婚約破棄、心より感謝申し上げます!

苺マカロン

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「さあ、最終決戦だ、シグルド殿。そして愛しのアンズ」

翌日。
連れてこられたのは、王都の中央にある巨大な円形闘技場(コロッセオ)だった。

観客席には、数千人のオリエント国民が詰めかけ、熱狂している。
ロイヤルボックスには、ふんぞり返ったラファエル王子と、心配そうに見守るシャルロット王女。

「ルールは単純だ。私の用意した『最強の戦士』を倒せば、君たちの勝利。無事に帰国させてやろう」

ラファエル王子がマイク(魔道具)で宣言する。

「だが、負ければ……アンズは私のもの、シグルド殿は海の藻屑となってもらう!」

「……やれやれ。最後まで野蛮な男だ」

シグルド様は、闘技場の中央で上着を脱ぎ捨てた。
ワイシャツの袖を捲り上げる姿に、黄色い声援が飛ぶ。

「アンズ、下がっていろ。すぐに終わらせる」

「気をつけてくださいね。相手はどんな怪物か分かりませんから」

私が不安げに見守る中、対戦相手が入場ゲートから現れた。

ズシーン……ズシーン……。

地響きと共に現れたのは、人間離れした巨体だった。
身長三メートル。
全身が鋼鉄の筋肉で覆われた、褐色の巨人。
顔には鉄仮面をつけている。

「紹介しよう! 我が国の最終兵器、その名も『ギガント』だ! 熊を素手で引き裂き、鉄球を噛み砕く魔人だ!」

「……デカすぎませんか?」

私はドン引きした。
あれは人間じゃない。生物兵器だ。
いくらシグルド様が強くても、質量保存の法則を無視した相手には勝てないのでは?

