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「お姉様! 大変ですわ! 森の中で、とっても『美味しそうに笑っている』キノコさんたちを見つけましたの!」
作業の手を休めて汗を拭っていたシャーミーの前に、マイカが弾けるような笑顔でカゴを差し出した。
その中には、紫色に発光するもの、不自然に水玉模様が動いているもの、そして何より、カサの部分が「ニヤリ」と笑っているように見える、禍々しさ全開のキノコたちが詰まっていた。
「……ねえ、マイカさん。一つ聞いていいかしら。あなたの故郷では、食材が笑いかけてくるのが普通なの?」
「いいえ! でも、お姉様への感謝を込めてスープを作ろうと思ったら、この子たちが『僕たちを煮てごらん』って囁いたような気がしたんですわ!」
シャーミーは引き攣った顔で、隣に立つカイルに視線を送った。
カイルは割れた眼鏡を指で押し上げ、キノコを凝視したまま一歩後退した。
「……シャーミー、これは生物学的な禁忌だ。私の知識によれば、このキノコは『七色笑い茸』。食べれば死ぬことはないが、脳の抑制機能が完全に崩壊し、秘めた本音が爆発する劇物だぞ」
「あら、本音が爆発? いいじゃない、面白そうよ! ちょうど日頃のストレスが溜まってたのよ。カイル、あなたも一緒に食べるわよ。あなたのその理屈っぽい皮を剥ぎ取ってあげるわ!」
「馬鹿を言うな! 私は絶対に食べな……ちょっ、何をする、マイカ!」
「はい、カイル様! 美味しいスープができましたわ! はい、あーん!」
マイカの異常なまでの手際の良さ(と、一切の抵抗を許さない天然の圧力)によって、気づけばテーブルには虹色のスープが並んでいた。
そして、断る間もなく、シャーミーとカイル、そして巻き添えを食ったレオの口に、そのスープが流し込まれた。
数分後。
別荘の応接間は、異様な熱気に包まれていた。
「……あはははは! ジャガイモ! ジャガイモこそが世界の王よ! 聞いて、レオ! 私はね、いつか王宮をジャガイモのデンプンで固めて、巨大なコロッケにしてやるんだから!」
シャーミーが椅子の上に立ち上がり、高笑いを上げながら拳を突き出していた。
瞳はらんらんと輝き、普段の「悪役令嬢」の面影は微塵もない。
「お姉様、すごいですわ! 王宮コロッケ、とっても美味しそうです! 私はその上から、愛のソースをたっぷりかけますわね!」
マイカだけは、キノコを食べたのか食べていないのか判別不能なほど、普段通りのテンションで拍手している。
一方、最も劇的な変化を遂げたのは、あの冷静沈着な宰相カイルだった。
「……ふん。シャーミー。君は、自分の悪役っぷりが完璧だと思っているようだが……甘い。甘すぎるんだよ!」
カイルがフラフラと立ち上がり、シャーミーの肩を掴んで顔を近づけた。
その瞳は、いつもの冷徹さではなく、隠しきれない情熱(?)で燃え盛っている。
「君のあの、無理して口角を上げている時の顔! あれがどれだけ私の計算を狂わせるか、理解しているのか!? 君が泥にまみれて笑うたびに、私の心拍数は予算案の赤字より激しく跳ね上がるんだ! この……愛おしいジャガイモ女め!」
「……なんですってええ!? 今、愛おしいって言った!? カイル、あなたさては私のことが好きなのね!? 正直に言いなさいよ、この眼鏡ストーカー!」
「ああ、好きだとも! 君が鍬を振るうその筋肉の動きまで、すべて私の脳内データベースに完璧に保存されている! 君を王宮から連れ出した馬鹿王子には感謝しているくらいだ!」
二人が顔を赤くして(キノコのせいで)怒鳴り合う中、レオは部屋の隅で縮こまっていた。
「……うう、お姉さんが二人に見える……。しかも、二人ともカイル様に抱きつこうとしてる……。カイル様は、なんか急に詩人になってるし……。誰か、助けて……」
「おやおや、皆さん随分と楽しそうですな」
そこへ、騒ぎを聞きつけたセバスが、解毒作用のある「特製ハーブティー」をトレイに乗せて現れた。
彼は荒れ狂う部屋の様子を眺め、満足げに頷いた。
