「はぁ!?」
ラファエル王子が目を剥いた。
「美味しいだと!? それは深海の魔物の足だぞ!?」
「タコですよね? 実家の領地が海沿いだったので、よく食べてました。……シグルド様もどうぞ。精がつきますよ?」
「……アンズが言うなら」
シグルド様も恐る恐る口にし、「……意外といけるな」と頷いた。
私たちはあっという間に完食した。
「ごちそうさまでした。デザートはありませんか?」
「ば、馬鹿な……。私の計算が……」
ラファエル王子のドSプランが音を立てて崩れていく。
「さあ、殿下。ゲームオーバーです」
私はナプキンで口を拭き、王子の前に立った。
「約束通り、クロード殿下を返していただきましょうか。そして、二度と私の前に現れないでください」
ラファエル王子は震えていた。
怒りではない。
その目は、異様な興奮に輝いていた。
「……素晴らしい」
王子はクロード殿下を蹴り飛ばして立ち上がり、私の手を取った。
「筋肉女に怯まない度胸。ゲテモノを食らう野性味。……やはり君は最高だ! ますます欲しくなったよ!」
「は?」
「決めた! 君を私の『正妃』にする! ペットなどという半端な扱いではない、この国の国交ごと君を奪ってみせる!」
話が斜め上に飛躍した。
この人、逆境に燃えるタイプか。
「調子に乗るなよ、変態王子」
シグルド様が私の腰を引き寄せ、ラファエル王子を睨みつけた。
「アンズは渡さん。国交? 上等だ。お前の国が干上がるまで経済制裁をしてやろうか」
「ハハッ! 受けて立とう! 愛の戦争だ!」
会場はカオスだった。
筋肉ポーズを決める兵士たち。
足蹴にされて転がっているクロード殿下。
そして、私を挟んで火花を散らす二人の権力者。
「……帰りたい」
私の切実な願いは、誰にも届かなかった。
その時だった。
会場の入り口が、ドカン!! と爆発音と共に吹き飛んだ。
「お兄様ーーーーッ!!」
土煙の中から現れたのは、巨大な鉄球を引きずった赤髪の美少女。
シャルロット王女だ。
背中には、リュックサックに入ったコーギーのアレクサンダーを背負っている。
「シャ、シャルロット!? なぜここに!?」
ラファエル王子が初めて焦りの色を見せた。
「何やってんのよ、この変態兄貴! パパ(国王)が『ラファエルがまた悪い病気を出してないか連れ戻せ』ってカンカンだったわよ!」
「うっ……父上が?」
「強制送還よ! さあ、帰るわよ!」
シャルロット王女は鉄球をブン回し、ラファエル王子の襟首を掴んだ。
「離せシャルロット! 私は今、運命の愛を……!」
「うるさい! アンズは私の友達(犬の恩人)なの! 手を出したら私がぶっ飛ばすわよ!」
王女は私に向かってニカッと笑った。
「ごめんねアンズ! このバカ兄貴は私が処分しとくから! またアレクサンダーと遊んでやってね!」
「あ、はい。ありがとうございます……」
嵐のような兄妹喧嘩の末、ラファエル王子は妹に引きずられて退場していった。
「アンズぅぅぅ! 必ず迎えに来るからなぁぁぁ!」
王子の叫び声が消えていく。
残されたのは、静まり返った会場と、
「あ、あの……俺たちのポージング指導は?」と戸惑う兵士たち。
そして、床で白目を剥いているクロード殿下だけだった。
「……終わったな」
シグルド様が深く息を吐いた。
「本当に、台風のような一家だ」
「ですね。……でも、助かりました」
私はシグルド様を見上げた。
「守ってくれて、ありがとうございました」
「……結局、妹君に持っていかれたがな」
シグルド様は苦笑し、私の頭をポンと撫でた。
「だが、約束は守ったぞ。お前は無傷だ」
「ええ。最高のパートナーです」
私たちは顔を見合わせて笑った。
足元でクロード殿下が「僕も……僕も頑張ったよ……」と呻いていたが、それは見なかったことにした。