「グオオオオオオッ!!」

ギガントが咆哮し、巨大な棍棒を振り上げた。

「死ねぇ、シグルド!!」

ラファエル王子が叫ぶ。
絶体絶命のピンチ。

その時だった。

「ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁぁ!!」

闘技場の静寂を切り裂く、場違いな女の声が響いた。

「ん?」

全員の視線が、観客席の入り口に向けられる。
そこに立っていたのは、ピンク色のドレスをたくし上げ、目を血走らせた小柄な令嬢だった。

「ミ、ミナ様!?」

私が叫ぶと、彼女は手すりを飛び越え(高さ五メートル)、砂煙を上げて闘技場に着地した。
スタッ!
見事なスーパーヒーロー着地だ。

「間に合った……! 筋肉の祭典が開かれると聞いて、居ても立ってもいられず!」

「なんでここに!? ていうか、どうやって海を!?」

「漁船を漕いできました! 上腕二頭筋のトレーニングにちょうどよくて!」

「嘘でしょ!?」

ミナ様は私のツッコミを無視し、目の前の巨人に熱い視線を注いだ。

「す、すごい……! なんですかあの筋肉の塊は! まるで歩く要塞! 特にあの大臀筋(おしり)の張り! 国宝級ですわ!」

「グ、グオ?」

ギガントが棍棒を止めた。
いきなり尻を褒められて困惑しているようだ。

「ミナ嬢! 危ないから下がれ!」

シグルド様が叫ぶが、ミナ様は止まらない。
ふらふらと巨人に近づいていく。

「ねえ、触らせて? そのバスケットボールみたいな肩、触らせて?」

「グ、ググ……(威嚇)」

「ああ、いい血管! 浮き出てるわ! ねえ、プロテインは何味派? 私はチョコ味!」

ミナ様は巨人の足元に抱きつき、その太ももをスリスリし始めた。

「こ、これは……硬い! 岩のようだわ! 尊い……筋肉尊い……!」

「グオオ……(照)」

巨人の鉄仮面の下が赤くなっているのが分かる。
棍棒が手から滑り落ちた。
戦意喪失だ。

「な、ななな、なんだあの女はーーッ!?」

ラファエル王子が絶叫する。

「ギガント! 何をしている! その女を叩き潰せ!」

「させませんよ、殿下」

もう一つ、凛とした声が響いた。

「師匠(マスター)の友人を傷つけることは、この僕が許さない!」

今度は、貴賓席の屋根から、一人の男が飛び降りてきた。
白い執事服。
爽やかな笑顔。
そして、無駄にキレのある動き。

「ク、クロード殿下!?」

着地したクロード殿下は、サッと私の前に膝をついた。

「お待たせしました、師匠! 忠実なる下僕、クロード! ただいま推参いたしました!」

「だから、なんでここに!?」

「師匠が隣国の王子に狙われていると聞き、心配で夜も眠れず……高速船をチャーターして追いかけてきました!」

「ストーカーの鑑ですね!」

「お褒めいただき光栄です!」

殿下は立ち上がり、懐から真っ白なタオルと水筒を取り出した。

「兄上! 汗をお拭きください! 水分補給も!」

「……今、戦闘中なんだが」

シグルド様が呆れている間に、殿下は素早くシグルド様の汗を拭き、マッサージを始めた。

「肩が凝っていますね! さあ、リラックスしてください! 敵の相手はミナ嬢がしてくれていますから!」

見ると、ミナ様は完全に巨人を懐柔していた。

「サイドチェスト! はい、もっと胸を張って!」

「グオッ!(ポーズ)」

「いいよー! キレてるよー! ギガントちゃん可愛いよー!」

「グフフ……(満更でもない)」

巨人はもう、ミナ様の言いなりだ。
ポージングの指示に従って、筋肉を見せつけている。
観客たちも、最初は呆気にとられていたが、次第に「おおー!」「すげぇ筋肉だ!」と盛り上がり始めてしまった。

「……カオスだ」

私は天を仰いだ。
シグルド様は、クロード殿下に肩を揉まれながら、やれやれと息を吐いた。

「ラファエル。勝負ありだな」

「…………」

ラファエル王子は、手すりを握りしめて震えていた。
怒りではない。
困惑と、そして……恐怖だ。

「なんなんだ……お前の国の人間は……」

王子が呻くように言った。

「筋肉に発情する女に、元婚約者の下僕になった王太子……。まともな人間はいないのか!?」

「あいにくだが、まともな人間は私とお前(アンズ)だけだ」

「いや、アンズも大概おかしいぞ! ゲテモノ食うし!」

ラファエル王子はガックリと項垂れた。

「……私の負けだ。こんな変人集団と関わっていたら、私の精神が崩壊する」

「賢明な判断だ」

「連れて帰れ! 全員まとめて、今すぐにだ!」

王子が叫ぶと、会場から爆笑と拍手が巻き起こった。
ギガントまでもが、ミナ様に手を振って別れを惜しんでいる。

「師匠! やりましたね! 完全勝利です!」

クロード殿下が私の手を取ってブンブンと振る。

「はいはい。……でも、助かったわ」

私は素直に礼を言った。
この二人が来なければ、シグルド様が怪我をしていたかもしれない。
(まあ、シグルド様なら巨人も倒せたかもしれないが)

「ミナ様、帰りますよ! その巨人は持ち帰り禁止です!」

「えーっ! お土産にしたいのにぃ!」

ミナ様が巨人の足にしがみついて駄々をこねる。
シャルロット王女がロイヤルボックスから身を乗り出し、叫んだ。

「ミナ! そのギガント、あげるわよ! 兄貴の護衛なんて勿体ないもの!」

「本当ですかシャルロット様!? やったー! 今日から私のペットね!」

「グオォォン!(歓喜)」

「待て待て待て! 勝手に国の戦力を譲渡するな!」

ラファエル王子の悲鳴は、誰にも届かなかった。

こうして。
隣国での騒動は、筋肉とストーカーの乱入によって、斜め上の方向で解決した。
私とシグルド様、そしてミナ様(+巨人)、クロード殿下の一行は、オリエント王国を後にした。

帰りの船旅は、行きよりもずっと騒がしく、そして賑やかなものになった。

「師匠! 甲板磨き終わりました!」
「ギガントちゃん、日焼けオイル塗ってあげる!」
「……うるさい。アンズ、私の部屋に来い。静かな場所で休みたい」

私は苦笑しながら、青い海を眺めた。
私の「平穏な」毎日は、もう戻ってこないかもしれない。
でも、こんな騒がしい毎日も、悪くはないかな。

そう思った瞬間、シグルド様に「おい、ニヤニヤするな」と頬をつつかれた。
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