「本音が漏れるキノコですか。お嬢様もカイル様も、普段が意地っ張りすぎますからな。これくらいが丁度いいコミュニケーションかと」
「セバス……お前も飲め! この虹色スープを飲んで、お前のその『完璧な執事面』を崩してやる!」
シャーミーがスープの皿を持って迫るが、セバスは軽やかな身のこなしでそれを避けた。
「お嬢様、私はすでに、お嬢様の成長を眺めるだけで十分に酔っておりますので。さあ、このハーブティーを。これを飲まないと、明日の朝、あまりの恥ずかしさに庭の土を掘って潜りたくなりますよ」
「うるさーい! 私は潜らないわよ! 私はジャガイモを植えるのよ!」
翌朝。
別荘には、死んだような静寂が流れていた。
シャーミーは布団を頭まで被り、昨夜の記憶を断片的に思い出しては「ひいいいっ」と叫び声を上げていた。
隣の部屋からは、カイルが壁に頭を打ち付けるゴンゴンという鈍い音が聞こえてくる。
「……死にたい。私、カイルに向かって『コロッケにしてやる』とか言った気がする……」
「……消えたい。私は、彼女の筋肉を褒め称えていた……。宰相としての尊厳が、跡形もなく消え去った……」
二人とも、朝食の席についても一切目を合わそうとしない。
そんな中、マイカだけが一人、元気いっぱいにパンを齧っていた。
「皆様、昨夜はとっても情熱的でしたわ! 特にカイル様、お姉様への愛の告白、私感動して一睡もできませんでしたの!」
「……やめろ。それ以上、一文字でも喋ったら、君の男爵家を法的に消滅させる……」
「まあ! 照れ隠しのジョークまでハイセンスですわ!」
シャーミーは、真っ赤な顔でジャガイモを口に押し込んだ。
毒キノコがもたらした「本音の爆発」。
それは、二人の間に、以前とは明らかに違う「居心地の悪くて甘い空気」を残していった。
「……カイル。昨日のこと、忘れてあげるから、今日の石運びは二倍やりなさいよね」
「……ふん。その条件で手を打とう。ただし、私の目を見るな。死にたくなる」
二人の関係が、少しだけ前進(?)したような、していないような。
農場の朝は、今日も(精神的な意味で)騒がしく幕を開けた。
作業の手を休めて汗を拭っていたシャーミーの前に、マイカが弾けるような笑顔でカゴを差し出した。
その中には、紫色に発光するもの、不自然に水玉模様が動いているもの、そして何より、カサの部分が「ニヤリ」と笑っているように見える、禍々しさ全開のキノコたちが詰まっていた。
「……ねえ、マイカさん。一つ聞いていいかしら。あなたの故郷では、食材が笑いかけてくるのが普通なの?」
「いいえ! でも、お姉様への感謝を込めてスープを作ろうと思ったら、この子たちが『僕たちを煮てごらん』って囁いたような気がしたんですわ!」
シャーミーは引き攣った顔で、隣に立つカイルに視線を送った。
カイルは割れた眼鏡を指で押し上げ、キノコを凝視したまま一歩後退した。
「……シャーミー、これは生物学的な禁忌だ。私の知識によれば、このキノコは『七色笑い茸』。食べれば死ぬことはないが、脳の抑制機能が完全に崩壊し、秘めた本音が爆発する劇物だぞ」
「あら、本音が爆発? いいじゃない、面白そうよ! ちょうど日頃のストレスが溜まってたのよ。カイル、あなたも一緒に食べるわよ。あなたのその理屈っぽい皮を剥ぎ取ってあげるわ!」
「馬鹿を言うな! 私は絶対に食べな……ちょっ、何をする、マイカ!」
「はい、カイル様! 美味しいスープができましたわ! はい、あーん!」
マイカの異常なまでの手際の良さ(と、一切の抵抗を許さない天然の圧力)によって、気づけばテーブルには虹色のスープが並んでいた。
そして、断る間もなく、シャーミーとカイル、そして巻き添えを食ったレオの口に、そのスープが流し込まれた。
数分後。
別荘の応接間は、異様な熱気に包まれていた。
「……あはははは! ジャガイモ! ジャガイモこそが世界の王よ! 聞いて、レオ! 私はね、いつか王宮をジャガイモのデンプンで固めて、巨大なコロッケにしてやるんだから!」