こうして、隣国との外交トラブル(?)は、妹王女の鉄拳制裁によって幕を閉じた。
だが、これで全てが終わったわけではない。
クロード殿下の廃嫡危機、そして私たちの関係の決着。
「……趣味が悪いな」
シグルド様がポツリと漏らす。
エントランスは黒と赤を基調とした装飾で埋め尽くされ、壁にはなぜか動物の剥製(しかも猛獣ばかり)がズラリと並んでいる。
「ドS王子の城へようこそ、って感じですね」
私はため息をつきつつ、シグルド様の腕にしっかりとしがみついた。
今日のドレスは、シグルド様が用意した漆黒のベルベット。
「私の色だ」と言い張って着せられたが、明らかに「他の男に見せないため」の露出控えめなデザインだ。
ホールに入ると、すでに多くの招待客が集まっていた。
だが、その空気は重い。
皆、主催者であるラファエル王子の顔色を窺い、ヒソヒソと話している。
「ようこそ、愛しのアンズ。そして招かれざる客、シグルド殿」
ホールの最奥、一段高い場所に設けられた玉座から、甘い声が響いた。
ラファエル王子だ。
彼は深紅のワイングラスを片手に、妖艶な笑みを浮かべている。
そして、その足元には。
「……ひぃっ! た、助けてくれぇ……!」
四つん這いになり、王子の「足置き(オットマン)」にされている男がいた。
金髪。
情けない声。
間違いなく、我が国の王太子、クロード殿下である。
「クロード殿下!?」
私が声を上げると、ラファエル王子は楽しそうにクロード殿下の背中を靴底でグリグリと踏みつけた。
「ああ、気にしないでくれ。ちょうど良い高さの椅子がなくてね。彼が『アンズのためなら何でもする』と言うから、有効活用させてもらっているんだ」
「うぐっ……! ア、アンズ……見てくれ、この愛の証を……! 僕は君のために、プライドを捨てて……!」
「捨てすぎです。国の尊厳まで捨てないでください」
私は頭を抱えた。
隣国の王子の足置きにされる次期国王。
外交問題どころか、歴史の教科書に載るレベルの恥だ。
「ラファエル」
シグルド様の全身から、ドス黒い殺気が噴き出した。
周囲の招待客が「ヒッ」と悲鳴を上げて道を開ける。
「我が国の王太子を椅子にするとは……宣戦布告と受け取っていいのだな?」
「おや、怖い怖い」
ラファエル王子は悪びれもせず、クロード殿下の背中で足を組み替えた。
「これは『ゲーム』だよ、シグルド殿」
「ゲーム?」
「そう。今宵のパーティーの余興だ」
ラファエル王子は指を鳴らした。
すると、会場の左右から、黒い覆面をした屈強な衛兵たちが現れ、出口を封鎖した。
「ルールは簡単だ。私と『賭け』をしよう」
「断る、と言ったら?」
「この可愛い『椅子』がどうなるか分からないよ? 例えば、そのまま剥製にして私のコレクションに加えるとか」
「ひいぃぃぃ!! アンズぅぅぅ! 助けてぇぇぇ!!」
クロード殿下が泣き叫ぶ。
シグルド様は舌打ちをした。
人質(というか椅子質)を取られては、無下にもできない。
「……いいだろう。賭けの内容は?」
「単純さ。私が用意した『拷問……おっと、アトラクション』を、君たちがクリアできるかどうかだ」
ラファエル王子はニヤリと笑った。
「もしクリアできれば、この椅子は解放しよう。そして私は大人しく帰国する。だが、もしクリアできなければ……」
彼は熱っぽい瞳で私を見た。
「アンズ、君を頂く。私の国で、一生私の『お気に入り』として暮らしてもらうよ」
「ふざけるな」
シグルド様が吠えるより早く、私が口を開いた。
「受けます」
「アンズ!?」
シグルド様が驚いて私を見る。
私は彼の手をギュッと握り返した。
「大丈夫です。売られた喧嘩は買う主義ですから。それに……」
私はラファエル王子を睨み据えた。