シャーミーが椅子の上に立ち上がり、高笑いを上げながら拳を突き出していた。
瞳はらんらんと輝き、普段の「悪役令嬢」の面影は微塵もない。
「お姉様、すごいですわ! 王宮コロッケ、とっても美味しそうです! 私はその上から、愛のソースをたっぷりかけますわね!」
マイカだけは、キノコを食べたのか食べていないのか判別不能なほど、普段通りのテンションで拍手している。
一方、最も劇的な変化を遂げたのは、あの冷静沈着な宰相カイルだった。
「……ふん。シャーミー。君は、自分の悪役っぷりが完璧だと思っているようだが……甘い。甘すぎるんだよ!」
カイルがフラフラと立ち上がり、シャーミーの肩を掴んで顔を近づけた。
その瞳は、いつもの冷徹さではなく、隠しきれない情熱(?)で燃え盛っている。
「君のあの、無理して口角を上げている時の顔! あれがどれだけ私の計算を狂わせるか、理解しているのか!? 君が泥にまみれて笑うたびに、私の心拍数は予算案の赤字より激しく跳ね上がるんだ! この……愛おしいジャガイモ女め!」
「……なんですってええ!? 今、愛おしいって言った!? カイル、あなたさては私のことが好きなのね!? 正直に言いなさいよ、この眼鏡ストーカー!」
「ああ、好きだとも! 君が鍬を振るうその筋肉の動きまで、すべて私の脳内データベースに完璧に保存されている! 君を王宮から連れ出した馬鹿王子には感謝しているくらいだ!」
二人が顔を赤くして(キノコのせいで)怒鳴り合う中、レオは部屋の隅で縮こまっていた。
「……うう、お姉さんが二人に見える……。しかも、二人ともカイル様に抱きつこうとしてる……。カイル様は、なんか急に詩人になってるし……。誰か、助けて……」
「おやおや、皆さん随分と楽しそうですな」
そこへ、騒ぎを聞きつけたセバスが、解毒作用のある「特製ハーブティー」をトレイに乗せて現れた。
彼は荒れ狂う部屋の様子を眺め、満足げに頷いた。
「本音が漏れるキノコですか。お嬢様もカイル様も、普段が意地っ張りすぎますからな。これくらいが丁度いいコミュニケーションかと」
「セバス……お前も飲め! この虹色スープを飲んで、お前のその『完璧な執事面』を崩してやる!」
シャーミーがスープの皿を持って迫るが、セバスは軽やかな身のこなしでそれを避けた。
「お嬢様、私はすでに、お嬢様の成長を眺めるだけで十分に酔っておりますので。さあ、このハーブティーを。これを飲まないと、明日の朝、あまりの恥ずかしさに庭の土を掘って潜りたくなりますよ」
「うるさーい! 私は潜らないわよ! 私はジャガイモを植えるのよ!」
翌朝。
別荘には、死んだような静寂が流れていた。
シャーミーは布団を頭まで被り、昨夜の記憶を断片的に思い出しては「ひいいいっ」と叫び声を上げていた。
隣の部屋からは、カイルが壁に頭を打ち付けるゴンゴンという鈍い音が聞こえてくる。
「……死にたい。私、カイルに向かって『コロッケにしてやる』とか言った気がする……」
「……消えたい。私は、彼女の筋肉を褒め称えていた……。宰相としての尊厳が、跡形もなく消え去った……」
二人とも、朝食の席についても一切目を合わそうとしない。
そんな中、マイカだけが一人、元気いっぱいにパンを齧っていた。
「皆様、昨夜はとっても情熱的でしたわ! 特にカイル様、お姉様への愛の告白、私感動して一睡もできませんでしたの!」
「……やめろ。それ以上、一文字でも喋ったら、君の男爵家を法的に消滅させる……」
「まあ! 照れ隠しのジョークまでハイセンスですわ!」
シャーミーは、真っ赤な顔でジャガイモを口に押し込んだ。
毒キノコがもたらした「本音の爆発」。
それは、二人の間に、以前とは明らかに違う「居心地の悪くて甘い空気」を残していった。
「……カイル。昨日のこと、忘れてあげるから、今日の石運びは二倍やりなさいよね」
「……ふん。その条件で手を打とう。ただし、私の目を見るな。死にたくなる」
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