「他人の尊厳を踏みにじって楽しむようなゲス野郎には、一発お見舞いしてやらないと気が済みません」
「ハハッ! いい目だ! ゾクゾクするねぇ!」
ラファエル王子は高笑いした。
「では、ゲーム開始だ! 第一の関門は……これだ!」
彼が合図を送ると、ホールの扉が開き、地響きのような足音が近づいてきた。
現れたのは、身長二メートルを超す巨漢たち。
オリエント王国の精鋭部隊『鉄の処刑人』と呼ばれる兵士たちだ。
全員が鋼のような筋肉を鎧の下に隠し持っている。
「我が国の最強格闘家たちだ。彼らと戦い、一分間立っていられたら合格としよう。ただし、君たちのようなひ弱な貴族に勝てるかな?」
ラファエル王子は勝ち誇った顔だ。
シグルド様がマントを脱ぎ捨て、前に出ようとした。
「私がやる」
「いいえ、シグルド様」
私は彼を止めた。
そして、ニヤリと笑った。
「ここは『専門家』に任せましょう」
「専門家?」
その時。
会場の空気を読まない、元気な声が響いた。
「きゃあああああ!! すごい!! 筋肉の博覧会ですか!?」
ピンク色のドレスを着た小柄な令嬢が、人混みをかき分けて最前列に飛び出してきた。
ミナ様だ。
彼女は招待されていないはずだが、いつの間にか紛れ込んでいたらしい。
「な、なんだあの女は?」
ラファエル王子が眉をひそめる。
ミナ様は、目の前に並ぶ巨漢たちを見て、目をハートにして身悶えていた。
「素晴らしい……! あの大腿四頭筋の張り! まるで丸太です! それにあちらの方の広背筋! 翼が生えているようですわ!」
「お、おい、娘。邪魔だ、下がれ」
巨漢の一人が威嚇するが、ミナ様には通じない。
「ねえ、触ってもいいですか? 硬さは? カットの深さは?」
ミナ様は巨漢に詰め寄り、その太い腕をペタペタと触り始めた。
「うわぁ……! カチカチです! どんなトレーニングを? やっぱり高重量低回数ですか? それとも加圧?」
「え、あ、いや……毎日の素振りだが……」
「素振りだけでこのトライセプス(上腕三頭筋)!? 才能ですね! 神に愛されてますね!」
ミナ様の熱量に、殺戮マシーンのような兵士たちがタジタジになっている。
「え、ええと……ありがとう?」
「ポージングをお願いしても!? 是非、モスト・マスキュラーを!」
「もすと……?」
「こうです! グッと力を込めて!」
「こ、こうか?」
「キャーーッ! キレてる! デカイ! 冷蔵庫!」
ミナ様が黄色い声援を送ると、兵士たちはまんざらでもない顔をし始めた。
普段は「処刑人」として恐れられている彼らにとって、純粋に筋肉を褒め称えてくれる美少女は、初めての存在だったのだ。
「隊長、俺も見てくれ!」
「俺の腹直筋はどうだ!」
「いいですねぇ! 板チョコみたいです!」
あっという間に、殺伐とした処刑タイムが、和やかなボディビル大会へと変わってしまった。
「な……なんなんだ、これは……」
ラファエル王子が玉座の上で呆然としている。
足元のクロード殿下も「ミナ……恐ろしい子……」と震えている。
私は扇子を開き、ラファエル王子に微笑みかけた。
「いかがですか、殿下。彼らはもう、戦意喪失しているようですが?」
「くっ……! わけのわからん女を使いおって!」
ラファエル王子は悔しげに歯ぎしりした。
第一関門、突破だ。
「いいだろう! だが次はそうはいかん! 第二の関門は『恐怖の晩餐』だ!」
王子が手を叩くと、ワゴンが運ばれてきた。
そこに乗っているのは、見るからに毒々しい色の料理……いや、ゲテモノ料理だ。
生きたまま動く触手のようなものや、得体の知れない臓器の煮込み。
「我が国の珍味だ。これを完食できれば認めてやろう。さあ、アンズ。君のその綺麗な口が、悲鳴を上げずにいられるかな?」
これは……。
私はワゴンを覗き込んだ。
(……これ、ただの海鮮料理じゃない?)
オリエント王国は海に面している。
これはタコやナマコの踊り食い的なものだろう。
内陸国のこの国では「ゲテモノ」に見えるかもしれないが。
「食べます」
私は即答した。
「なっ!? 正気か!?」
「いただきます」
私はフォークを手に取り、踊る触手をパクリと口に入れた。
コリコリとした食感。
新鮮な磯の香り。
「ん、美味しい。新鮮ですね、これ」
「はぁ!?」
ラファエル王子が目を剥いた。
「美味しいだと!? それは深海の魔物の足だぞ!?」
「タコですよね? 実家の領地が海沿いだったので、よく食べてました。……シグルド様もどうぞ。精がつきますよ?」
「……アンズが言うなら」
シグルド様も恐る恐る口にし、「……意外といけるな」と頷いた。
私たちはあっという間に完食した。
「ごちそうさまでした。デザートはありませんか?」
「ば、馬鹿な……。私の計算が……」
ラファエル王子のドSプランが音を立てて崩れていく。
「さあ、殿下。ゲームオーバーです」
私はナプキンで口を拭き、王子の前に立った。
「約束通り、クロード殿下を返していただきましょうか。そして、二度と私の前に現れないでください」
ラファエル王子は震えていた。
怒りではない。
その目は、異様な興奮に輝いていた。
「……素晴らしい」
王子はクロード殿下を蹴り飛ばして立ち上がり、私の手を取った。
「筋肉女に怯まない度胸。ゲテモノを食らう野性味。……やはり君は最高だ! ますます欲しくなったよ!」
「は?」
「決めた! 君を私の『正妃』にする! ペットなどという半端な扱いではない、この国の国交ごと君を奪ってみせる!」
話が斜め上に飛躍した。
この人、逆境に燃えるタイプか。
「調子に乗るなよ、変態王子」
シグルド様が私の腰を引き寄せ、ラファエル王子を睨みつけた。
「アンズは渡さん。国交? 上等だ。お前の国が干上がるまで経済制裁をしてやろうか」
「ハハッ! 受けて立とう! 愛の戦争だ!」
会場はカオスだった。
筋肉ポーズを決める兵士たち。
足蹴にされて転がっているクロード殿下。
そして、私を挟んで火花を散らす二人の権力者。
「……帰りたい」
私の切実な願いは、誰にも届かなかった。
その時だった。
会場の入り口が、ドカン!! と爆発音と共に吹き飛んだ。
「お兄様ーーーーッ!!」
土煙の中から現れたのは、巨大な鉄球を引きずった赤髪の美少女。
シャルロット王女だ。
背中には、リュックサックに入ったコーギーのアレクサンダーを背負っている。
「シャ、シャルロット!? なぜここに!?」
ラファエル王子が初めて焦りの色を見せた。
「何やってんのよ、この変態兄貴! パパ(国王)が『ラファエルがまた悪い病気を出してないか連れ戻せ』ってカンカンだったわよ!」
「うっ……父上が?」
「強制送還よ! さあ、帰るわよ!」
シャルロット王女は鉄球をブン回し、ラファエル王子の襟首を掴んだ。
「離せシャルロット! 私は今、運命の愛を……!」
「うるさい! アンズは私の友達(犬の恩人)なの! 手を出したら私がぶっ飛ばすわよ!」
王女は私に向かってニカッと笑った。
「ごめんねアンズ! このバカ兄貴は私が処分しとくから! またアレクサンダーと遊んでやってね!」
「あ、はい。ありがとうございます……」
嵐のような兄妹喧嘩の末、ラファエル王子は妹に引きずられて退場していった。
「アンズぅぅぅ! 必ず迎えに来るからなぁぁぁ!」
王子の叫び声が消えていく。
残されたのは、静まり返った会場と、
「あ、あの……俺たちのポージング指導は?」と戸惑う兵士たち。
そして、床で白目を剥いているクロード殿下だけだった。
「……終わったな」
シグルド様が深く息を吐いた。
「本当に、台風のような一家だ」
「ですね。……でも、助かりました」
私はシグルド様を見上げた。
「守ってくれて、ありがとうございました」
「……結局、妹君に持っていかれたがな」
シグルド様は苦笑し、私の頭をポンと撫でた。
「だが、約束は守ったぞ。お前は無傷だ」
「ええ。最高のパートナーです」
私たちは顔を見合わせて笑った。
足元でクロード殿下が「僕も……僕も頑張ったよ……」と呻いていたが、それは見なかったことにした。
こうして、隣国との外交トラブル(?)は、妹王女の鉄拳制裁によって幕を閉じた。
だが、これで全てが終わったわけではない。
クロード殿下の廃嫡危機、そして私たちの関係の決着。
10
あなたにおすすめの小説
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした
ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない
当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。
だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。
「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」
こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!!
───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。
「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。
ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。
彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。
一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。
※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる